黄昏の語り、第二章、十三話
「13」
トマ、永遠の宿敵エレーヌ。
肉食獣である奴との戦いは語れば長い。
それこそガキの頃から因縁があった。
トマがおやつの果実を持つと奪い、トマが冬に暖かな手袋をつけると盗む。
トマが清潔な毛布を手にすると自分のボロボロ毛布を押し付けトマの毛布を奪いトマが抗議すれば殴る。
トマが夏に働き熱中症でフラフラな時、エレーヌはトマ用の給水を奪い冷水を独り占めする。
トマが一人静かに蒸留酒の雑誌を読んでいると、相手にされず怒ったエレーヌが大人盗賊にトマのサボりを通報。
エレーヌは器用に危険をかぎ分け戦場に顔を出さない。
上手に大人盗賊の命令を躱す。
トマが戦場で盗賊仲間を庇い瀕死の重傷を負った時だけゴソゴソとエレーヌは現れ雑に治療して、死にたがりトマの運命を捻じ曲げて苦労多い盗賊生活に帰還させる。
彼女は、魔導砲撃の師匠な為に弾道・弾着計算の数学的スパルタ教育をトマに施し、トマは、頭脳明晰なエレーヌに論理的にやり込められ続けすっかり、逆らえなくなってすらいる。
トマの女嫌いと言うか苦手意識の大半は、一歳年上美女獣人エレーヌ様のせいである。
が、此処で踏ん張らなければ、エレーヌに捕獲される。
悪夢の結婚生活の末、金を何時までも搾取されトマ心が死ぬ
そして下手に求愛を断れば怒れるエレーヌの手で物理的に殺される。
トマは今、人生の突発的緊急事態に叩き込まれ、近視眼的に見ても肩骨を折られさらに腕をへし折られるか否かの制圧環境下にいた。最早万事休すかに見えた。何故ならエレーヌはトマより強い、戦闘は悪手。しかし、トマは新たな魔法「催淫魔法」を持っている。
「糞が~昔の俺と今の俺は違うっ!今までの俺の恨みっ!喰らいやがれっ!」制圧され床に押し付けられたトマが叫ぶと魔法発動。禍々しい名状しがたきピンクの波動がハート形で連続に発生エレーヌ様を襲った。
鋼鉄の女過ぎて人生初の発情期を迎えたエレーヌ様は叫ぶ。
「ぐわわわわ!なんじゃこら~!?きっ気持ちいいっ!?ぎょえーー!」
それは醜い魔物の断末魔じみていて、美女の声に聞こえなかったと言う、、、トマは制圧環境から抜け出しつつドンドンへなへなになるエレーヌ様に容赦なく催淫魔法を叩きこんでいく。トマを掴む力が弱くなり震えっぱなしとなる。
「グエエ――っ!てめこらっ!お気に入りパンツが駄目になるから止めろっ!」
「知るかっ!てめえは調子に乗り過ぎたんだっ!」
「え~!!!?トマッ!お前に愛が芽生えていくっ!何故だあ~!?」
「滅びろ盗賊っ!」エレーヌのそんな反応知りたくなかったトマは決着を急ぎ魔法出力を上げた。
「……ぐはっ……」
エレーヌは魔法撃破され、一瞬激しく痙攣、気絶。……悪は膝から崩れ床に沈んだ……美女の絶頂とは思えない光景であったと言う。辛くも巨悪を倒し、トマはエレーヌの一撃でへし折られた肩を庇い、勝者として立つ。鑑定魔法行使、エレーヌの容態を調べる。魔法系戦闘員として鍛え抜かれたエレーヌは頑強の限りで、危険な違法魔法である催淫魔法が直撃しても「健康」の表示しか発見できなかった。
「手強い」改めて、強者エレーヌに戦慄しつつユーリにトマは向き返る。
「……」終始圧倒されていたユーリは沈黙する。
女性に催淫魔法を放つトマの無法を咎めればいいのか、エレーヌさんの傍若無人ぶりを咎めればいいのか、それとも結婚発言に危機感を持つべきか判らず困惑中。
「気絶している内に行くぞ、此奴に寝床がバレなきゃ、面倒は起きないはずだ」
「……うん……ねえ、トマ……」
「何だ?」
「こう言う美人さんが好きなの?」
トマは強くガントレットデコピンでユーリの額を防具の額当て諸共弾き沈黙、暗に大嫌いと主張。ユーリはトマの剛力で首がひん曲がり、両目が漫画のように☓に成るほど痛がった。
二人は酒場を離れゼオラ風車村冒険者組合支所の一室へ急いだ。酒場、紅花蜂蜜は、客に関心薄く違法魔法も咎めず、太客として四階に泊まるエレーヌを女性従業員に回収させベッドに放り込み衛兵隊に事件を通報せずトマたちにおとがめなしだった。外を出れば夜の闇、二人はカンテラ頼りに進み、支所に入り階段を上る。五階の一室、鍵を開ければ暗く、ベッドが二つにテーブル代わりの木箱は一つ、椅子を発見。二脚あり丁度良い。壁にランプがあるのでカンテラ油を注ぎこみ火をつけて灯り確保。
「資料室が空いてる。少し借りて書き物するからお前は先に眠れ」
そう言ってトマはユーリに部屋鍵を預け暗い廊下へ消えて行く。ユーリ用に、簡単な採集依頼と攻略方法と弱い魔物を探すようである。一人残されたユーリは部屋のベッドを軽く掃除した。
ベッドが二つではなく一つなら今夜、トマにしがみ付けたのにその当てが外れ少し悲しげだった。野営三週間の間、トマとユーリは交互に警戒し夜を過ごし一緒に眠らなかった。旅の終わりが来ても、結局トマの体温が遠くなる。今は春だし自分には毛皮がある。
けれど甘ったれには別の感想が湧くようで呟き零れ曰く「……寂しい……」
「何が寂しいんだい?」
ユーリ一人の部屋に返事が響く、声には聞き覚えがあり、急いでダガーを抜いて振り返るユーリには窓縁に座り込む女が魔物に見えてしょうがない。夜の窓は確かに閉まっていた。鍵が掛けられ最初に試して開かず、部屋鍵でも開かなかったので放置した。窓の外側にはカギ穴が無かったはずでガラスだから見えていた。
だが、窓は音もたてずに開き、女が縁に座り込み夜の闇を部屋に運び込んでいる。ユーリの腰に装備したカンテラ灯りと壁に掛けられたランプが闇に抗っているが心もとない。
ここは五階の高所、どうやっても人じゃこの高さまで来れない、身体能力優れる獣人族でもこの高さに跳躍して窓にしがみ付けば、窓が壊れて破砕音が響く、梯子でも使ったのかもしれないが、闇の視界不良を押してそこまでする理由が判らない。目の前の女の名前は……
「エレーヌさん……無事だったんですか?」
「あの程度、直ぐに復帰できるさ、、それより君が問題だ。何が寂しいんだい?」
夜闇入り込む窓辺、夜に生活するネコ科獣人らしくエレーヌさんは闇を見通す猫目にランプ灯りを反射してユーリに話しかける。
「君にはトマがいるじゃないか?中位の魔物を討ち取れる程強くて仲間を見捨てないトマが、知って居るかい?中位の魔物は魔法を知らない時代、十年鍛え込んだ重武装の精鋭が百名いて全て皆殺しにする強者だ。トマは一人で討ち取り、金も持っている……そんな男に守られて何が不満なんだい?」
言いながら立ち上がり、歩む。気付けばユーリの隣にいて黒い毛皮がユーリの明るい茶色の毛皮を触れている。草食獣が肉食獣に捕まる様にエレーヌは間合いを詰めユーリを抱しめる。
ユーリの手指を掴みユーリの目線まで持ち上げ近づけていき、ユーリの指輪装備を彼女自身に見せてエレーヌは言う。
「指輪だ。只の指輪ではない、魔法増幅発動体加工されている。値段が判るかい?」
ユーリは怯えるが首を振りそれを返事にした。
「ただの木製リングではなく、白色魔法鉱石を使用した逸品。見立ててでは市場価値1700万タット。鑑定魔法では山羊獣人の得意属性に合わせ雷属性に補正調整されたと表示。山羊獣人魔法使いなら2000万タット以上出すかもしれない……」
手指を優しく放しエレーヌさんは離れてくれた。闇入り込む窓辺で語る。
「木製リング擬態加工で盗みを避け、レザーグローブで隠したんだろうけど、旅で装備が壊れて剥き出しと言ったところかな……盗賊に気を付けたまえ……それよりも君が問題だ。寂しい?こんな高価なもの贈ってもらって命を助けられ、山羊獣人差別がない平和な村まで導いてもらって、、、しかも君、発動体を渡されたと言う事は、魔導書まで買ってもらったんだろ?」
声音優しく発音丁寧、しかし、エレーヌさんの顔はユーリを嘲弄している。
ユーリは手も足も出ない。
普段、実感している事を畳みかけて言い当てられ追い詰められた。
「……君は弱い……魔法を覚えても心が弱すぎる。君、其処まで投資してもらってもトマに返せないんじゃないかな?」
「……そんな事はないよ、僕は……」
「君の使える攻撃魔法はライトニングバレット、良い魔法だ。装備は高性能魔法増幅発動体、これで平和な村まで行く道のりで何故、レザーメイルが破られ、レザーグローブを失う大冒険に成るんだい?大方ブラッティーラーテルとか言う雑魚に大立ち回りでも演じて、たまたま生き残った君は怖くなって、役立たずになって、ここまで来たんじゃないかな?」
エレーヌさんはまた歩き出す。
黒い毛皮が闇を連れ近付く、大人の影が子供のユーリに落ちていく。
影とエレーヌさんがゆっくりゆっくりユーリの周りをまわる。
ニタニタ嗤いユーリを覗き込んでいく。
怯え切った表情をユーリから観察してエレーヌさんが嬉しがる。
「当たりか~、話にならないねえ~、心が弱いねえ~、その様でどうやってトマについて行くんだい?」
ピタリと歩みが停まり背中が話す。
「別に責めちゃいないよ?トマが好きな私は君に少し嫉妬しただけ、ごめんね?」
首が振り向き亀裂じみた笑みがユーリを謝罪。体が振り向きこう言った。
「心の弱い君が心配だ。そんな君に朗報、ゼオラ風車村の外れ、岩山の中に古い遺跡がある。其処へ奥まで行って儀式すると心が強くなるんだってさ、、、」
そのセリフでユーリはエレーヌさんへの恐怖を忘れてしまった。
―――、村から遺跡まで25分、―――
内部にはワーカーアントより弱くて小さい魔法生物が少ししかいない。遺跡最深部まで子供の足で四十五分、儀式には弱い魔法生物の角と体毛を儀式皿に納めるだけで良い、それだけで君は、トマについて行けるくらいには心が強く成る。
移動に25分、探索に45分、儀式に五分。
合わせて一時間15分の秘密をトマに持てた時、君の心は戦闘なんかへいちゃらな強い子に成れる、、、言い終えたエレーヌさんはユーリに近付き頭を撫でてこう言った。
「強くならないと捨てられる、、これは君の勘違い……トマは仲間を死ぬまで見捨てない、君は捨てられない……けれど弱いままだと強いトマはずうっとずうっと君を庇い続け、何時かトマだけ死ぬ、幾ら強くても、魔物の多くは人より強く、数も人よりずうっと多いんだ。トマだって私だって君みたいな足手まといが居たら、いつか、死んでしまう……」
優しい表情に優しい声で、ユーリの耳を犯し脳を脅し上げる。エレーヌさんは最後の仕上げに入りポケットの中の魔道具を指で砕いて発動。無味無臭、五感では感知不能な洗脳魔法が微弱に発揮。エレーヌのポケット内部が僅かに紫色へ輝くが洗脳魔法の証拠はすぐに消えてしまう。それまでに彼女はユーリへ囁いた。
「儀式をして強く成れ、そして君はトマに愛される」
目から意志の輝きが消えたユーリは深くうなずいた。
其処からさらにエレーヌは何か言おうとしたが頭の大きな猫耳がピクリと足音を検知、ユーリから離れ窓辺に滑らか進み外へ身を晒す。
「トマが帰って来た。今の事は二人の秘密、おせっかいを焼いたのがバレると恥ずかしいからね。バイバイユーリちゃん」言い終えて器用に窓を外から閉めて自分はロープで屋根まで進み、侵入工具を回収・証拠隠滅すると酒場に戻り眠りにつく。
エレーヌの狙いは邪神エヴォディーカが建造した古い遺跡を起動する事。
起動した遺跡は、真の内部へ侵入できる扉を開く、そこにはクライアントが指定した遺跡制御系魔導具の大きな黄金杯がある。此奴が狙いだ。遺跡起動には内部で簡単な儀式を実行するだけで良いのだが、エレーヌは何故かそれを自分では、せず。部外者のユーリを引き込んだ。
理由は彼女だけが知り、それは結局、微弱に洗脳されたユーリが実行して明らかになるだろう。ユーリは今ぼんやりとしていたが、偵察兵の訓練を受けた耳へ足跡が響いて行く。
レッグアーマーの重い足音がユーリの想像通りの時間鳴り続け、ユーリが予想した人物が扉を開ける。「……まだ起きていたのか……」
「うん」
「朝早いぞ」
「任せてっ!」
トマは苦笑してゴリゴリとユーリの頭を撫でる。
「気負いこむな、世界に魔物は溢れているが人は滅びていない、理由は魔物が案外間抜けだからだ……だから、ユーリにもやりようはある……戦闘以外にも仕事は冒険者に沢山ある……」
「……信じてる……」
「何か目が怖いぞ?」
「え?」
「俺以外見えていないと言うか、どっかでこういう目を見た気が……」
「大丈夫だってばっ!」
「ヘイヘイ、寝るから黙れ」
「うんっ!」
トマは洗脳魔法の事を思い出していたが、犯人に心当たりなく、ユーリに使うメリットが思いつかず忘れる事にした。
それは後で大きな後悔が生まれる判断だがトマは気付かない。
トマの装備である運命囁くペンダントが酷く嬉しそうに嗤う。
胸に光るペンダントを摘まみ上げてトマは興味なさげに開き中を見た。
狼刻印は、既に意志を持ち始め、持ち主のトマに抗い運命を隠した。
凶笑する八つ目六足の狼魔獣刻印に育っていたペンダントの紋章が、蓋を開けらる瞬間ただの狼刻印に変化。
トマの視線にさらされる前に、只の牙剥く狼の横顔に成っていた。
世界に満ちる魔素は生き物も無機物も変異させより強く複雑にしていく。
トマがユーリへ語った言葉だが、運命囁く魔法のペンダントは早くも魔素を吸い上げ大きく変異していた。機械工や設計技師が精密に設計図を引いた魔導具ならともかく闇の濃い冬に魔素を膨大に吸い上げ、即席で創造され生み出されたペンダントは、生き物化している。
その証拠に、トマとの一体化をペンダントは狙っていた。
故に正体隠し惨劇の運命を隠し、トマと一体化して魔物に成る事を夢見た。
トマの認識では、ペンダントは何も変わっていない。
変化と言えば、輝くがそれだけ……。
「?」
興味が失せて、トマは魔法のペンダントを手放す。
元々折れ剣の破片で作った飾り。
死者を忘れない為の戒め、祈らない為の己の首輪。
それ以上でも以下でもない。
輝いたから何だと言うのだ?そう思ったトマは、危険性に気付かない。
明日に備えトマもユーリも眠りにつくが、新たな事件と冒険は既に始まっている。
エレーヌが運んだ運命が明日から二人を翻弄するだろう。
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