黄昏の語り、十七話
「17」
朝である。
もう、眠れない。
つまりあの怖い人と話さねばいけない。
僕はあの人に迷惑をかけっぱなしだ……どうしよう?
そんな時間が来ていた。
トマは牛肉と残りの野菜を盛大に消費して野菜炒めを大量に作りスリ餓鬼の前において後片付けすると黙々と食べ始めた。それを見てスリ餓鬼は慌てていただきますと言い、案外上品にしかし素早く食べていく。喰い終わるとトマから話しかけた。
「お前名前は?」
「……ユーリ……」
「山羊獣人の国で男の名前だが、女だろ?」
「……うん、僕、混血で、しかも女の子だと苦労するから……男の子の振りをしなさいって母さんが……」
「無茶だ」
「……結構効果があった。他の子は売られたり、レイプされたけど、私から僕に一人称を変えて髪を短くするだけで逃げられた……」
「体が育てばバレる」
「……うん……お母さんも言っていた。通用する時間は短い、でも……他に方法が思いつかなかったって聞いてる」
「仕事の当てはあるか?」
「……冒険者……」
「技能は?」
「……縫物が少しできる……」
「やりたい事とか?」
「無いよっ!」
「熱くなるな、鬱陶しい」
「……」
「泣くな面倒臭い、いや、俺が悪かったよ……好きにしろよ」
五分後泣き止んだユーリはトマに話しかけた。
「ねえ、君の名前を教えて?」
「トマ」
「トマは……本当に僕を助けてくれるの?」
「盗賊上がりで、賞金首だ。当てにすんな、信用できなきゃ金やるから衛兵隊に通報しろ」
言い終わりに財布を漁り全額をユーリに押し付けた。
ユーリは押し返して返却。
「……要らないよ。そんな大金を弱い僕が持っていても、カツアゲでなくなる……」
「話にならねえな……俺が出来る事は、戦闘訓練と飯と寝床と金だ。後は、冒険者組合に掛け合って冒険者訓練を受けさせてもらうように頼む、同じ冒険者としてパーティーを組みお前を守る……これ以上、飴玉はねえぞ?」
「……僕を、守る?」
「期待すんな、お前が日陰者ならこっちは犯罪者だ。何時縛り首になってもおかしくねえ。だが、生きている間は、面倒を見る」
「……うん……」
ユーリは冬の樹に纏いつく雪化粧花のような笑みを浮かべる。
暖かく優しい場所では美しさを維持できない様な、冷たい野の微笑。
期待したいけど、諦めと疲労が先に来る儚い笑み。
トマが冷たいながら、嬉しそうだ。
孤独に怯えた子供が縋れるものを見つけ安堵した表情にも似てている。ガリガリに痩せ、酷いブスのハズが、健康になった途端美少女にでも変身できそうな心と体、そう言う美しさの欠片がそこにある。イヤな予感が走りトマはヘルムのバイザーを降ろし見なかった事にする。盗賊時代、襲撃後の人身売買、少し太れば美人になりそうな痩せ餓鬼の鑑定と選別仕事をした事がある。その時の経験から言うと、ユーリは、美少女に成るかも知れない。日常が既に不幸を拗らせすぎて、盗賊の襲撃で運命が変わる心の歪んだ少女のように、盗賊にすら懐き、ちょろく執念深く襲撃者に惚れて悪に染まる大頓珍漢美少女の片鱗が感じられたのだ。
トマはそんな碌でもない直観に促されユーリをヘルム越しにじろじろ観察、ユーリさんは痩せ過ぎのブスである。
盗賊を魅了するカリスマも感じない、故に安心した。
しかしながら、未だ去らない嫌な予感を気のせいと言う事にして、気分を変え、トマは言った。
「完璧に当てがない以上は、冒険者として育成する。俺のノウハウだって戦闘しかない以上諦めてもらう。さしあたりお前は太れ」
「太るの?」
「体を治すには栄養、筋肉をつける前にも栄養、仕事をする体力つけるにも栄養、ガリガリに痩せて大怪我してたら何にもならねえ、かといって動けない百貫デブもいらん。俺が働く間、傷治しがてらダガー鍛錬でもして暇をつぶしてもらう。付いて来い」
借家の居間に、ユーリを連れていく、家具すら無くて十歳のちび助ユーリには十分広い空間である。柔軟の姿勢を八種ほど見せユーリに真似させる。
「運動前に必ずする事。運動後も必ずする事」
「傷が痛いです……」
「ダガーで刺したばっかだからな」
柔軟後にトマはダガーの素振り動作を見せた。
縦切り、横切り、斜め切り、回避斬り、突き技、
両手縦切り、両手横切り、両手斜め切り、回避両手斬り、両手突き、
その次は逆手ダガー持ちと、そこからの斬撃を示し、回避動作を見せてユーリに真似させた。
一つの動作を十回ほどやるように言いつけたが、病み上がりのユーリはへっぴり腰で半分もこなせなかった。動作を辞めさせ呼吸を調えさせると、柔軟姿勢だけは完璧にさせた。お次はロープと筆記用具、ユーリの腕足、胴体のサイズを量りロープに印をつけていく。お針子修行をしていたユーリは自分の体に合った装備を買う準備と気付いてドキドキした。
「オンボロ服一枚じゃ話にならん、それといい加減マント返せ」
「……マント脱いだら、僕は下着の変態さんです……トマが僕の服を切ったから着る物が……」
「…冒険装備買って来る。服も針と糸も買う。着替えたらマント返せ……」
「……それまで、トマの匂い嗅いでてても良い?」
背筋がぞわっと来たトマは無視して財布片手に買い出しに向かった。ユーリは一人の路上生活を拗らせ精神が歪んでいる。そのせいで簡単にトマへ依存していく姿が想像できて舌打ちした。商店街へ向かい、冒険者提携店マークの店を回りドンドンお買い物、鋼のダガー、鋼のナイフ、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーメイル、鋼の額当て、鎖を編み込んだ防刃上下インナー、山羊獣人の角に対応した防水ローブ、ユーリの体は手足末端が獣人族らしく大きく山羊獣人専用を買わないと手足が入らない。頭にも二本、捻じれ角があるのでヘルムを被れない、鋼の金属板を填め込んだ額当てで頭部に足りない防御力の補填を狙う。体の特性が人族と少し違うので専用装備に金が抜けていく。
だが、山羊獣人は悪い事ではない、まず毛皮があるので冬に凄く強い、そして粗食に強く頑健。
長旅にも冬にも負けないのだ。性質は勤勉で平和を好む
つまりほっといてもなかなか死なず勝手に育つ。
その上、自分から争いは起こさない、子分に一人いると便利な奴である。
失礼な感想を胸に仕舞う。トマは錬金術のお店に向かい買ったばかりのダガーとナイフそれから赤色魔法鉱石の大剣を預けた。鋼には二つの魔法が込められ赤色魔法鉱石には四つの魔法が込められる。ユーリ用に買った武装のナイフとダガーには切れ味強化と頑丈強化を込めてもらい自分の大剣には、氷属性付与、切れ味強化、頑丈強化、魔法耐性強化を込めてもらう。氷属性付与は自分を鑑定魔法で調べた結果得意属性がこれと確定したので試みに選んだ。
魔法の得意属性は、在れば、魔法発動が速く成ったり修行での威力向上が望みやすいそうだ。
鑑定魔法の情報を実感できるほど修行・鍛錬できるかは不明だがトマは四日後の受け取りチケットを財布に仕舞うと金を払い錬金術のお店を出る。次はユーリ用のリュックサックと旅雑貨を買って行く。カンテラ、カンテラ油、水筒、着火器具、耐水性の白紙本、筆記用具、財布、ハンカチ、包帯と包帯入れ、回復薬に解毒薬、照明弾は辞めたがその他多数である。
ユーリの普段着をセンスゼロに買おうとして小母さん店主に咎められ子供に相応しい冬物お洒落服を押し付けられる。お値段同じで渋々買って行く、そしたら女の子用下着まで複数押し付けられた。男はパンイチでも通用する場合があるが女の子はそうもいかないらしく少しカルチャーショックを受け、下着類を買い次から本人に買わせると固く誓い店を出て行く。雑貨屋にて、買った針と糸と収めるポーチを確認、それから本屋で料理本を一冊と食料品店に向かい買い溜め。
荷物が溢れる中帰宅、これで借家からユーリが逃げ出していれば酷い笑い話だがトマはそれを内心期待して扉を開けていく……ユーリは居た……少し落胆しつつ荷物を食堂に降していく。ユーリは危なっかしくトマの預けたダガーで下手糞ダガー踊りをしていたがトマを見つけ走り寄って来る。
「お帰りっ!」
「はしゃぐな、反動で倒れても知らんぞ、ダガー寄越せ」
「は~い」
トマは革ひもで鞘とダガー柄を巻き封印。ユーリに返却した。
「これじゃ、何も切れないよ」
「フラフラの怪我人が刃物を持っても碌な事ねえだろうが、調理の時だけ刃を使え」
「は~い」
ユーリは汗の搔いた体で抱き付こうとする。運動できて暖かな家に入れてお腹いっぱいで興奮しすぎている。トマは相手にしない、右手でユーリの頭を掴み近づけず浄化魔法で汗をやっつける。
「わわっ!魔法だっ!」
「今は柔軟が先、終わったら食堂に来い」
「は~い」
食堂へ先に向かったトマは購入物を広げていく。
そこに途中からユーリが合流。
先ほどまでのテンションの高さはどこへやら、深刻そうにトマを見つめる。トマは無視して語るが割り込まれた。
「これがお前の装備、武装も買ったが四日後までお預け、魔法を込めてもらっている、――――」
「……ねえ、お金大丈夫?」
「当面一人旅の予定がパー、しかもユーリさんと言うコブ付きだな、所持金は旅前と比べ半額にまで減った。残金80万タット丁度」
諸侯領に多い関所の通行金。
仕事の無い冬旅、都市に着いてからのユーリ装備購入。
錬金術で魔法付与、
そう言った物が重なり、そろそろ働かないと危険である。
トマだけならやりくりも効くが、ユーリと言う怪我させて虚弱児を抱え込んだのだ。出費は増えても減らないであろう。俯くユーリの額をガントレットの重い指でデコピン、弾かれる。
「稼げばいいんだ。稼げば、二人って事は労働力は二倍だっ喜べっ!」
「うん……僕頑張るよっ!」
「さしあたって今は装備の着方だな、お前文字書けるか?」
「任せて、家があった時に勉強したんだ」
「じゃあ、メモ取れ、まずは防具を着込む」
「ハイっ!師匠っ!どれを着ればいいですか?」
「師匠は辞めろ……防刃の上下インナー、その次はレザーブーツ、山羊獣人は手足末端が人よりずっと大きいから必ず専用装備を購入する事、じゃないと体壊す」
「ハイっ!ますたーッ!着込んでメモしましたっ!」
「マスター呼びも止めろ……次はレザーメイル、その次は額当て……」
「ハイっ装備しました!ねえねえ、だったらトマの事なんて呼べばいいの?先生?」
「……トマで良いだろ……」
「もうっ!スケベっ!」
「スケベで良いから続きだ。手指は操作性に直結するのでガントレット・グローブ等はなるべく最後に装備すると防具の着込みが早く終わる。次は防水ローブを着込み、フードに山羊角が収まるか確認」
「出来ましたっ!」
「リュックサックの装備」
「出来ましたっ!ねえねえ凄い動き辛いんですけど?」
「新品防具は固い、それにお前は筋力の無い怪我人……そんなもんだ。関節は曲がるな?」
「……うん、でも傷に響く……」
「毎日回復魔法をかける」
「ねえ、トマは魔法使い様なの?」
「元、ワルツ盗賊団所属魔法兵、つまり魔法を使う戦闘員であってインテリではない」
「ワルツ盗賊団……ご飯の美味しいファム国の盗賊で襲った村の住人をみんな食べちゃうんだ」
「食べやしねえ、異国の奴隷に売り払い、売り物に成らん赤子と障碍者と老人は殺すだけだ」
「……もっと怖いよ……今も犯罪者?」
「懸賞金は生きているが、もう嫌だ。犯罪は御免だ。殺されていいから、冒険者で居たい」
「……」
「飯にしよう。キャベツと豚肉を、刻み大蒜で炒めるぜ」
トマは去って行く。ユーリはトマの言葉、殺されて良いから冒険者で居たい。そのセリフが真剣過ぎて何も言えない。ユーリにとって冒険者は其処までよい仕事じゃなかったからだ。室内で静かに縫物訓練してきたユーリには、激しく体を動かす冒険者仕事について行くのが大変でお仕事の御金すらカツアゲでとられていく。そんな仕事がユーリは今も好きになれない、だが、後ろ盾に立ってくれたトマが其処まで言うのならば、あるいは別の景色が見えるのかもしれない。
ユーリはトマを追いかけていく。
日常が回り出していた。
食事を終えユーリの体調を見終えたトマは眠りにつく。
トマは、次の日より、冒険者組合で都市部のお使いクエストを攻略していく。
冒険者組合に向かう為に借家を出る。
空を見れば朝の中、飛行機械が貨物を降ろし終え、都市ムフローネスの特産品を積み込み出発していく、飛行機械の大きな影が都市を走りトマを襲い去って行く、低空で飛び上がりゆっくりと進路を変え消えて行く、トマも仕事の時間だった。
一週間かけてユーリは養療、毎日お腹いっぱい食べて朝晩回復魔法をかけてもらえて、家は毎日暖かく魔法で清潔にしてもらえて、暇ならお料理とお片付け、ダガー訓練がある。お小遣いも貰った。金貨二枚二十万タットの大金。これで自分の物を買えと言われた。女物下着とか小物も買ってよいらしい。路上生活が途切れ夢の中の様で少し心配だが、仕事に向かうトマは朝に出かけ夕暮れには必ず帰って来る。それを見てユーリは深く安堵する。
そんなユーリを置き去りにトマは冒険に励む。
一日目は下水道清掃の冒険、メタンのガス溜まりに火のついた棒を伸ばし進みガスを吸わずに焼き払うのだそうだ。そしてどこにガス溜まりがあるか判らないのだそうだ。傾斜がヒントとの事だが難しい、視界の利かない薄暗さに悩むのだ。清掃作業の合間、雨水排出口から入り込んだ落とし物に金貨や銀貨、あるいはもっと高価な指輪が落ちて居たそうで、見つけた者の所持品にして良く、先輩の、12歳冒険者獣人は十万タット儲け自分は基本報酬4000でしかなかったと受付にぼやいた。依頼は達成。
二日目の冒険仕事は、屋根修理の雑工仕事。
四階建てアパートの雨漏りで腐った屋根を修理する手伝い、大工さんの仕事道具と修理資材を屋根上まで延々と運び、その前に規制線を敷きゴミ箱を用意。作業が始まれば腐った屋根が切り取られどんどん街路に投げ捨てられるので怪我人が出ないように監視。作業で出たごみを集め燃やせば依頼達成。
三日目の冒険仕事は雪掻き。
冒険者組合側が下級冒険者の協調と協力連携を覚えてもらうためのボーナス依頼で、仕事始めの話し合いとリーダー決めが何よりも大切、そこをサボったトマは怒られたが真面目に働き一応、依頼達成。
四日目の冒険仕事は都市を貫流する河から大きな木材の引き上げ。
山と森から切り倒して枝を落とし皮を剝いだ木材を川に流し都市で回収。倉庫に預け乾燥させ木工所に売る。その前の回収作業である。強化魔法と言う物で力を増しガンガン働いて来たらしく珍しくトマは疲れ果てていた。冬の寒さと水濡れが耐水性の獣人毛皮の無い人には沁み込むように冷え、辛い様だった。依頼は大成功で十万タットが入って夕飯が豪勢にできた。
五日目は運命の日、この日依頼が上手くいけばトマは冒険者ランクを上げられる。
そうなれば稼ぎのずっと良い探索に出られる。冒険者らしい仕事も出来る。
張り切ってトマは出かけ、飛行機械に壊された風車塔修理手伝いに向かった。
夕方に返ってきたトマはユーリに語る。出稼ぎ職人共の腕が良く、修理資材の消費が速いのなんの、修理工具の入れ替えも早いのなんの、手伝いで少ししくじった時は依頼失敗を想像し目の前が暗くなった。トマの珍しい本気愚痴を聞きながらユーリは料理本を開いてシチューなんぞを作る。切った食材を鍋で炒め、水で煮込み固形調味料を溶かしただけの牛乳を使わない手抜きシチューだが固形調味料が頑張ってくれて食べられる味に仕上がってくれた。依頼は達成であり、明日からトマはFランク冒険者、ユーリの傷もだいぶ良くなってきた。そろそろ次の段階へ進んでも良いころ合いである。
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