黄昏の語り、第二章、八話
「8」
「筆記試験正答率七十九%、戦闘実技試験官ヨーゼフを相手に時間満了まで交戦・生存、戦闘力維持。F等級通常依頼達成数40オーバーを根拠に、トマを能力評価カテゴリ、戦闘系においてEクラスが妥当と認める。ただし、犯罪、合法な嫌がらせ、差別、公共空間・非戦闘空間で魔法の私的戦闘使用等が発覚した場合、階級と特権を剥奪する……おめでとうございます。トマさんは本日よりEランク冒険者です。どうしますか?お仕事を紹介できますが……」
トマは受付にて首を振る。
「ユーリの育成を本格化する。到底好きに稼げる時期じゃねえ、、、」
エリデリアさんが呆れて目をぐるっと回し受付仕事に戻り応じた。
「ユーリちゃんに冒険者の才能は有りませんよ……まったく、無駄な投資は嫌いです……訓練指導教官ヨーゼフの勧めで都市を離れ地方の村ドネフに向かい一週間、そこからゼオラ村に二週間かけて移動、ユーリちゃんの冒険者育成、その本格化に向けゼオラ村に移住……以降、ユーリちゃんの経験蓄積がなされ応分の戦闘能力獲得まで依頼に明け暮れる……時折自治都市ムフローネスに戻りユーリちゃんの育成方針を仰ぐ……それで良いんですね?」
トマはヘルムで隠した頭を下げて同意する。
「……承りました……書類作成に三分ください。最下級冒険者ユーリちゃんの都市外通行許可証を発行します。その間に依頼を受ける気なら、護衛依頼を見繕ってください依頼書はここにあるので好きに読んじゃってください……」
トマは七枚ほどある春の護衛依頼を見ていく。
都市ムフローネスの冬に出稼ぎを終えた職工たちが、春に懐暖かく故郷へ帰還する。
その護衛仕事がずらっと並んでいる。一枚が目に留まりトマは広げた。
護衛依頼、都市ムフローネスから、ゼオラ村まで護衛をお願いします。風車修理工イズオレフ。
目的地、、ゼオラ風車村
期限、、、、夏までにお願いします
報酬、、、、一人二千八百タット、その他、旅の食事を出します。護衛人員、二人募集。
依頼主、、、イズオレフ
風車と言えば、この都市へ初めて来た時、飛行機械の定期便に都市の風車塔が一部ぶっ壊されるのを見た。そして都市の仕事で風車修理を手伝い、向かう先のゼオラ村には風車がある。その関連が少しおかしくてクスりと笑い、トマは依頼主に会いたくなった。依頼をこれに決めて受付の蝙蝠獣人エリデリア女史を待つ。
「お待たせしました。此方が書類になります。護衛依頼は決まりましたか?」
「ああ」
トマは一枚の護衛依頼を差し出す。
「イズオレフさんですか、良かったですね?当たりです。人当たりが良く報酬支払がきっちりしています。旅慣れていますので冒険に理解があり、体力もある。何時向かわれますか?」
「ユーリに説明、消耗品備蓄、休息、資料室で地理確認、出没魔物確認、、、三日後に向かう」
「承りました。都市の西、宿屋通り三番街エネルフの鳴き声亭にて依頼主イズオレフさんはいらっしゃいます。連絡を入れるので三日後朝、遅刻しないように向かってください」
「了解女史殿」トマは少しお道化た。
「あんまりふざけていますと、貴方が賞金首だと周囲にばらしますよ?」
即効で咎められた。
「死んでしまう。勘弁してくれ」トマは本気でビビる。
「それで良いんです。トマさん、あんまり調子に乗らず。ユーリちゃんを虐めちゃ駄目ですよ?」
「……」
「良い人に出会えることを祈っています」
ユーリちゃんはトマに惚れた弱みでトマに逆らえない。そしてユーリちゃんは本来もっと穏やかな人が好き、結果、、、自分の気質に逆らって狂暴なトマに懐いてしまい彼女はいつも不安定、、、
それを説明してやろうか考えて、トマの馬鹿っぷりを思い出しエリデリア女史は口を閉じた。
エリデリアさんはつける薬なしと言いたげに首を振りトマを解放した。
トマは解放された事で受付から逃げだし訓練場のユーリを迎えに行く、受付への列は途切れず今日も混雑、厄介な奴も困ってる可哀そうな人も助ける必要がある子供に、育っていく冒険者も、トマとユーリだけではない、故にエリデリアさんは次の冒険者へ、トマにそうしたように誠実な対応をしていく。
春を迎え雪が解ける中移動が楽になる。
都市ムフローネスの冒険者組合は都市外が移動しやすくなった分だけ混雑具合が増して冒険者たちは冒険に繰り出していく、その流れに逆らうように、トマは、受付で話をまとめたくせに出口では無く内部に進み訓練場に向かう。そして訓練するユーリを見つめる。変態実力者にしてロリコン疑惑のヨーゼフ指導教官が好色そうな眼差しを隠そうともせずにユーリを見つめ、右手に握るメイスを振りかぶりラッシュをユーリに仕掛けた。
右から始まり三連撃からの低空下段二連から変化した上段振り下ろし。
連撃は止まらず、ユーリは躱しに躱す。良い動きだ。
ヨーゼフは何度も何度も敢えて隙を作りユーリを攻撃に導こうとする。
正しい攻撃をユーリに実行させる。だが、ユーリの動きが攻撃に入るたびに迷う。鋭い動きが見る影もなくガタツキ、攻撃は迷いに満ち威力はない。ユーリの握る刃のない模擬戦用ダガーがヨーゼフに弾かれた。一撃で武装を失いユーリは追いつめられるが回避動作は素晴らしく攻撃が当たらない。ユーリが側転してヨーゼフの突進を躱しそのまま地面のダガーを拾い上げ振り返り際にヨーゼフの巨体が繰り出す剛力をしのいだ。
見事な動きだった。
武装を回避中に拾い上げる事で崩れる姿勢を一瞬で直し、ダガー一つでユーリを目指す重厚なメイスの一撃を受け流していく。威力を流し殺しヨーゼフの巨体が攻撃失敗で横にそれ、わき腹を晒す。ユーリが逆手に鋭くダガーを持ち替えつつ肉薄、後は横の腹にダガーを突き立てるだけ。狙いは精妙でヨーゼフの防具へダガーは進み装甲の隙間に先端が勢いよく精密に近付くが、突き立てる瞬間、刃の潰した安全なダガーすら寸止めしてしまう。
其処をヨーゼフは咎める。殴られてユーリはぶっ飛ぶ。
「ユーリたそっ!止めちゃ駄目っ!全力を出しなさいっ!」
指導教官殿は、珍しく本気で怒っているらしい、恐らくは毎回同じことを注意しているのだろう。トマはそれを見て納得、確かにユーリへ戦闘の才能がない、刃の動きまで心優しさに満ちている。
チンピラ同士が喧嘩して普段の不満とイライラを発散、なんかどうでも良く成って殴り合った仲なのに友達に成る。そんな生ぬるい世界ならユーリもアイドルになれるだろうが、戦闘や殺しの現場では酷い足手まといだ。それこそ保護者のトマがユーリを使う気に成れない程だった。
が、殺し合いだけが仕事な世界など無い。
戦闘にしたって戦闘準備と言う物があり、準備と言う退屈で長い作業をきっちりこなすから、勝率も上がるのだ。旅に必要なノウハウがあり襲撃者を事前探知できる索敵魔法を持つユーリは訓練を経てきちんと報連相出来る人材。適正のない戦闘員として使い潰すなど浪費が過ぎると言う物。今熱心に戦闘訓練しているが、それはユーリに自衛能力をつけてもらっているからに過ぎない。
稼ぐ冒険者に成るには魔法がある以上、ユーリはかなり有望な部類だ。
あとは旅で経験を積んでから適正を見て訓練方向を決めればいい。
ユーリの戦闘能力がへぼでも楽観するトマは彼女の元に向かった。
「おつかれ」
「トマッ!見てたの?」
「おう」
「ちょっと訓練中だよっ!」ヨーゼフ教官が咎める。
「居残り訓練じゃねえか、本日分はもう終わってんだろ?」
「……そうだけども、せっかくの愛のランデブーが……」
「トマはどうしてここに来たの?」
「ヨーゼフ教官の提案を受けて来た。ユーリの訓練に実戦を選ぶ。三日後に旅立ち、この都市からドネフ村に一週間、ドネフからゼオラ村まで二週間、移動。拠点をゼオラ村に移す旅に出るぞ」
ユーリは緊張した顔つきでトマを見つめ肯く。
「そんなに緊張すんな、ヨーゼフ教官の話じゃ、お前の技量はどれも悪く無い、さっきの戦闘だって、お前は動けていた。後は切っ掛けがあれば、殺しなんぞ日常に成る」
ユーリは泣きそうな顔でうなずく、殺しが日常だなんて嫌なのだ。
気付かない馬鹿トマはむしろ褒める様に励ますように言った。
「目的はお前の実技訓練、そこで殺し慣れを積めば戦闘も気楽になる。護衛依頼も受けて来たから、退屈な旅でもない、仕事だって現地にある。採集依頼、討伐依頼、護衛依頼、村には風車があるから見応えがある。春で花なんぞが咲いてるかもしれない、畑で作物は実り、家畜が増えて太って行く……良い季節だろ?」
「……トマは楽しそうだね……怖くないの?」
「怖いのか?」
「うん、魔物が怖い……」
「俺が前衛、お前が索敵、コンビで動く、お前の魔法があれば怖いものは無い。戦闘は俺に任せてお前は後方でボスだ。ふんぞり返れ俺が従う……護衛対象を守ってやれ……下っ端の俺はどんな命令もお前に従う……あんまり怖がるな……」
トマは精一杯ユーリを不器用に言葉で慰めた。
ユーリが勇気をトマから貰いぎこちないが微笑んだ。その背後では嫉妬に塗れた豚獣人ヨーゼフ教官が血涙を流して睨みつけるがトマは気付いても無視、ユーリはトマの事ばかり考えヨーゼフの愛と嫉妬に気付かない。
冒険者組合を離れ二人は旅に向けた消耗品の買い出しに向かった。
と、言ってもカンテラ油と携帯食料の買い直しである。
しかし雑貨屋でユーリは可愛らしい背の高い猫がほっそりと座り込むイラストを発見、可愛い。
そんなお洒落イラストは、デザインが良くあんまりお湯が多く入らなさそうなケトルに塗料で塗布・刻印されている。セットの猫さんマグカップも二つ発見。カフェイン摂取が期待できる紅茶のティーパックまでも発見。ユーリさん、大興奮である。トマを揺さぶり熱心に購入の打診を始めた。トマは物凄い渋い顔である。ユーリに買い与えたリュックサックの容量を使い果たしかねないのだ。おまけに今は春。寒い秋や冬なら、一杯の御湯が運動能力を大幅に復帰してくれるが、これからどんどん暖かくなっていき正直不要である。しかもトマは自分の水筒があって適温魔法が込められた高級品。ユーリにも同じ水筒を買い与えている。つまり、このケトルセットは完璧に要らない装備、でも、猫さん可愛い、、、故にユーリは目を輝かせる。
トマは頑張って反論を試みる。
眠気覚ましのカフェインは欲しいが、ケトルまで買い込む気にはなれない。
茶葉を練り込みカフェインを摂取できるクッキーなんぞもあるのだ。春や夏に向かう中、御湯にこだわる必要はない。トマはそう言うのだが、可愛らしい旅小物に夢中なユーリは暴走、何事につけ熱意不足なトマは押し切られた。護衛依頼で倒した魔物から素材回収を狙い、図多袋やリュックサックに空きが欲しかったトマのチンケな野望はここに断たれた。
悲し気に購入携帯食料をトマは見つめる。
此処にもユーリさんの趣味が入り込み、携帯食料は干し肉から変更、甘い蜂蜜味の大きなライ麦ジンジャークッキーが沢山収まった紙箱である。恐らく朝の心地よい時間、新鮮な空気の中森で紅茶を入れ甘いクッキーの朝食なんぞを夢見ているのだろう。付き合いたくないトマは、塩辛い干し肉をこっそり買い足した。運動する以上、蛋白質と塩が欲しい男である。味とかに拘りはあるが、それは都市で食堂に向かえば良い事、旅の野営に多くを期待していない証拠である。
次の日は、トマが組合資料室に向かいユーリと共に調べもの兼お休み時間。
食事作りも訓練も控え都市中央の軽食店街なんぞに顔を出し冒険者御用達の清潔感ある御店に入り調べものの報告をし合いながら、薬膳スープの美味しい奴を食べまくり、デザートにぶどうジュースの良い物とアイスをいただいた。其処で分かった事だが、道中は森となり中位の魔物ブラッティーラーテルが出没すると判明。大きさは四メートルほど、狂暴、頑丈な毛皮、番(つがい)で動くか、個体行動、群れないのが救いな魔物だが、自分より大きな体格の格上魔物すら闘争心で打ち負かし食べてしまう。牙が鋭く野生動物の常で雑菌塗れにて危険、素早い。森に潜み不意打ちを主として襲い、強い。
難敵である。
護衛依頼が張り出されるくらいなのだからそりゃ、道中で魔物くらい出るだろうが、初めての依頼でなかなか難しい物を選んでしまったようである。ユーリはまだ気づいていないがトマは食事を終えてヘルムで顔を隠しそこで苦笑している。トマは、ブラッティーラーテルが大鬼ほど強くない事を祈りながら明日に備えユーリを伴い帰宅した。ユーリ自身は、初めての調べ物と明日の冒険と、見た目だけはハイソっぽい軽食店の美味で興奮しっぱなしである。借家に帰れば、トマとユーリは浄化魔法で体を清め入念に柔軟すると同じベッド眠りにつく。
ユーリがトマに絡みついて離れないのだ。
トマは鬱陶しいから離れたがったが冬の寒さに負け毛皮持ちで暖かな子供体温のユーリに絆される内なんだかんだ春に成っても一緒に寝ていた。夏には流石にユーリの毛皮が鬱陶しいだろうから今回の旅と野営でユーリを1人寝出来るようにしつける野望を抱え、トマは抱き付くユーリを無視して眠る。
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