第29話ここからが大事な話だー王宮にてー

side側妃




執務室の窓から差し込む陽光が、重々しい空気を一瞬だけ和らげる。


その空気を破ったのは、王妃様の控えめな声だった。




「ところで、陛下…なぜ王太子をこの場に呼ばなかったのですか?」




王妃様が眉を寄せて問いかける声に、微かな不安が混じる。その問いに、私は、はっと息を飲んだ。確かに、王太子は無関係ではないはず。ならば、なぜ呼ばれなかったのだろうか。



無関係でいいはずがない王太子を呼ばなかった理由。私もその問いに心がざわついた。



陛下はゆっくりと椅子に背を預け、その表情にわずかな笑みを浮かべた。




「ああ、ここからが大事な話だ」


その一言に、王妃様も私も思わず身を乗り出した。




「お前たち、『オセアリス王国のロザリア王女』を知っているか?」


「はい、もちろんですわ。次の夜会にもオセアリス王国の代表としてお越しになるとか」



王妃様は即座に答えたが、その声には微かな疑念が滲んでいた。私もその話題に引き込まれ、静かに言葉を足す。



「確か、数か月前までは王位継承権第1位だった方。美しく才能豊かな方だと聞き及んでいますわ。しかし、王子誕生を機にその座を譲られたとか…本当にお気の毒ですわ」



陛下はうなずき、深い声で言葉を重ねる。顔の笑みが深くなったわ。



「その王女とな…先日、シャルロットとエルミーヌが旅行先で知り合ったそうだ」


「まぁ、そうでしたの?」


王妃様の目が驚きで見開かれる。その反応を一瞥しつつ、陛下は話を続ける。



「その際、王女にはまだ婚約者がいないと聞き、シャルロットとエルミーヌが、何と!! 王太子はどうかと勧めてくれたそうだ」


「王女に、王太子を!?」


王妃様の声が跳ね上がり、私も思わず驚きに手を口元に当てた。ああ、手が震える。



「そ、それで…どうなりましたの?」



「いいかよく聞け。王女は、その提案を前向きに検討してくれるそうだ。そして、次の夜会には宰相を伴い、我が国を訪れる。その際、うまくいけばその場で婚約の取り決めを行う予定だ」


「まぁ! そんな好機が訪れるとは!」



王妃様は思わず立ち上がり、その声が喜びに震えているのがわかった。私の目にも涙が浮かぶ。



「あの子たち…婚約解消で名誉を傷つけ嫌な思いをしているのに…王家を離れても、こんな形で我が国を支えてくれるなんて…うぅ…」



感極まり、声が詰まる。ああ、いろいろ手を回しても見つけられなかった王太子の次の妃候補…。こんな好条件の方と縁を結べそうなんて…。



だが、陛下は軽く咳払いし、その感傷を遮るように静かに言った。



「泣くのはまだ早い。あくまで『検討してくれる、上手くいけば』という段階だ。しかし、なんとしてでも必ず婚約まで持ち込む。それが王太子の、いや我が国の未来にとって最後のチャンスだ」




その言葉に、王妃様は深く頷き、すぐに気を引き締めたように姿勢を正す。




「ええ、陛下のおっしゃる通りですわ。もとより跡を継ぐのは王太子しか考えておりませんでしたもの」




王妃様は、遅くに生まれた第2王子のことを、とてもかわいがっている。それでも次の王は王太子と曲げずに言ってくれている。


可愛い息子に重荷を背を背負わせたくないからなのか、その真意はわからないが、証明すると言わんばかりに第2王子が気に入った伯爵家の令嬢を早々に婚約者にした。地位が高くなく極めて優秀とはお世辞にも言えない令嬢だが、王子が望んでいる以上、挿げ替えることはないだろう。




私は、触発されるように、前のめりになって進言した。



「では、さっそく王太子にもこの話を伝え、準備に取り掛かるべきでは? 私、呼んで来ます!!」



きちんと説き伏せ、チャンスをものにするように伝えなくては!!


 

だが、陛下は手を軽く挙げてその言葉を制した。



「待て。それを今しなかった理由を考えてみろ。他国の、それもつい最近まで王位継承第1位だった王女だぞ。側妃として迎えるなど、そんな無礼は許されない。迎えるのであれば正妃だ」


「ええ、それは確かに…」



「だが、王太子に王女を正妃として迎えることを話したとして、あやつが素直に同意すると思うか?」



王妃様はため息をつき、わずかに眉をひそめた。



「…しませんわね」



ああ、我が息子ながら頭が痛い…結局アンナのこともまだ見限っておりませんし…




「その通りだ。だからこそ、慎重さが必要だ。幸いシャルロットたちが上手く演出してくれる手筈になっている。だから、我々は全面的に彼女たちをバックアップしなければならない」




「当然、全力を尽くしますわ! むしろ、こちらからお願いするべき話ですもの」




王妃様の瞳には、強い決意が宿る。その声には迷いがなかった。

陛下はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめる。その背中には、王国の未来を背負う者の覚悟がにじみ出ていた。



「いいか2人とも、これは我々の未来にかかわる話だ。必ず成功させるぞ」




その言葉に、私と王妃様は同時に頭を下げた。胸には重責と共に確かな決意が宿った。

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