第22話今日のお出かけ
朝の光が優しく窓辺を照らし、ダイニングルームには暖かな空気が漂っていた。テーブルには香ばしいパンと湯気の立つ紅茶が並び、心地よい朝の静けさが包み込む。
「今日はどこへ行こうか?」
ヴィンセント様が微笑みながら口を開く。その穏やかな声に誘われるように、部屋の空気がさらに柔らかく感じられた。
隣に座るシャルロットは紅茶を一口飲みながら、やや呆れた表情で答える。
「仕事は大丈夫なの? お兄様」
「大丈夫さ。2日くらい抜けても問題ない。フリードも仕事を休んで来るらしいしな」
その言葉にシャルロットは軽く目を瞬かせた。
そうだわ。
「ヴィンセント様、実は私たち、今日はカフェへ行こうかと思っていましたの。名産のソルトを使ったスイーツがあると聞いたのです。いいお店を知りませんか?」
その言葉を聞いた途端、ヴィンセント様の表情がぱっと明るくなった。
「ああ! エルミーヌ、任せてくれ。甘さと塩味の絶妙なバランスを楽しめるクッキーやブラウニー、ほんのり塩気を感じるキャラメルや塩チョコレート…何がいい? 好きなものがある店にしよう」
まあ、どれも素敵! ヴィンセント様は甘党だったかしら?
「さすがお兄様。そういうお店に詳しいのね。…誰と行ったのやら」
シャルロットの言葉に、ヴィンセント様は、一瞬言葉を詰まらせた。
「…シャルロット…。いや、違うんだ、エルミーヌ。…あっ、そうだ! 2人がこの国に来たら連れて行ってあげようと思っていた、とっておきの店があるんだ。そこにしよう。叶うのなら、いつか一緒に行こうと思っていたから、私も初めてなんだよ」
まあ! 嬉しいわ。
そのとき、ドアの向こうから声が聞こえた。
「フリード様が、お越しになりました」
シャルロットは嬉しそうに席を立ち、姿勢を整える。
「早いわね。では、エルミーヌ、準備をしにいきましょう」
*****
今日のために用意した薄いラベンダー色のワンピースは、ふんわりとした袖が優美で、どこか可憐な印象を与える。控えめに輝く刺繍が裾に施され、私の動きに合わせて光を反射する。
「エルミーヌ様、よくお似合いですわ」
侍女が微笑みながら言った。
「そうかしら?」
鏡越しに自分を見つめる。こんな服を着るもの初めて。少し恥ずかしいわ。
「エルミーヌ準備ができた? あら、よく似合うわ!」
「ふふ、シャルロット。あなたもよく似合うわ。何を着ても気品に満ちていますわ」
準備を整えて階下に降りると、すでに待っていたヴィンセント様とフリード様がこちらに視線を向けた。
「シャルロット…君はどんなものでも着こなしてしまうんだね」
フリード様が、やや驚いた声で言った。
ヴィンセント様も軽く咳払いをしながら頷く。
「そうだな。ワンピースを着ても優雅だ。エルミーヌもよく似合っている。薄いトーンの紫は柔らかく、華やかで知的な君にぴったりだ」
「褒めすぎですわ」
シャルロットと2人で、照れくさそうに視線を外す。
「いや、そんなことはないよ!」
フリード様が笑顔を浮かべた。
「ああ、2人とも、街に咲く可憐な花のようだ」
「も、もう! さあ、褒められすぎて遅くならないうちに出発しましょう」
シャルロットの顔が赤い。私の顔もきっと…。
心には、嬉しさと少しの恥ずかしさが混じった温かい感情が広がっていた。褒められ慣れていないから、私たち駄目ね。ふふ、感情が顔に出ないように、2人で特訓だわ。
*****
カフェに到着すると、甘い香りが店内いっぱいに漂っていた。ショーケースに並ぶ色とりどりのスイーツはどれも美しく、見ているだけで心が躍る。
「おすすめはどれかしら?」
シャルロットが尋ねると、ヴィンセント様は迷わず答えた。
「焼き菓子は持ち帰れるから、この塩モンブランなんかどうだ?」
全員、塩モンブランを頼み、来るのを待つ。ああ、楽しみだわ。
運ばれてきたモンブランをひと口頬張ると、マロンペーストの濃厚な甘さと、塩のアクセントが絶妙なバランスで舌に広がった。
一口ごとに味わいが変わり、飽きることなく楽しめわ。
カフェでの心地よい時間が過ぎ、塩モンブランの甘さと塩味の余韻を楽しみながら、軽やかに談笑が続いていた。そのとき、フリード様が少し照れくさそうに笑みを浮かべながら切り出された。
「この後ドレスを見に行かないか? 夜会用のドレスを私たちにプレゼントさせてほしい」
私たち? まあ、私にも!…でも…。
シャルロットを見やると、彼女は微かに微笑みながら口を開いた。
「ああ、私たちには、ダリオのドレスがありますので、お気遣いなく」
フリード様とヴィンセント様の表情が固まり、しばらく沈黙が訪れる。
『ダリオ』って誰だ?
二人がほぼ同時に問いかけ、その動揺を隠せていない。これはいけないわ。
「実は、私たち布やデザインを選んで、自分たち好みのものを作っておりまして…ダリオとはそのデザイナーですの。申し訳ありません」
静寂を破ったのは、フリード様だった。慌てた様子で手を振り、何とか気まずさを払拭しようとする。
「い、いや、気にしなくていいんだ。ドレスの件は諦めるよ。でも…次回こそ私たちに贈らせてくれないか?」
ヴィンセント様もようやく落ち着きを取り戻し、軽く頷く。
「ああ、それで構わない。ところで、そのドレスの色は何色なんだ?」
「ネイビーよ」シャルロットがさらりと答えた。
「私はオフホワイトですわ」
『全然、私たちの色じゃない…』ヴィンセント様たちが、小声で何かを言い合い、やや複雑な表情を浮かべた。
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