修羅場

八木沼アイ

修羅場

 「今日は友だちとイルミネーション行くので一緒に帰れません、明日は一緒に帰れます!」

 そういった彼女は、スタバで彼氏と並んでいた。


 放課後、俺は、友人のRと服を買いに来ていた。明日、彼女に会ってかっこいいと思われたかったからだ。意気揚々と服を選んでいた。Rは服や靴に詳しく、セットアップを一緒に考えてくれたり、彼のプレゼン力に負け、予定にない靴まで買ってしまった。出費はかさんだが、後悔はない。なぜなら、明日彼女に会えるからである。ウキウキして、胸が高鳴るのを感じた。今頃、彼女は近くの公園でのイルミネーションを友だちと見ているんだろうなと思いながら。


 俺は、ここまで付き合ってくれたお礼に、Rにスタバを奢ろうと考えた。俺はいいよと遠慮がちだったRも、俺の圧に折れて飲むことになり、早速足を運んだ。注文を済ませ、受け取り場所に並ぶ。レジのすぐ横なので、無料で出されたブラックコーヒーを持ちながらその時を持つ。


「ここまでありがとう、靴だけでここまで変わるとは思いもしなかった。」

「いやいや、お前が靴の良さに気づいてくれてよかったよ」


 そんな他愛のない話をしながら、ふと入口の方に目をやった。

今見ているありのままを話す。友達とイルミネーションに行ったはずの彼女が彼氏を連れて、スタバの新作メニューを頼んでいた。俺は、前から聞いている彼氏の情報と一瞬で照らし合わせた。だが、そんなことをする以前に、もう彼が、彼氏であることが、その姿を見る限り、必然であった。

 俺は心臓が飛び出すかと思うぐらいの、一発のでかい振動が体を揺らし、視界を揺らした。今、悪夢を見ている。だが、手に持っているコーヒが振動をやめなかった。現実なのだ。すぐに目を戻し、Rと目を合わせる。


「見ちゃった」

「...何を見たんだ」

「彼女が彼氏といるところ」

「...」

 Rも何かを察したらしく、俺達は、苦いであろうコーヒーを飲みほした。


 注文した新作メニューを受け取ると、外の机の方に行こうと提案し、その場をあとにした。室内を背にするように座り、俺は口を開いた。


「まじかあ」


 それが限界だった。呆れ、怒り、嫉妬、冷笑、哀しみ。もう感情はぐちゃぐちゃだった。もう俺は彼女の前で、うまく笑える気がしない。俺は、こんなことあるかと、不満と怒りを吐露した。Rも俺に同情してくれた。せっかく買った服も靴も、なんだか虚しいものになってしまった。それらに罪はないのに。神を呪った。なんでこんな仕打ちを受けなければならないのか。これまでも思い出も、すべてが灰のように思えてきてしまった。

 そしてこれが一番悲しく、胸に引っかかった。彼女に嘘を付かれたことだ。信頼していた、心のどこかでは願っていた。そうでなければ、こんなにも傷心しきっているのが嘘になってしまうではないか。涙は出なかった。なんだかもう、どうでもよくなっていた。自暴自棄に近いのかもしれない。


 新作メニューの味は、嘘みたいに甘ったるく、外の夜風に俺をさらした。人が孤独を感じるとき、それは一人でいるときだけではない。多分、人に裏切られたと感じるとき、孤独はすぐ隣にいる。俺は今回の件で、そう思った。


 復讐をしようと、口では簡単に言えるが、行動に移すとなると難しい。計画を話し合うもすべてが荒唐無稽で、机上の空論だった。時間が過ぎ、俺たちは駐輪場へ向かう。少し喋ったあと、また明日といって、その場を去った。駅から行き交う人々を避け、帰路を辿る。なぜだか、いつもよりその帰路は長く感じ、過ぎ去る風は冷たさを増した。

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