第31話聞き間違いかしら?

馬車がゆっくりと止まり、扉が開く。冷えた夜の空気が肌を撫で、星の光が静かに降り注いでいた。馬車から降り立つと、王宮の正面階段が目の前にそびえ立つ。一歩一歩、石段を踏みしめて進んだ。



「エルミーヌ、緊張しているのかい?」


隣を歩くヴィンセントの優しい声が、冷たい空気を和らげるように耳に届く。




「ええ、久しぶりの王宮ですもの。何だか、少し戸惑ってしまいますわ」


笑顔で答えるも、心臓の鼓動が速いのを感じる。これからの夜会への期待とで胸がいっぱいだわ。




フリード様は、微笑みを浮かべながら私とシャルロットのドレスを目に留めた。


「ああ、二人のドレス。公爵家で見たときも美しかったが、こうして王宮の光の中ではまた格別だね。…シャルロット、ちょっと肩を出しすぎじゃないか? 今からストールを取ってこようか?」


「ふふ、大丈夫よ。出しているのよ、見せるつもりで」


シャルロットは少し得意げな表情を浮かべ、まったく気にする様子もない。その様子に、フリード様が眉をひそめた。



「諦めろ、フリード。誰にも見せたくない気持ちは分かるが、これは二人の渾身のドレスだ。下手に口を挟むと嫌われるぞ」


ヴィンセント様が軽く肩をすくめる。



「まあ、お兄様。ダリルのことを忘れておりますわ。3人の渾身のドレスですのよ」


シャルロットが笑いながら言うと、頭の中にダリルの姿が浮かんだ。


彼は最後まで鬼気迫る表情でドレスの仕上げに取り組み、光の当たり具合や布の質感を細部まで計算し尽くしていた。夜会の様子を見られないことを悔しがっていたけれど、もしかしたらこっそり忍び込んでいるのではないかと疑ってしまう。



大広間の扉の前にたどり着いた。




「お兄様、前にお話ししたことは覚えていて?」


「ああ、もちろんだ。忘れるわけがない」



兄妹2人の会話に私とフリード様は、首をかしげる。



「ふふ、エルミーヌのことを頼んだだけよ」



「おお、そうだったのか! じゃあ、シャルロットのことは私に任せておけ」



フリード様が嬉しそうに言う。


ふふ、子供じゃないのに、頼んだだなんて。





荘厳な扉がゆっくりと開かれ、豪華なシャンデリアが目に飛び込んできた。



天井から吊るされた無数のガラスの飾りが光を反射し、部屋全体を柔らかな光で包み込んでいる。テーブルに置かれた銀の燭台のキャンドルは、揺らめく炎を灯しながら、ほのかなローズの香りを漂わせていた。


私たちが一歩足を踏み入れた瞬間、空気が静まり返り、続いてざわめきが波のように押し寄せた。耳を澄ませば、私たちのドレスを称賛する声が聞こえてくる。




「みんな、君たちに夢中だね。誰が最初に声をかけるか探っているな」


ヴィンセント様が微笑む。




「一部のご婦人たちは眉間に皺を寄せていますけどね。まあ、王太子の挨拶が始まるまで、歩きましょう。揺れるとさらにこのドレスの素晴らしさが分かるわ」



シャルロットが、愉快そうに言う。



「それでしたら、このまま庭に出てみませんか? 出来栄えが気になっていたのです」



皆が私の提案に賛同し、庭園へと向かった。目の前に現れた庭園は、まるで別世界のようだった。無数のランタンが灯り、木々の間を星明りが照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。



想像以上だわ。ここでのランタンもシルクの輝きを美しく見せる。




賑やかだった大広間に静けさが訪れる。そろそろ始まるわ。




楽団の音楽が一瞬止むと、王太子が王が座っている王座の横に立ち、客人たちに笑顔を向けた。その姿はまさに王族の威厳と品格に満ちている。



「本日は、私のためにお越しいただき誠にありがとうございます。この特別な日を皆さまと共に過ごせることを大変嬉しく思います。どうぞ、存分にお楽しみください」



王太子の優雅な挨拶と乾杯が終わると、大広間にはさらに高揚した空気が広がった。




彼の背筋はまっすぐに伸び、優雅な立ち居振る舞いは王太子そのものだった。


すごいわ、教師の方々頑張ったのね。





アンナ様は、部屋の片隅の席でシャンパンのグラスを持ち、友人たちと微笑みながらその姿を見ている。彼女の笑顔は明るく、大きなイヤリングが揺れるたびに光を反射してきらめいた。


とっても綺麗な…ガラスだわ。





ふと、彼女の視線が、王太子へと向けられる。その視線に気づいた王太子との間に微かな微笑みが交わされていた。



「それでは、これから、この夜をさらに特別なものにするために、驚きの演出をご覧いただきます」




王太子が宣言すると、あっという間に大広間に舞台が出来上がった。



その後、舞台に現れたダンサーたちが披露した演目「星の調べと竜の伝説」は息をのむような美しさだった。星座を模した衣装が光と影の演出とともに動き、夢のような世界を描き出していた。




私たちは、他の招待客と一緒に見入っていたが、ふとアンナの視線が気になった。


彼女はグラスを手に、友人たちと微笑んでいたのに、私たちのドレスを見ると、どこか悔しげな表情をしていた。





「私もあのドレスに目をつけていましたのよ。教えてくだされば、もっと早く3人で揃えられましたのに」




ん? 3人で?  聞き間違いかしら?


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