黄昏の語り、第二章、二話

                 「2」


「マユラたそは?」

「知らん」

「……夢かよ……」


 ヨーゼフ教官は尻から床に座り込んで大欠伸した。メイスを捨てていく、そのまま紙袋を漁り味の良い高級干し肉をくちゃくちゃ齧りゲップをし始める。


「ヨーゼフ教官殿」

「……帰ってよ僕は二度寝で忙しいんだ」

「仕事してくれ」

「君、冒険者でしょ?事務員の僕に口出ししないでくれる?」

「……金を払ったんだ。その分働いてもらわないと困る……」

「どのくらい?」

「二十万タット」

「ば~か下級冒険者救済案件適応されたって事は、お前信じらんない馬鹿か、才能無しの烙印押されたんだよ。諦めて転職しなさい、、、まったく、孤児の救済プランに大人が集るなんて世の中間違ってる……動員された僕可哀そう~~寝よ」


 ヨーゼフ教官は本当に横へなった。凄まじい強敵である。

 トマの話を全然真面目に聞いてくれない。

 お金を金貨二枚も支払ったトマは堪った物ではないので必死に話しかけた。

「待ってくれ、俺が対象じゃない、ユーリと言う孤児が……」


 其処まで叫ぶと、トマの隣に立ち上がったヨーゼフ教官が居た。 

 万力みたいな握力でトマの肩を掴み固定、質問してきた。

「ユーリ・クランアム、、、美女の家系で有名なお針子職人クランアム家最期の生き残り。年齢十歳、孤児、山羊獣人と人族の混血。Gランク冒険者、性別女の子、現在はガリガリブスだが将来は美少女っ!僕のお嫁さん候補のユーリたそがなんだって?悪い虫なら駆除だっ!!」


 トマは本物の暴威、あるいは変態に手も足も出ない。


「……なんだそりゃ……」

「ユーリたそになあッ!僕は三十九回告白しているんだっ!十万字御手紙もお金も土地も宝石も受け取ってもらえなかったけど相思相愛なんだっ!お邪魔虫はいらないんだよっ!」


 トマは首を向ける。廊下に隠れるユーリに尋ねた。

「……ストーカー?……」

 ユーリはコクコク肯いて今にも泣きだしそう。

 トマは、頭を抱えたが、一応保護者な為に和解を狙った。

「ヨーゼフ教官殿、アンタの熱い思いは良く判った。俺はユーリの保護者だが、実力が足りず悩んでいたんだ。アンタにユーリを預けたい……仕事も強さも財力も持ち合わせるなら俺の出る幕はない……」


 トマは面倒案件化したユーリをパージしたっ!


 この判断の速さは剣士兼魔導砲兵として一級と言えたかもしれないが人として駄目な奴だった。見捨てられたユーリは落涙して崩れ落ちた。最早この世に希望も夢も無いかに思われたが意外なところから救援は来た。訓練場管理官にして魔法戦技指導教官のワイルズである。彼は老境のフクロウ獣人でヨーゼフとは同じパーティーに居た真面目なAクラス魔導士。ヨーゼフの暴走を抑える為に雇われた人物であり有能な為に信望もある。彼はそっとユーリに尋ねた。


「大丈夫だ。まだ見捨てられたわけじゃない、馬鹿が浮かれているだけ、トマと言ったかね?あの男と一緒にいたいのだろう?苦労するが良いんだね?」

 

 ユーリは、老人の優しい言葉に急いでごしごし涙を拭いて行った。そして大きくうなずきワイルズの目を見る。ワイルズは老いた顔を嬉しそうに歪めると肯き、ヨーゼフ教官の元に行った。


「ヨーゼフっ!貴様は孤児への接近禁止命令が出ているっ!保護の権利はないっ!孤児院にもウロチョロするなっ!あそこはお前の娼館ではないっ!……判ったら仕事に入れ。Gランク冒険者ユーリに三年間あるいは、旅立ちまで訓練をしてやれ……いたずらに孤児を保護者から引き離すなっ!仕事しろ!!」


 裂帛の気合いを込めてヨーゼフの耳下で叫ぶ。ワイルズは元衛兵隊出身、人を権威と正義で威圧するのも保護するのも慣れていた。


 声に正義と信念が乗り、社会不適合者二名を声で打ち据え叩き伏せる。

 ヨーゼフとトマはお互いを盗み見て目と目で会話。


 どうする?殺しても僕らが犯罪者だ。逃げるのは?仕事続けたかったら無理。ユーリは引き取ってくれない?惜しいけどAクラス魔法使いはヤバいくらい強い怒らせない方が良い。判った話引っ込める。あ~あ僕何時結婚できるかな?知るか、、、


 兎も角、睨みつけてくるワイルズを躱すために、ユーリを連れて、強いだけの駄目男二人は訓練場へ向かった。


 訓練場でやる気なくヨーゼフはユーリに名乗り、ユーリ訓練プログラムの書かれた冊子に目を通していく。

「……訓練指導教官のヨーゼフです……彼女募集中20歳。ユーリたその冒険者訓練指導を行う。教える事は、要望通り、体力造り、魔物解体手順、索敵、野営、旅の方法、工作系ナイフ訓練、自衛のダガー操作、格闘、投石戦術、、基礎魔法戦知識獲得……他に要望は?」


 トマが応えた。

「ユーリに体内魔石成長を促した。魔法を金が入り次第教えるので、その訓練をお願いする」

「判った。山羊獣人の得意属性は雷属性。種族的に魔法相性も良いから強い魔法使いになれるよ。魔法訓練を怠らないように日常から気を付けてね」


 ユーリは不安そうにうなずきトマは了解と言った。

ヨーゼフは真面目に続ける。


「痩せてるから、激しい肉体鍛錬は一か月後、それまでに魔法は控え食べまくってね?食事メニューも渡します。指定分量を必ず食べきる事、座学と身体操作の反復練習が当面続きます。では、まず魔物解体手順を実学・座学で始めるので下水道に教官と一緒に行きましょう。其処で大ネズミの魔物を捕獲・冒険者組合に帰還・訓練場での解体講習となります。汚れても良い装備、あるいは将来に備え本格装備を調えてください、十分休憩です。その間におトイレ、忘れ物チェック、筆記用具があるか確認してください……解散……」


 どうやら本日今より訓練は始まっているらしい、気付いたユーリはワタワタ準備に入って行く。トマはそんなユーリに肯いて自分の仕事に入った。狙いはハースの里まで運搬依頼である。


 受付に行けばもうお昼、冒険者と殺し合い、ヨーゼフを説得するのに時間を取られた。受付をやや通り過ぎクエストボードに向かいコルク板から羊皮紙を一枚剥がす。


 ハースの里に向けた魔導具化荷車を使った運搬依頼である。


 年中同じ依頼を出しているようで、紙では消費がもったいなく、同じ文言と頑丈な羊皮紙が使いまわされているようである。受付に提出すると其処には蝙蝠獣人のエリデリアさんがいる。トマが窓口に並ぶと毎回エリデリアさんが椅子に座る。他の人は席を立ちエリデリアさんに代わる。


 恐らくはトマの専属に選ばれたのであろう。

 壊滅したワルツ盗賊団の魔法兵トマは賞金1500万タットの懸賞金首。


 トマに暴れられても、実力の足らない冒険者がトマを襲い下手な捕り物されても困るので、扱いが慎重になっている。面倒を避ける為に、判断と取り扱いが、事情を知るエリデリアさんに一元化されていた。トマは自分が見逃されている理由が未だよくわかっていない。一応冒険者だし、ムサンナブ国に来てから、犯罪は犯していない。

 

 だが、自分が賞金首とバレても、まともな人扱いされるのは意味不明だった。


 が、今は仕事の時間、金だってほしい。依頼を受けられればそれで良い。そもそも文句を言えるほど偉い立場でもない、下っ端気質が染みついているトマはエリデリアさんに黙礼、冒険者証を提出し本人確認してもらった。


「本日のご用件は?」

「昨日紹介してもらったハースの里に行って見るので、運搬依頼を受けたい」

「……依頼書を受け取りました。引き取り書類を渡しますので倉庫に向かい、魔道具化荷車と地図を受け取り出発してください……はい、どうぞ……良い冒険を祈願しております」


 トマは魔道具化荷車の引き取り書類を一枚受け取りエリデリアさんの受付決めセリフを聞き流し、その場を離れ倉庫に向かう。雪が本格的に降っている。これでは荷車の車輪が埋まりかねない、舌打ちしつつ書類を提出するとフローティングボードの魔道具を見せられた。荷車に見えないが指定魔道具がこれだった。引っ張る持ち手があり、空中に浮遊、大きめの反石つまり半重力魔導具がボード裏側でくるくる回っている。荷台は広く、そこへ三トン近い物が敷き詰められ雪避けカバーが降りていた。引っ張れば力がいらずトマを追いかけた。凄い楽……。これなら雪が全然怖くない、地図を広げ距離を見ると片道半日と分かった。距離も近いので納得、ユーリに金を渡し言い含めているので二、三日置き去りでも平気なハズだった。


 残りの問題は道中の魔物である。


 中位、下位の魔物、ヴァンタロンとホワイトウルフ、角有大兎、エッジリベレが現地と道中で大繁殖しているそうだった。冒険者たちは、西にある平原の砦と防壁で封じたアンデットの群れ封じ込めで精鋭が取られ討伐はいろんな地方で芳しくない、アンデット自体は十年前の紛争死亡者の葬送失敗で大量発生。此奴の封じ込めの目処が立つまでどこもかしこも雑魚魔物が溢れている。ハースの里でもそれは同じ、しかも現在地、都市ムフローネスの監視が無い里なら、討伐に自由がないF級でも好きに魔物を狩れる。

 

 後は、どこまでハースの里が討伐した魔物に金を出すかだが、そこは行って見れば判る事である。


 儲けを期待してトマは魔道具化荷車を引いて行く。町を進み登坂を進み幾つかの風車塔を見ながら南へ進み山道へ入り遂に都市の境、防壁門へ来た。門からは山でとれた鉱石を運搬し倉庫へ納める人足たちを多く見かけた。普通の人に見えたが頭に特徴がある。同居人ユーリの頭、を思い出す。角がある部分に剥げがあったり髪で隠す者が多かった。彼らもまた十歳くらいでチビ。ボロボロの身なり、人と山羊獣人の混血で差別を避ける為に人のフリする。その為に角を切り落としたようである。

 

 少年たちは金を受け取り倉庫から散って行く。


 仲間に手を振る少年の腕は山羊獣人らしく毛皮が多い、それを恥じ入るように襤褸服に毛皮を隠しそそくさとトマの横を走り抜けていく、紛争負けで発生した混血児は暮しにくいようだが仕事はあり、冬でも生きていける。それは温情なのか冷たい経済理論の産物なのか無学なトマには判らない、だが、角を切り落とさなかったユーリより目が生き生きと輝いて居るのが印象的で、トマは少し考えさせられた。


 防壁門に近付けば列はなし、直ぐにトマの番が来て検問官に会う。


「トマ、冒険者ランクF、依頼で運搬に向かう」

「目的地は?」

「ハースの里」

「山羊獣人の故郷か……行って良し」


 防壁門で護衛を勤め上げる衛兵隊は最初にこの都市を訪れた時見たように重装備の最新。


 剣でも弓でも槍でも魔法増幅発動体でも無く、小銃を担ぐ。

 対魔物用六連発大口径小銃に後ろ腰のダガーに擲弾3発にコートに鉄兜。


 猿獣人の衛兵隊はきびきび動いて開門作業を続行。南の此処は鉱山と木材切り出し所とハースの里に向かえるが、山が多く魔物が多い、故に門は昼間でも閉じ、誰何をしてからじゃないと開かない事にしているようである。集団行動が得意で忍耐強い猿獣人が最新武装で身を守り、勤勉に働き門を守護する限り南門は安泰であろう。


 トマは衛兵隊の背中に担ぐ小銃を見つめ門をくぐった。

 

 銃は嫌いじゃないが使う気はない。そんな感想を胸に仕舞う。

 

 銃は使い勝手が良く射程が長いのだが、弾薬が無いと攻撃できない上、値が張る。おまけに威力を出そうとすると、銃身の強度と炸薬の量を増やしていくことになり矢張り金がかかる。その点、古式ゆかしい冷兵器は良い。メイス、弓、剣、槍、斧、どれであれ武装の強度と使用者の身体能力を重ね合わせれば威力がどんどん上がる。


 強化魔法等のずるをすれば身体能力は異常に上がり、破壊力は天井知らず。

 強化魔法は、筋力だけでなく移動速度、脳の判断速度、反射神経も強化する。


 つまり強化魔法があると、鍛錬ありきだが弾時速700メートル越え小銃弾撃墜もまた楽にこなせるようになる。


 火薬を使わない冷兵器戦闘訓練と魔法修行を怠らなければ、飛行戦艦と互角の竜と闘えて、頭蓋すら割れる日が来る。だが、冷兵器は糞である。具体を述べればただの一般兵に成るだけで訓練に5~7年かかり精鋭に成りたければ才能と健康寿命全て差し出して足りない訓練時間を要求される。そして銃は、只射撃するだけなら1日以下の訓練でよく破壊力は5年かけて育てた剣士を一方的に殺す。おまけに機械工学が発展し銃がどんどん安定的に機能し故障少なく高性能になって行く。戦場を知るトマはそれをひしひし感じる。


 銃が敵だと大剣とか正直やってられない。

 だが、トマが受けた訓練は大剣戦闘訓練、最悪である。

 しかも死にたくないからトマは自分を剣士として鍛え抜いてしまった。


 魔導砲撃と大剣、この組み合わせ以外の戦術を覚えるには、最早、才能が払底している可能性が高い、トマは魔道具化荷車を引いて行く、そして思う。これから生活が安定した時、もし、自分を鍛え直すチャンスがあったとして、新しい戦術を覚えられるか自分の器を量った。


 無理だった。


 良きに着け悪しきに着け、己は大剣と共に進むしか能がなさそうである。


 ユーリが育って一息ついたら武術指南書でも買い、じっくりと剣士として己の緩んだネジから締め直す気に成っていた。冬の旅の先、西へ向かう前にやる事は多そうである。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る