第14話何とか内密に side王太子

side王太子




青空が広がり、柔らかな日差しが降り注ぐ穏やかな昼下がり。庭園に並べられたテーブルには、純白のテーブルクロスが美しく敷かれ、その上に淡い花柄のティーセットが揃えられている。心地よい風が、庭を彩る花々の香りを運び、空気を甘くしていた。


アンナは、小さなティーカップを手に取り、目を輝かせて香りを楽しんでいる。軽やかな笑みが浮かぶその顔は、まるで咲き誇る花のように生き生きとしている。私も、彼女の仕草や表情を眺めながら、ティーカップを持つ。




「ーでね。もう!  クリストファー様ったら聞いているんですか?」


アンナが、唇をとがらせ、じっとこちらを見つめている。可愛らしい眉間のしわが、その気持ちをそのまま表しているようで、思わず笑みがこぼれそうになるが、必死で抑えて頷く。



「ああ、アンナ。もちろん聞いているよ」



少しだけ不機嫌だった顔が、パッと満開の花のように咲いた。その笑顔には、見る者の心まで晴れやかにするような、まるで陽光を浴びた花々が一斉に咲き誇るかのような明るさがあった。



ああ、アンナは、やはりとても愛らしい。



この純真さとひたむきさが、どれほど私を惹きつけていることか…。





あの母上と言い争っているアンナは、まるで別人のようだった。恐ろしい顔つきで、意見を曲げないその姿は、普段の無邪気な彼女とは対照的で、唖然とした。




…ストレスだ。そうだ、そうに違いない。



過度なストレスは、人格をも変化させると聞いた。見知らぬ大人たちに囲まれ、慣れない宮廷の暮らしに耐え、次から次へと降りかかる妃教育。そのすべてが、彼女にとってどれほどの負担だったことか。見えないところでどれだけ苦しみ、耐えてきたのだろう。近々、兄のハインを王宮へ呼んでやるのもいいかもしれない。



あの恐ろしい顔つきも、負けてはいけないと、きっと無理をして作り上げたものだったに違いない。




あの一件以来、急ピッチで進んでいた妃教育は、急に緩やかになった。



以前のような厳しい内容ではなく、ダンスやマナー、食事の作法といった、ごく基本的なことだけになった。…妃教育では…ないな…。最低限の礼儀作法…。



『せめて、人前に出しても恥ずかしくないレベルにする教育に絞ることにしたわ』



母上の言葉には、どこか諦めの色が感じられた。アンナが、外で余計なことを言い出さないように家に帰さず、王宮に留めておく許可を父上からもらったとも、母上は、ため息交じりで言っていた。





アンナのセンスや才能を考慮すれば、優秀な側妃候補を新たに見つけないと、正妃の座にたどり着くのは難しいのかもしれない…。正妃どころか妾どまりだ。



…アンナには、正妃を諦めてもらわないといけないのかもしれない…そう考えてしまう自分がいることに気づき、胸が痛む。




先日、失敗したお茶会の名誉挽回のために、シャルロットとエルミーヌが協力してくれたと聞いた。アンナには内緒だが。



母上たちの頼みを受け入れて協力してくれるほどの余裕があるなら、どちらか一人でも側妃として残ってくれてたらよかったのに。そうしてくれたら、こんなにもアンナが苦しむことはなかっただろうし、私もこんなに悩むことはなかっただろうに。




『あなたの役目は、アンナがお茶会のことを察することがないよう気を配ること、当日はアンナを連れて外出すること』



母上から厳命を受け、当日はアンナを王宮から連れ出し、街で買い物をした。彼女は大喜びだったが…。


だから、実際にそのお茶会の様子を見ることはできなかった。しかし、王宮の者たちの話では、それは見事なものだったらしい。斬新かつ王家にふさわしいアイディアの数々は、流石としか言いようがないと皆、絶賛だった。




考えれば考えるほど、やはり彼女たちのうち、どちらか一人でも残っていれば…。





「また、ボーっとして。ひどいわ」




不意にアンナが声を上げ、私は我に返った。彼女の頬が再び、ぷくっとふくれているのが愛らしい。




「すまない。君の愛らしさに見とれていたんだ。許してくれるかい?」


「ふふ。じゃあ、しょうがないですわね。それで、先ほどのハンカチの話なのですが」




ハンカチ?




「実は、ほしいと思っていたハンカチが手に入らなくて…」


「特別なものなのかい?」




「ええ、手触りがすごくよくて、光沢もあるのです。以前、お友達が持っているのを見て、どこで買ったかを聞き、商会に問い合わせたところ入荷は未定だと…。せっかく、ハンカチに刺繍をしてクリストファー様にプレゼントしようと考えていましたのに…」



なんと、アンナが刺繍をしたハンカチ。それはぜひとも欲しい。





「在庫は本当にないのだろうか? なんという商会だい?」


「ブライトン商会ですわ。実はこの商会、先日、モンフォール公爵家の商会、ウィンチェスター商会の傘下に入ったと聞きましたの。ねえ、クリストファー様。知らない仲ではないのですし、何とかハンカチ、数枚手に入りませんか?」



知らない仲…元婚約者なのだが…複雑な心境が、胸にわだかまる。




「シャルロット様、あの時、お二人で側妃候補として手を挙げるとおっしゃっていたのに、結局、私たちを騙したじゃありませんか。ね、そのお詫びでと言えば、きっと何とかしてくださいますわ。商会が在庫の1枚も持っていないなんて、ありえませんもの」




確かにそう言われれば、お詫びか。そうだよな。そのくらいしてもらっても罰は当たらないだろう!





「よし、わかった。任せておけ。最近頑張っているアンナのために、何とかしてやろう!」


「本当ですか!  嬉しい! ハンカチが手に入りましたら、刺繍頑張りますわ!!」




母上たちには、決して2人に関わるなと言われているが…




ハンカチくらい、いいだろう。何とか内密に手紙を届ける手はずを整えよう。

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