第15話今度は何ですの?
手紙の表面に書かれた王太子殿下の名前を見て、シャルロットの目が一瞬冷たく細められる。
「だから、なぜ婚約を解消した家に平気で頼みごとの手紙を送ってこられるのかしら?」
シャルロットは手紙を読み進めながら、呆れたように呟いている。
「今度は何ですの?」
もう散々振り回されてきた私たちを、また振り回しに来たのですわね。
内密にと言付けされた手紙が、王太子殿下の友人で、アンナ様のお兄様でもあるハイン様を通じて届いた。
子爵家のご当主は、このことをご存じなのかしら? 子爵様は、とてもまともな方ですもの。あとから巻き込まれたことを知ったら…心底、気の毒だわ。
シャルロットから受け取った手紙を、じっくりと見る。
手紙の中身はというと、どうやら「ハンカチが欲しいから手配してほしい」という内容らしい。それだけでも十分に驚きだが、さらに「自分たちへの詫びもかねて…」と言われてしまうと…ふふ。笑ってしまいますわ。まるでこちらが何かを許してもらわなければならないかのような言い回しを含ませて…。
あら? こんな書き方もできるようになりましたのね王太子。そう考えると、なんだか少し、感慨深いですわ。
「『お詫び』ですって? 私たちの婚約への詫びや慰謝料も用意できていないのに、どの口が詫びを寄越せって言うのかしら…。王家って、本当に図々しいわね。あら? 似たようなこと、つい最近言ったばかりじゃなかったかしら?」
そうでしたわね。
シャルロットの声には、怒りと冷笑が入り混じり、王家の無神経さに対する失望感が強く滲んでいる。まるで、私たちが婚約破棄したことをすっかり忘れているかのような、厚顔無恥な態度には、ええ、私も呆れますわ。
婚約者ではなくなったのに、まだ便利に利用できると思っていらっしゃるのかしら?私たちが、今まで通り気を使わなければならない理由はどこにもないのに。困った人たち。
正直なところ、もう少し私たちの気持ちを考えて欲しいと思うが、それも無理な話かもしれないわね。
それにしても
「ふふ、あのハンカチに目をつけるなんて、アンナ様、意外と目が確かですのね」
「まあ、気付いて、動き出すのが一歩遅かったわね。ふふ、あの布は私たちの物よ。でも、断っても、しつこく催促してきそうね…。ああ、面倒だわ」
シャルロットが肩をすくめると、ため息をついた。その声には少し疲れが滲んでいる。
面倒だと思いつつも、結局は何らかの形で対応せざるを得ないだろうという、諦めにも似た思いがこもっているのだ。
「あっ! そういえば、色を染める前にカットした端切れがあったはずよね?」
シャルロットが、布の端切れのことを言い出した。
ああ、確かに、布を染める前にカットした部分があった。それは中途半端に切り取られていたが、そうね、十分に役立つわ。
「ええ、確かに。それは、ダリオには渡していませんわ…ハンカチではないけれど、その端切れのまま渡してしまいましょうか。王宮で誰かがハンカチに仕立ててくれるでしょうし」
私は思案してから答える。その端切れであれば、王宮で誰かがうまく仕立ててくれるだろう。無理にハンカチにする必要もないし、これで十分でしょう。
「そうね、では私が、手紙を書くわ」
「ありがとうございますシャルロット。私は、布の準備をしてきますわね」
とりあえずこれでひとまず安心ですわ。
*****
side王太子
しばらくして、包みと手紙が王宮に届いた。その知らせを聞いた瞬間、思わず歓喜の声を上げてしまった。
添えられていた手紙を読む。
その手紙に広がるのは、私が想像した通りの結果だった。
「一度は退き、側妃としてお仕えする案も悪くないと思いましたが、冷静に考えれば、私たちの身分を鑑みると、それは無謀な提案でしたね。再びお傍でお仕えできないことを、心からお詫び申し上げます。
国と王家のために尽力したいという気持ちは、この国の貴族として今も変わらず強く抱いております。
直接お会いしお話しすることが二度と叶わないことを心苦しく思いますが、私たちは毎日多忙を極めながら、この国のために励んでおります。
さて、お求めのハンカチについてですが、現在、布の生産に時間を要しており、軌道に乗るには早くても3ヶ月ほどかかる見込みです。しかし、できる限りお応えしたいと思い、あちこち手を回して少しだけ布を手に入れることができました。ハンカチにしてお贈りすることも考えましたが、お待たせするのも忍びなく、また王宮には優秀な侍女が多くいらっしゃることを考慮し、取り急ぎお送りすることにしました。
ハンカチ用としての布は、今後も、普及が僅かだと思われます。お気に召していただきましたら、ぜひ王家の皆様にも、ご使用いただきたく思います。
今後は、今までのように、願いを簡単に聞くこともできませんが、もし成果が上がった際には何らかの形でご報告できればと思っております。王太子殿下におかれましては執務に、アンナ様におかれましては妃教育にお忙しいことと存じますが、くれぐれもお身体にお気をつけて、ご健勝にお過ごしください。」
すごいハンカチ数枚分はある布だ。これでアンナは大喜びだ。
うん、なんだかんだ言って、2人が私を支えてくれるつもりがあるのは変わらない。ありがたいことだ。
そうなると、ますます側妃として一人傍に置きたかったが…そうか、急に正妃候補ではなくなって、あの優秀な2人も冷静ではなかったということか。ならば仕方がない。
しかし、これからも良好な関係が気付けそうで安心した。
それに…この布、どうやら希少なもののようだ。それはそうだ、このように美しく素晴らしい手触りの物など初めて見た。そうだ! アンナが刺繍したものを父上たちにもプレゼントしたら、アンナの評価も上がるやもしれない。
さあ、さっそくアンナに、この良い知らせを届けてあげよう。
※手紙の真意
( 無謀な提案に気付かないのは冷静に考えられない王太子のせいであって、私たちのせいではないわ。
詫びってどういうこと?傍でお仕えすることは2度とないのよ。それに、国の利益のために働いている私たちのことは構わないでもらえるかしら。忙しいのだから!
ハンカチは、今、苦労して生産しているのに簡単にほしいだなんて本気?お金を払う気もないんでしょう?慰謝料はどうなったのかしら。
端切れはあげるから自由に使ってちょうだい。そうね、王家に人たちにもあげたらどうかしら。今後ハンカチではなく、ほとんどをドレスに使う予定だけど、布の良さを王家皆で味わうといいわ。
きっと、頼まなくてもたくさんの人に自慢してくださるでしょう。そうすると、その布をふんだんに使用したドレスをお披露目するころには、貴族に布の評判も広がっていることでしょうね。こちらから連絡するまでは、よい広告塔になってください。
私たちには関係ないけど、執務や妃教育もしっかりやっているのかしら。それこそ時間は足りてるの?倒れるくらいまで頑張らなくては、これから大変だってわかっているのかしら )
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