黄昏の語り、第二章、四話(修正)

                「4」


 里の広場に出ると血痕は途切れ、煮炊きされていた。


 運び込まれた角有大兎とホワイトウルフが毛皮をはがされ切断され魔石や角や内臓や牙を抜かれ素材と肉に分けられて行く。引きはがされた毛皮は一次処理され、まず水洗いで泥と埃と匂いと血油と寄生虫が排除。 

 

 鞣し準備が進み専用液に漬けられて行く。


 毛皮は大樽に納められ薬液浸透まで倉庫内で安置されるらしい。


 血抜きがバンバン進み広間は血なまぐさく、作業はどんどん進む。


 集められた肉は臭いホワイトウルフの肉迄も、食肉処理と調理され痩せた住民が食べていく。素材化された魔物換金部位は種類ごとに小分けされ鑑定士が値段を決めて倉庫へ運ばれた。

 

 討伐者のトマを住人は発見するがチラチラ見るだけで作業を辞めない。その動作にトマはユーリを思い出す。山羊獣人と言うかユーリは、作業が上手く行った時褒めて欲しくてチラ見してくるのだ。その動作がちょうど今の山羊獣人住民とそっくり、、、トマには意味が解らない。依頼されたから魔物を討伐したのに、獲物を盗まれ勝手に解体されたトマはイラっと来た。トマはムカついて、住民を無視すると決めハースの里管理官カイドマにクレームを入れるべく歩み出す。其処に道を塞ぐものが出た。職人風の山羊獣人で体が大きい。トマは無視してガンガン距離を縮める。相手は悲鳴みたいな声を上げトマに叫ぶ。


「おいっ!」トマは更に距離を詰め山羊獣人の職人の顔にヘルムを押し付け答える。

「何だ……」トマの声まで低くて山羊獣人職人は顔を背けビビりつつ言った。

「おっお前の獲物を解体してやったぞっ!」

「……だから何だ……」

「解体の……手間賃ください」


 トマはブチギレそうになるが、それを制して周辺の住民から次々声が上がる。

 どうやら職人山羊獣人の発言に勇気をもらったらしい。


「革鞣しの御金ください」

「倉庫利用料ください」

「食肉処理料金ください」

「錬金素材処理費用ください」

「素材鑑定したので鑑定料ください」

「魔石の処理が終わりました。技術料ください」

「寄付に食料ください」

「食糧危機です。お慈悲を、、、寄付に魔物肉をください」

「おじちゃん強いんだねえ、冒険者さん凄~い、強~い、回復魔法ありがとう~、お母さんがねえ、大怪我からあ~、助かったあ~」

「アオロラっ!人族は危険ですっ!こっち来なさいっ!」

「は~い、お母さん直ぐ行く~おじちゃんバイバイ~」

「魔物除け魔道具が修理の為稼働を停止し、怖くて眠れません。徹夜警備をお願いします」

「ハースの里に下位の魔物が溢れ、それを狙って中位の魔物が集結してるんですっ!助けてくださいっ!」

「……里の存亡危機です。御助力を……」

「金はあるんだっ!」


 好き放題言われてトマはブチギレた。

「フザケンナ糞共ぶっ殺すぞっ!!」


 大声で叫ぶと山羊獣人たちは大慌てで逃げ出す。彼らは子供含め素晴らしいジャンプ力を示し、流石獣人族と言った身体能力を見せつけるが、周辺は無人となった。あとにはトマと魔物解体作業工具が残る。が、肉も素材も持ち逃げされていた……。トマは頭を振り衛兵塔に向かい、事務仕事するカイドマにクレームを入れた。


「おい、ザケンなよ?依頼受けたら、素材を盗まれて討伐証明不可能でタダ働きってどう言うことだ?マシな言い訳を聞けねえならお前を食い殺すぞ?こっちは貧乏で餓鬼抱えてんだっ!」

「君、結婚していたのか?いや……それはどうでも良い。討伐依頼は達成だ。今金を出す」

「は?」

「……ハースの里は緊急事態だ。魔物除け魔道具の修理工具も、畑の肥料も、食料も、里を守る戦闘員も足りていない。だが、万能薬の素材で大儲けしていて御金だけはある。君が魔物を倒し肉と毛皮とその他素材が入り、里にやっとまっとうな仕事と経済が発生した。食料を手にする為に少し住民が先走ってしまったのだ。すまない……彼らに代わり謝罪する。仕事の証明があれば、正当に魔物肉を食べられる。食べられれば、とりあえず、飢えなければ、死なない……住民の考えはそんな所だ」

「そこまで追い詰められているのか?」

「冬はいつもこうだ……今年は特に酷いがな……」


 カイドマは報酬を書類付きでくれた。


 総討伐数、110。角有大兎四十匹、ホワイトウルフ七十匹。


 角有大兎、討伐報酬、一匹五百タット

 素材一匹分、2500タット


 ホワイトウルフ、討伐報酬、一匹1500タット

 素材一匹分、4000タット、


 総計、505000タット、、、緊急事態条項三番適応案件により倍額指定。


 金、百一万タットの仕事を認める。

 ハースの里管理官兼冒険者組合ハースの里支所受付カイドマ。

 

 渡された金と書類を見比べてトマは呻いた。

「こんなに金吐き出してたら長く続かねえぞ?」

「……君は魔物素材の価値を知らない様だね?魔物素材は冒険者から安く買い叩かれている。魔物素材は加工される事で十倍から二十倍近い値段の商品や必需品に成る……知らないのか?」

「……知らない……」

「少し経済を学びたまえ……魔物素材加工は今や低い技術で出来て格安だ……そして、百万タットは……一般人にすら端金だ。冒険者に成るような輩は貧乏家庭が多すぎて気付かないが、君たちはかなり安く動員されているんだ。命懸けに見合わない程にだ」

「……」

「ホワイトウルフは五メートルもの巨体があり可食可能。其処から採れる肉の量は膨大。毛皮も大量に取れて上質頑丈、魔石も下位の魔物の中では高性能な素材。肉に限っても加工して臭み抜きするだけで大儲けだ。倒すには戦闘員が必要であり、、、しかし、君たちは端金で商人を喜ばせてばかりだ、、、地方クラスの商人年収を知ってしまえば君は泣きだしそうだな……」

「聞きたくない……」

「兎に角、依頼を受けてくれてありがとう。そろそろ魔物除け魔道具の修理が終わる。二時間ほど里に滞在して行ってくれ、商店通りで装備を見ていくと良い。都市ムフローネスで腕を磨き差別で出戻った職人が多い、腕が良いので装備更新に向いている」


 トマは気分を変えて返事をした。

「……二時間滞在は構わねえが今欲しいのは魔導書だな……」

「それは都市ムフローネスの方が充実しているな、一か月に一度の飛行機械定期便で商品棚が更新され安売りされる。狙って行けば面白い魔法に出会える」

「……そうしてみる……」

「お茶を出そう。私も一服着けたい」


 トマはカイドマさんに歓迎された。ナッツクッキーとヒマワリの種を剥いて塩バターで炒めた物が紅茶で出された。夏に取れた冬の熱源摂取と暖かい液体を有り難がってトマはいただく。味も良く満足しているとカイドマから提案在り、ハースの里には万能薬素材の畑が多く在り此処に魔物が出没。里と山を周回して魔物退治して欲しいとの事、倒した魔物はトマが回収しなくても住民が回収するのでバスターカウントだけすれば、キチンと御金を出すと打診された。


「ここいら辺で出る魔物の強さは?中位以上に強い魔物は?俺が倒せるのは中位の魔物までだ」

「ヴァンタロンくらいなものだな、中位の魔物、四足で歩き触手を複数持ち触手先端に魔法のカギ爪がついている。風属性の爪魔法で襲い、山側に出没。里の畑にはエッジリベレが飛ぶ、ナイフに羽を生やしたような魔物、刃状の頭で、空中五メートル付近から突進するが下位の魔物、弱い、だが、こいつも増えすぎて畑作業に支障がでている」

「……まあ殺れそうだな、稼がせてもらう」

「ありがとう、今日も荷車は……」

「ああ、依頼は受けていく」

「……」

「いい歳こいて泣くな鬱陶しい、また来るから教えてくれ……」

 

 トマは席を蹴る。

 勝手に、積荷満載の荷車を持ちだし、嬉し泣くカイドマに無理矢理依頼受注書をサインさせ出発した。


 それからはサイクルが続く。


 都市ムフローネス朝八時に出発。魔導具化荷車に里で生産が出来ない物を満載して進む。ハースの里に向かい、二時間移動。到着後は荷車を納品。報酬を受け取ったら、里を周回。魔物を仕留めバスターカウントを積み上げてメモ、撃破した魔物が住民の手で回収。


 カイドマが数を数え、トマのバスターカウント報告と齟齬が無いか確認・討伐報酬が支払われる。ハースの里から都市に帰還する際は荷車牽引依頼を受け里の特産品を都市まで運ぶ。


 都市ムフローネスにトマの狙う魔導書が飛行機械定期便に積まれやってくるまで一ヵ月そんな毎日を過ごした。


 ヴァンタロンとは闘ってみた。


 見た目はスライムみたいな魔法生物で半透明。色は美しいが見た目は四足のついた台座見たいな体から伸びた無数の触手が気持ち悪く蠢き不気味。目も無いのに複数の触手を攻撃に伸ばし精密攻撃してきた。


 数は一度に十体ほど見かける。


 健全であれば単独行動しかしないハズが繁殖しすぎて異常密集している。


 触手の数は16~20、触手が伸び爪の連撃が来る。トマは躱して接近。距離を詰める程触手攻撃はトマに接近するが爪の連撃を捌き大剣で横一文字に切り裂く際、大剣に込めた魔法起動「氷属性付与」発動で切断対象を高速低温化、切り傷から凍らせて固めてしまう。魔法効果は標的を凍結封印しやすく、更に魔力を魔法に込めれば凍結粉砕が狙える。


 ヴァンタロンは魔法生物。突き刺しや切断系物理攻撃へ高い耐性があるが、トマの魔法攻撃で凍結封印され凍ったまま死んでくれた。


 動き自体は素早いがそれは触手まで、移動速度は普通の四足獣より遅く、追い付くのは容易い。


 体も柔らかく赤色魔法鉱石の剣にかかれば切断は楽、本来は魔力で編まれた体が物理攻撃を大幅に無効化する難敵だが、大剣に氷属性付与と言う魔法攻撃系の機能を込めた事で撃破が容易くなっていた。大きさは四メートルの体に三十メートル延びる触手を持つ、力は強く一本の触手が大樹を貫きそのまま岩を砕く。強化魔法で反射神経を上げ回避に徹しないと、鋼の鎧では防御力不足で一撃死しかねない。


 残り九体が戦闘を検知してトマをバラバラに襲った。

 百本越えの触手がトマを襲う。


 強化魔法全開、高速戦闘に入った。触手はバラバラに動くが絡まって妨害し合う事はなく執拗にトマを襲う。トマは移動しながら触手を切り払い接近しては氷属性斬撃で仕留めていく。ただ倒すだけなら触手の射程外から魔導砲撃が一番楽だが、今は金稼ぎの時間、素材の過剰損壊を避けた。右へ左へ回避し接近・触手をまとめて切り払い返す大剣で振りかぶりヴァンタロンを仕留め次の標的に向かう。風属性魔法で作られた爪は凄まじい切れ味だが、先端にしかなく、ことごとく躱されて、僅かに一撃がトマのヘルムを魔法爪先端で掠め引っ掻く。その代償にヴァンタロンは縦に両断された。残りのヴァンタロンが纏めて攻撃開始、死角無く触手の集中攻撃を放つ、トマは大剣の連続斬りで触手を撃墜、切断して空間を開け、無理矢理体をねじ込む隙間を作るように大剣を操り、トマは攻撃を無効化した空間に自分を逃がし残りの攻撃触手がトマを掠め突き抜けて行く。駆け抜け様に、触手を全て直線に伸ばし切ってしまったヴァンタロンたちに止めを刺していく。


 戦闘の終わり。

 トマの背後まで辿り着いた複数の触手は、本体が死んだ事で力を失い大地に沈む。


 赤色魔法鉱石大剣の本格使用は悪く無い結果を出した。


 攻撃魔法に脆い黒色魔法鉱石大剣と違い、赤色魔法鉱石の大剣は頑強なようだ。確かに相手の攻撃魔法である風属性の魔法爪を弾いても、傷付かず刃毀れしない。無数の攻撃触手を乱暴に切り払う蛮用をしても、大剣は新品のまま紅く美しく輝き続ける。


 あとは倒したヴァンタロンが幾らになるかだが、まあそれは住民が回収してくれれば判る事である。その為に住民が里の山側を歩めるほど、周辺の魔物を掃討する必要があった。長い討伐戦の予感にトマは顔をしかめ大剣から魔物の体液を振り払い、索敵と戦闘に戻った。


 此処は畑に近い道があるので、そこから入念に魔物をトマは排除していく。


 帰還の時間、魔物除け魔道具が薄くリーーンと鳴る中、ハースの里へトマは帰還して金を握る。一日平均二百万タット程稼いでいる。それだけハースの里が大盤振る舞いしてくれるのだ。


 だが、それは貧乏人にとっての大盤振る舞いであって経済知識のある山羊獣人はむしろ申し訳なさそうにトマを見て来る。所謂馬鹿扱いだが無知は事実なのでトマは諦めてハースの里で運搬と討伐を続けた。貯金が思ったより簡単に出来て行き、トマはむしろ喜々として働いている。


 こんな日もあった。何時もの様にハースの里の畑を巡回していた。

 特に何にも無い日でのんびりしたものである。

 

 下位の魔物エッジリベレを駆除していく、三十センチほどの空飛ぶそいつらは、近付けば勝手に降下して突撃。そいつを拳か大剣で撃墜すれば討伐完了。速度遅く刃上の頭は切れ味低い。だが畑の錬金素材の薬草である月下白吐息の受粉を助ける為に皆殺しは厳禁なのだそうだ。少数は必ず生かし薬草が花を咲かせ繁殖期に入るまでに十分な数を維持しなければいけない。

 

 皆殺し禁止と言う、ある意味厄介な魔物。

 だが、素材価値が意外と高く撃破報酬が美味しいのだ。


 根拠は錬金素材の月下白吐息が魔法植物で草の放散する魔法蜜がエッジリベレの体質を改善、魔法触媒として素材価値を底上げしていた。使い道としては魔法陣の書き込みインクに混ぜると魔法効果が四倍化。エッジリベレ自体弱く、魔法植物の月下白吐息が無いと繁殖もままならない為に総数も少ない、おかげで売値が高いので、討伐して素材が健全に残ると儲けがデカい。


 そんなわけで気分よく歩いて畑を去りトマは暇つぶしに門へ向かった。

 

 門衛は相変わらず山羊獣人の勇敢な子供、インゴル、大人用の槍を諦めサイズが三ランク小さい狩猟槍を担ぎ門衛している。


「冒険者殿か」

「おう」

「儲けているようだな」

「ああ、毎日ウハウハだ」

「……我が里に移住しても良いんだぞ?」

「辞めとく、うちにガキが居てな、そいつが育つまでは無理がきかん」

「結婚して居たのかっ!その顔でッ?」

「やかましい、孤児を拾っただけだ」

「ウーム、どうせ女の子だろ?このスケベ」

「……どうせおりゃスケベだよ……」

「だが、童貞臭い……どうなんだ?」

「……童貞……」

「女に誘われないのか?強ければ獣人女は山羊含めメロメロだぞ?」

「……聞きたくなかった……でも、ヨーゼフ教官は振られててたな……」

「……まあ、女にも許容範囲があるからな……で?女に誘われないのか?」

「一回あるけど、逃げたな」


 トマは、からかってきたスザンナを思い出し横を向いてインゴルから逃げた。


「根性無しッ!」

「そうだな、俺は腰抜けだな、女が怖くてかなわん」

「……強いのに……」

「もう時間だ、帰還する」

「本日も討伐をありがとう」

「仕事に過ぎん」

 

 荷車を引きに向かいトマは都市ムフローネスに向かった。


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