第5話高畑の誤算

朝、藤岡はLINEの通知音で起きた。

午前11時過ぎ。

高畑からだった。いつかは、コイツを本気で叱らなくてはいけない。

しかし、LINEには長々と謝罪の文章があった。

そして、日曜日の昼15時に海鮮居酒屋の嘉文で待ち合わせした。

ダウンジャケットを羽織り、マフラーをして寒空の下、店まで向かった。

藤岡が到着すると、既に高畑は待っていた。そして、

「昨日はすいませんでした」

と、謝る。

藤岡は、

「話しは飲んでからだ」

と、言って店に入った。

寒いので、熱燗を飲み始めた2人は黙ってツマミをつつく。


「あのう、僕には何が足り無いのでしょうか?」

「聞かな分からんことか?」

「……」

「お前、最近同じ夜勤者から不満の声が上がって来ているぞ。それに、女性をファッション感覚で扱ってないか?」

「……い、いえ」

「あのなぁ、女を選ぶのはお前の勝手だ。だが、夜勤の事といい、自分を中心に考えてはいかんぞ!それと、稼げるようにならない内に、女を誘うとは言語道断。まさか、誘っておいて割り勘って考えてねぇよな?」

「……いけまんせんか?」

高畑はぬるくなった、熱燗を苦水の如く飲む。

藤岡は、もう終始イライラしていた。

「あのなぁ〜、今のやつらは円単位で割り勘にするようだが、大人の世界では情けねぇぞ」

藤岡は、もう少しでキレそうだ。


「藤岡さん。勉強させて下さい。1カ月で良いです。藤岡の下で、働かせて下さい」

「……お前、本気か?」

「はい」

「でもなぁ、田中で手一杯なんだ。……しょうがねえなぁ。研修って事でな。でも、お前オレの下で何を勉強するんだ?」

高畑は伏し目勝ちに、 

「仕事の運び方と、プライベートとの両立の事です」

藤岡は、ホッケをグリグリしながら、

「仕事とプライベートねぇ~」

「お願い致します」 


藤岡はキレるのを通りこして呆れた。


「じゃ、来月、介護リーダーとシフトを調整して、1カ月だけだからな?」

「はい」

「じゃ、飲め!」

「はいっ!」


高畑は破顔した。

藤岡はまた、問題を抱えてしまった。給料を変える事は出来ない。福祉業界は給料が低い。

最近、見直しされたが、一介の介護者は苦しいのだ。

その面から言うと、藤岡はもらう方だ。

また、安居酒屋しか行かないのでへそくりも作っている。


3時間ほど高畑と飲んで、帰宅した。

帰ると、嫁さんが夕飯を作っていた。

カツカレー。

嫁さんは、缶ビールを飲んでいた。子供達は麦茶。藤岡は、ポカリスエット。


2月になった。

高畑はスラックスにワイシャツ姿で現れた。

さて、何の仕事をさせようか?

とりあえず、区分認定の際の資料をまとめてもらう事にした。

彼は一生懸命だった。

だが、給料は変わらない。

だから、仕事帰りに飲み屋に行くのは暫く辞めていた。


ある日。

昼メシに五十嵐ラーメン屋でラーメンを食べていた。そこに和田が現れた。

「やぁ、藤岡君もここか?美味しいからね」

「うん、子供頃から五十嵐ラーメン一筋」

「今夜は飲むか?3人で」

「良いねぇ~、和田先生」

「じゃ、18時に小料理屋早水で良いよね?」

「うん、鯉の洗いが食べたいね」

「……高畑、お前、夜大丈夫だよな?」

「はいっ!」


18時。小料理屋早水前。

先に和田と高畑が店に入り、藤岡は遅れて入ってきた。

「オイッスー」

『オイッスー』

藤岡がそう言って入店すると、常連さんが喜ぶ。

「もいっちょ!オイッスー」

『オイッスー』


高畑はこれが、大人の飲みなのか?不安を感じていた。

鯉の洗いが出てきた。酢みそで食べると美味。

高畑は初めて食べた。

また、鯉の皮が出てきた。これは、珍味中の珍味。

藤岡と和田の料理センスに驚いた。

冬の鯉は秋にエサを食べて、脂が乗っている。

芋焼酎のお湯割りは最高。

高畑は少し大人に近付いた様に考えれた。

しかも、藤岡と和田は飲みながら仕事の話はしていない。

オン・オフが出来ている。

コレも、見習わないといけない。

シメは、梅茶漬け。

21時には解散した。高畑は藤岡と和田にお礼を言って去って行った。

高畑は、本屋に立ち寄り、酒とツマミの本を買って帰った。

彼は成長していくための登竜門だった。酒の飲み方の勉強。

これから、変わるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らは酒道に生きる 羽弦トリス @September-0919

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ