第13話音楽と香りのお茶会

「私たちの真意が伝わったかしら、エルミーヌ」


「ふふ、どうでしょうね?」




手紙の言葉の裏はこうだ。




***




『王宮から退いたのに、手紙が届くとは思っても見ませんでした。もう、私たちに興味を持ってくれなくていいのですよ?


王太子との婚約を解消したのに依頼ですか? 王宮に行けるわけないでしょう。


でも、条件によっては協力いたしますわ。だって、条件は必要でございましょう?元婚約者を無償でいいように使うなんて外聞が悪すぎるもの。慰謝料もいただいておりませんし。


プランニング部門を通じてならお手伝いしますが、慰謝料をまだ用意できないのに、プランニングの費用は出せませんよね。仕方がありませんから今回は、無償でいいですわ。


代わりに、ちゃんとお茶会では、私たちの功績をちゃんと宣伝してくださいね。今までのように、自分たちの功績になんてさせませんわ。新しい一歩を踏み出そうとしている私たち。まだそれを利用しようとしている王家。賛辞が集まるのはどちらかしら』




***




「王妃殿下達から裏のなさそうな喜びの返事が届いたところを見ると、隠れた真意には気付かなかったようね」




王宮から届いた返事を手にしたシャルロットは、封筒の優美な装飾に指を這わせながら、軽く口元を歪めた。綴られていたのは、期待に満ちた承諾の言葉だけで、そこにはわずかな疑念すら見られない。彼女は喉元で含み笑いを漏らした。




「まあいいわ。開かれたお茶会が華やかであればあるほど、過去の功績が誰のおかげなのか、噂好きな夫人たちの間で噂は一層豊かに膨らんでいくでしょうし」




シャルロットはゆっくりと椅子に腰を下ろし、指を組みながら瞼を閉じ、しばし静かに思考を巡らせているように見えた。




「そうですわね。話に尾ひれをつけることにかけては夫人たちは得意でしょうから、言葉巧みに『こうだったに違いない』と語り、気づけばその噂話は街の隅々にまで広がっていく…。安易な発言はできないと王妃殿下たちもわかっておられるでしょうに」




私の言葉にシャルロットは、満足げに微笑んだ。





「わかっておられるかしら。ふふ。では、エルミーヌ。早速、お茶会の計画を立てましょうか」


「それなら、まずは、茶葉ですわ。昔断られたことがあるからこそ、今度はどうしても変えたいですわ」


「今回はきっと否とは言えないでしょうね。それから…せっかくだから、王宮の優秀な楽団にも協力してもらうのはどうかしら」


「まあ、それは素敵な考えですわ」




互いの案をひとつひとつ丁寧に確認し合いながら、計画は次第に具体性を帯びていく。緻密に練られた計画は、お茶会をただ華やかな場に留めることなく、出席者たちに深い印象を残し、後にまで語り継がれるだろう。 




こうして、お茶会に向けた準備が本格的に進み始めた。




***


ーお茶会当日ー side側妃





賑やかな午後、広い部屋に集まった人々の声が軽やかに響き渡る。壁一面に飾られた花々が、まるで絵画のように空間を彩り、テーブルのカラフルなスイーツとの色の統一感もあった。




参加者たちは、テーブルを囲みながら楽しげに会話を交わす。心地よい音楽が会話の邪魔にならないよう背景で流れている。まず、ローズの紅茶がサーブされると、穏やかなクラシック音楽が静かに響き始め、部屋全体に優雅な雰囲気が広がった。その香りが立ち込めると、参加者たちの目が一斉にその香りを感じ取るかのように、うっとりとしだした。



「なんて優雅なのでしょう」


ひとりの夫人がお茶を口にする。隣の夫人も、うなずきながらティーカップを手に取り、香りに包まれるようにゆっくりとお茶を飲む。






次に、フルーツ系の紅茶が登場すると、部屋の雰囲気が一気に明るくなる。甘酸っぱいベリーの香りがあたりに広がり、軽快なリズムの曲が流れ始める。参加者たちの表情が一変し、笑顔がこぼれた。女性たちはスイーツに手を伸ばし、会話も弾んでいる。



「このフルーツティー、すごく美味しいですわ!」


と声をあげる人もいれば、先の穏やかな曲とは打って変わった気分の弾む音楽に合わせて軽く身体を揺らす人もいる。みんなが一体となって、このひとときを楽しんでいる。






さらに、ミントティーがテーブルに登場すると、香りが一変して爽やかさをもたらす。皆がその清涼感に包まれる。爽快メロディーも流れ始め、まるで心がすっと軽くなるような気がした。大きな窓からは、外の風が吹き込み、会場の中にも自然の息吹を感じることができる。


お茶とスイーツを楽しみながら、参加者たちは香りと音楽に包まれて、まるで五感が一つになったような感覚を味わっていた。誰もがその瞬間に浸り、まるでひとつの大きな物語の中にいるような気持ちになっていた。





時間が経つにつれ、香りと音楽は次々と変化し、参加者たちの心を次々と別の世界へと導いていく。外の光が徐々に薄れていく中、部屋の中には暖かな灯りとともに、心地よい余韻が残り続けた。




すごいわ。想像していた以上の出来ね。…ああ、義理の娘たちにならなかったことが本当に悔やまれる。


興奮した様子の夫人たちが、駆け寄ってくる。



「王妃殿下、側妃殿下。本当に素晴らしいお茶会ですわ。私は感動しております。こんなにも格式高く、優雅な場を設けていただけるなんて…」


「今日の装飾や楽団の演奏も、どれも美しくて…」




口々にそう述べ、深々と頭を垂れた。王妃様は、少し申し訳なさそうに首を傾げて話した。




「この前は本当にごめんなさいね。とある令嬢にチャンスを与えようとしたのだけれど…うまくいかなくて。私の判断が少し甘かったのかもしれないわ」


「そんなこと…ええ、やはりこのような素晴らしいお茶会こそ、王妃殿下たちの真骨頂ですわ」




夫人の賛辞に、王妃様は満足げに微笑んだ。そして、周囲をそっと見回しながら、打ち明けるように語りかける。




「実はね、今回はシャルロットとエルミーヌにお手伝いをお願いしましたの。彼女たちは、公爵家の商会でこのようなお茶会のプランニング部門を立ち上げたそうなの。私たちが婚約解消を望んでいたわけではないにしても、結果として彼女たちに不利益を与えてしまったのは事実ですもの。少しでも力になりたくて。私たちは、あの子たちとは何のわだかまりもないの。今回も快く協力してくれましたわ。皆様も、どうか彼女たちをぜひ支えてあげてください」



「あ、あら…そうでしたの? さ、流石、王妃殿下、なんてお優しいのでしょう」




王妃様の言葉に、夫人たちは顔を見合わせ、少し驚いた様子を見せた。




「え、ええ。王妃殿下のような完璧なお茶会には及ばないでしょうけれど…ぜひ、彼女たちに、ご助力をお願いしたいですわ」




やがて、場の雰囲気はまた和み、夫人たちは楽しげな声で互いのお茶会への思いや理想を語り合い始めた。そんな彼女たちの様子を見つめながら、王妃様は目を細め、柔らかな微笑みを浮かべた。


夫人たちの最後の反応に一抹の不安は残るが、何はともあれ、王家の名に恥じないお茶会として無事に終わることができた。





…ああ、王太子とアンナのことはどうしたらいいのかしら。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る