黄昏の語り、第二章、十話
「10」
旅が続き森は深まる。
出現する魔物は増えていくが、死者はなし。
イズオレフさんはすっかりユーリの索敵を信じる様になり、戦闘時にはトマの背後に回り込み庇われることが上手くなった。
時折怪我も発生する。
そんな時は、トマの回復魔法でなかったことにしてしまえる。
深夜から早朝にかけて警戒したトマへ、寝起きのユーリが近づく。
トマは購入していた魔物除け魔道具のスイッチを切り大欠伸する。
この魔導具出力が低く雑魚は追い払えても並みの魔物は普通に寄って来る欠陥商品だった。
トマは金の無駄にため息を吐く。
ユーリは気付かずニコニコである。
甘いクッキーと紅茶を淹れて自分の守護者をねぎらう。
紅茶は猫さんマグカップに収まりホカホカ……。「お疲れ様、大丈夫だった?」
イラスト猫さんを睨みつけて渋い顔だが、携帯食料に選ばれるハイカロリークッキーを齧って行くトマは答える。
「イエールピルが出た。鳥型五メートル」
「強かった?」
「危なかったが攻撃させず仕留めた」
トマが示す先には五メートルの鳥型魔物イエールピルの首無し死体が転がっている。
「……気づかなかったよ……」ユーリは魔物の巨体に怯えた。
「夜間戦闘する魔物じゃないハズなんだが、、、この森は通常とは違うらしい、、、魔素の流れが豊富と言うか、作為があるというか……それで魔物が無駄に活発になってる」
「何が有るんだろう?」
「さて、な、鑑定魔法じゃそれ以上は判らん、、、だが目的地に近付くほどその傾向が強まってる。警戒しろ」
「判った」
冒険の旅が再開されていく。
ユーリは慎重に慎重に索敵を繰り返す。
魔物回避を達成していくが限界が来た。
目的地のゼオラ風車村まで残り三日の距離、ワーカーアントとソルジャーアントの混合部隊が、40匹近いシュネーフロッグの群れと激戦を繰り広げている。蟻軍団は必死に巣穴を守るのだが徐々に押され戦線が広がって行く。御蔭で道が塞がった。
シュネーフロッグもまた本来群れる魔物ではないのだが、何かそうせざる負えない理由でもあるのか異常行動に移り過剰攻撃を繰り返している。
魔物が興奮しすぎて見境を失いつつある。
トマたちは地図を広げる。道を外れ危険だが森を突っ切り迂回を選択。
ユーリはトマたちを案内していく。
しかし、これに失敗、ホレストフッドの奇襲を許しユーリは死にかけた。森に無謀な侵入を実行したトマたちを検知、ホレストフッド四体は予想進路で樹に擬態、トマたちを待ち受けた。先頭急ぐユーリは見抜けず四体の奇襲を見て棒立ち、トマが庇う、伸びて来る無数の木の根が槍のように鋭く伸びユーリを目指した時、トマがユーリを押し退け全身で根の攻撃を受けた。
庇われたユーリは転びトマを見て叫ぶがトマは攻撃無視。
ホレストフッド四体を同時撃破。横一文字に一刀両断。
トマは装備更新で命を繋ぐ。鋼の百倍頑強な赤色魔法鉱石の装甲防具でトマは装甲防御に成功していたのだ。ホレストフッドの鋭い無数の攻撃は頑強すぎる装甲を貫けない。装甲の隙間もあるのだが、トマが剣士として攻撃を見切り全て装甲受けしていた。トマにとっては日常だが、庇われたユーリにとっては堪った物ではない。ユーリは、最近、繰り返し見る悪夢に落下した様な気分に叩き込まれる。
夢ではこの時、トマは大怪我している。
それでもトマは戦闘に嬉々として向かい死んで行くのだ。
細かなシチエ―ションは違う。そんな只の悪夢だが、悪夢は印象的でユーリに刻印され忘れがたい、、、悪夢を笑い飛ばすにはユーリはトマが好き過ぎた。それこそ空気のように必要とし水のように命を支えられ眠りのように意識を守られ美味しい食事のように楽しい時間を一緒に過ごしてきた。トマがユーリには掛け替えようがないのだ。
その感想はユーリの実感に過ぎないが真実と思い込む彼女は慌てて起き上がりトマに駆け寄る。無事だった、怪我一つしていない……泣きそうなほど嬉しい。
そしてそこに索敵反応あり、ユーリは思考を狭窄(きょうさく)してしまう。
ダガーを抜き、森を駆け抜ける新たな敵に戦いを挑みトマを守ろうとした。
ユーリは未だ悪夢が忘れがたくトマを守るために過剰反応している。森を突っ走る中位の魔物、ブラッティーラーテルが姿勢低く飛び出しトマを庇う無謀なユーリを睨みつけている。奇襲するつもりが先行発見され苛立っている。ユーリは戦闘モードに入って行く。過剰集中を起こし、目の前の敵しか見えなくなり、トマの叱責が耳に入らない。
トマが止めに向かおうとするが背後で悲鳴。
イズオレフさんに小鬼族が集り始めている。
トマは舌打ちしてまず護衛対象救出に向かう。
魔物の森とは人の領域ではない、その証明のようにこの森で一番強い魔物が人の作った道を外れ森に入った瞬間飛び出て来て、ユーリに涎を垂らし牙を剥く、中位の魔物はユーリよりずっと強いトマですら時に苦戦する強者、四足獣のブラッティーラーテルが大きな尻尾を膨らませ跳びかかる機会を伺う。ユーリは既に行動している。
ヨーゼフ教官の教えに導かれ鋭く左腕が動き一本の投石紐が取り出され、そこに錬金術で作られた毒薬弾を滑らかにセット、二回転でブラッティーラーテルの顔に放ち戦闘開始。
放物線を描き鋭く飛んだ毒薬弾をブラッティーラーテルは最小の動きで躱す。
悪手である。
錬金術の産物は地面にぶつかり砕け激しく毒煙を広げ素早く消えた。まさか、小石が毒を吹くとは思わなかったブラッティーラーテルは三呼吸吸い込んでしまい、激しいクシャミと鼻水と落涙に悩まされ始めた。標的を戦闘不能にしつつ素材を汚染しない毒薬、つまり催涙弾が魔物を呼吸器から責め立てた。弱いユーリが格上を倒せるとしたらこの瞬間しかない、ユーリは訓練と獣人族の高い身体能力に物を言わせ一気に肉薄、子供のユーリには剣のように大きく長いダガーを両手持ちに背中へ着地、打ち込んだ。狙いは正確威力も十分、そして、武装には魔法が込められ切れ味も強度も上がり、鋼のダガーは高性能化してブラッティーラーテルの命を奪う筈だった。
が、刃は途中で止まる。
肋骨と背骨を引っかけてしまい心臓まで刃が届かない、ユーリの狙いは正確だったがダガーの刃をあばら骨を挽かない角度の撃ち込みに失敗した。骨では無く肉の隙間に差し込んでいく技を実践できなかったのだ。理由はブラッティーラーテルにある。奴は一時的戦闘不能になりつつ大きく無茶苦茶に暴れユーリの一撃必殺に必要な精密攻撃できる静止状態ではなかったのだ。
背中に攻撃を受け、より暴れる動作に負け、軽いユーリは吹っ飛ぶ。
ダガーを手放してしまった。だが、ユーリはレザーメイルの装備ポケットから解体ナイフを抜き逆手に構え戦闘続行、四メートル級ブラッティーラーテルは怒り狂いユーリを襲った。三呼吸では毒ガス効果はすぐ切れたのだ。魔獣の動きがドンドン改善され連続攻撃していく。ユーリは回避していく、左右の爪ラッシュに噛みつきばかりだが、速度が尋常ではない、身体能力と闘争本能に特化した魔物それがブラッティーラーテルの様だった。
ユーリがナイフで右の爪をいなし左の爪を体をかがめ躱し噛みつきを後退で躱し岩を盾にすると岩が砕かれ牙が迫る。躱し様にナイフを打ち込むが浅い、手加減などしていないが普段訓練したダガーと比べ長さが足りずどうあがいても致命傷にならない。
山羊獣人の優れた脚力で跳躍後退。
ブラッティーラーテルもまた追撃するがユーリの必死さが僅かに勝り攻撃姿勢構築に成功。ユーリから突進、間合いを潰しナイフを手にブラッティーラーテルの牙と右腕爪の振り込みを躱して行く。レザーメイルが爪に引っ掛けられ破れて行くが、その下の装備に救われた。トマが買ってくれた高価な赤色魔法鉱石製防刃インナーが仕事をしてくれた、ユーリは死なず爪の猛威をやり過ごし首にたどり着く。逆手に構えたナイフを魔獣に打ち込んだ。硬い毛皮を抜き肉を裂けたが、神経を切れず骨に阻まれた。ブラッティーラーテルが僅かに前進、ナイフが抜けユーリを背後に立たせる。ユーリは、反撃後ろ蹴りを浴び大樹に叩きつけられ衝撃で移動不能。
ブラッティーラーテルは既に追加攻撃に移っている。
背中に刺さったダガーが激しい動きで抜けた。ダガーは蹴られ空を飛ぶ。
ブラッティーラーテルは姿勢をしなやかに反転・正面にユーリを見据え、素早く加速完了。
圧し掛かるように跳躍してユーリの頭を食いちぎる為に大あごを開いている。殺意の滞空突撃がスローモーションのようにユーリには見えた。ユーリは動けない、だが、足元には抜けて飛んできたダガーが天啓のように帰ってきて刺さる。
ユーリは鋭く拾。
構え、立つ。己を目指すブラッティーラーテルの口内に撃ち込んでいく。
そんな物で巨体四メートルの質量は止まらないがダガーの長さが勝り奴の喉を裂いてい行く。怒り狂うブラッティーラーテルは何度も顎を嚙み合わせ間近のユーリを牙で裂こうとする。
死の音が牙でガキンガキンと繰り返しユーリの耳に響いて行く。
ダガーが魔法で支えられ牙で折れずに口を塞ぐ。
しかし、ユーリに爪が迫る。
身体能力の差で押仕込まれ追い詰められる。
だが、死なない、牙がどんどん迫り左右の前足爪がユーリを包み込み保持。後は牙がユーリを噛み裂いて終わり、しかし、ユーリは雷属性射撃系下位魔法のライトニングバレットを魔法増幅発動体で威力を嵩(かさ)増ししてダガーから放つ、一発目、雷に痺れてブラッティーラーテルの攻撃が止む、二発目、喉、首、骨を確かに砕く、三発目、貫通してダガーが体外に抜けライトニングバレットが肉を焦がして消えた。
三度の攻撃魔法、その果てが来た。
ユーリに首を穿たれブラッティーラーテルが死んだ。
訓練ではない本当の近接戦を味わい、ユーリは、固まった。
激戦をたまたま生き残ったユーリは呆然とする。ブラッティーラーテルの体から力が抜け重量がユーリに圧し掛かり重さに負けてユーリはへたり込む。ダガーを抜こうとするが両手を口内迄打ち込んでしまい骨に引っかかり抜けない、殺した獣は大きく、血の臭いと獣臭が漂いユーリはエずく。
戦闘も、戦闘の勝利も、殺し合いからの生存権獲得も、生存の歓喜も彼女にはどうでも良い。
彼女はトマではなく、ユーリだからだ。
子供のユーリは戦闘の衝撃が抜け難く、酷く心細くなる。トマが居ない。
それだけで泣きそうになる中、視線を巡らせればそこに彼が居る。
護衛対象のイズオレフさんも生きていた。
偵察兵として奇襲を許してしまい、暴走して戦闘に熱中してしまったが、トマは立ってそこにいる。安心してしまい、殺し合いの恐怖に追い付かれ震える。しかし、ユーリは泣く事も出来ない。殺した獣に圧し掛かられ虚ろに座り込む防具の壊された少女。無残と不安を掻きたてる光景だった。
しかし、ユーリは、たった二か月磨いた実力で中位の魔物を殺し生き残った。
十歳の彼女が望まぬ殺しの才能が、ユーリの優しい心を裏切り、確かに肉体へ宿り眠っているようである。
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