第30話2通の手紙

夜会の計画を商会の者と打ち合わせをしていると客室に、公爵様がわざわざ足を運んできてくださった。



珍しいことに手紙を2通も手にしている。



「シャルロット、エルミーヌ、手紙が2通届いたが、どちらから読む?」



公爵様は眉を上げながら、軽く笑って手紙を掲げた。その動作ひとつも、公爵家の威厳と優雅さが漂っているわ。



「どなたとどなたからです?」



シャルロットは小首を傾げながら尋ねた。

その仕草はどこか幼さを残しているが、瞳には好奇心が輝いていた。




「王家とヴィンだ」


シャルロットは、微笑みを浮かべながら、ためらいなく答えた。



「では、迷うことなく王家ですわ」


「迷うことなく、か」


公爵は呆れたように肩をすくめながらも、口元には微かに笑みが浮かぶ。



可哀想なヴィンセント様…。ふふふ。





その後、公爵が渡した手紙をじっくり読むシャルロット。



「これは…よし! やったわ!! エルミーヌ見て」




シャルロットは驚きに目を丸し、勢い良く手紙を渡してきた。




「これは、何ですの?」


にこにこしている2人を前にして受け取る。

あらこの書簡、国王の刻印がしてある。





「国王のお墨付きよ、これで私たちは、自由に次の婚約者を見つけられるわ」



本当だわ、次の婚約者は家ではなく個人で決めていいとの…王命




「よくわからない伯爵なんかのところへ、私の可愛いエルミーヌを嫁になんか出さないわ! エルミーヌの婿は、私の目にかなった者じゃないと許してあげないんだから」



「まあ、シャルロットったら…保護者のようなことを言って」



「王家からの予算があまりに低すぎるからな、このくらいの願いは聞いてもらって当然だ」



公爵は少し皮肉めいた口調で言いながら書簡を手に取り、誇らしげに言った。



「これでエルミーヌの父が何を言ってこようとも、国王の名のもとに断ることができるわ」




私は2人のその言葉を聞き、思わず息をのんだ。


「私のために…?」




「もちろん、でも私自身のためでもあるわ。貴族令嬢が自由恋愛をするなんて、考えるだけで楽しいと思わない?」


シャルロットが少し照れたように肩をすくめて答えたが、すぐに軽く笑みを浮かべて付け加えた。



「…誰でもいいというわけではないぞ?」


公爵の言葉には少し釘を刺すような響きがあったが、その視線は穏やかだった。




「王命ですから、お父様諦めてください」 



シャルロットは胸を張ってそう言い、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。




「ふふ冗談よ、お父様そんな顔をしないで、大丈夫ですわ。自分の身分に見合う相手を選ぶことだけはお約束いたします」


「そうか、それならいい」




公爵は安心したように頷いた。でも私は…




「とても嬉しいのですけど…私一人で婚約者を探せるかしら?条件が厳しいものになってしまうかも。婚家にまで父が押しかけてきそうですし」


お金をせびりに・・・


そのつぶやきに、公爵は一瞬考えるように目を細めた後、笑顔を浮かべて言った。




「余裕だろう。候補もいるしな、なあ、シャルロット」



シャルロットがその言葉に何かを思い出したように手を打った。



「ああ! 嬉しさで忘れていた。お兄様の手紙が、あったわ。お父様、お兄様のお手紙には何と書かれていましたの?」



シャルロットは少し身を乗り出しながら尋ねた。その声には期待が混じっている。



公爵は彼女の視線を受けて肩をすくめるように答えた。



「ああ、ヴィンからの手紙にはな、予定より早く戻ってくると書いてあった」



その言葉を聞いた瞬間、私の胸がわずかに高鳴るのを感じた。





それと同時に、控えめなノック音が廊下に響いた。




「旦那様、ヴィンセント様がお戻りになりました」




「早いな! あいつ、手紙を出した瞬間に出発でもしたんじゃないか? まったく性急なやつだ」




シャルロットも微笑みながら立ち上がり、一緒に階段を降りて玄関へ向かった。






そこには輝く笑顔で立つヴィンセント様の姿があった。旅路の疲れも感じさせないその姿に、心がぱっと明るくなる。




「お兄様、まだ夜会まで1か月ありますのに。お仕事はどうされたのです?」



シャルロットは、驚きと喜びが混ざった声で問いかけた。





「今年中に仕事をやめることは、前々から決めていたんだ」




ヴィンセント様は穏やかな笑顔で答えた。





「引継ぎを急いで済ませたんだよ。そのおかげで帰ってこれたわけさ。のんびりしていたフリードは今頃焦って引き継ぎ書を作っている。まあ、あと2週間はかかるだろうな」



その言葉にシャルロットは思わず苦笑いをした。





「あ、そうだ」


ヴィンセント様はカバンから分厚い封筒を取り出し、シャルロットに差し出した。



「シャルロットに手紙を預かっているぞ」




彼女は、それを受け取りながら封筒の厚さに目を丸くした。




「…安定の分厚さですわね。これ、まるでレポートですわ」




シャルロットの言葉には冗談めいた調子が含まれていたが、その顔には嬉しさが隠しきれなかった。


ヴィンセント様はそんな彼女を見て微笑んだ後、ふと私の髪飾りに目を留めた。




「ああ、エルミーヌその髪飾りをつけてくれていたんだね」



彼の声はどこか感慨深げだった。





「とっても似合っているよ」



「嬉しいですわ。ありがとうございます」



赤くなった頬を隠しながら、照れ隠しに目をそらした。





「さあ、夜会まであと1か月だ。ともにダンスの練習をして、主役を食ってやろう、エルミーヌ」




その言葉に、驚きつつも笑みがこぼれる。





「お兄様、ダンスもいいですけど、大事に報告もありますから、どうか私との時間もあとで、作ってくださいね」




「もちろんだ、愛しい妹の頼みなら喜んで」





ふふ、なんだか急ににぎやかになった感じがするわ。

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