黄昏の語り、第二章、十二話

                「12」      


 飯を食いに行く前に少々ユーリの格好が見苦しい。

 防具が損壊したのだから致し方がない。

 とりあえず防水ローブを着せ防具の破損を隠させた。


 防具屋に向かい上半身をマシにしに行くと案の定、碌な品ぞろえではない。


 が、レザーグローブとレザーメイルがあるので購入して錬金術のお店「ホープ錬金店」に入り「頑丈強化」の魔法を込めてもらう。


 お値段何と魔法付与一つで、十八万タット、待ち時間一週間。


 高くて遅い理由は、お婆さん店主の腕がへぼなのと、錬金術の技師がお婆さんしかいないので村の仕事が大量に回され余裕がない為である。其処を謝られてしまったが、当面のんびりする気のトマは、金を普通に出して腕をひらひら振り気にしていないと伝えた。


 太陽が沈みゆく中、村の道を進み入口まで戻り隣接されている酒場紅花蜂蜜に入る。


 大きい酒場で、三分の一のスペースを娼館メレンゲ亭に貸し出している。


 ここいら辺の集落で男の夢を一手に引き受ける娯楽施設であり、賭博許可も役所から貰っている騒々しい酒場だ。出されるご飯も美味しく毎日繁盛、ただし店主もオーナーも金にガメツく客に関心が薄い。御蔭で少々ガラが悪く、喧嘩、愁嘆場、男女の熱愛馬鹿話、離婚調停なんぞも生で観賞できたりする。通ぶった常連客は、紅の花から採れた蜂蜜菓子なんぞを果実酒で流し込み性格ブスと甲斐性無しが繰り広げる愛の寸劇を耳から咀嚼し脳で味わい、嫌らしく嗤って感想を心に仕舞うと言う、紳士的から遠く卑しくも平和な空間である。


 食事が本当に美味しいので、それだけが目的な食通が旅してきたり、真面目な村人も賭博騒音と娼婦に目も呉れず季節ごとの食材と調理方法を味わいに来たりもする。


 そんな想像しい食堂にて春の木苺をたっぷりと乗せたタルトが大きくユーリの前に鎮座する。


 トマ、精一杯の献上品である。

 ユーリさんがこれ以上暴走しない事を願う捧げ物である。

 クリームと蜂蜜の配合が絶品を極め、内部には香料の良いチーズが隠し味。

 お洒落で、料理名の発音だけも舌の吊りそうな高級品である。


 トマ本人は夕飯をガンガン頼み珍しく酒を体に入れた。


 肉の臭み消しに使う安酒がそろそろ交換時期で捨てるよりは飲む気になったらしい。見た目からして面白くない旅傷のついた無味簡素なスキットルの中身を呷り一気飲み。安酒特有のえぐみと質の悪いアルコールがトマを苛め抜く。トマは顔を顰め飯をがつがつ食べて舌から安酒の味を追い出しにかかる。


「ここで俺も鍛え直し、朝晩走って素振り型稽古・筋トレだ。ユーリには冒険、一人で……」行けるよな?と言おうとしたら遮られた。

「トマ」

「?」

「僕、頑張るから一緒に冒険しよう」

 真剣に言われ致し方なく答える。

「……別に……いいけども……」

「……うん……今度は……足手まといにならない」


 トマとしては、ユーリと相性の良い最下級スライム討伐を一人で最後までやらせ冒険者の基礎を叩きこむつもりだった。が、夢破れる。また押し切られた。何事につけどうでも良く気付けばユーリに従ってしまう。そんな事実に気付いてトマは顔をしかめた。

「飯を食べろ、飯を、食えばとりあえず死なない。デザートのタルトなんざ俺、喰った事ねえよ。あとで感想聞かせろ」

「……自分の分を注文したら?」

「思ったよりデカくてビビった。ついでに俺、そこまで甘いもの好きじゃなかった」

「……でも、味は気に成るんだ?あ~んしてあげようか?」

「……俺には肉がある……」


 トマは山羊の臓物煮込みスープにがっついてユーリから逃亡した。

 その姿をユーリはくすくす笑う。少し、食事で気が晴れたようである。

「これ山羊肉だけどユーリ」

「?」

「共食いに成らないのか?」

「なんて事言うんだ。山羊獣人と山羊を一緒にしないでよね」

「すまん」

「もうっ!山羊の獣人は家畜と違うんだから、僕がそんな山羊だったらトマ大変だよ?」

「どう大変なんだ?」

「山羊って飼うの大変なんだ。発情期なんて毎回叫ぶし、メスはオスのおしっこに……」

「飯時に聞きたくねえなあ」

「家畜のお世話なんてトマした事ないでしょ?」

「まあなあ」

「……すっごく大変なんだから……」


 トマとユーリが会話していると影が差す。

 そちらを見れば、狩人が居た。


 装甲ブーツ装甲ズボン、ラフな上半身はタンクトップを着込みその上には頑丈なジャケットを羽織り前止めが外れ涼し気。背中には弓に矢筒、腰にはダガー、胸の装備ポケットには魔導具イエルフィミナと言う魔法爆薬がのぞく。大柄な猫獣人で胸が雌猫っぽく複数あるが顔は人がましくボディラインも美しい筋肉質。毛皮黒く、髪も長くつややか。怜悧な美女だった。肉食獣人らしい鋭い牙を剥いて獰猛に笑いトマを見てこう言う。


「よう、久しぶりだな?」


 言われてゆっくりトマは顔を上げ、猫獣人女を二度見、目頭を揉み込み急いで食事に戻り爆速で食事を終えていく、ユーリは啞然、ついて行けない。


「ワルツ盗賊団所属魔法部隊第二期生、エレーヌ様が会いに来たよ?後輩喜べ」


 涼やかな声と微笑を無視してトマは急いで立ち上がりユーリを引っ張る。

 金を店員に満額押し付ける。

「ユーリ、こう言う妖しい人には話しかけられても返事をすんなよ?行くぞ……」

「うっうん」


 ユーリは戸惑いつつ従う。しかし、エレーヌ様が立ちはだかる。

「待て待て待て、トマ、逃げる事ないだろうに?魔導砲撃の師匠が私で会いに来たんだ。挨拶くらいしなよ?」


 手練れのトマより良い動きでエレーヌは間合いを潰しトマを制圧、椅子に押し込み直し、しな垂れかかる。関節を極められトマの両腕は圧し折られる寸前だが、見た目は美女に誘惑される不細工と言う娼館の日常っぽい。


 耳元まで肉食獣の口が近づき言葉を囁く。


「そう怯えるな、幾ら無敵のエレーヌ様でも愛しのトマに逃げられると泣いてしまう」

「……ふざけろ……」

「ふざけていない、今は仕事の話を、、、」

「手前が盗賊団脱走すんのは勝手だが、追撃隊の足を鈍らせるために装備倉庫爆破しやがって、、、次の戦闘で使う装備が汚損して仲間が大勢死んだっ」

「昔の話を持ち出すな」

「……医薬品倉庫まで爆破したせいで、助かる負傷者まで死んだ……」

「落ち着け、その代わり糞な盗賊団から足をお互い洗えたじゃないか、、、今は儲け話だ。輝かしい未来のために協力し合おう」


 トマとエレーヌ様は間近で見つめ合う。

 そしてトマは器用に頭だけを動かしヘルムのバイザーをガチンと降ろす。

 顔を金属装甲でエレーヌより守り宣告。

「ヤなこった」エレーヌ様は激怒した。

「何でっ!?従え!!トマのくせに生意気だっ!」

「ウルセエ~!!今更お前なんざ怖くねえッ!」

「生意気っ!腕折るぞっ!」

「やってみやがれっ!絶対に協力しないっ!」

「コンの~!昔は少し殴るだけでピーピー泣いて従ったのに、、、」

「ふざけんなっ!おっお前なんざ今更怖くねえ!」


 トマは今でも苛めっ子エレーヌ様が怖いらしい……エレーヌ様は少し考えて手段を脅しから説得に変更。「チッ!しゃあないっ!金やるから手伝え、公金貨一枚出すっ!儲けの半分だっ!」


 その宣言にトマは失笑する。因みに公金貨とは通称で正確には、、、

「交易決済用公定高等金貨」である。


 額面価値はムサンナブ金貨一枚十万タットに対し、公定高等金貨一枚一千万タットに成る。


 つまりムサンナブ国、貨幣の王様が公金貨である。中々の大金であり、エレーヌ様には自信があったのだが、聞かされたトマは失笑し答える。

「……へっ……あのエレーヌ様が高々公金貨一枚かよ……」

「何だと~!ぶっ殺すっ!」獣人族の身体能力にかかれば人族など雑魚同然。トマはエレーヌ様に腕をへし折られる前に急いで右腕だけ逃げだし自分の財布開き中身を見せつけ卑しくしまう。


 財布からトマの全財産、つまり公金貨が五枚以上其処に輝いて居たのをエレーヌ様は盗賊として確かに見てしまった。「……馬鹿な……」あの弱虫トマが自分の稼ぎを倍額超えで既に持っている、、、だと?


 エレーヌ様の頭の中に昔の記憶が再現されていく。そのどれもがトマと関り合う記憶で、どこをどう思い出してもトマから公金貨五枚を稼ぎ出す甲斐性が生まれるとは思えず混乱する。トマを制圧する腕から力が抜けトマは急いで完全脱出。その衝撃でエレーヌ様は力なく床にへたり込み見上げる。


 数年間会わぬ内にちびのトマは大男に成っていた。

 これが現実とは思えずエレーヌさんは質問した。


「トマ……さま」

「様?」

「トマ様はどうやって稼いだんですか?窃盗?」

「フザケンナ」

「詐欺?」

「其処まで賢くねえよ」

「商館強盗」

「戦力が足りねえ」

「領主館潜入?」

「俺は戦闘員、隠密行動に適性無い」

「では、都市襲撃で宝物庫占拠?」

「……ぶっ殺すぞ……」

「じゃあどうやったんだっ!教えねえと殺して金玉刳り貫いて喰っちまうぞっ!」

 

 思わずエレーヌ様の本性が出てトマはビビって答える。

「……普通に……冒険者に就職して真面目に働いた……」


 この瞬間、現役個人盗賊エレーヌ17歳に神が舞い降りた気がした。真面目に働き犯罪を犯さず公金貨を五枚稼ぎこれからも働けて、生活に困らず元気。その事実を持つ自分に臆病な男トマと再会させてくれた何物かに深く感謝の祈りをエレーヌ様は捧げる。トマはエレーヌ様より弱く支配し易い。性格もエレーヌ様は嫌いではなくトマは義理堅い漢でこちらが裏切らなければ裏切らない安心できる男。


 トマは、しぶとく強く戦場では最後まで仲間を見捨てない。

 己が死にかけるとも仲間の死体を担いで戦い帰還する。

 つまり仲間の名誉のために命まで賭けてくれるのがトマだった。

 そして、面は不味いが、稼ぎは自分より遥かに稼いでいる。


 故に猫獣人エレーヌ様は肉食獣の本能全開にトマ捕獲へ乗り出した。


 魔物大陸を支配すると言う最強ネコ科魔獣の一種ヤークト・ヘヴィ・パンサー三十メートル級のように鋭く早く力強く立ち上がり、トマの高級防具付き肩に素手鉄槌を叩き込み一撃撃破完了。酒場、紅花蜂蜜の床にトマを戦闘不能で押し倒し再制圧。その耳に口を近づけて誓いを述べた。


「トマ様結婚して?」


 愛、と言うには願望と欲望がギトギト滲んでいたが声は美女らしくどこまでも美しく蠱惑的。

「私、貞淑なお嫁さんに成る。殺しも詐欺も窃盗も略奪もちゃんとやめる。だから結婚して?」


 彼女はトマの師匠なだけはあり、トマより遥かに強いが、商売の才能が無いらしく金稼ぎが出来ていないようである。所謂、賢く強いだけの社会不適合者であり、今は妄想に呑まれている。ウットリと頬を紅く染め、殺伐とした犯罪から足を洗い、金に困らない生活と裏切らない夫の居る愛の巣を夢見てギリギリとトマの腕を拷問じみてねじり上げていく。これぞ、恋多き女、エレーヌ様渾身の求愛。


 これを躱した者は皆エレーヌ様に殺されたので必殺の威力を誇っている。


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