汝の骨

きょうじゅ

前編

 おれが愛した陰間の本当の名は清四郎せいしろうと言ったのだ、ということを知ったのはあれが墓に入った後だった。名前からしてどこぞの武家の、冷や飯食いの四男坊だったのだろうが、陰間茶屋『室町』の中のあいつは「清文きよふみ」だということになっていた。およそ清いということとは縁のない妖艶な美少年であったが、確かに文はよく書いた。おれのところに、何度も、恋文の体裁を取った、見世への顔出しの催促という形で届いたものだ。


 その清文が流行りの病を得て卒したのはこの前の年の暮れ、悲しいことではあったが、人の命などというのはそんなものだと言ってしまえばそれはそれまでで、別に死因に不祥の段があるわけでもなし、おれもあいつのことをそろそろ過去のこととして心のうちに収めかけていたのだ。


 しかし。


 近頃おかしな噂を聞きつけた。この城下町に縄張りする任侠者「菊坐きくざ組」の主催する裏の競り市に、銘を『せい』と付けられた骨煙管ほねぎせるが出品されるのだが、それは鯨骨や牛骨を用いたものではなく、実は人骨で作られたものであって、その遺骨の主というのが誰あろう、清文その人であったのだという。


 おれは室町の主人のところを訪れ、それとなくただしてみた。もちろんいきなり疑問をぶつけたくらいで本当のことを話すような男ではなかったが、おれが懐から五両の小判を出して勧めると、にわかに白状した。こういうとき、豪商の家に生まれて家業を継いだおれの身の上は便利だ。おそらく、これが武家のやることであったらその面目にかけて簡単に金など出せないし、逆に博徒か何かであったとしても、そう簡単に力で口を割らせられるものでもあるまい。


「骨煙管『清』は、たしかに清文の骨なのか」

「はい。間違いございません。わたくしめが、清の死んだあと太またの大骨を抜き取りまして、ひそかに人骨を求めていた煙管職人に売り渡したのでございます。……ひひ」

「無法なことをするものだな、室町屋。遊女や、たとえ夜鷹の身であろうと、死して残る自分の亡骸くらいは自分のもの、墓をもらって葬られる程度の功徳は施してもらえる、それが世の倣いであろうに」

「清文は証文の借財を返し終える前に死んでしまいましたからな。これも渡世の義理というもので」

「ふん」


 おれがもし武士で、その上で清文といい仲だったというのならばこの男を抜刀一閃斬り捨てもしたかと思ったが、あいにくこれで守るべきものを持っている富商の身の上だ。そんなことはできなかった。殴ったりもしない。そうしたことは商人のするべきことではなかった。ただ、金だけは唸るほど動かすことができるこの身の上で、このあと清文のためにやってやれることと言えば。そう、もう一つしか残ってはいないだろう。


「たのもう」


 おれは裏の競りが開かれるその日の前日に、菊坐組を訪れた。さすがに一人では行かない。店の丁稚を同伴した。


「これは山城屋さま。このようなむさくるしい渡世の場に、何事の御用でございますかな」


 左の額から頬にかけて大きな刀傷の走っている、いかにもいかにもなやくざ者という雰囲気の男が出てきて、おれに応対した。こいつが菊坐組の頭で、そして今回の裏の競りの主催をする者であるらしい。


「明日の競りに、参加させてもらいたい」

「失礼では御座いますが、山城屋さまなどのような富貴なお方の、お顔を拝見するような場じゃあごぜえませんよ。出る品の大半は、まあ盗品の故買ですとか、そういった類のものばかりで」

「とぼけないで頂きたいな。骨煙管『清』のことだ」

「ああ、あれですか。あれを作った煙管師は博打が趣味で、うちの賭場に大きな借財がありましてな。そのかたに取り立てたもののうちの一つですよ。材は抹香鯨の骨で――」

「とぼけなくていい。事情は知っている」

「そうでやすか。まあ、競りに参加されるというのなら、それはご随意に。……ただ、場が場のことですから、お見えになるときはお独りで、忍んでおいでなすってくだせえ。うちの者たちがその場はよく見張っておりますから、なに、危険などはございません」

「そうさせてもらおう」


 そういうことになった。

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