第43話失意の中に差し込む光 sideアンナ

sideアンナ



正妃にふさわしい王女ロザリア。


お茶会で彼女が現れ、すべてが分かった。何も、勝てる気がしない。



私の正妃としての道は、完全に閉ざされたわ。


まさか、妾や平民、修道院…そんな話までが出るとは思っていなかった…。



…なんだかんだ理由をつけられて追い出される道が、一番濃厚かしら。ああ、何も考えたくない。




他国の王女殿下が正妃になるのは当然だ、そのくらいの常識は私にもある。


けれど、納得できない自分もいる。




なぜなら──あの日。

私の誕生日に、クリストファー様が「正妃に」と囁いてくれた美しい記憶が、私の心を縛って離さないのだから。



そして、王女殿下同様、勝てる気がしなかったシャルロット様とエルミーヌ様が思ったよりも簡単に身を引いてくれた喜びが、忘れられないから。







今日、王宮にロザリア王女殿下が到着した。私は部屋にこもり、ただひたすら悶々とした思いに浸っていた。


王宮の誰もが喜びに溢れた顔で王女で迎えただろう。廊下を行き交う者たちの弾んだ声が聞こえるたび、私の心は暗くなる。



「もう、居場所なんてないじゃない…」



思わずそう呟く。こんなことになるなら、意地を張らずにお父様と帰っていればよかった。



ふてくされてベッドに横になり、無気力な時間を過ごしていると、扉がふっと開く気配がした。




メイドが食事でも持ってきたのだろうか? 




そう思って目をやると、予想外の人物がそこに立っていた。





「アンナ様、少しお話ししてもいいかしら?」




柔らかな声が私の耳をくすぐる。驚いて扉に目をやると、豪華なドレスを身に纏ったロザリア王女殿下が立っていた。私は驚きと警戒が入り混じった心情を隠し、なんとか答えた。




「…どうぞ。何かご用でしょうか?」




ロザリア王女殿下は、穏やかに微笑みながらうなずいた。





「ええ、皆、入ってきなさい」



その言葉と同時に、侍女たちが次々と部屋に入ってくる。手にしているのは大きな箱や袋で、私は思わず目を見開いた。



いったい何事なの?




侍女たちが手際よく箱を開けると、そこには煌びやかなドレスや宝石が詰まっていた。眩いばかりの光景に、私は思わず息を飲む。




「アンナ様、これを見て。もっと自信を持ってほしくて、あなたのために用意したの。外見も内面も磨き上げれば、必ず素晴らしい妃になれるわ」




彼女の言葉に、胸がざわつく。

私のために?

こんなにも豪華なものを?



しかも、妃って言った?



ロザリア王女殿下が差し出したのは、私が見たこともないような美しいドレスと装飾品だった。私は胸が高鳴り、そして、思わず感謝の念が溢れる。




「こんなに美しいものを、私に…いいのですか?」




感極まり声が震え、頬に熱が走る。自分に向けられたこの贈り物が、自分を特別な存在にしてくれるようで、胸の奥がじんわりと温かくなった。




ロザリア王女殿下は静かに言葉を続けた。



「あなたの費用は私が負担するといったわ。言葉には責任をもつ主義なの。アンナ様は素敵な女性だもの。これを身に纏えば、きっとその魅力がさらに輝くはず」




費用の負担なんてその場しのぎの言葉だと思っていた…。




言葉に責任を持たないどこかの王太子とは天と地の差だわ――そんな皮肉な思いが頭をよぎる。けれどそれ以上に、彼女の優しさが胸にしみこんでいく。




素敵…魅力…





「…私はあなたのように優雅で、妃にふさわしい女性になれるでしょうか…?」




不安げに尋ねると、ロザリア王女殿下は優しく頷いた。





「もちろんよ。ただ、私を信じて、私と一緒に歩んでいけばいいの」




彼女がそっと私の手を取る。その温もりに、心がほどけていくのを感じた。



ずっと、意地悪をされると思っていた。馬鹿にされ自分の足で王宮を出て行くまでそれは続くのだと…。でも、彼女は私を追い出そうとするどころか、大切に扱ってくれる。



そうだわ…あのお茶会の時だって、厳しいことを言われたけど、よくよく考えると、私の為を思っての言葉だったようにも思える…。あれ、ちょっと待って? あの時、結局、私を庇ってくれたのは、ロザリア王女殿下だけだったじゃない!





ここでは、誰も褒めてくれないし、期待もされない。


クリストファー様だってちゃんと守ってくれないし…、言わなかったけど、本当は贈り物のイヤリングだって、宝石じゃないことに気付いていたのよ、私!!




王女殿下が用意してくれたものは全て、私だけのもので、本物の輝きを放っている。



信じる…信じるわ!!




「ああ、ロザリア王女殿下…私に『様』は、いりません。アンナとお呼びください!」




彼女がまるで女神のように思える。その優しさが、正妃の座を失った失意すらも和らげてくれる。




「物であなたの心を埋めるなんて本当は駄目だわ。でも、こんなことしかできない私を許してほしいの」




ロザリア王女の瞳に、一瞬だけ影が差したように見えた。彼女の誠実な気持ちが胸に響いて、私は慌てて首を振る。




「そんな…王女殿下。本当に嬉しいですわ」




私の言葉に、ロザリア王女殿下はふっと微笑んだ。その笑顔は、心を包み込むような優しさに満ちていた。




「ありがとう、そう言ってくれて。でも、あなた好みのドレスも一緒に作りましょう。好みはあるかしら? 生地はどんなものにする?」




突然の提案に驚きつつも、気持ちが浮き立つのを感じた。私のためにドレスを作ってくれるなんて。



「シルクがいいです!」



思わず声が弾んでしまった。





「ええ、いいわね。シルクなら肌触りも抜群だし、きっと似合うわ。あなたなら、切り替えは胸元がいいわね。試しに一着作ってみましょう」




その提案に、胸の中に大きな喜びが芽生えた。私を思っての言葉が嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。




「本当に? ありがとうございます!」




これまでの不安や悲しみが、少しずつ和らいでいく。ロザリア王女殿下の真摯な優しさが、私をまるで包み込んでくれるようだった。





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