黄昏の語り第三章二話
「2」
主人公の絶望は深い。
残りの所持金は約1000万タット。
こう言えば大金に感じるが、冒険者トマに言わせれば「公金貨一枚」を意味する。
たった一枚の金貨がトマの後ろ盾の全てである。
ここまで困窮する程財産を叩いた買い物は大剣。
赤色魔法鉱石は鍛えれば鋼の百倍の強度となり、鋼より多くの魔法を込められる魔道具にもなる。
其処からワンランク上がった白色魔法鉱石は、更に頑強にして魔法適正優れる。
そして剣士トマに言わせれば、この鉱石を鍛えた武装を持つかどうかが「高位の魔物」を倒せるか否かの別れ道だ。己の倒せる魔物は中位の魔物まで、そこから先は己の器をはみ出ていくから手を出さない。
その判断を押して曲げ己の器量を越えた大剣を買った。
―――、総ては彼が、自分をまだ剣士として強く成れると信じ……いいや……強敵と殺し合いの時を望む暗い愚かな己を抑え切れなかった故である。今の自分は弱い、だが、一千万タットあれば生活資金に問題はなく長い時をかければ16歳の己にはまだ成長の余地が剣士として残っているハズだった。
そんな思いが、ユーリの手で阻まれる。何をやっても優しく組み伏せられ、鍛錬も、戦闘も、冒険も出来ない。大怪我と痩せた体を根拠にとっ捕まる。
食事を口にインされていく、子守歌を歌われていく、頬にキスされていく、愛を囁かれて行く、トマは逆らった。本気で殺そうとしても、戦いを挑んでも、魔導砲撃しても、逃げても罵っても、懇願しても、無駄。魔族が強すぎて制圧される。
そう、今、トマは十歳ユーリから所謂バブ味……間違えた。
母性制圧されて抜け出せない。
落涙止まらぬ夜のほとり、トマはお母さんを得て寝かしつけられた。
本性に会ってトマは、魔族化ユーリの手で人を辞めさせられた高位狼型魔獣。
六メ―トルの巨体を誇る化け物なのだが子供に制圧されている。これに大いに不満な物がある。人ではない、トマに寄生したかつての魔法ペンダントである。こやつトマと一体化したまでは良いのだが、トマが人を食い荒し討伐隊を滅ぼす魔獣に成長しない事が大いに不満であり、今に在っては子守歌で眠りにつく姿を見せられ発狂寸前である。
持主に運命を囁き危険を回避させる魔法のペンダントに生まれ、果たせず持主に無視され続けた事で歪み、ついに魔物に成ってトマに寄生し、トマと共に剛強な魔物に成長し世界を旅する夢を見るに至っていたのだが、肝心の宿主様が腑抜けすぎる。
……此処はてこ入れが必要である……
―――、魔物は人と違う、不自然な鍛錬で筋肉を育てる必要も戦技を磨く必要もない、そこを教えてやろう。ただ喰らう。魔獣は魔素を喰らい、魔物を喰らい、人を喰らい、魂を消化して、強く成る。ただお前は食欲のままに、目の前の糞山羊餓鬼を喰らえば良いのだ。そのまま村を襲えば短時間でお前は最強の速度を誇る狼となる……どうだ?
「ユーリ辞めてくれ」
「えへへへへへへへへえヘヘヘへえへ♥」
「頼むっ!」
「黙れ♥」
「ぐえっ!……もうたべれない……ぐえっ……うっ……」
「一杯あるからねえ♥」
「ウッウッウッウッウッ……夜食は……ウッ……もうたくさん……ウッ、スプーン止めて……」
「うフフフフフフフ♥」
―――、こいつ聞いちゃいねえっ!、―――
そうである。運命を囁くペンダントは、ずっと、ずっと前からトマに話しかけているが認識されていなかったのだ。まずは魔法のペンダントがするべき事は、トマの話し言葉である砂漠国複数の文化圏で通用する御国言葉を学んで音に出来なきゃ始まらないのだ。闇の魔素を幾らトマに波動で示しても魔物しか理解できないのだ。
トマの体の中で波動を、幾ら放っても認識されるわけがないのだ。
その事実を理解し、自分には喉と顎と舌と、とにかく言語を放てる構造とそれを支える肉体が必要なのだと、そいつが理解するまで二日かけたのち、一旦宿主の体から深夜、闇の霧は噴き出てゼオラ風車村を離れゼオラの森に向かった。
かつての魔法ペンダントは闇の霧となり空を飛ぶ。
今や寄生型中位エネルギー性魔物となった名も無き存在はタロン族の骨を探す。
ムサンナブ国の南東区にあるゼオラ風車村一帯は、古代、邪神エヴォディーカの一大実験場だった。その名残がユーリを魔族化した魔導遺跡である。その魔族化遺跡の運用素材として消費されたのが人族の魔法素質溢れたタロン民族である。その骨を探して霧状の魔物は森をうろつく。
人族は魔石が無い、つまり魔素を必要としない超低燃費種族である。
その上で人は文明を作る能力を持ち野生動物と一線を画すポテンシャルを持つ。
つまり実験素材として人は邪神から見ても潜在力が悪く無いのだ。
人を魔族にする実験を続けると……
ハイパワーで超低燃費な服従心強い魔族を量産できるやもしれない。
そういう訳でこの地方は拠点化され、タロン族は多く捕獲、百万から消費され滅んだ。
実験結果は悪く無い、が、データはいるが、現物はいらない。
不安定だし危険だし数が多くて嵩張るし忠誠心に不安が残る。
こうして魔法の潜在能力が高い古代民族は殺処分を食らった。
タロン族は最初完全な実験消費資材だったが彼らは邪神の奴隷民族に最終的に成ろうとした。そうなるまでにタロン族は闘ったし抗ったし悲しんだし逃走したし隠れた。が、執拗に発見されついに諦めた。実験素材から、どうにかして奴隷民族に成ろうと必死に生きあがき、ついに邪神エヴォディーカにこう言わせた。
「十年に一度美しい個体を作れ、悪く無ければペットの地位を授ける」
つまり奴隷にすらなれない事を意味するがタロン族は生き残りを賭けて従った。しかしミスリードされていた。邪神が望む美しいとは造形美でも人間美でも無く「機能美」タロン族を品種改良した際の可能性か高性能が見たいのだ。しかし邪神は意図を隠した。タロン族の狂乱を楽しみにしていたのだ。
そして邪神エヴォディーカが楽しみにしたように、美しい美女が魔導で生みだされ捧げられた。美女を実験素材に雑に消費、邪神は残りのタロン族にペットの地位を嗤って授けこう言った。
「悪く無い、次はもっと美しく作れ」
つまりタロン族が生き残りたかったら十年に一度上がるハードルを越え続けねばならない。そして邪神の本意的には、魔法使いとしてちょっとずつアップグレードしていく人間を見せればよいだけだった。が、ミスリードされているタロン族は気付かない、頑張って頑張って魔導生命工学を極め、美少年を美少女を美女を美男子を美中年を美老人を仲間を素材に製造し邪神に捧げ続けた。
これには、エヴォディーカは大爆笑して美しくなっていくペットを眺めた。
そしてある日、邪神エヴォディーカでも感嘆の声を上げる美少女が造られた。
タロン族の最高傑作であり、生みだすために全力であった。
「……ああやってしまったな……お前ら本気を出したな?」
そう言うと邪神エヴォディーカはタロン族をまとめて実験設備で消費して滅ぼした。配下の剛強な魔物を引き連れ次の遊びに向かうべく旅に出て設備は放置された。彼女が遊びに飽きた理由は、繁栄と言うものにある。
成長と言い換えても良いかも知れない。
繁栄のためにポテンシャルを使うのはまあいい、だが、繁栄に向け総ての潜在能力を使うと、短い絶頂期の後、致命的崩壊が待つ。それを避ける為には潜在能力を繁栄だけではなく「維持」の形で残さねばならない、そしてタロン族は繁栄を維持しても、それは停滞を意味し、邪神エヴォディーカ様の退屈をお慰め出来ない。
これでは実験消費資材よりマシな、ペットの地位は剥奪される。
つまり、邪神より生き残りたかったらタロン族は「繁栄・維持」の他に「成長」もまた潜在能力に使い道を残さねばならない。邪神が飽きない見世物として、タロン族は少しずつより素晴らしい献上品を捧げ続けねばいけない。
だが、徐々に上がるハードルに負けた。
タロン族は最高傑作を生みだすために全力を使い果たした。
次から、捧げものが劣化した三流品としか成らない事を見抜き、邪神はタロン族に飽きたのだ。
果たして奴隷化した民族が乗り越え可能な事態だったろうか?
タロン族は出来なかった。
それが歴史の答えだが、残った物がある。タロン族の死んだ骨である。魔法の素質が高いタロン族は邪神も認める実験素材。これこそが魔法のペンダントの狙い。その死体の骨が森には残存する。そいつを使えばいい感じの人族の肉体が出来上がり喋れるようになりトマの説得が楽になり、自分もタロン族のポテンシャルを追加できて強大な魔物に成れる。
そんな野望が生まれる根拠タロン族を魔法のペンダントが知ったのは宿主のトマが日夜冒険資料をゼオラ風車村から漁ったからだ。トマに寄生しているかつての魔法ペンダントもトマの眼から見ていたからだ。
タロン族の生存は遥か昔、この地方に人が自力で進出したのは最近。
この様で魔物化したペンダントが望むタロン族の骨が残るかは妖しいが発見に成功。邪神が造った実験体の標本を収めた倉庫残骸である。其処に霧状の体を利して大地へ侵入、タロン族の健康な骨を土の中から探し二時間後、箱を発見、内部の骨と一体化した。邪神エヴォディーカは悪戯好きで神々による善と悪の陣営双方を敵に回すが、魔導開発者・研究家としては邪神に恥じない優秀さを示す。
故に五千年前の倉庫すら健在でそこに収まった標本もまた無事な物が多かったのだ。
彼女が軍事に理解を示し情報の漏洩危険を認める前、封印破壊装置・設備の必要性を認めていない遺跡だったのが功を奏した。魔物化ペンダントは深く大地に一体化・土地の魔素と魔力と生命力を吸い上げて肉となる。不気味な培養槽を生み出し人型を作成。
魔物化ペンダントは、夜の闇に育つ。
ゆっくりゆっくり己に相応しい肉体を培養し始め、器である肉の塊が大地から零れ脈動し、その魔物は将来を思ってウットリとした。その頃無関係な奴が進む、森のほとりが肉の塊に浸食されるころ、大きな18メートル級の大熊妖魔が森をうろつく。
ゼオラの森きっての大間抜け、氷属性妖魔の大熊である。
祖先は伝説残す大妖魔だが子孫である此奴は腑抜けの限り、氷属性型大熊妖魔は一般に雄から求愛してメスが受け入れ繁殖するのだが、こやつ雌の癖に雄に求愛してフラれ続け早五百年のお一人様である。強くはあるのだ強くは、が、強さで怖がられ幼い頃より雄にモテない。
まさに悲しきけだもの、ある意味伝説的なメス。
性格も悪い、何事につけ大雑把で杜撰、馬鹿で縄張りすら理解できない。繊細で慎重な同族は皆嫌がる。故にメスの友達もいない。だが、闘えばすごい強い、ので、森で彼女を阻む者はいない、そして、案の定と言うべきか強さだけでは生き残れても、幸せに成れずションボリと夜、ゼオラの森を深部で歩んでいる。
彼女は月に吠え、闇に最上級氷結魔法を放ち、踏むだけで岩を砕き、酔っ払いのように大樹に縋りつきガリガリと爪を研ぎお一人様の悲しみを誤魔化す。そして鼻をひくつかせ大きな三角耳を動かした。二本の長い鎖にしか見えない尻尾を体に纏い魔法的に漂わせ走りだす。
ウインターデッド。
この妖魔の名前である。名前の意味通り冬に出くわせば死ぬ、熟練冒険者にそう言われて来た高位の魔物である。彼女は自分と同じ氷属性の魔獣の香りを嗅いだのだ。春の終わりに冬を思い出させてくれる冴え冴えとした香り、誘われて走り同族ではなく狼型魔獣の香りと気付いて落胆。
が、寂しさに負けた。
異種族でも、同じ高位同属性魔獣同士、魔法系の妖魔同士、もしかしたら受け入れてくれるやもしれぬ。そう思ってトマの臭いをたどり、何故か肉の沼を見つける。はて?こんなものあったっけ?まあ、腹減ってたし良いか……中に人間が入っていて美味しそうだし頂きます。
―――、こうしてトマの胸に隠れ、野心溢れた運命囁く魔法のペンダントの野望は潰えた。
かに見えた。
大熊はバクバク肉を喰いまくったが、ここで肉塊にして闇の霧の魔物となった運命囁くペンダントは喰われつつ猛反撃。喰われてたまるか、こっちはトマと一緒に魔獣となって人間を食い荒す旅に出るのだ。美食を求めて千年は放浪したいのだ。猛烈な争いが大熊と肉塊の間で始まった。
そして第三者介入を招いた。
タロン族の骨である。
培養槽にぶち込まれていた此奴は、邪神エヴォディーカが認めるタロン族最高傑作。
標本化して耐久値五千年を維持するほど大切に守られてきた逸品。
彼女は骨になっても夢がある。
邪神エヴォディーカを愛で篭絡し、タロン族を救い出す夢がある。
その為に自分は作成され、ありとあらゆる性愛を収め、いざと言う時は魔法戦で邪神を仕留めるつもりであった。そんな怨念じみた渇望をアンデットとして抱えている。骨に肉が付き大地のエネルギーを注ぎこまれ復活したアンデットは錯乱したまま二者の争いに介入、乱戦化した。
其処にさらに第四者の意図が混ざった
邪神エヴォディーカ様の悪戯御心である。
タロン族の目論見など先刻承知、故に、反逆時には洗脳魔法で精神誘導する時限装置を組み込んでいた。こいつがその場で大炸裂して、タロン族のアンデット、魔物化ペンダントの肉塊、ウインターデット18メートルの巨体、総て洗脳汚染。そしてエヴォディーカの残滓がそのまま倒れ伏した三者を合成魔法で融合させてしまった。
完成したキメラは森に捨てられ古代の装置は崩壊停止、夜は深まり朝に向かっていく。
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