黄昏の語り、十九話

                「19」


 ―――、魔法について簡易説明と訓練方法を教える。


 メモを取り必要な事は忘れないように、そんな前置きでトマは語り出す。


 ―――、先に述べた様に世界には魔素が無かった、―――


 つまり、奇跡も、呪いも、魔法も世界に無かった。


 だが、ある日、世界は別の世界と繋がり、この惑星に魔素が大量流入した。地層を調べると魔素の流入年代と魔素がない年代がはっきり出ると言うが今は関係ないので割愛、ただ、魔素は元々、この世界に無かったと覚えろ。魔素は変異を促す、ありとあらゆるものを変質させる。生命も無機物も変異させ、より強く複雑にしてしまう。


 そのせいで、魔物、悪魔、邪神、妖精、精霊、善なる神々すら発生する。科学分類ではどいつもこいつも、魔素変異生命体に過ぎん。宗教では別の側面も見せるが本質的には魔素適応によって、悪魔のような能力、あるいは神の如き能力に至ったというにすぎん。


 魔法に話を戻すと、魔素は燃料、変異する燃料、魔力は、魔素の変化した機能、魔石はその二つの制御系だ。魔石があれば複雑な魔法陣も難解な計算式も不要となり、ボタンを押し込むように、あるいは念じるだけで多くのプロセスを省略して現象を望むままに起こせる。

 

 それが体内魔石のメリット。


 多くの魔物が、科学反応や、因果関係も計算も魔法陣も知らないのに本能で魔法を強大に操る。


 根拠は魔石にあり燃料は魔素、魔素は世界に膨大に含まれ一定不変。


 一見、魔法を使えば消費されたように見えるが違う。


 海の水が太陽で蒸発し空に昇り風に運ばれ重くなり陸地に降り注ぎ河川となり湖となり、あるいは海へと帰り地底湖に至る。だが水量は不変、宇宙に殆んど逃げず、どこに水量はどんな性質で分布しているかと言うに過ぎない。


 魔素も同じ、性質・形が変わり人が資源としてアクセスし易い形か否か、あるいは魔素の分量が多い地点に居るのかどうかの違い、量は膨大で、人が利用できるかどうかの問題に過ぎん。熱源の近くで炎魔法が使いやすい様に、冬に在っては冷凍魔法が発動しやすい様に、魔素は属性を日々変化させ、たゆたう。この偏在と位置と特性を分析して魔法陣へ落とし込めれば、魔素利用の範囲を広げるいっぱしの魔導士・魔法研究家だが、尊敬すべき一般魔導士のあるべき姿だが、俺たち冒険者には少し関係ない。

 

 冒険者系魔法使いは魔法マニアでも無ければ理論家でもない。理論を覚えず、修行方法に拘る。


 魔法習得は錬金術組合のグリモワール、つまり魔導書を高額で買い魔法を覚え使用する。


 魔法開発者ではなく、魔法運用者、それが冒険者系魔法使い。


 魔物討伐・盗賊討伐を期待される冒険者は、戦闘魔法運用こそ本懐。理論家の時間がかかる重厚長大な組織運用魔法では無く、刹那の判断で炎の矢を一本魔法で放ち、相手を穿つ即効性こそ本懐。あるいは索敵魔法を張り巡らせ微弱な魔法の網を何時まで放出し続けられるか試される忍耐力と体力こそ肝、魔法開発ではなく日ごろの修行で魔法の使用可能時間を伸ばし威力向上に時間を使うべきなのが俺たちだ。


 そんな分けで、訓練は重要だ。

 ユーリ、手を出せ。


「うん」


 トマは手を握る。そのまま自分の属性魔力をユーリに流し込む。

「わっなんか冷たい」


 俺の属性は氷だからな、そりゃ冷たい。

 そいつを操り右手から肩に運ぶ、念じたり引っ張って見ろ。魔石の容量増やした今ならできる。

「冷たいのが……なんか頭に来た……」


 お次は首、肩、左腕、指先、そこまで居ったら戻って胴体。

「……出来るけどドンドンお腹がすくんですけど……」


 頑張れ、胴体から腰、左足、つま先まで行ったら戻って腰、腰から右足とつま先、そこから戻って腰、胴体、肩、右腕まで行ければ一周成功。

「ううっ大変だよ」


 ユーリは三時間かけてもたもた失敗しつつ属性魔力を体内一周に成功した。


 お疲れ、これが魔力操作の訓練方。法単純だから、覚えろ。訓練は一生涯続けろ。魔力操作できれば達人への道が開かれる。達人は、いとも容易く手持ち魔力以上の大魔法を行使する。体内生成される魔素・魔力量を越えた大魔法行使には世界の変化し続ける膨大な魔素・魔力とアクセスし制御する必要がある。それが出来ると伝説級の魔法も自由自在だ。


「訓練方法は判ったけどお腹が空いた」ユーリが情けない顔でトマに懇願する。


 トマは残しておいたサンドイッチの山をユーリに示しつつ話を続けた。


 この訓練で、魔法制御を覚えられる。そして続ければ、いつかは達人になれるんだが、とにかく腹が減る。エンゲル係数爆上がりで貧乏人にはできない訓練だ。だが、効果は高い、達人は訓練できる時間、余裕、財力、モチベーションを維持する人生の達人であり、そうなれて初めて伝説の大魔法使いに成れた。凡才の俺たちは財布と相談してちまちま訓練してがつがつ食べるっきゃないと言う分けだ。


 話を聞きながらユーリはサンドイッチを食べていく。


「……んぐ……それって僕ずうと訓練してなきゃ駄目って事?」

「別に、、、稼げるようになるまで魔法覚えたら、好きに生きればいいってだけだ。今のお前は弱いから訓練しろって話」

「判った」

「あとは呼吸法を教えたいが、今は早いか,メモ取れ」

「なんて書けば良い?」

「訓練大事、魔素は自分も世界も変質させる。制御訓練方法は魔力を体内周回させるだけ」

「……説明より短くない?」

「あの程度の話は一度聞いておけ、必要なメモは決めて書き、判らない事は組合資料室に行け、自分で調べろ」

「……がっ頑張る……」


 ユーリの情けない宣言は兎も角彼女も育っていく。出会って一週間もたっていないが、相性は悪く無いらしい、トマは、冒険者組合に向かう気になっている。資料室にでも籠るか、受付にユーリの訓練を相談するか悩みつつ装備を着込んでいく、そこにユーリは話しかけた。


「出かけるの?」

「ああ、少し相談だな」

「行ってらっしゃい、ねえトマ」

「?」振り返る。

「好きな人いる?僕はトマが好き」


 トマはヘルム奥で巣を飲んだ子になった後噛んで含めるように発音した。


「出会った瞬間、ダガーで刺して、一週間以下だっアホウ」

 トマは踵を返す。しかし、ユーリはめげない、トマの進路を塞いだ。

「ねえねえ応えてよ」


 面倒臭くなり適当をほざく。

「……バフラマの樹は好きだったな、年中、青く光る魔法樹。奇麗で憧れた……」

「子捨ての樹が好きとか、トマも碌な思い出が無いんだねえ」

「ウルセエ」

「安心して、今は僕がいるさっ」

「へいへい」


 トマはやる気なく手を振り冒険者組合に向かった。


 お昼過ぎの良い時間、そろそろガッツリ働きたいが当てがない。財布の中身は日々目減り、餓鬼は元気で懐き鬱陶しい、親父ならこう言う時、蹴りの一発でもぶち込んで、餓鬼にゲロを吐かせて笑うだろう。イヤな事を思い出し顔を湿気らせトマは先を急いだ。


 冒険者組合に向かえば相変わらず年下先輩獣人冒険者が多い。受付の最後列に並び、トマは質問を整理していく。相変わらずの光景で好奇心の視線が集中砲火、そいつをメイルとヘルムで弾き知らんぷり、その内に順番が来て受付さんを見れば何時もの人。蝙蝠獣人の女史でエリデリアのネームプレートが胸に飾られている。


「トマ、ランクF……」冒険者プレートを提出、確認返却される。

「本日のご用件は?」

「相談に乗って欲しい、Fランクはどう稼いでいる?」

「採集依頼からの遭遇戦闘のコンボです。それで秘かに討伐数を稼ぎ、売る素材を増やしていきます」

「良いな」

「ですが、十名ほどの集団で動き、基本、都市外の集落で自警団代わりに常駐するので組合が見逃しております。ソロのトマさんは真似できませんよ」

「なんだ。ダメか」

「……ご紹介できる仕事がございます。

近場にあるハースの里に魔導具化荷車を使った物資運搬依頼です。ハースの里は人手不足です。特に戦闘員が不足し、下位の魔物が里内部まで侵入しています。都市外の里なので我々は関知できませんが、おせっかいを焼けばF等級でも遭遇討伐で思わぬ儲けが出るでしょう……」

「行って見る。ありがとう」

「ご用件は終わりですか?」

「もう一つあるが良いか?」

「何なりとお申し付けください」

「……俺はユーリと言う……」

「少々お待ちください……盗聴防止の無音化魔導具を起動しました……続けてください」

 魔導具効果で遮音フィールドが張られ周辺の音も途絶える。

「ユーリと言う孤児を拾ったんだが……」


 エリデリアさんは鋭く視線でトマを遮り、まくし立てた。


 ―――、ユーリちゃん、年齢十歳、性別、女の子、種族、山羊獣人と人族の混血。職業冒険者、能力評価カテゴリ、ランクG。母親はユーリを産み育てるも周囲の無理解と紛争と強姦のトラウマから発狂、精神病院へ収監後親族に引き取られるも子供を捨てた自分が許せず異国で自殺、以降、後ろ盾を失ったユーリは送金が途絶え、お針子修行を断念。冒険者と成るも敵対領兵士の混血を根拠に差別を受け、仕事の賃金を奪われことが増える。徐々に貯金を失い宿賃が払えなくなり路上生活、路上野営は推定半年……そして今、賞金首にユーリちゃんは、拾われる。ワルツ盗賊団二級戦力部隊所属第34分隊班長ベスルの息子の名前はトマ。トマは父親べスルより遥かに強く冷酷。ユーリちゃんは、父親を殺す大剣使いの魔法兵トマに拾われる。トマは懸賞金首で重犯罪者……賞金額は1500万タット……ただし、女子供を手にかけた事はなく、友軍の撤退支援で悪戦を続ける道を選び、どれほど大怪我しても、逃げない。勝利しても戦闘しても襲撃しても頑なに略奪へ参加してこなかった。私欲で犯した個人の罪はただ一つ、伝説にあやかった蒸留酒の名前と伝承紹介ムック本を仲間から盗みボロボロに成るまで読み壊したこと。父親を殺してから盗賊仲間と縁を切り放浪、以降、ムサンナブ国入国後は犯罪から手を引き、冒険者として活動し放浪を続ける……間違いございませんか?


 トマは肯く、全てバレていた。だが何故だ?犯罪者と分かり何故縛り首にならない?


「……ユーリちゃんをどうしたいんですか?盗賊の情婦にでもしますか?」

「まっとうに働けるようになってもらいたいが、指導教官が居ない、誰か紹介してくれ」

「目的は?冒険者組合は官営組織、犯罪の支援は出来ません」

「……」

「答えなさい、ちゃんと答えなさい、縛り首に成るか、真実を述べるか分岐点です」

「……犯罪は御免だ。女に借りがある。ユーリをまともには……俺じゃ導けねえ、助けてくれ……」

「二十万タット即金でお支払いください、下級冒険者救済プログラムの適応対象にユーリちゃんを選べるようになります。三年間は貴方が死んでもユーリちゃんの面倒を我々が見ます」

「……」


 トマはその場で二十万タット、つまり金貨二枚を差し出す。

 これで残金は四十万タット。

 受け取った受付のエリデリアさんは書類をその場で書き上げていく。


「書類作成完了しました……受理されれば、明日にでもユーリちゃんに訓練を施せます。ですが生活一般の面倒を、我々は見ません」

「ああ、そこは何とかする。だが、何故俺は縛り首にならない?」

「貴方は、神を信じますか?」

「信じない」


 即決したトマの声に、憎しみ深く確信が籠る。エリデリアは無視して語る。


「魔法のある世界では普通に善なる神が居ます。神は真実を必要な時だけ証拠と共に人へ告げます。お告げを受ける宗教家だって神様がいる以上、逃げる事も己の信念に嘘もつけません。真面目に神を信仰し従います。概念神でない、実質神が居るから神殿だって教会だって命懸けで真実を運営するしかない……盗賊が教会を貴方で訪なった時、門は閉じましたか?母親の遺髪は供養されませんでしたか?御金を受け取った教会の神父様は儀式をしませんでしたか?供養の花とワインを貴方が墓に納めた時、盗む人はいなかったはずです……発展著しい我が国の魔導具だって凄まじい性能です」

「何が言いたい?」トマは苛立った。

「貴方に敵意が無く、救いも無いのは宗教家には明白。犯罪目的で無いのも魔道具が検知します……人に依るでしょうが、我々は、冒険者組合は、貴方を敵とは思いません。王都に近付くほど頭の固い人は増え、彼らは犯罪者を許さず、真面目ですが、ムフローネスと言う田舎都市では、人と規則が緩いんですよ」


 言い終えたエリデリア女史はこれ見よがしに魔道具を取り出しスイッチを切る。

 音が帰還する。冒険者組合の雑然とした騒音が帰り内緒話は終わっていた。


 トマは受付を離れていく。背中にエリデリア女史の「またのご利用をお待ちしております」の声を聴いた。組合資料室に籠りハースの里の地図を見つけ書き写し情報収集すると資料室を出てクエストボードを眺めていく。ハースの里への納品依頼を首尾よく見つけた。紙ではない不思議、古い頑丈な羊皮紙がピン止めされたまま放置され文字のインクが少々かすれている。


 納品依頼、農業用魔道具修理資材納品

 数………、荷車三台分

 報酬……、到着荷車一台から一万タット

 場所……、ムフローネス冒険者組合出発、ハースの里到着迄

 期限……、今月までにお願いします

 依頼主…、ハースの里管理官カイドマ


 じっと見つめる。報酬は安いが本命は里に溢れた下位の魔物討伐である。


 トマは明日の仕事を定める。Gランクから脱却した事で都市外の通行許可が出ているトマはF等級となった冒険者証を見つめ帰路に入った。

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