黄昏の語り第三章三話
「3」
冴え冴えとした朝は清々しモノがある。
夏に向かい段々と暑く成る中、涼しげな朝は身に染みる。
が、動きづらい、なんだこれは?
熊の爪?
「……」
熊獣人?女?寝てる?服は?何で氷属性魔力を放散させている?
「おい、てめえ誰だ?何でベッドにもぐりこんだ?起きろっ!」
トマは駄犬のように吠えた。が起きない、全裸で腹を掻いている女、凄まじい高身長だ。恐らくは2メートル80センチはある。そしてもう片手でトマを掴んで離さない。異様な女だった。
まず顔が良い、次にプロポーションが良い、髪が美しく腰まで延び、そして腕がデカい。
肌色は見える部分で浅黒く、腕が両肩首から指先まで熊毛で覆われ異常肥大している。毛皮の色は冴え冴えとした薄い青、髪も青、ほかの毛も青、属性意味は氷結魔法に適正ありである。爪もデカい、一本一本、大人の拳よりデカくて長い爪が五本も生えている。腹筋はバキバキ、胸は形よくでかい、腰は細く、尻はでかいが筋肉でビキビキ、その下の足は矢張り熊の毛皮で覆われている。
尻と言うか、背中側から四本の魔法的な鎖が発生して体の回りを黒色で漂い絡みつき不規則にゆっくり動いている。頭部には熊の丸耳と言うよりネコか犬みたいな大きな三角獣耳が生えている。
つらには、入れ墨みたいなラインが入っていて薄く輝き目元から涙みたいに伸びて首を抜け胸にたどり着き下腹部で複雑文様を描く。生まれながらの魔方陣を直線入れ墨のように持ち、意味は剛妖が先祖にいて当人もまた人より魔物に近いことを証明している。
こんな魔物じみた熊獣人は見た事ない。
鑑定魔法をトマは使用して観察……、
「危険、高位魔獣、キメラ、新種、成長中、最高位魔獣に変異中、討伐非推奨、逃走推奨、危険、氷属性系熊型、白色魔法鉱石の防壁厚み四メートルを一撃で叩き砕く、尚、筋肉出力増大中、危険、戦闘非推奨、危険、逃走推奨、危険、覚醒迄あと12秒」
トマはそっとベッドから離れようとした。
が、出来ない。人型魔獣がトマの腹を掴んで離さない。
焦る、急ぐ、慌てる。しかし音を立ててはいけない、トマは全力で爪と格闘した。
「が?」
相手が起きてしまった……。
トマはバレたから走って逃げようとするが爪はびくともしない。
「……」」
見つめ合う男女。
一方は不幸な仲間を見捨てない義理堅い漢。
一方は愛を溢れさせて男求める寂しがりやな美女。
この運命的出会いに何も起きないハズも無く、美女はにたりと笑う。
トマを捕獲して抱しめる。
「ガ――――!!!」
歓喜の雄たけびである。いや、太古の偉大な先達に敬意を表し「雌たけび」と評すべきかもしれないが面倒臭いので雄たけびで統一する物とする。
そう、キメラ化した夜の馬鹿共は邪神エヴォディーカの凶悪な洗脳魔法で、魂まで汚染され、変質固定。タロン族の陰謀を躱し反撃する為の魔法プログラムにのっとり手近な人族に一目惚れする生き物に改編されていた。
トマのストーカーだった魔法ペンダントの執着心。
タロン族の怨念じみた渇望的同胞愛。
ウインターデットが五百年かけて拗らせた愛。
三者が合わさり、邪神が誘導した結果、トマに執念深い怨念的求愛開始。
ユーリでさえたった十年しか生きていないのにトマに激しく執着した。
それだけ条件が整えば、愛とは容易く暴走するのだろうが、人格の主力をなすウインターデットは五百年の愛を拗らせていた。その圧倒的質量を叩き付けるべく、愛をトマに照準。
今こそ五百年かけた魔獣生の決戦日……
五百年を一瞬で使い果たすためにトマを襲撃する。
それを補助するタロン族の残滓が性愛的に的確に手指を動かしトマを攻撃。
結果に辿り着く為に魔法のペンダントであった者は、己もトマもドンドン発情魔法で錯乱させる。
「ゴアア――――!!!」
「痛いっ!痛いっ!痛いっ!爪っ!爪で首とか胸とかチンコ切り裂くな死んじゃうっ!」
「……ごあ?」
「そうっ!止まれっ!後でエロイことしてやるからっ!殺さないでくれっ!」
「……が……」
そう、人間とエッチな事する時、魔獣の爪とか凄い邪魔、名もなきキメラは人間とのHの難しさにしょんぼりした。既にトマは泣きながら半死半生、童貞を奪われるとかどうでも良いが、チンコ切り落とされたくないから、そのまま殺されたくないから回復魔法で癒していく。其処に名もなきキメラが謝る。
「が」
「……良いよ……もう……どっか行け……」
「がっ!」
「……いやなのかよ……どっか行けよ……」
「があぁっ!!」
「……俺ばっかりどうしてこんな事に……」
トマの涙は止まらないようである。
ユーリが朝早くに仕事へ出かけやっと一人に成れた朝、トマは新たな女難に捕まった。第一章からここまで女が美女で切れないが、結局の所、羨ましく見えるがそれは無責任な立場から眺められる場合に限る。
スザンナは善良だがトマの精神狂わす地雷女だった。
ユーリは魔族、そもそも社会の敵である。
そして今回に至っては魔獣、最早人間ですらない。
下手しなくても言語を知らない、一般社会常識など無いから、おトイレから教えてあげないとそこいらにうんことおしっこをばら撒くこと間違いなしである。おまけに強いので機嫌を損ねると殺される。
美女、と言う単語だけでは全然メリットが釣り合わない朝が来ていた。
それから二日間、ユーリが冒険に出ている間、トマは地獄を見た。
まず、買ったばかりの白色魔法鉱石大剣がへし折られた。
熊はなんか面白そうだから壁に立てかけられた大剣を握ったポイが、爪でサクッと切り裂かれてバラバラになった。あっけなく、四千万タットした鋼の千倍頑強な剣がゴミになる。
次に熊は村を襲撃して人間を食べようとした。トマは必死に止めたが民家が一件完全崩壊した。弁償に一千万タットが普通に飛んだ。
これでトマは全財産を失い素寒貧に戻り、しかも大剣無しに成ってしまった。
森に案内して謎の女熊に魔物を食べてもらい、トマはせこせこと下位の魔物を倒し御金を稼ぎ何とか宿賃を稼ぐと今度はユーリが帰って来た。
ユーリはにっこりと微笑、トマの隣、背の高すぎる美女を見る。
そいつはトマのマントだけを羽織残りは全裸の変態、両足を開いてトマを挟み込み、股の粘液をトマのズボンに刷り込んでいる。
「発情熊……か……春だねえ……森にお帰り♡」
言い終えたユーリは激怒した。ダガーを抜いて今のトマでは追い付けない超高速戦闘開始。大熊も応える。此奴もユーリに負けいない速度を出してユーリより凄まじい剛力で戦闘開始。戦域は広がり二体の化け物は、森の遮蔽物と魔物という邪魔者のいないゼオラ風車村と広い草原でけりをつけに入っていく。
巻き込まれた村が……村が……滅びていく……
トマは止められなかった。見ていたA級冒険者チームミオネイアの雫は、戦闘を40分許したが、民家の崩壊件数が十を超えた段階で審判役を放棄、両者を制圧して、トマ共々都市の監獄に叩き込んだ。取り調べには制圧力と戦闘力を期待され元A級冒険者にして冒険者組合戦技指導教官にしてユーリの師匠、豚獣人のヨーゼフが出て来た。
「……君……何やってるの?穏健な人格者で有名なミオネイアの雫に保護されておいて、追い払われるとか……」
「……殺してくれ……」
「諦めないの、君は危険な魔族と魔獣の制御装置なんだから、死ぬ前に二者へ常識を叩きこんでおいてね」
「……俺は強く成ったらアイツらから逃げるんだ……」
「……強くなれたなら倒しなよ……出来ないと思っている当たり現実見えてそうだけども、君、借金が出来たよ?」
「?」
「キョトンとしない、今回の一件は誰も庇えない、君は盗賊とバレて捕まりました」
「……縛り首か……」
「そうでもない、罰金刑でチャラ、君はこの国で犯罪を犯していないし、此処は賞金出した国じゃなくて諸侯領でも無くて、自治都市、法律が違うんだなあ……まあ自治都市にお金支払ったところでファム国が出した懸賞金が取り下げられるわけじゃないけどね」
「……どのくらいだ?」
「平和に対する罪二億タット」
「支払えるかっ!」
「最高位魔獣を、防備薄い村に招き寄せて飼い慣らしたんだ。安いよ」
「……勝手に懐いたんだ……」
「ハハッ下手な言い訳、どうしてそれで、人型の女、しかも美女に成るんだい?目的がそれとしか思えないよ」
「知るか―――っ!!良いかっ!俺は本当に知らないんだっ!ユーリの魔族化もっ!魔獣女も知らないんだっ!」
「衛兵さーん魔道具壊れちゃった。真実表示しか出ないよ?」
ヨーゼフは一旦退出。真偽確認用魔道具を新型と交換。尋問官を蝙蝠獣人エリデリア女史に変更、冒険者組合に勤める受付の彼女は、トマの担当な為にトマの素性と性格を知っている。そこで嘘を見抜く事を期待された。
「……何やっているのですか貴方は……キメラ作って美女にしてウハウハ?馬鹿じゃないですか」
「違うっ!」
「真実表示……魔道具の故障ではない……面倒ですが詳細を教えてください……」
「朝起きたら……なんか居た……逃げられないくらい力が強くて……発情してて、チンコ切り落とされそうになった」
「……それで真実とか……死ね……」
エリデリアさん退出、次は元A級冒険者の牢フクロウ獣人魔導士ワイル図である。
彼もまた制圧力を期待され、召喚、尋問官としてトマを問い詰めた。
「……見て来たが、邪神エヴォディーカ関連遺跡の起動痕があった……だが……君との関連が不明だ」
「……判っている……」
「古代遺跡は偶にこう言う理不尽な事件を起こす。犬に嚙まれたと思って運命を受け入れなさい」
「罰金二億タット持ってねえ」
「西の平原にある砦に向かい、罰金分まで労働すると良い」
「……アンデット出没地帯か……」
「多数出没地帯だ。他にもアンデットの腐肉を狙って虫型魔物が無数に訪れる」
「……稼げるのか?」
「どうだろうか?君の実力はせいぜいがD~Cだ。倒せるのは中位の魔物までと見る。おまけに君は武装が無い、状況証拠的には……キメラの新種に壊されたか?」
「……その通りだ……」
「金がない、装備がない、罰金刑、盗賊上がりで社会に馴染めず賞金首……君は少し大変だな」
「……」
「だが、悪党ではない……こう言う時、仲間に頼りなさい……」
「……やだ……あいつら嫌い……俺の邪魔ばっかしやがった」
「贅沢言える立場ではない。自覚したまえ、ユーリちゃんは君の為に全財産を吐き出してしまった。キメラ化した女魔獣も君を人質に取ったと理解した途端、暴れるのを止めご飯を食べなくなった」
「……だから何だ?」
「君は薄っぺらいが仲間を見捨てて来なかったはずだ。資料にはそうある」
「……」
「納得しないか……では、餞別を出そう……ユーリと言う魔族とキメラ化女魔獣を引き取り都市ムフローネスから離れてくれるなら、赤色魔法鉱石の大剣を送ろう。君の実力はまだそこだ……砦には戦技指導書、あるいは武術指南書を売る書店がある……剣技修行が出来るよ……」
「!」
「強く成れば魔族と魔獣の求愛から逃げられるかもしれない」
「……ああっ……」
「強敵は西に居て無数、鍛錬の成果をぶつける標的は事欠かない」
「そうだな」
「ついでに生き残れば金もつかめる」
「……そこは眉唾、弱い俺が死んで終わりの確率が高い……」
「ノリが悪いな若者」
「……とにかくあんたの提案に乗る。感謝する。ワイルズさん」
「止してくれ、私は結局、君もユーリちゃんも助けられない、新種のキメラ化女魔獣も助けられん」
「……」
「名前を付けてあげなさい、魔獣は賢いから、切っ掛けさえあれば、言葉と、人のルールなどすぐに覚える」
「判った」
トマはその後三日間拘留されたが、矢の場宿場町で喰らったような理不尽は無かった。その三日でトマに地図と食料と大剣が渡された。どれもワイルズの私費で賄われていた。
「感謝しろ。ワイルズさんは都市と衛兵隊の誇りだ……罰金刑囚人兵出発開始っ!」
そう言われ、衛兵隊監視される中、トマと言う高位狼型魔獣、ユーリと言う魔族、元ウインターデッドのキメラ女、合計三匹は首に脱走防止の自爆魔法が込められた囚人首輪をつけられ出発した。この三匹には一人も人間が居ないが、しかし、囚人と言うだけではなく、まだ首に、冒険者プレートが輝いて居た。
トマの仲間の新顔、キメラ化女魔獣もGランク冒険者証を不思議そうに摘まむ。
「壊すなよ?」
「が」
「おう、良い子だ」
「が♡」
「抱き付くな暑苦しい」
「……ごあ……」
トマには従う彼女は名前を付けられた。
ファイブエッジである。
彼女の爪のでかさと鋭さと数にビビッてトマがそう名付けた。
役所としては個体識別できればそれでよく特に気にしなかった。
彼女自身はトマのネーミングセンスが壊滅してようがどうでもよい。
個体識別に向け特別な鳴き声を自分に放った事だけ理解して嬉しそうにするばかり。
「……エッジ……いいか?人を喰うなよ?」
「?」
「食料は魔物、他は俺がとってくる……人は喰うなよ?」
「が?」
オスがメスに食事を持ち込み、森深部までたどり着ける潜在能力持つ危険な人間族は喰うなという。
これは氷結属性熊型妖魔ウインターデッドにとっては、真剣な愛の告白に他ならない。
メスが言われてみたい吠え声ランキング第一位である。
確認のためにファイブエッジは背中の背嚢を漁りムサンナブ語辞典を開いていく。
そして勝利者の笑みでユーリに振り返り辞書の文字を示す。
「だから何さ?魔獣って馬鹿だよね。愛の告白と勘違いしてる。低能だね♡」
「が?」
「判ってないなあ、トマが好きな人は僕だよ?」
「がっ!」
「駄目駄目君はお呼びじゃない。村襲撃しちゃうなんて人間敵に回して空から飛行機械が飛ぶよ?」
「……ごあ……」
「そう、空を飛ばれると全然地上からの攻撃が届かない、勝てないんだ。わかったら森に帰れっ!」
「おおがっ!」
「いいよ?ここで、決着つけよう」
トマは無視する。背中に二人の会話を聞き流し衛兵隊に駆け込む。そこでは戦闘の発生を予期した衛兵隊の構える小銃を下すべく必死に説得する。自分たちは危険な魔物ではなく冒険者だといい募り、贖罪の旅を続けさせてくれと懇願した。背後ですでに始まった戦闘音を聞きながらトマは高位狼型魔獣になれたのに人の姿で衛兵隊にすがり懇願した。
衛兵隊は戦闘態勢に入ったままトマたちをしとめる自爆装置のスイッチ保護カバーに指をかけ、じっと命乞いの言葉に耳を傾ける。
大昔、大僧正になる前のゾックが、武装を捨てた理由はここにある。
邪神の手で人は魔物にも魔族にも変えられる場合があったのだ。
盗賊も魔族も魔物もすべて邪悪なら話は早かったのだ。
殺すか殺されるかで済む。
あるいは軍隊なら,戦士なら悲しみの連鎖を止めるために虐殺を悪を引き受ける場合もあっただろう。だが、ゾックが選んだ道は僧侶、故に彼は道を説き道に餓死しても、書籍を残して殺しをやめた。
衛兵隊はその史実を知ってか知らずか小銃を降ろす。
彼らの役割は犯罪者の監視護送、贖罪意識ある者は殺さない。
そもそも、十名一個分隊ぽっちで持ち運べる弾薬と武装で倒せる相手でもない。
―――、都市も滅ぼす魔物が人と悪に怯え、戦いから逃げ山に隠れ住みゾックに発見された時「殺さないでくれ」と叫んだ。当時、武僧になる前のただの僧兵ゾックより強い魔物が戦いに怯えそう叫んだ。
それからずいぶん時は過ぎ、今となり衛兵隊はトマに言った。
「……邪神エヴォディーカの伝承を調べろ。この国で生きて冒険者やりたかったら、暗命派が何故やつを殺さなかったか学んでおけ……」
そう言うと衛兵隊分隊長は監視任務に戻ってしまった。
今は春が終わり夏である。
同じ場所にいられないことを証明するようにトマは旅に出る。
同じ時にはいられないことを証明するように彼は変わり17歳になっていた。
目指すは、西の平原にあるイオテル平原監視砦である。
トマは仲間二人の頭をどついて正気に戻すと旅をつづけた。
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