第42話葛藤と希望 side王太子
side王太子
王女とのお茶会が終わった。
始まる前は、もっとお互いを知るための時間になるのだろうと思っていたのだが──。
結果として分かったのは、彼女がただただ「すごい人」だということだけだった。
お茶会の後、父上たちは私を大いに褒め称えた。「よくやった!」と。
しかし正直なところ、褒められるほど何かを成し遂げた実感はない。
いや、思い返せば確かに大きな決断を下したのだ。
王女ロザリアを正妃に迎えるという王家にとっての重要な選択を。うん、それならば、自分を少しは誇ってもいいだろう。
私は確かによくやった。
それでも、胸の奥がざわつく理由がある。アンナを傷つけてしまったことだ。
お茶会の後、私はアンナに責められることも怒りをぶつけられることも覚悟していた。
だが彼女は、何も言わずに自室に閉じこもってしまった。それ以来、沈黙が続いている。何も言われないということが、こんなにも恐ろしいとは思わなかった…。
その間にも話は進み、ロザリア王女が一度自国に戻った後、正式に婚約者として王宮へ迎えられることが決まった。
シャルロットやエルミーヌの時と同じく、王宮で暮らすのだ。
そして今日──ついにその日が訪れた。
王女の到着を待つ私は、緊張と期待、そして不安を胸に抱えながら待っていた。
考えることはたくさんあるのだが、王女とアンナがうまくやっていけるのか、それが、どうしても想像がつかない。
「皆様、お出迎えありがとうございます」
鮮やかな日の光の下、ロザリア王女が現れる。その美しさは、瞬く間に周囲を魅了した。
父上たちも満面の笑みで、上機嫌だ。
だが、王女は、あたりを見回したかと思うと、少し首を傾げる。
「あら? アンナ様がおりませんわね」
その言葉に、胸が痛む。どこか申し訳ない気持ちで答えた。
「…ああ、アンナは、あの後ずっと部屋に閉じこもっていて。すまない」
「まあ、そうでしたの。それでは、私が、部屋に伺いますわ」
その穏やかな対応に驚きを隠せなかった。まさか王女自ら、アンナに会いに行くと言うとは思いもよらなかったからだ。
「それはありがたい! しかし、長旅で疲れただろう。お茶の用意をしている。さあ、行こう」
彼女をサロンへ案内する。
サロンに入ると、紅茶の香りが落ち着いた空間に漂い、少し硬くなっていた気持ちを和らげてくれる。
王女は椅子に腰を下ろし、微笑を浮かべてこちらを見つめる。
「こんなに急に婚約が決まって、国内は問題なかったか?」
気になっていたことを、恐る恐る尋ねた。
「ええ、もちろん。母は結婚こそが女の幸せだと信じておりますし、父は今、王子に夢中ですから。むしろ、国の繋がりを深められる婚姻を喜んでおりましたわ」
さらりとした口調だったが、その王女の背後にある複雑さを感じさせる。
「そうだったのか…。私は王女の隣に立つには、頼りないかもしれないが、この先もどうぞ頼む」
正直な思いを伝えると、王女は柔らかな笑みを浮かべた。
「私も王太子としての地位を経験した者。私はあなたで、あなたは私。きっとお互いの大変さを分かち合い、うまくやっていけますわ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ふふ、王太子殿下? 私はこの国に嫁ぎます。もちろん妃としての務めも果たしますし、王太子殿下が背負う重責も支えます。たくさん頼ってください。その上で…そこに愛があれば、もっと素晴らしいとは思いませんか?」
彼女の澄んだ瞳が、まっすぐに私を見つめる。
「愛…」
その言葉が、不意に心を揺さぶる。
「あら? 王太子殿下は違うのですか? 私だけ仲間外れですの?」
その問いかけに、思わず息を飲んだ。
「仲間外れなどしない! だが、アンナは…先ほども言ったが、部屋から出てこない。何も話せていないんだ。私に対して怒っているのか、それとも悲しんでいるのか…多分、どちらもだろうな」
そう口にすると、胸の重みが再び戻ってきた。
「それは、私の責任でもあり、女同士の問題でもありますわね。ええ、私にお任せください。正妃たるものの務めですわ」
毅然とした彼女の言葉に、救われた気がする。アンナのことを何とかしてくれるという期待が高まる。
「それでは、今は、私とお互いのことを知るために、もう少しお話をしてみるというのはいかが?」
その提案に、心がふっと軽くなった。王女も私と話がしたいと思ってくれていたのか!
「いいのか? 実は、前回あまり話ができなかったことを悔いていたんだ」
「ふふ、私もですわ。王太子殿下のことをたくさん教えてください」
窓から差し込む光が、サロンを優しく包む。
紅茶の甘い香りが広がるサロンで、王女との会話は穏やかに続いた。彼女の言葉には不思議な力があった。私の胸に渦巻いていた苦悩も、不安も、彼女の前ではすべて見透かされ、そして受け入れられる。
ロザリア王女は私を否定することなく、むしろ私の感情や思いに寄り添い、共感してくれる。
彼女の一言一言が、まるで心の奥深くに触れ、傷ついた場所に優しく手を差し伸べてくれるようだった。
胸に沈んでいた重みが、少しずつ消えていくように感じた──。
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