黄昏の語り、第二章、三話

                「3」


 ハースの里へ片道半日。


 山道が多く、魔物が多い。


 撃破しては進む、魔石だけを抜き取り毛皮も牙も肉も諦めていく。


 体内に生成される魔石は小さく、こいつは小袋に収まり魔物から採れる素材の中では一番目か二番目に価値がある。トマは故に小袋を満たし先へ進んだ。


 いまのところ中位の魔物は見かけない。


 山道には壊れかけの魔物除け魔道具が点在し、ギリギリ稼働し、強い魔物を追い払っていた。雪を押して濡れながら進んで夕暮れごろ、強化魔法に物を言わせて半日の距離を走破した。見える先には、山があり、地図で番地を調べ螺旋に登って行く。山は内部に平面が多く在り砦と住居機能を兼ね備えていた。門前には、山羊獣人の子供が槍を担ぎ鼻水垂らしてクシャミして門衛ごっこをしている。トマは此奴に前をふさがれ槍を向けられた。


「まて、はーすのさとになにようだ?」鼻水のせいで聞き取り辛いことこの上ない。

「冒険者で納品依頼だ。餓鬼邪魔」

「ぼうけんしゃしょうをみせろ、それまでさとのでいりをきょかできない」

「……衛兵隊を呼んで来い、待ってやる」

「おれがえいへいだ」

「遊びじゃねえ、付き合い切れるかっ」


 トマは餓鬼をまたぐように押し退けた。

 餓鬼は槍で通行を塞ごうとしたが槍が重くて取り落としめそめそ泣きだした。


 無視してトマが進むと住民はいるのだが全員山羊獣人で人族のトマを見るなり怯えて走って跳躍して逃げてしまう。山羊獣人とあり見事なジャンプ力だった。どこに荷車を預ければよいか判らず仕方がなく餓鬼の元にトマは戻った。

「一旦、鼻かめ、事情説明しろ、メンドクセエ」


 子供に、干し肉と水筒を渡し賄賂に使う。子供は、ハンカチで鼻水を飛ばしトマに語った。

「ハースの里は衛兵が居ない。俺の親父が一ヵ月前までやってたけど角有大兎にやられて死んだ」

「……雑魚中の雑魚じゃねえか、何で死ぬんだ?」

「凄い数だった」

「ああ……増えすぎて手に負えなくなったのか」

「都市ムフローネスの指導者層が都市運営に失敗しこの里に逃げ帰ったんだけど、あんまりに即席貴族根性が強すぎて、闘える連中や昔ながらの住民は呆れて見捨てて里を出て行った。残ったのは、偉そうな馬鹿と、金持ちと、職人と、老人と、知識人ばっか、闘える奴がいなくなっちゃった」

「……臆病な山羊獣人から戦闘員が居なくなったら、里は滅ぶぞ」

「まだ滅んでいない、俺がいる。母ちゃんもいる。母ちゃんは人族冒険者だ」

「今は?」

「……出稼ぎ中……」

「まあ、頑張れ、荷車の納品に来たが、どこに預ければいいんだ?」

「来たのかッ!案内するッ!俺の名前はインゴル、アンタは冒険者殿?」

「トマ」

「失礼ながら、冒険者証を見せてくれ」

 トマは見せる。

「確かに冒険者だっ!待ってろ里管理官カイドマさんを紹介するッ!」


 門衛の子供はトマの案内を始めた。衛兵と名乗っておきながら門は放置された。里内部の壁を潜って行くと、衛兵塔があり倉庫も併設されている。門前に明かりが灯り内部へ扉は開かれ机で書き物をする髭の長い山羊獣人のおっさんがいる。細く神経質そうだが真面目そうだった。


「インゴル、門を離れてはいけない」

「お客様です。カイドマさんっ!冒険者ですっ!」


 カイドマと呼ばれた山羊獣人は急いで立ち上がりジャンバーを着込んで外に出た。作業グローブで手指を保護すると、トマを無視して、魔道具化荷車の荷台に向かい雪避けカバーを震える指で外し中身を調べていく、魔導具の燃料、修理工作キットの箱、修理工具、修理資材、その四つを確認して点数を眺め、カイドマは、落涙して抱しめる。雪が降り積もるのに気付いていなほど熱く心に来たようだった。そんなカイドマは感動して安堵していた。


 一ヵ月以内に来て欲しい荷車が、もう、三ヶ月も、来なかったのだ。

 だが、今日来てくれた。


 里財源の畑を維持する魔道具と、魔物除けの魔道具が限界を超えて稼働中であり何時止まるとも知れないかった。本格修理・整備キットが届いた以上、ハースの里が滅びる運命は今、回避されたと言って良い。


 普段冷静で、真面目なカイドマは己の無作法に気付いて慌ててトマに向き直る。

「失礼した。私はカイドマ、里の管理官だ。依頼の達成を認める。倉庫に案内するので付いて来てくれ」

「ああ」


 トマはついて行く、その間話しかけた。

「尋常じゃない喜び方だがどういう事だ?」

「ハースの里は魔物と戦闘員不足と流通途絶で滅びかけている」

「端的だな」

「良くある話だが、ここは私の故郷だ。見捨てる気に成れん」

「ご立派」

「……冒険者殿、金は里に唸るほどある。討伐依頼を受けて欲しい……」

「その為に来たが、資金の出どころが気に成る。後ろ暗い金掴んで後で衛兵隊に捕まるのごめんだ」


 言い終えると倉庫内に荷車を安置した。

「付いて来てくれ色々説明する」


 トマはカイドマについて行き、衛兵塔に入る。内部は広くそして改修されている。

「ここを臨時冒険者組合支所に改修した。依頼の受理、報告、素材納品、報酬支払は私が処理する」

「アンタ一人で?」

「事務仕事は私一人だ。他の物は人族を怖がり裏方ばかりしたがる」


 言い終えたカイドマは衛兵塔の壁に向かう、そこにはカバーがあり外す。都市ムフローネスの冒険者組合倉庫で見た魔導化荷車の同型と大量の草があった。


 草は乾燥され四角く固められ梱包されている。


「これがハースの里財源、錬金術素材、月下白吐息だ。ハースの里は地形と魔素に恵まれこの素材が良く繁殖する。此奴を魔導具の助けを借りて年中栽培・採集して儲けている」

「ヤバい薬にでもなるのか?」

「価値の高い魔法薬を作れる。武装に在っては魔法金属の性能を百倍高める触媒、医薬品に在っては不治の剛病を治す特効薬に化け、お茶にすると最高級茶葉に成り、焼いて香を焚けば魔物除けとして高位の魔物を撃退でき、大怪我に在っては切り落とされた手足を生やす……いわゆる万能薬……その重要素材だ」

「法律違反じゃねえだろうな?」

「栽培できるのはムサンナブ国では此処くらいなもので、栽培技法を守れているのは山羊獣人くらいなもの……国は我々を必死に保護してきてくれたが、十年前の紛争で諸侯が介入し都市運営からご破算だ……山羊獣人は風前の灯火、栽培者も年々減り続けている……だが、まだ滅んでいない、栽培方法も里もまだあり、働く者は若者で多い……しかし……我々は臆病だ」


 カイドマは衛兵塔の事務机に向かう。トマが見れなくて背中を示し俯き語る。

 断られれば本当に里が滅ぶ、だが、言わねばならない。


「冒険者殿、定期便となってくれ、冬の間だけで良い、一冬越せれば新たな冒険者たちが来る契約がある。今、この冬だけ魔物から里を守って欲しい、お願いだ」


 言い終わり勇気を出して振り返り頭を下げた。頭を下げられたのにトマは耳をほじって欠伸を吐く。

「報酬は?」

「緊急事態条項三番適応案件だ」

「馬鹿に判る様に教えてくれ……」

「二倍料金を出せる」トマは叫ぶ「その話乗ったっ!」


 カイドマは安堵のあまり事務机に座り込む。

「冒険者殿、短い付き合いになりそうだが、名前を教えてくれ……」

「トマ」

「……聞きたくない名前だ。魔法兵?ワルツ盗賊団?」

「今は冒険者。盗賊からは足を洗った」

「外国賞金首のビンゴブックなど読まなければよかった。信じるより他は無いか……」


 ハースの里の守護者にして管理官の山羊獣人親父カイドマはがっくりと項垂れた。

 もう夜だが、トマはカイドマから報酬を受け取り新たな荷車を引き里を出た。


 万能薬素材月下白吐息の山積した荷車を引き夜を走り抜け次の朝に都市ムフローネスに入り依頼達成。報酬は合計十四万タットに成る。万能薬素材は荷車一つ分で六億タットにもなる。それを思えば安すぎる運賃かも知れないが、この日よりトマは都市ムフローネスとハースの里を往復するようになった。紛争負けから名誉を失った山羊獣人は足元を見られがちでハースの里に来る冒険者が途絶えていたのだが、たった一人の定期便が発生していた。


 一人、不満を持つ者がいる。ユーリさんである。


 トマが朝まで帰らなかった事実が堪えたようで泣きながらしがみ付き離さなくなった。

説得と新たな仕事の説明を終える頃には半日潰れたが、どうにかこうにか新しい日常が始まった。


 次の日、冒険者組合に向かい、ユーリは訓練、トマはハースの里へ向かう準備。


 ユーリと別れ、受付で運搬依頼を受け、修理工具の追加と、医薬品を満載した荷車を牽引していく。半日の道のりを強化魔法で激増した身体能力に物を言わせ二時間で駆け抜け、門衛のインゴルに顔パスで許され里に入り、カイドマに会いに行くとしがみ付かれた。


 初めて会った時と同じ見事な事務服を着込みうろたえている。

「魔物が出たっ!討伐に向かってくれっ!」

「あんまり強いと倒せねえぞ?こっちは一人だ」

「ホワイトウルフと角有大兎だっ!里内部に侵入中っ!」

「……雑魚じゃねえか……」

「魔物除け魔道具の修理中に入られたっ!数が多いっ!東の畑に向かってくれっ!里者から逃げ損ねた奴が出たっ!」

「……ちっ……」


 トマは、東に里を走った。里全体は高所にあり山の斜面と増設した防壁が多く、防御力が高い。 


 商店街もあり建物は立派だが住民は皆臆病で戦闘設備は無人で無駄に豪華。

 防壁を越えた先で悲鳴を聞いた。畑隣の倉庫前で大混乱が繰り広げられていた。


 角有大兎は畑の作物を狙い集団侵入、その動きに気付いたホワイトウルフが集団で兎狩りに乗り出し追撃、里住民は頑丈な倉庫まで逃げたが、扉を締め切る前に追い付かれドタバタ大混乱中。


 ホワイトウルフは五メートルの下位魔物、毛皮と牙が価値高く良く売れる。

 そして鋼武装で死んでくれる。


 角有大兎は一般に三メートルから二メートル。肉が美味しく毛皮が上質、魔石も売れる。下位の魔物で頭部の長い一本角による頭突きを喰らうと粗末なレザーメイルを貫通し死に至る。が、鋼防具で角攻撃を弾ける。動きは遅いが狂暴、しかし、弱い。


 角有大兎は四十匹ほどがホワイトウルフから逃げまどい、走るうちに興奮したり転んだりしている。


 ホワイトウルフは七十匹ほどいる。


 ホワイトウルフは群れが四つ程集まり山羊獣人と角有大兎の取り合いをして同士討ち中。運が良い事に死者がまだ出ていない、ホワイトウルフが強欲にも獲物総取りを狙い本格戦闘に至らず牽制ばかりした御蔭である。トマは大剣を抜いて舌打ちした。数が多い敵は速射砲魔法で纏めて爆殺したいのだが、建造物付近での砲撃も、敵味方混交状況での砲撃もよろしくない。


 まずは一番大きな倉庫に走る。内部侵入した角有大兎を切り捨て安全確保すると拠点化、内部に外で逃げ走り回る山羊獣人を誘導、扉を閉める。周辺索敵しつつ角有大兎から仕留めていく、此奴らは集団行動に適性が無いためにどう動くか予測しづらい、先に排除した方が戦場は安定する状況である。逃げ残りの山羊獣人を庇い角有大兎を三匹纏めて切り殺し倉庫へ案内、途中牽制を辞めたホワイトウルフに襲撃を喰らい七匹切断。

 

 逃げ遅れ山羊獣人を捜索しつつ魔物の群れに突っ込んでいく十分間、三十七匹排除成功。


 更に五分かけて角有大兎殲滅に成功。


 ただしホワイトウルフが民家を壊して襲い内部から山羊獣人の婆さんを引きずり出した。速射砲魔法は使えない、射角が悪い、放てば婆さんは愚か民家が四件ほど纏めて駄目になる。


 腰のダガーを鋭く抜いて投げ付けた。


 回転打法ではなく直線で飛び、ホワイトウルフの頭蓋をぶち抜き柄付近まで刃が深く刺さる。


 婆さんの回りには食べる気満々のホワイトウルフが多すぎる。


 大鬼討伐戦より力を込めて強化魔法全開、婆さんまでの距離四十八メートルを大剣突撃。刹那で駆け抜ける。牙を剥いたホワイトウルフを二十五体に移動連続突きで頭部を貫いて残心、残敵無し。


 山羊獣人の婆さん担いで倉庫へ走った。

混乱状況で住民を庇った防衛戦は負担が大きい。

 魔物の集中攻撃を、大剣と、拳足を繰り出し迎撃。


 大剣の間合いを越え接近する敵を、金属防具で重さと威力の増した拳と蹴りで粉砕していく。一人でトマは消耗していくが更に五分かけてホワイトウルフと闘い殲滅に追い込んだ。魔物の死体が散乱するが、山羊獣人に死者無し、建造物の被害は婆さんの家の門だけ。


 避難民を収容した倉庫に行き、怪我人へ回復魔法を連続発動。


 後は魔物の死体を回収して提出すれば討伐素材換金と討伐証明がなされ金になる。


 だが、その前に魔物が本当にいなくなったか警戒せねばいけない、トマは大剣を抜いたまま里を見回った。それが良くなかった。戦闘員として当然の判断で冒険者としても紳士的対応だが、戦闘現場に戻るとトマが倒した魔物はすべて回収されなくなっていた。これでは本日の稼ぎが入らない。


 仕事をしたのにハースの里住民から裏切りを喰らいトマは愕然とする。

 よく見ると魔物の巨体を引きずり里へ引き込んだ跡が血濡れで残る。

 トマは鼻で嗤う。食料にでも困ったか知らんがこれでは犯人が里者と証拠を残しただけだ。


 金の恨みを抱えトマは血痕を追った。そして後悔した。

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2024年11月28日 16:00
2024年11月29日 16:00

黄昏の語り ああ、創作したい @99673

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