黄昏の語り、第二章、七話
「7」
「あ~~おほんっ!春を迎えました。雪解けはまだ遠いですが暖かく、ユーリたその装備は充実、体力レベルも短期の旅には耐えられるでしょう。訓練教官が示した訓練方法もユーリたそは覚えられました。室内訓練をこれからも続けるとして、訓練教官から新しい訓練方針を示します……そろそろ冒険に出て見ませんか?」
「冒険?」
ヨーゼフ教官は語る。
Gランク冒険者は保護者あるいは同じパーティーメンバーにEランク冒険者が居た場合随伴許可・討伐参加許可が出る。つまりトマがもう一つランクを上げれば、ユーリは最下級ながら都市外に出てより冒険仕事らしい経験を報酬付きで学べるのだ。
ユーリの安全を考えて危険度の低い集落がヨーゼフ教官より紹介されていく。
ドネフ村、徒歩一週間の位置。護衛依頼在り魔物討伐依頼在り。
イオテル平原監視砦、徒歩三週間位置、中継集落多数、魔物が強く戦闘修行に向いている。
ぜオラ村、徒歩二週間、ドネフ村の先、素材採集依頼、討伐依頼双方充実。
ルリハギ鉱山街、徒歩二週間、中継集落、護衛依頼多数あり。
「この中ではゼオラ村がユーリたそに向いています。魔物弱く豊富、素材採集依頼が勉強になり、住民はのんきの差別知らず。何よりも食事の美味しい酒場と粉ひき風車が美しく観光に向いた遺跡もあります、、、冒険は仕事ですが、人生で遊んでいけないわけじゃないので、仕事の片隅で観光しても罰は当たりません」
ユーリは少しヨーゼフ教官を見直した。賢く強い厄介な変態なだけでなく常識と優しい心があったのだ。だが、性格が卑しい、それですべてが台無しである。
「ユーリたそ……景色が変われば心も変わる。住む場所が変われば相手の醜い心にも気づく。トマは捨て、僕の物になり幸せになるんだっ!ゼオラ村から帰るまでに心の整理をすると良い、君さえ肯けば僕がメイスでトマを撲殺し♡君を♡悪い賞金首から解放してげるからね……そして僕たちは永遠に一緒♡ぶひゅひゅひゅひゅひゅひゅうふ♡」
聞きたくないのでユーリは走って逃げた。
「待ってッ!ユーリたそっ!本日の格闘訓練がまだだよっ!」
真面目なユーリは泣きそうな顔でションボリとヨーゼフの元に戻りヨーゼフの気持ち悪い脂肪分と闘い、ダガーで切り、殴り蹴り、圧し掛かってくるヨーゼフの巨体を格闘動作で正確に排除する訓練が延々とユーリを苛んだ。
格闘戦においてマウントを取られるのは死に直結する。
足を封じられ背中と腕を床に押し付けられ一方的に殴られればいかなる強者も沈む。床に押し付けられてしまえば攻撃予備動作が出来る空間は非常に限定されマウントを取られた時点で碌な反撃が出来なくなる。回避にはマウントを取られない事、致し方なくマウントを取られた場合相手の重心を見抜き引っ張り、すり抜けていくのだが、タイミングを誤れば意図を読まれ逆に殺されて終わり。
精密動作性、速度、タイミング、最低限の筋力と体重、相手を引っ張り関節可動域を利用していく手順、相手の体重を無効化する小技、無数の要訣を満たさねばマウント攻撃から逃れられない。
精神マウントなら論破して終わりだが、格闘戦のマウント攻撃は必殺攻撃過ぎて厄介である。そして遭遇戦で揉み合えばマウントを取った方が勝ちである。背が低く女で筋力の足りないユーリは人身売買目的で盗賊に狙われ易く、売るためにマウントからの拳を連打され殺されず無力化される可能性が高い。
それを避けるにはマウントの姿勢から逃れる精密動作性がユーリに要求される。
如何に戦闘が苦手でもしつこくヨーゼフは圧し掛かりユーリに回避動作を肉体へ教え込んだ。
まずは立ち合い、模擬戦。
実力順当にユーリは押し倒されマウントに入られる瞬間、うつ伏せにならないように仰のけとなり、まだ落ち切らないヨーゼフの巨体尻へ右ひざを当て押し込み、ヨーゼフの姿勢位置をずらす。其処からユーリは左腕を同時に伸ばしヨーゼフをどんどん左に引っ張りつつ体を動かし位置交換。ヨーゼフは左に姿勢を崩され転がり同時にユーリが乗り込んでいく。マウントを取り返したユーリは既に利き腕が動き後ろ腰からダガーを抜いており、ヨーゼフの心臓に逆手でダガーを打ち込み、一回の訓練終了。
所謂演武に近い、あるいは動作確認である。
ユーリが正確な動作を実行できた時だけヨーゼフ教官は体重を動かしユーリの足りない筋力でも巨体が転がってくれるのだ。
正しい動作、正しい手順をユーリに教える為に何度も同じ手順をヨーゼフは繰り返す。
そしてユーリの回避反撃が手緩いと絶対にユーリからどいてあげないのだった。
「う~ん飲み込みは良いんだけど、やっぱり君は戦闘しない方が良いね。手加減しちゃだめだよ。美しい動作じゃなくて殺す気合いが大切なんだ……無理なら感情殺してキラーマシンに成る手もあるけど……トマみたいになる……そんなの真似ても山羊獣人で子供じゃ、心が持たないよ……」
「……教官、僕、まだやれる……続けて……」
「う~~んお勧めしないけどね?行くよ?立って……」
ユーリは熱心に訓練していく、ヨーゼフも困惑しつつ相手をした。
ユーリはトマが好きだがそれ以上に恐怖している。トマは自分に興味がない。
それを敏感に感じ取っている。このまま無能であればトマに捨てられる。
それを避けたかった。
そしてそれだけでは不十分と気付いた。トマに従いユーリが育っても、働けて生きて行けるようになった段階でユーリに興味がないトマはユーリを捨ててどこかに消える。そう理解した。普段の言動、性格、仕事ぶり、態度、全てユーリに関心を示していない。
捨てられる前にユーリは、捨てられない程度にトマに好かれる必要があった。
さもなくばまた一人ぼっちである。路地裏も寒さも貧乏も耐えられる。混血の自分も、差別もカツアゲもどうでも良い。だが、一人はもう嫌なのだ。トマが居なくなっても働けるようにはなるだろう。
矢張りトマの御蔭で自分は貧弱ながらすでに魔法使いだから雇いたい者は多い。
新しい職場、新しい人生、しかしそこにトマが居ない。
自分はきっとそこまでトマを好いてはいない。
だが、孤独に弱った心が深く誰かを求め、そしてトマは答えた。
生活が困窮が飢えが、トマの手で癒え、
お金が余裕が微笑みが訓練が目的が装備が暖かな家がトマから与えられた。
御蔭で自分はトマに逆らえなくなり激しく依存している。愛でも恋でもない、空気が無ければ一時間保たないように、水が無ければ三日で死ぬように、睡眠が無ければ一週間で発狂死するように、食料が無ければ一か月かけて瘦せ衰え見る影なく醜く自分を見失い死んで行くように、ユーリは、トマに、存在してもらわねば生きていけない物として必要としていた。
付き合いが短すぎるが、ユーリはトマと一緒にいたいのだ。
他の何を切り捨てても良い。
トマはきっと戦闘が好きだ。
其処だけは理解した。ならば自分も戦えねば一緒にいられない。
戦闘に臆病な自分はねじ伏せる。
そんな思いを決意のレベルまでユーリは秘かに拗らせ二か月過ごしていた。
理由の一つとして装備が上げられる。トマがくれた物の内、赤色魔法鉱石製防刃上下インナーの値段を見てしまった。460万タットの防具、こんなものまで贈って死んで欲しくないと願われた。最初は値段に驚き次に都合よくその発想に跳び付き喜び夜に気付く。
もしや、、、魔物との戦いとは其処まで高価な防具が必要な程ほど激しく、そして購入に躊躇が無い程にトマは戦いを望んでいるのではないだろうか?生きるか死ぬか判らない戦いこそ、喜びを見出しているのではないだろうか?
思い過ごしであって欲しかった。
だが、仕事で討伐に向かうトマは機嫌よく、討伐で強敵と戦えた日はたとえ獲物に逃げられても喜んで嗤っていた。
そう、笑みではない。
嗤いだった。
歪んだ邪悪な嗤い、怖がりつつ尋ねれば「もう少しで殺せた……惜しい事をした」暗い嗤いの返事が返りユーリは確信する。楽しんでいる。トマの横顔が脳裏に浮かぶ。低く虚ろに嬉しげにニタニタ語る顔は喜悦がのぞく。
最初は怖かった。だが、こんなに喜んでいる姿は他に見た事がない、そして普段は酷く禁欲的で苦しそうだった。怖さより一緒にいたくて、普段の生活が楽しくて、トマの幸せが判らなくて、だが、強く成らねばいつの日か、トマが飛び出し魔物から自分を庇い死んで行く。
そんな夢を見て跳び起きて夜だった。
トマは自己中だが、自分の命も他人の命もどうでも良い質だ。口では死にたくないと言うが、ユーリを変な理由で庇ったようにユーリを変な理由で守り死んで行く気がする。気付いた瞬間ユーリは止まれなくなった。捨てられたくない所ではない、速く強く成らねば、トマは死ぬ。ユーリに興味がないまま、ユーリを庇い大怪我して、そのまま好きなだけ魔物と闘い勝手にトマは死んで行く気がした。その発想が直ぐに確信へ変わって行く、止められない。
トマにユーリを好きと言わせるためにも、死への行軍を止める為にも、傍にいる為にも、強くならないと話にならない、だからユーリはヨーゼフ教官の元で訓練を続け信念が芽生え、今日だった。
その頃トマはハースの里で大欠伸をする。
春となり、ハースの里は緊急事態を乗り越え、新しい契約冒険者が訪れトマの仕事がどんどん減り、強敵とは出会えず、稼ぎは減り続け暇、致し方なく防具屋に向かい、暇つぶしに商品棚を観察。首尾よく赤色魔法鉱石製全身装甲防具を発見した。
が、お高い。
ヘルム三百万タット、ガントレット三百五十万タット、メイル五百万タット、レッグアーマー四百万タット、上下防刃インナー四百七十万タット、赤色魔法鉱石金属糸編み込みマント二百五十万タット。
総計、金二千二百七十万タットである。
買える額だが凄く躊躇する。
あれから貯金して今や八千万タット持ちの大金持ち。
だが、稼ぎ場のハースの里は雑魚狩りが進んで儲けが薄くなった。新しい職場を見つけないと、高価な防具が無駄に終わりかねない、しかし、装備更新はできる時にしておかないと旅先で良い装備が手に入ると限らない以上は、防御力の不足を突かれ強敵に殺されて終わり。
大いに悩む。自分の防具更新か、ユーリへの投資を先にするか悩み、結局ヨーゼフ教官の報告を信じ、ユーリへの投資を一旦ストップ、冒険に殆んどでない未熟なユーリが高額装備を持っていても盗賊が着け狙うだけ。実力不足で跳ね返せないユーリは高性能装備を抱えても、カモられるだけ、なら自分の大剣に見合う防具充実の方が仕事のリターンがありそうだった。
ユーリがもう少し育ったら、装備を買ってやろう。
そう決めてトマはワインレッドな防具を買い込む。その足で錬金術のお店に向かう。
フル・エンチャウントで買ったばかりの防具強化を頼んでいく。が、まずはカラーリング変更。
夜間戦闘に備え黒に塗り替え、、、
次にヘルムに魔法付与、暗視、頑丈強化、集中力強化、魔法耐性強化、
ガントレットは、頑丈強化、魔法耐性強化、筋力向上、持久力向上
メイルは、頑丈強化、魔法耐性強化、自己回復力強化、持久力向上
レッグアーマーには、頑丈強化、魔法耐性強化、持久力向上、グリップ力向上
上下防刃インナーに適温魔法、炎属性耐性、雷属性耐性、闇属性耐性
最期マントには、頑丈強化、魔法耐性強化、自己修復、回避性能向上。
合計24個もの魔法を込めてもらう。そしてお値段が魔法付与一つ三万4000タットで総額、、、八十一万六千タットが飛んだ。
作業終了後は五日後との事。
若い兄ちゃん山羊店主にしどろもどろ説明を受け肯いて金を出す。
トマは店をでて衛兵塔に向かった。本日も一人で臨時組合支所を運営する管理官カイドマは机に向かう。其処にトマが入り込み話しかけて来る。
「忙しいところ悪いな」
「君か」
「そろそろ、何日か経ったら次の仕事場に移る」
「冬の間よくやってくれた。里一同感謝しきりだ。今年は餓死者が出なかった」
「……」
「……そう難しい顔をするな……次はどこに向かうんだ?」
「さて、予定はないが、買い物はしちまった。全身赤色魔法鉱石製装甲防具だ」
「里の経済が回って私は嬉しいが、君は少し予定を立てた方が良い」
「相方が少し体力ついたんで、他所に流れて冒険者初歩からやり直し、そんな予定は一応あるが気が乗らねえ……また雑魚狩りから、だからな……」
「相方?」
「ムフローネスに着いた日に孤児を拾ってな、そのまま育てることにした」
「……軽々と見捨てるなよ?その時は軽蔑する、、、」
「そうだな、そん時は死んだほうが良いな、俺も俺を軽蔑する」
己に向け、黒く憎しみが声に宿った。
トマは、既にユーリを拾った事を後悔しているようである。
気付かず管理官カイドマは話を続けた。
「……難儀だな、今も育てているのか?」
「勝手に育ってる。真面目で勤勉、頑丈で心優しく……付き呆れねえ……目が潰れそうだ」
「君は卑屈だな?どうせ生活資金は全部出しているんだろ?」
「……ほっとけ……」
「君から言い出したことだ。このままいくと察するに訓練費用・装備代金も君持ちか?」
「……」
「国の制度を頼りたまえ馬鹿者」
「……ウルセエ、知らねえよ……じゃあな。おりゃ、都市に帰る」
無知なトマは雑な報告をカイドマに上げて山羊獣人の故郷ハースの里を去った。
それから五日後、トマは魔法付与した防具を引き取りハースの里へ来なくなった。
里自体は、トマが大車輪で雑魚狩りしたまま平穏な日々が続き、新しく来た契約冒険者たちが流通を良く助けてくれた。次の冬が来る前に、困窮しないだけの信頼と貯えが溜まって行く中、カイドマは、夜間も机に向かい書類でハースの里を守り続ける。
トマたちはそのころ新たな冒険に出かけていく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます