黄昏の語り、第二章「都市ムフローネスと周辺」



                 「1」


 冒険者のトマは冬に歩む。


 普段通りの廃墟街。


 普段通りの住人。


 普段通りの獣人が自治する田舎都市ムフローネスの朝。


 だが、手をいい加減振り解いたのにしつこく握ろうとするユーリを伴って冒険者組合の建物に入ると空気が変わった。


 トマ一人の時は人族がいる事へ好奇心の視線か無関心の視線ばかりだったのにトマの背後に隠れるちび助ユーリを発見した途端、視線が頭の山羊角に集中し和やかな空気が消え去り、山羊獣人と人族の混血を憎む視線が獣人冒険者たちから零れ始めた。ユーリは怯えてトマの右手に手を伸ばす。トマは無視して好きにさせた。トマのガントレットにユーリのレザーグローブが軽く縋る様に絡まった。受付窓口までの長い列に並びギスギスした空気に耐えていると話しかけられた。熊獣人の斧使いと犬獣人の魔法使いと犬獣人の弓使いのトリオだった。

「なあ、兄さん新顔だろ?」

「……」

「兄さんは他所から来て詳しくねえかもしれないがな、この冒険者組合で山羊の獣人族は組合に入っちゃいけねえのさ、判んだろ?前の紛争で下手打った山羊獣人は嫌われてんだ」

「……」

「紛争だけじゃねえ。その時相手の兵士が嫌がらせに山羊獣人の女攫って強姦して孕んだ女を返却しやがった。それで都市には混血児が溢れて好き放題悪さしやがった。後始末と孤児助けにガンガン金も人もとられたんだ。今更混血児は誰も見たくないんだよっ!」

「知るか、ユーリ此奴らは助けてくれたか?」

 話を振られたユーリは消え入りそうな声で言った。

「……仕事終わりにカツアゲされた。沢山蹴られて足が捻挫した……」


 トマはユーリの頭を不器用にゴリゴリ撫でて背中に隠して絡んでくる冒険者に向き返った。

「冒険者組合に所属する冒険者同士の殺し合いは御法度。それだけがお前らを殺さない理由だ。臭い口を閉じろ、ドブみたいな面も気に入らねえ」

「何だとお前ッ!」

「ぶっ殺す……」

「兄さん調子に乗ってるようだが、山羊獣人助けても貧乏神がのしかかるだけだぜ?」


 トマは無視して受付に進む。喧嘩発生に周囲の冒険者たちが巻き込まれを嫌い列が捌けていた。受付の女性の胸プレートは襟デリアの文字何時もの人だった。彼女はややうんざり気味に応じた。

「……本日のご用件は?」

「冒険者のトマ、ランクFこっちはユーリ、ユーリ冒険者プレートを見せてやれ……」

「無視してんじゃねえぞっ!」

「うっうん……」


 絡んでくる冒険者のヤジを背中にユーリは急いで冒険者証を見せた。

「本日からユーリに冒険者訓練を受講させたい。俺は一人で稼ぐから仕事の紹介を頼む。後は後ろの屑がうるさすぎるから対策を教えてくれ」


 受付は閉口した。其処に三人組はわめいて行く。ボケ、カス、幼女趣味、冒険者の風上にも置けない偽善野郎……。いい加減騒がしくなり受付のエリデリアさんはトマを含め四人に軽蔑の視線を投げかけてこう言った。

「受付窓口は紛争解決窓口ではありません。トマさん、訓練場で仲良く運動して発散して来て、お友達になられては如何?訓練場での死亡事故は免責特権が適応され犯罪扱いはされませんが、悪用は控えてください、ユーリちゃん、訓練教官のヨーゼフさんを紹介しますのでこちらに来てください」


 要するにエリデリアさんは室内訓練場で殺し合いをして白黒つけろ。犯罪に問わないから此方を悩ますなと言っていた。エリデリアさんは受付室にユーリを引き取ると保護して席を立った。トマの背後にいた三人の獣人冒険者たちも心得たもので、トマに、にやにや笑いを投げかけ首で室内訓練場へ行こうと誘った。トマも応じた。


名ばかり冒険者がケダモノ四匹で殺し合いに向かった。


先を進む冒険者三人組をじっとトマは観察する。弓使いが一番の手練れに感じる、三人はどんどん進みトマを引き離し訓練場へ姿を消した。トマは室内訓練場の開かれた扉に体を晒し――、「矢」、――、弓使いが既に弓を引き絞り、トマが扉の入り口に体を晒した瞬間脳天に射かけていた。トマは首を傾け疾走する。強化魔法全開で速度を上げる。躱された矢がトマの頬を深く裂き、訓練場入口の壁に突き立った。二の矢、三の矢が放たれるが大剣で撃ち落としていく。トマは速射砲魔法を起動・照準。左腕に榴弾型魔法弾を全力で威力を貯め放った。


 魔法使いの犬獣人が防御魔法を行使して前に出た。熊獣人は斧を構え防御を魔法使いにゆだねた。イヤな予感に導かれた犬獣人の弓使いが体を訓練場地面に投げ出し頭を庇った。


 トマ、最大威力の榴弾型魔法弾が高速飛来して魔法使いの防御魔法と拮抗・大爆発で障壁を撃ち砕き魔法使いを爆散させ背後の熊獣人斧使いを焼いた。熊獣人は斧を取り落し悲鳴を上げてのたうっていたが酸欠と焼け爛れで不快窒息を起こして死んだ。トマは走っている。そのまま魔法爆発をうつ伏せでやり過ごした弓使いの元に突撃を仕掛けた。弓使いは素早く立ち上がり迎撃に弓を引くがトマが起こした魔法爆発の炎で弓の弦が脆くなっている。弓の弦が引き絞りに付き合えなくなり途中で切れ矢が真面に飛ばなかった。


 致し方なく弓使いは弓を捨て、腰のダガーを二本ともに抜き器用にトマの大剣を迎撃した。


 弓使いの犬獣人は、三手までトマの大剣を捌けたが、四手目でダガーを一本砕かれ隙が大きくなり、五手目で足首が飛び移動不能になり六手目で首が飛んで死んだ。

 

そしてその流れをユーリは見ていた。


受付のエリデリアさんがトマの本性を示すために監視用魔道具を一つ起動してユーリに映像を見せていた。映像内のトマが、同業者殺しを無感動に実行し時間の無駄に舌打ちしてヘルムのバイザーを上げ醜悪な顔を作ると首のない死体を漁り財布を盗んで金貨を奪う。其処までユーリは見てしまった。


 気持ち悪かった。


 庇われてる自分も、庇って呉れたトマも、自分を庇ってくれた結果の戦闘も、トマの殺しも、トマが死体から金を盗むのも気持ち悪くて仕方がない、受付事務室の保護された一室を飛び出し建物内をヘロヘロの体で急ぎ、訓練場に駆け込んだユーリは、トマを死体漁りから押し退けて叫ぶ。


「トマッ!トマは冒険者なんでしょ?……だったら殺した相手から盗まないで、僕は、僕はっトマを嫌いになりたくないんだ。盗賊を辞めたんだよねえ……一般人なんだよねえ……僕を庇ってくれたんだよねえ……だったらこんな事しないで、山羊獣人は臆病なんだ……盗賊とは……怖くてっ怖くてっ暮らせない……お願いトマ、殺した人から物を盗まないでッお願いだ」


 ユーリは人生で一番本気に泣いていた。

 泣き声で声がかすれたが真剣に何度も何度もユーリはトマにお願いした。

 この願いが叶うならトマに殺されても良かった。

 だが、話しかけられたトマはピンと来ていなかった。


 しかし、病み上がりのユーリを不安定にしても良い事はないと気づく。

だから口約束でこう言った。

「判ったよ。盗み?じゃねえとは思うんだが、止めるよ。時間分の稼ぎも無しか……ちっ……」


 そう言って自分が子供に捨てられるか否かの分近点にいた事へ気付かず、トマはユーリを宥め死体に金を戻し訓練場スタッフに事情説明と共に亡骸を預けた。其処で言われたのだが、決闘までは良いが死者から盗みを行っていれば決闘侮辱罪で冒険者除名は固かったそうだ。死体からの物取りにそこまでのリスクがあるとは思わずトマはすくみ上った。ユーリに助けられトマは冒険者に皮の首一枚で居られた事に成る。


 ユーリを伴い波乱の朝が過ぎていく中、二人はどうにか仲違いせずに済み、むしろエリデリアさんの思惑が外れ彼女は舌打ちしていたと言う。彼女は彼女なりに賞金首のトマより冒険者ユーリを同じ女性として心配しているのだった。



 訓練場にエリデリアさんが来る頃、冒険者トリオの死体三つは片付けられていた。

 多くはないがこう言う事は偶にあるのだ。故に組合も対処が慣れている。

 武装し、腕に自信がある組織の常で血の気が多い馬鹿が多いせいである。


 組合としては法律を守り、盗賊とも魔物とも戦ってくれる以上、嫌でも使うより他が無いのが本音。


 武装した無学者が嫌いなエリデリア女史は蝙蝠獣人らしいシルエットでパンツスーツを着こなしトマに話しかけた。

「では……そろそろユーリさんを訓練教官に預けますので、ヨーゼフ教官を紹介しますが、本当に宜しいですか?」

「ああ、頼む」

「……我が組合の恥部見せる時が来ましたか」


 エリデリアさんが嘆いて、トマが反応「恥部?」エリデリアさんが教えた。


「あの人は能力評価カテゴリAクラスの近接戦闘系冒険者でしたが、大金を掴んだので引退して今は暇つぶしにこの仕事に着きました。有能なので首に出来ないのが悔しいです。ユーリさんヨーゼフさんは凄腕ですが変態です。気を付けてください」


 そう言うとエリデリアさんは訓練場の隣にあるスタッフルームへ向かいトマたちも続いた。


 因みにヨーゼフの変態ぶりは悪名が高く、そのせいで訓練場を縄張りにするヨーゼフに会いたくない冒険者は多くいる。組合訓練場は広さの割に何時もガラガラだったりする。訓練を受けたい真面目な冒険者はわざわざ月謝を払い都市の武道家や道場に日参して腕を磨きヨーゼフと会わないようにするほど彼は嫌われている。冒険者組合としては首にしたいところだが現役Aクラス冒険者の実力を格安で雇えるヨーゼフを中々切れないでいた。有能と言う、たった二文字の理由だけでヨーゼフは太々しく今日もお昼寝をしている。


 都市ムフローネスの冒険者組合には先に使用した広い室内訓練場があり、冬でも雨でも雷でも使用可能。その隣には事務室があり、エリデリアさんはそこに向かいトマたちも付いて行く。事務室の扉が開くと異臭がする。恐らくはソースの良い干し肉を火であぶって食べた香りと酒の香りと書類インクの香りが混ざり異臭となっていた。


 室内には豚が寝ている。


 巨大、そして太い。

 

 パツンパツンに白のワイシャツと黒のズボンを履き、肉を持て余し、首の顎が無い程脂肪分を付けた豚獣人が横倒しに寝ている。頭の金髪サラサラヘアーがムカつく感じ、、、いびきを無視してエリデリアさんはヨーゼフ教官へ近づく。そして書類ケースでべしべし叩き叫ぶ。


「ヨーゼフさんっ!お仕事の時間ですよっ!ヨーゼフさんこれ以上サボったら減俸では無く、首ですよっ!起きてくださいっ!仕事ですヨーゼフ教官っ!」


 全然起きない、あろうことか臭い屁を長くエリデリアさんに浴びせた。これに切れたエリデリアさんは背中をバッコシ叩くと肩を怒らせ出て行った。眠るヨーゼフ教官の肩にはユーリちゃん訓練プログラムと書かれた冊子が押し付けられ無念にも床に転がる。


 当のユーリちゃんはヨーゼフ教官の放屁が目に染みた瞬間廊下まで逃げて居なかったりする。残されたトマは、致し方なく起こしにかかる。

「……教官殿起きてくれ、アンタに仕事が……」


 またも放屁、トマも切れて強化魔法で威力を増した蹴りを尻にぶち込む。

「あ♥そんな責め♥何時覚えたんだい♥いけない子だねえ?マユラたそ♥……もっとください♥」


 糞キモイ夢を見ているようである。ちなみにマユラたそとはマヨーリア・ランドール嬢の別名で29歳、身長137センチ童顔美女の猫獣人。夜のいけないお店に勤める永久アイドルで変態ロリ紳士の救い主である。特技……冒険者時代に鍛えた蹴り技。彼女の蹴りに魅了されたM系紳士は多いともっぱらの評判で、そんな事は、―――死んでも興味持ちたくない男の中の男、トマは強化魔法蹴りを連打、尻を攻撃。


「起きろ豚野郎っ!」

「あ♥あ♥あ♥あ♥あ――ッ♥僕は僕はッ♥そっ♥そんなに攻められたら♥マユラたそ♥天国に♥逝っちゃう♥ブヒュヒュヒュヒュヒュフフフフフブフッヒヒヒ♥、、、う゛っ、、、ふう♥、、、マユラたそっ♥もっとください♥」


 ここまでムカついたのは人生初かも知れないトマは、高々と蹴り足を上げ全力強化魔法を行使、蹴りを本気の力で放ち尻ではなく尻穴をねらった。トマの硬いレッグアーマー先端が眠るヨーゼフ教官のだらしない穴を抉る瞬間、突風が巻き起こる。トマのケリは見事に外れ突風発生、ヨーゼフ教官は横倒しに眠る姿勢から回避成功。 


 風が事務室の書類を巻き上げ開いた資料本のページが捲れていく。


 ヨーゼフ教官は、そのまま鋭く立ち上がり既に利き腕へ鋼のメイスを握る。何時?どうやって?トマの高速本気蹴りを横倒しの姿勢から躱し利き腕にメイスを拾ったのかトマに見えなかった。奴は明らかに寸鉄帯びず無武装であったのに今は武装を握る。回避と同時に武装回収と同時に装備を成功したのだ。信じられない様な早業で見えなかった。トマはゴクリと固唾をのんだ。


 ヨーゼフは自分より遥かに手練れ、能力評価カテゴリAクラスに間違いなしである。


 トマは大変な変態強敵と対峙する。

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