第41話決断を下す
ロザリア王女が再び広間に漂う緊張を支配した。王族の象徴とも言える高貴な佇まいと、鋭くも冷静な眼差しは、この場の誰にも逆らう隙を与えない。
彼女は陛下に向き直り、柔らかく、しかし決して妥協を許さない声で言葉を紡ぎ出す。
「陛下、現実問題として、やはり修道院という選択は避けるべきです。婚約解消までしておいて選んだアンナ様を追い出し、王太子に沙汰がないとなりますと、外聞が悪すぎますわ」
「た、確かに、王女の言う通りだ…」
陛下は困惑したように眉間に皺を寄せ、しかしすぐにロザリア王女の言葉に頷いた。
王女は冷静に微笑みを浮かべると、今度は、子爵に向けて視線を移した。
「子爵、ご安心くださいませ。我がオセアリス国は豊かですから、アンナ様の費用、子爵家への支援くらい問題なく負担できますわ」
子爵の表情には安堵と戸惑いが交錯する。「本当ですか?」と問いかける声は微かに震えていた。
「アンナ、お前はどうしたい…」
アンナ様の表情には、葛藤と戸惑いが交錯していた。
……ロザリア王女は、側妃か妾かはっきり明言しませんでしたもの。素直に、はいとは言えませんわよね。
「私は、政務が好きなのです。もちろん、王位を奪おうなどとは考えておりません。ですが、王太子殿下と共に、この国の未来を背負う覚悟はございます。アンナ様……おそらく、あなたに、この国は背負えない。それが現実ですわ」
再び静寂に包まれる。
王太子…きりっとした顔をしていますが、背負うのは、きっと、ほぼ王女ですわよ。
ロザリア王女はさらに畳みかける。
「では、アンナ様、もう一度、言いますわよ。この国の子爵令嬢が正妃、隣国の前王太子であり第一王女の私が側妃。私、それでも構いませんわ」
その瞬間、アンナ様の唇が震え、か細い声で言葉を絞り出す。
「私……正妃は諦めます……」
ロザリア王女は軽く頷き、冷静な表情を崩さずに続ける。
「では、私が正妃ということで話を進めますわね。そうなると、あなたが側妃でも妾でも、私より先に懐妊されると少々問題ですわね。我が国は、いまだに生まれた順や王妃、側妃、妾腹に関係なく王子が第一継承者という古い考え方が根強い国なのです。まあ、私の弟は私と同じく王妃から生まれたので、誰も問題にしませんでしたけれど」
一番辛い思いをしたのは、王女ですわね。
「つまり、あなたが先に王子を産んでしまった場合、少々厄介ですの……最悪の場合、我が国に命を狙われますわ」
「命……!?」
アンナ様の声は驚愕と恐怖に満ちていたが、ロザリア王女は淡々と続けた。
「不確かな話ですけれど、可能性は高いですわ。私がいくら止めようとも」
それはそうだろう。一介の子爵子女の産んだ子が隣国の王女の産んだ子を差し置いて、王太子になったら…オセアリス王国は、いい気がしないのレベルではないでしょうね…内密に消される…ありえるわ。
王女の言葉は冷酷とも思えるが、その裏には王族として生まれ、王家の存続と安定を何よりも重んじる覚悟が滲んでいる者の言葉だった。
「王室の血統を守り、次世代の指導者を育てることは、この国の安定にとって不可欠。ですが、私に子ができるまで安心はできません。アンナ様、それまで、王太子殿下と閨を共にするのは禁止にしてもよろしいかしら。あなたのために。もちろん、年数は決めますけど、誓約書も書いていただきますし、監視もつけさせていただきます。それでも正妃を諦め、側妃か妾でいいということでよろしいの?」
王族の方々の顔は…いったいどういった感情の顔なのかしら? 固まっているようにしか見えないわ。
今こそ、ロザリア王女から本当の王族たる言動を学ぶチャンスですのに。心ここにあらず‥現実逃避? でも、もう後には引けませんわよ。
アンナ様は一瞬目を伏せ、深く息を吸い込んだ。その後、震える唇を開き、絞り出すような声で答えた。
「……王女様のお気持ちのままに……」
広間に沈黙が落ちる。
ロザリア王女はその言葉を受け、満足げに微笑んだ。その微笑みには、冷静さと勝者の余裕が滲んでいる。
「まあ、アンナ様、ご立派ですわ」
その言葉に、アンナ様の肩は一気に落ち、呆然とした表情のまま小刻みに震え始めた。
ロザリア王女は、そんな彼女に言葉を投げかける。
「ふふ、お喜びになって、アンナ様。一歩、側妃に近づきましたよ」
はっ!…シャルロットね。
やはり根に持っていて、王女に教えたのだわ。
シャルロットの方を見ると、扇で口元を隠しながら、愉快そうに笑っている。まったく、もう。
その後、ロザリア王女が自国の宰相を呼び、そのまま婚約に関する取り決めを進めていく。
婚約期間、ロザリア王女が、この国の王宮に住むことや発表から結婚式までの日取りもあっという間に決まる。
先ほど王子云々の話をしていたのに、ロザリア王女の産んだ子が王子であろうと王女であろうと第一子が王位継承権を持つことをしっかり盛り込んでいる…
やはりそこは譲れないのですね。
…と言いますか、私たち、こんなに深い話を聞いてもよかったのかしら? すっかり退室する機会を失ったわ。
着々と決まっていく話に王太子とアンナ様は、まだ呆然としていますし、陛下たちは、徐々に我に返ったようで、今は、満足げにうなずいている。
ちゃんと内容を把握しているのか心配だわ。特段、我が国に不利な点はなさそうですけど。
陛下が王太子に王位を譲る…実質、ロザリア王女に譲る日も遠くなさそうね。
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