第32話助けてまいりますわ

煌びやかな大広間では、シャンデリアの光がまばゆく、招待客たちが華やかな装いで会話を楽しんでいる。シャルロットが小声で囁く。




「聞いた? エルミーヌ。もっと早く3人で揃えられましたのに。ですって」




シャルロットが、扇子を口元に当てながら、不思議そうに言う。


今回も聞き間違いじゃなかったわ。




「確か、一度しかお会いしていないはずですよね?」



「その通りよ。それなのに、3人で揃えるなんて発想、すごいわね」



言葉には驚きが込められていた。



「布には目をつけていましたけれど、ドレスにまで目を向けていたなんて話は聞いていませんでしたわ」



「だめね。理解できないものを、無理に理解しようとしないほうがいいわ」


シャルロットがため息をつく。




「同感です。いくら考えてもわからないのですもの」


静かに頷く。そういえば…



大広間の少し離れた一角で席に座っているアンナ様。遠巻きに見ている来賓の視線を全く気にする様子もなく、じっと椅子に腰かけていた。

周りにいるのはご友人かしら。



「アンナ様、どうしてずっと座っていらっしゃるのかしら」




シャルロットに声を潜めて尋ねた。



「私が調べたところによれば、王太子の婚約者候補の者は、他の人とあまり接触できない、秘密保持のため決まった場所から動けないそうよ」



「そんな決まり、聞いたことありませんわ。でも…最近できたのでしょうか」



シャルロットは、笑いをこらえるように、口元に扇子を当てた。



「妃たちのどちらかの指示かもしれないわ。動き回って何かやらかしたら困るというところでしょう」



まあ…。



「それにしても、指示を守って大人しく座っていらっしゃるなんて。アンナ様、えらいですわね」


意外だわ。


シャルロットは、笑いを堪え切れない様子で言った。




「ふふふ、小さい子じゃないんだから。そう言われると、アンナって子。なんだか、可愛らしく見えてきたわ」





*****



「楽しそうね。何のお話かしら」



アンナ様の様子を2人で観察していると、不意にロザリア王女が現れた。彼女が私たちに近づくと、大広間の空気がわずかに張り詰めた。


彼女の気品ある佇まいが自然と人々の視線を集める。



「ロザリア王女、あそこに座っているのが、噂のアンナ様ですわ」



控えめに説明する。



「まあ、小動物みたいね」



ロザリア王女はアンナの方をじっと見つめ、柔らかく笑う。




「王太子の好みって、あんな感じなのね」



そう言って、口元を扇で隠すその仕草に、どこか余裕が漂っている。




「ロザリア王女、まさか、自信をなくされたのかしら?」



シャルロットが軽く冗談めかして尋ねると、王女は微笑んで肩をすくめた。




「ふふ、私が同じ土俵に立つ必要なんてないでしょう?」




彼女の言葉にも、余裕が感じられた。頼もしいわ。




「ふふ、ではロザリア王女、続いてあちらをご覧ください、我が国の王太子ですわ」



「あら、顔はいいわね」



ええ、王族はみな、美形ですもの。王家の血を引く公爵家の方々も美しい。




「私が手配をしておいた南国訛りのかたが、王太子に話しかけています。打合せ通り、今がチャンスですわ」



シャルロットが視線を向ける先では、一人の男性が王太子に近づいて話しかけている。




「まあ、おろおろしていらっしゃるわね」



「王太子は標準の共通言語しか話せませんもの。周囲をきょろきょろ…あら、あの目線。私たちに助けを求めているようにも見えますわ」



シャルロットがくすりと笑う。



恥ずかしい話だが、王太子の言語能力は限られている。彼が流暢に扱えるのは母国語と大陸共通言語だけ。


一方で、シャルロットと私は三か国語を話し、ロザリア王女に至っては五か国語を操る。




「あらあら、じゃあ、私が助けてまいりますわ」



ロザリア王女は軽やかに微笑む。




「第一印象は大事ですものね。まあ、任せてちょうだい」




そう言い残すと、彼女は優雅な足取りで広間の中央へと向かった。


その動きは緩やかで、けれど視線を引きつける確かな力を持っている。まるで彼女を中心に、宴席の空気が引き寄せられていくかのようだった。


視線を集めながら進むその姿は、舞台の主役さながらだった。




一方で、ロザリア王女がそばを離れると、私たちのところには待っていたかのように人々が集まり始めた。




「シャルロット様、エルミーヌ様! そのドレスのこと、ぜひお話を聞かせてくださいませ!」


「なんて素晴らしいデザインでしょう。とても斬新ですわ」


「ですが、このデザインを着こなすには、お二人のような完璧なプロポーションが必要ですわね!」



「この布…これは噂のシルクではありませんこと?  こんなにふんだんに使われているなんて!」


「もしや、仕入れに特別な伝手があるのでは?」




次々と質問が飛び交い、二人を取り囲む。


ちらりとシャルロットと目を合わせ、小さく微笑む。



「王太子のことはロザリア王女にお任せすればよろしいですわね」


「ええ。私たちは私たちの持ち場でしっかり務めましょう」



息を合わせるように頷くと、それぞれ微笑みを浮かべ、貴婦人や令嬢たちへと向き直った。




「こちらのデザインには、少々工夫がございますの。お分かりになりますか?」



「もちろん、この布についても特別なお話がございますわ。お気に召したのでしたら、ぜひお聞きくださいませ」





優雅な仕草で扇子を広げながら、話を始めた。




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