指一本触れるつもりはない

三鹿ショート

指一本触れるつもりはない

 友人との待ち合わせ場所に現われたのは、見知らぬ少女だった。

 首を傾げる私に対して、彼女は顔を曇らせながら、自身の胸に手を当てると、

「私の時間を、買ってほしいのです」


***


 友人が碌でもない人間だということは、知っていた。

 他者に怒りを抱かせるような言動に及ぶことが得意であるために、親しい人間は私以外に存在していないだろう。

 そのような人間と私が親しくなった理由は、自分が孤独だったことが影響している。

 その場の雰囲気に合わせて自身の感情を偽るということが苦手だったために、私は他の人間との接触を避けるようにしていたのだ。

 だが、その友人に対しては、素直に接することが可能だった。

 友人はどのような言葉を吐かれたとしても気に病むこともなく、同時に、己の感情のままに行動するために、人々から距離を置かれていたのだが、私にとってそのような人間との交流は気楽なものであり、その結果、何時しか私と友人は親しくなっていたのである。

 自堕落であり、傍若無人たる姿に何の変化も見られないことに対して、何度も辟易したものだが、他者との繋がりを失うわけにはいかなかったために、私と友人の交流は途絶えることなく、今でも続いていた。

 しかし、彼女を私に寄越したことから、友人が堕ちるところまで堕ちたのだと思わざるをえなかった。

 彼女を連れて事情を訊ねに向かうと、友人は悪びれた様子もなく、生活費のためだと言い切ったのである。

 娘を使って金銭を得るという商売を考えたのは、つい最近のことらしい。

 だが、見知らぬ人間が相手では確実に金銭を得られるかどうか不明であり、然るべき機関に通報されては困ると考えたために、私を最初の客にしたらしかった。

 彼女は私と目を合わせようともせず、身体を震わせていた。

 私は大きく息を吐いた後、友人が提示した金額を支払うと、友人の家を後にした。


***


 宿泊施設などに向かうものだと思っていたのか、喫茶店に到着すると、彼女は目を丸くした。

 注文した珈琲が届き、それを飲んでいると、彼女が問いを発した。

「良いのですか」

 その言葉が何を意味しているのかなど、分かっている。

 私は首肯を返すと、

「きみの時間を買ったのならば、どのように過ごしたとしても、問題は無いだろう。きみの父親は、おそらく私が異性と無縁だと考えたのだろうが、そうだったとしても、このような方法で関係を築くことは、望んでいないのだ」

 その言葉を耳にした後、彼女の表情が柔らかくなったような気がした。

 それから我々は、たわい無い世間話をしながら、時間を過ごしたのだった。


***


 私と彼女の時間は、それからも続いていた。

 支払う金額を考えると頻繁に会うべきではないのだが、彼女の身の安全を守るためには、私が行動するしかなかったのだ。

 その甲斐があったのか、彼女は笑顔を見せることが多くなった。

 最初は私のことを警戒していたのだが、今では学校の勉強内容について私に質問をしたり、悩み事に対する助言を求めてくるようになったのである。

 彼女の様子を見る限り、どうやら私以外の人間に時間を買われていることはないようだ。

 このまま彼女が自立することが出来るまで関係を続けていけば、最悪の事態を避けることもできるだろう。

 私は、空いている時間に別の仕事を行い、少しでも稼ぐようにした。

 そこまで行動する必要があるのかと考えることもあるが、何の罪も無い彼女が苦しむことは間違っていると毎回結論づけ、私は手と脚を動かし続けるのだった。


***


 涙を流している彼女に向かって、数枚の紙幣が投げつけられた。

 男性は不満足そうな表情を浮かべながら着替えた後、先に宿泊施設から出て行った。

 未だに涙を流し続ける彼女に対して、私の声が届くことはない。

 私は、過労のあまり身体を壊し、そのまま生命活動を終えることになってしまったのである。

 彼女がこのような日々を送ることがないようにするために働いていたはずが、それが原因で、私は彼女を救うことができなくなってしまったのだ。

 私の存在が消えたことで、友人は新たな客を見つけることに苦労していたが、今では、両手足の指では足りないほどの相手と、彼女は関係を持つことになった。

 彼女は毎日のように泣き、かつて私に見せていた笑顔は、しばらく目にしたことはない。

 私は彼女に向かって謝罪の言葉を吐くが、彼女に届くことはなかった。

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