後編

「それでは、次の商品。こちらは茶杓になります。銘『なみだ』。かつて千利休がその弟子と涙の別れをしたときに与えたという由緒のあるもので――」


 そんなものはどうでもよかった。本物の千利休由緒の品がこんなところに出回るはずもあるまいし、偽物に決まっているが、おれには関係のないことだ。


「はい、では茶杓『泪』は三両二分で、そちらのお方がご落札ということで。おありがとうございます。では、次が最後の品になります。骨煙管『清』、二分にぶからの開始となります。どなたかおられますか」

「では、二分だ」


 おれは手を上げ、とりあえず競りに参加した。もちろん二分(一両の二分の一)で競り落とせるなどと思っちゃあいないが。


「一両一分」


 と、さっそく値が倍以上に上がった。秘密の競りの場であるから誰が誰だかは分からないという建前になっているが、町外れで骨董屋を営んでいる老人で、知った顔だった。まあそれも、どうでもいい。うらぶれた骨董屋ふぜいがこの山城屋と競り値で張り合えるはずもない。


「三両」


 と、おれが値を吊り上げる。すると。


「十両」


 という声が上がった。おおっ、と歓声が上がる。十両の値を付けたのは、明らかに坊主、というか高位の盲僧であるとわかる人物であった。もちろんこの城下で名の知れた人物で、ついでに言えば室町の中で顔を合わせたこともある相手であるが、野暮であるから名を出すことは差し控えさせてもらう。しかし、十両どころの騒ぎで話は終わらなかった。


「十二両」


 とおれが言うと、どう見ても侍で役人だが博徒のふりの下手な扮装をしている、という感じの壮年の男がこう言った。


「百両で頼もう」


 ひゃ、ひゃくりょう? と素っ頓狂な声が、あちこちから上がった。いくらなんでも、煙管一本に百両というのは法外が過ぎる。いくら禁制の、人骨を用いた邪法の品だと言っても、百両も出すなら何らかの手段で別の死体を用意して、もとの職人に新しいものを作らせた方がよっぽど安くて早いだろう。そいつはまだ城下で堂々と仕事をしているのだし。


 ということは。


 こいつは『人骨煙管』を競りたいのではない。清文に対するなんらかの思い入れがある人物であるか、あるいはそのような者の代理として競りに参加している。そのはずだ。


「百五十両」


 おれが値を付けた。さすがに百五十両はおれの身代でもっても安い買い物とは言えないが、城下随一の豪商を侮ってもらっては困る。


「ぬぬぬ……百六十」


 盲僧が苦しげな声で値を付けた。こいつはここいらが限界だろう。かれら僧侶がいかに金を持っているとはいっても、こんなことに使える金の限度というのはある。


「二百だ」


 と言ったのは博徒に化けた役人である。


「二百……二十」


 おれの声も苦しくなってきた。こいつは何者だ? いくらこの城下、というかこの藩が小藩ではないと言っても、二百両の金をぽんと出せるような人間の数には限りがある。その上で、清文に縁があり、そして役人を小使いに出せるような立場の人間、となると……まさか。


「二百五十両」


 役人は平然としていた。この金額を当たり前のような顔をして動かせるとなると、藩の筆頭家老でも、わたくしの銭では無理だろう。ということは藩の公金が動いているということで、ならば競りに事実上参加しているのは、藩主すなわち殿様だということになる。はて。うちの藩の殿様には陰間買いの趣味などがあったのだろうか。知らなかった。そんな大物の客がいるなら、清文ももうちょっと金回りがよかったような気がするが。


「に、二百八十」


 あとで事情を知らせたら番頭に怒られるだろうなあ、ということを思いつつ、おれは決死の念で競りを続ける。


「……三百両だ」


 役人もさすがに顔色が変わった。


「さんびゃく! と五両だ! これでどうだ!」


 ほくほく顔になっている任侠が、場を仕切る。


「三百五両でございます! おあと、おあとございませんでしょうか!」


 おれは役人の顔を見る。表情はなかった。そして何も言わなかった。


「では、骨煙管『清』、三百五両で競り落としとなりました! おありがとうございます!」


 おれは清の遺骨で出来た煙管を受け取り、三百と五両の現金をその場に残して(ちなみに競りのために持ってきた予算は三百五十両だった、危なかった)、場を後にした。


 翌日、競りの場で見た役人とは別の侍がうちに来た。


「山城屋の主にございます。この度はご足労をいただきまして、藩の公用でございましょうか」

「いや。当藩のさるやんごとなきお方から、その方に一つだけ伝言がある。それを伝えに参ったのだ」

「はい。承らさせていただきます」


 おれはなんだろうと思った。その侍が告げた言葉は、意外なものであった。


「『清四郎は余の隠し子であった。その煙管は、どう扱うにせよ、大事にするように』」


 なるほど、とおれは膝を打ちたい気持ちであったが、お役人の前でそんなことはできない。とりあえず用はそれだけのようだったのでお引き取り頂き、おれはひとり、自室に入った。ちなみに番頭からのお小言はすでに受けた。


「……ふぅ。やっぱり、お前と吸うとたばこが旨いな。なあ、清文」


 おれは悄然たる気分で、三百五両と少しばかりの金がかかっている煙を、口から吐き出した。

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汝の骨 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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