不毛な相談
泉田聖
不毛な相談
隣のクラスの人に告白されたんだ。
彼女がそんなことを口走ったのは、学校から最寄りのコンビニ前だった。
僕が奢ったほっとレモンのボトルを両手で持って、悴んだ手を温めている彼女は視界の先で降っている初雪を眺めていた。
くっきりとした二重瞼で瞬きして、マフラーに隠していた桃色の唇を露わにする。また一口ほっとレモンを煽った彼女は、やがて白い吐息を紫煙のように吐き出した。
「あっそ。……よかったじゃん」
「付き合うのか」とか「そいつのこと好きなのか」とか聞けなかったのは、きっと僕が臆病だからだ。答えにイエスかノーしか選択肢の存在しない問いかけをしてしまうと、彼女のと距離が遠くなる気がした。
だから臆病な僕から飛び出したのは無関心を装った動揺だった。
彼女を愛してくれる人が地球上にまた一人増えたことを祝福するしか、度胸のない僕にできることはなかった。
「なにそれ。気にならないの? 私がその人と付き合うのか、とか」
肩をすくめて微笑して彼女が言う。
きっと彼女の事を好きになったやつは、彼女のこういう屈託ないところが好きになったのだろう。夏は眩しい白い肌が、冬は赤くなった鼻先や耳が似合うのは僕が知る限り彼女ただ一人だった。
「別に……気にしてない。付き合うくらい普通だろ。もう高校生なんだし。お前が好きなようにしたらいいんじゃないのか」
また素っ気ないふりをしてしまう。
中学のころに沁みついてしまった悪い癖だ。
僕と彼女は腐れ縁で、保育園から小中高と同じ学校、同じクラス——果てには同じ美術部に所属していた。
そのせいで中学の頃は周りから「付き合ってしまえ」と茶化され続けて、嫌気のさした僕は彼女との関係を茶化されるのがたまらなく迷惑なふりをして、素っ気ない態度を取るようになった。
彼女が告白された報告を僕にしてくるようになったのは、今になって思えば同じ時期からだった気がする。
「好きなようにって。いつもそればっかりじゃん」
「お前のことなんだからお前が決めろよ。それじゃ、僕が付き合えって言ったらそいつと付き合うのかよ」
「それは……」
「嫌なんだろ」
「まぁ、うん」
告白の報告があった時に必ずあるやり取りだった。
これで六回目。中学三年生の夏から、高校一年生のこの冬までのたった一年半で六回目だ。この調子でいくと高校卒業までに少なくともあと一〇回以上はこの不毛なやり取りを交わす羽目になる。
「……いい加減はっきりその場で断れよ。別に僕に相談しなくても答えはいつも同じなんだから」
言いつつほっとレモンを口に含んだ。
ほんの僅かに温度は下がっていて、あの温かい夢見心地な感覚はもうない。僕を現実に引き留めるようにぬるくなっていた。
「それだと私に即答する理由があるみたいな誤解を招きそうでなんかやだ。……また中学の時みたいに茶化されたくないし」
「……それは同意」
「だいたい、君だって悪いんだからね。私が告白されたって言ったら、いっつも逃げようとするじゃん。君がどう思うのかを私は聞いてるのに」
拗ねたように彼女が唇を尖らせた。
「君はどう思ってるの? 私が誰かと付き合ったら、嫌? それとも清々する?」
「それは……」
返答に迷う。
嫌だ、と言えばそれは『ある意味でのイエス』となる。僕は彼女が他人と付き合うのが耐えられない。そう口にすると、僕たちの関係が大きく揺らいでしまう気がして怖かった。
かと言って清々する、なんて口にしてしまった日には彼女は他の誰かに意識を向けてしまう。こうして帰りのバスを一緒に待つことはなくなるだろうし、あの不毛な時間を過ごすこともなくなってしまう。
僕が返答に迷っている内に、視界の端に信号待ちの市バスが見えた。
現れた救世主に置き去りにされないように僕はコンビニの影から飛び出す。頭に雪を被りながらバス停に到着すると、遅れてやってきた彼女が雪を被りながら笑った。
「雪、冷たいね」
彼女はそうやって不毛な言葉ばかりを僕に向けてくる。
僕もならって、
「うん。冷たい」
そんな言葉を並べて返し、停まったバスに僕たちは乗り込んだ。
不毛な相談 泉田聖 @till0329
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