ヤマシタ アキヒロ

第1話

  歌



少年は歌が好きであった。


幼いころ、母の寝物語に子守唄を聞いて以来、歌は彼にとって、嬉しいにつけ悲しいにつけ、常に欠くべからざるものであった。


少年の家は貧しく、友がみな勉学に勤しむ間、彼は学校へも行かず、家の畑仕事を手伝った。父は早くに亡くなり、しだいに年老いて行く母を助けるため、彼はいっしょうけんめい働いた。


つらい労働の間も、彼の唇にはいつも歌があった。歌っていさえすれば、すべての憂さや悲しみも、すぐに忘れることが出来た。歌の好きな少年の噂は、いつか村じゅうに知れわたった。


そしてある日のこと、少年の国は有事に見舞われた。年ごろの彼は、一家の大切な働き手にも関わらず、徴兵の対象となった。母が一人になることなど、国は少しも顧みなかった。


少年は母に向かってさよならを告げた。何も残してやれないので、ささやかながら歌を歌った。母はしずかにそれを聞いた。


戦地に赴き、少年は勇敢に戦った。やがて左腕を失った。幸い命は無事だったので、その後、後方勤務に回ることになった。傷病兵の手当てや食事の世話を受け持った。


戦火はさらに激しくなり、ついに決戦の時を迎えた。あすは総攻撃、という日の夜、全員総出による決起会が行われた。


総大将の訓辞のあと、酒盛りが行われた。左手のない少年の、出陣は見送られた。せめてものはなむけにと、彼はみんなの前で歌を歌った。


それは勇壮な戦地にふさわしくない、どこかなつかしさを感じさせる歌であった。それでもみんなは、酒盛りの手を止め、しずかにそれに聞き入った。


翌日の戦闘は酸鼻を極めた。両軍の兵士の多くが命を落とした。戦局はしだいに劣勢となり、少年のいる本陣にも火の手が上がった。そしてついに、彼自らも帰らぬ人となった。


数ヶ月後、戦火も収まり、少年の母親のもとへ、生き残った兵士が見舞いに訪れた。母はやせ細り、皺が増えていた。


兵士は少年の献身的な活躍を母親に告げ、深々と頭を下げた。そして思い出したように、少年が歌った歌を、うろ覚えながら歌ってみせた。母はしずかに涙を流した。


村に平和が戻った。


少年はいなくなり、歌だけが残った。


                        (了)

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