第23話贈り物をする権利

「さすがに疲れたわ」



シャルロットが馬車に揺られながら、微笑み混じりにそう呟いた。でも、その声には満足感も滲んでいる。あのあと、宝石店にも行った。真珠や珊瑚のアクセサリーがきれいだっので公爵夫人へのお土産としてシャルロットと買ったわ。



でも、私も少し疲れたわ。




「ははっ。じゃあ最後に、とっておきの場所に案内しよう」



ヴィンセント様が、少し意味深な笑みを浮かべて言った。




*****





馬車が向かったのは小高い丘だった。道中、木々の間からちらりと見える海の色は深い青で、地平線まで広がる広大さに胸が高鳴った。そして、馬車が止まり丘の上に立ったとき――目の前に広がる景色に、思わず息を呑んだ。


紺碧の海と、どこまでも続く白い砂浜。太陽の光が海面をきらめかせ、その輝きは宝石のよう。ヴィンセント様のお話ですと、まもなく太陽は海に引き込まれていくのだという。



私たちの国では、山に夕日が沈むけれども、ここでは、海に沈むのね。





「海に太陽が沈むの? まあ素敵!」


シャルロットが驚嘆の声を上げる。


「本当ですわ。ヴィンセント様、フリード様、ありがとうございます。こんな場所に連れてきていただけるなんて…感激ですわ」





潮風が優しく頬を撫で、髪を揺らす。その涼やかさに心が落ち着き、遠くから聞こえる波音が耳をくすぐった。



その様子を見ていたヴィンセント様が、微笑みながら言う。





「君たちの初めての旅が、特別なものになるようにと思っていた。この景色がその一部になれたなら、嬉しい」


「同感だ」とフリード様も頷き、目を細めた。




ヴィンセント様、フリード様の優しさに改めて感謝しながら、笑顔を浮かべた。





*****




丘の上から眺める絶景に、心地よい潮風を受けながら、今日一日を静かに思い返していた。どんどん太陽も沈んでいく。




ヴィンセント様――どんな場面でも絵になる外見。そのスタイルのよさと優れたファッションセンスが、さらに彼を輝かせている。もちろんフリード様も。



街中では、彼らを見る女性たちが皆、振り返り、頬を染めていたわね。


ふふ。夜会でも、ヴィンセント様の存在は間違いなく人々の視線を集め、私には嫉妬の目も向けられることだろう。






それに、彼の幅広い知識と深い会話の内容に、何度も感心させられたわ。軽やかなユーモアと温かい心遣いが添えられるその語り口は、ただ聞いているだけで楽しく、自然と笑顔になれるものだった。



お話ししているだけで楽しい気分になれる。本当に、素晴らしい一日だったわ…。






目を閉じ、深呼吸をして潮風を胸いっぱいに吸い込む。心が穏やかで満たされていくようだった。



そんなとき、不意に近づく気配を感じて目を開ける。振り返ると、ヴィンセント様が穏やかな微笑みを浮かべながら静かに近づいてきた。




夕日を受けて輝く彼の瞳、潮風に揺れる髪。その姿は、この美しい景色と見事に調和している。




「エルミーヌ、今日のこの時間が君にとって特別な思い出になったなら、私も嬉しいよ」


そう言って、彼は隣に腰を下ろした。その動きは柔らかく、波音に溶け込むようだった。




「ヴィンセント様…本当にありがとうございます。初めての旅が、こんなにも素敵なものになるなんて思いませんでした」




ヴィンセント様の瞳が少し柔らかさを増し、穏やかな声で続ける。




「君たちがこの国に来てくれたおかげだよ。君たちの笑顔や感動が、この国に新しい魅力をもたらしているんだ」



ふふ、大げさだわ。


そうは思うものの、その言葉に胸が熱くなり、視線を伏せる。




「エルミーヌ、今日の記念にこれを」




ヴィンセント様が差し出した小さな箱を受け取る。中を開けると、繊細な珊瑚で作られた美しい髪飾りが輝いていた。




「まあ…こんなに美しいものを…。いつの間に用意してくださったのですか?」




驚きと感動で目を見開きながら尋ねると、ヴィンセント様の微笑みに優しさが滲む。




「少し前にね。君の髪に映えるものだと思って買っておいたんだ」




その繊細なデザインに見惚れながらも、一つ気になることを尋ねた。




「ですが…私だけが、いただいてよいのでしょうか?」




その問いに、ヴィンセント様は軽やかに笑い、視線を少し先に向ける。


「ああ、妹への贈り物をする権利は、フリードに譲ったよ」




その視線の先には、フリード様がシャルロットに何かを手渡している姿があった。箱を開けるシャルロットが手にしている物は、美しい装飾が施されたブレスレットのようだった。




「ふふ、そうでしたか。それでは、遠慮なく受け取らせていただきますわ。ヴィンセント様、本当に素敵な贈り物を、そして忘れられない一日をありがとうございます」



髪飾りを胸に抱きながら微笑んだ。




沈みゆく夕日とともに、この日の思い出が心に刻まれていく。永遠に忘れられない、宝物になると確信していた。

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