黄昏の語り、終話

               「20」


 帰り道トマはエリデリアさんに言われた事を反芻する。ユーリすら忘れ勝手な事を思い出す。


 トマはエリデリアさんに問い詰められ、己が誰か思い出していた。


 確かにガキの頃、イラストの乗った雑誌を一つ大人盗賊から盗んだ。


 トマは雑誌のイラストを思い出す。


 永遠に縁がないであろう豪華な醸造所の清潔感と整頓ぶり……


 決して手にする事の出来無い値段で売られる蒸留酒の美しい琥珀色と、液体の収まる飾り瓶。


 高価な酒の味など知る由もなく、ただ透き通る液体の色に憧れる。


 蒸留酒は流行造りとブランド造りのために様々な戦場伝説から名前をあやかる。


 読み壊した強度の足りない雑誌の多くのページが戦場伝説と蒸留酒の名前で満ちていた。


 繰り返し読み繰り返し読み、そして雑誌はボロボロに壊れて行き、ついにはページが剥がれ落ち、止まらなくなり手の施しようがなくなる。補修材に粘着剤を盗みに行き、バレてぶん殴られ雑誌は踏みにじられる。懐に仕舞ったイラストページだけ無事で、そのページに紹介される戦場伝説の名前は「ガントレット部隊」蒸留酒の名前もガントレット、殴られてアバラが折れ動けないままぼんやりとイラストを広げ見つめるが、強い風が吹きボロボロなイラストページは強度が無くトマの握る手指に負け破れて飛んでいく、追い駆けたくて立ち上がるが、殴られた力が強く痛みの抜けない体で転んでしまう。折れアバラが肺に突き刺さり血を吐く。


 ―――、己の正体とはガキの頃からの負け犬、―――


それをトマは思い出している。

 イラストページは飛んで行きどこに行ったか判らない。

 そんな記憶を思い出し、盗賊仲間の大人から雑誌を一つ盗んだ記憶に浸る。


 食材コーナーに向かい当面の食材を買いあさり酒屋に足を運ぶと料理酒がありこれを買う。


 蒸留酒のコーナーなど入らない。


 残り四十万タットを使い切る前に働いて大金を得なければならない、ガントレットの蒸留酒を気分で探し買う時間と暇などいらない。借家に帰ればテンション高いユーリが待ち、馴れ馴れしくトマに話しかける。やり過ごし料理を行い魔法の講義を進めメモを取らせ食事する。そして本日も一人座って寝ようとしたらユーリが馴れ馴れしく触って来る。


「体が硬く強張ってる。ベッドで寝なよ」

「ベッドはお前が使用中だ」

「傷が治ったから二人で寝ようよ」

「……今日はパスだ……」

「何で?」

「泣きそうだ」事もなく言うがまごう事無き本音。

「どうして?」

「昔のこと思い出した」

「それだけでつらいの?」

「戦闘ならどんな時も嗤えるんだがな」

「……怖い事、怖い声で言わないで……」


 ヘルムが優しく奪われ、馴れ馴れしい子供の手指がトマの顔に触れる。


「傷塗れ、痛いの?」

「傷は何時だってどうでも良い、傷より悲しみが問題だ。標的を、叩き壊している間は悲しくないんだ」

「ねえ、意味が解らないよ。一緒に寝ようよ?その方がトマに良いと思う。冬の間だけ……」


 トマは話を遮り、ユーリの指から奪い返す。ヘルムがトマの手に戻り金属が、弱り切った賞金首の顔を隠し、金属の壁がユーリに予定を告げる。

「冒険者組合で訓練の目処を付けた。明日から組合に顔を出せば冒険者訓練をお前は受けられる。真面目に訓練をする事……もう眠れ、俺も眠る」


 ユーリはトマにしがみ付いて嫌々と首を振る。

 ユーリを守る頑丈で怖い人が、実は、出会う前から既に壊れていた。

 直感で気づいてユーリは怯えつ戸惑いつトマを守る。


 一週間しか知らない人だが、死へ向かって歩んでいくのに、怖がりもしない壊れた人。そんな印象が心優しいユーリにトマを守る衝動を与えた


 差別される混血孤児ユーリに、闇より守られて、トマは夜を過ごす。


 毛布がベッドから持ち出され、食堂の一室が路上生活の知恵を付けたユーリの手で、寝床らしくなっていく、二人分眠れそうな箇所が生まれ下に敷いたマントの御蔭で少し柔らかい。ユーリが頑張って引っ張り、装備が剥ぎ取られたトマの大きな体、寝床へ手を引かれ少し運ばれる。ユーリは子守歌迄歌い出しトマは遮り口を手で塞いだ。

「歌うなっ殺すぞ」


 心が弱っているが、子守歌は余程にトマの癇に障ったらしい。


 威圧されユーリは怯えるがこう言った。

口を塞いだトマの手が離れた瞬間 威圧されたユーリは怯えるがこう言った。


「何されても良い、どんな命令にも従う……でも、夜は横になって……お願い、心配なんだ」

「……」


 トマはどうでも良さそうで、図多袋を枕に横に成る。それを確認するとユーリは寝る前の寒さ対策に冒険者装備を着込み防水ローブを被り、毛布をトマに返却。ユーリは山羊獣人、自分の毛深い毛皮だってある上、借家の中は暖かな空気で満ちている。トマの横にコテンと転がった。そんな山羊獣人の子供は言う。


「トマが僕を守る。僕はトマに従う。約束だ。ずうと一緒にいてよ」

「……」

「答えて」

「ヤなこった」


 ユーリは不満でトマの背中を叩く、相手にされず何時の間にか眠っていた。

 夜は過ぎ、雪は降り、風も吹き、外は冬の生み出す死に至る寒さが満ちる。

 夜半、ユーリは輝きで目を覚ます。


 寝ている間に此方を向いたトマの胸から僅かに輝くペンダントがこぼれ、ユーリは思わず手を伸ばし蓋を開く、狼が横顔でそこに居る。ペンダントの輝きが失せていく、蓋を閉め見なかった事にした。狼の刻印が横顔から育ち狼魔獣へと変身したのだ。不吉な予感がユーリに去来するが意味を考える内に朝だった。


 朝ご飯は昨日の作り置き、黒パンの小山に温野菜たっぷりの鶏がらスープ。

 焼いた豚肉を切った小山にチーズを温め直して乗せソースを掛け完成。


 食事終わりにトマはユーリを促す。ユーリもうなずき昨日着込んだ装備を確認し武装を手に取る。ナイフを胸の装備金具に鞘諸共固定、ユーリには大きすぎるダガーをトマに真似、後ろ腰に装備、リュックサックに納めた旅雑貨を確認中。メモを取り出し装備項目チェック完了。本日より二人は一緒に冒険者組合に向かう。


 ユーリは訓練、トマは仕事。


 何時かこの都市を旅立つとしても、その前に資金と実力を貯める必要がある。


 出会ってから、ユーリは初めてトマの横に並び借家を出る。

 当面は体力造りと座学が待つであろうが、ユーリは気合を入れる。


 トマは興味なさげに空を見ている。本日はハースの里に向かう、あまり天候が崩れると困るので念入りに空を見る。天候予想が出来れば行動も決め易い、行動が決まれば作業ははかどり悪天候でも仕事を早めに終えられる。天候を見るメリットを求めトマは空ばかり見る……移動中に雪が降ると見なしトマは前に進む、目指すは冒険者組合。ユーリがトマを追いかけ、子供サイズのグローブから手を伸ばしトマのガントレットを握る。天候ばかり気にして振り払いが弱いのを良い事にユーリはトマに寄り添う。寒さとは関係なくユーリは少し顔を赤らめる。嬉しそうな顔を隠し俯いた。トマは気づかない、将来の不安ばかり気にする。


 金は減り、目的地は遠く西、自分の正体は懸賞金首、ユーリと言う相棒は明らかなる足手まとい。天候は雪で、仕事の報酬は安い、旅の途中であり、此処は己の居場所ではない。


 だが、一人じゃなくなっていた。


 だから何だというのだ?それで何に成る?

そこのチビ助は盾にも成らない瘦せっぽち。

 ユーリを壁に使えば魔物の牙が進み二人して貫かれる。

 全くもって当てにならない。

しかし、ユーリはトマを見上げヘルム奥の顔へ笑いかけていく。

「僕がいるよっ!」

「だから何だ?」

「僕はきっと強く成る。お礼をする」

「要らね」

「いつか、大金だって上げちゃうんだっ!僕のトウシにたいするセイトウホウシュウをトマに示すんだっ!」

「金より戦場呉れ」

「駄目っ!差別のない平和な都市まで旅して、二人はずっと平和に暮らすのっ」

「要らねえ……」

「ノリが悪いよ?」

「……当面は訓練頑張れ、俺は眠い」


 トマの欠伸が冬の朝に木霊し二人は移動を続ける。


 現在地は、ムサンナブ国南東区ビンゼツカ子爵領、獣人自治都市ムフローネスの西部廃墟街。

 

 いまから数か月前、ムサンナブ国より遠い農業国ファムの森砦で起きた討伐隊とワルツ盗賊団による黄昏時の殺し合いは遠くなり、所属した盗賊団は壊滅。秋に始めた旅は、宿場町を経由し都市までトマを運び今となり、冬だった。何も解決したわけではないが、歪んだ心はそのままで、魔物に褒められる黒い魂もそのままだが、仲良く成れたスザンナは死んでしまったが、ユーリを抱えた分だけ忙しくなりきっとトマは泣く暇と悲しむ暇を忘れるだろう。救いと言うにはささやかだが、それはきっと冬に負けない活力をトマに与え、トマがユーリを守り育てる力を養うであろう。


 都市ムフローネスでの冒険は始まったばかり。

雪に足跡刻んで目指すは冒険仕事。

 差別も区別も止まず、都市の外には魔物と魔獣が跋扈し流通は滞る。


 だが、此処に冒険者が背中に大剣担ぎ魔導砲撃出来てトマの名前で確かに歩む。彼には人食い魔物と闘う用意がある。それはきっと盗賊よりも、犯罪よりも素晴らしい事に違いない。ユーリはトマの手を握りグローブとガントレット越しに手放さずついて行く。


 二人の日常は孤児のそれでも犯罪者のそれでも無く、冒険へと変わって行くであろう。


 魔物多い世界で困苦は多く、人より強い奴もいる。

 だが、都市ムフローネスは二人を冒険者に導くであろう。


 そう言いたげに運命を、かつて壊れた剣の破片だった魔法のペンダントが囁く様に鈍く輝く。そして運命を信じないトマは、胸の鈍い輝きをメイルの装甲で隠し気付かない。ペンダント奥の蓋に隠れた狼刻印が冒険の予感に気付いて悪そうな笑みを作る。


―――、戦い打砕き、大剣牙で蹂躙し、肉を踏み拉き、血と魔素を浴び狼魔物に成って行け。


 ペンダントの囁き知らず、冬にトマは真っ白な息を吐く。


 まだ、トマは人だ。しかりて、これからはどうであろうか?


 答える者はいない。


 だが、ユーリは、トマが魔物に成っても、ついて行くであろう。


 他に彼女の心を守る者が居なかったのだ。しかしどうでも良い事だ。

生活があり一人じゃない。


 二人には、好きなモノがあり、時間制限があり、目的と仕事がある。


 つまり普通の人の日常がそこにある。


 戦闘が闇のようにトマへ、寄り添うがそれには目をつぶろう。


 彼は盗賊を廃業した冒険者だから仕方がない。

 

 ―――、そんな朝が進み物語はいったん閉じる、―――



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