黄昏の語り、十五話
「15」
呼吸を忘れ怯える。
目が離せなくり、トマは獣人たちの都市へ平和裏に着陸していく空中キャラバン隊を見つめる。
戦闘ではない、定期便に過ぎない。
だが、怯え震える。この世界は盗賊が蛇蝎の如く嫌われている。
盗賊の里に生まれ、否応なく盗賊に育ったトマにはその自覚がある。
魔物が居て、人は常に脅かされ発展が上手く行かない。
そんな中、人のくせに盗賊に成ってまっとうに働かず略奪で生計を得る。
農村を焼き食料強奪、都市を襲い財貨を奪い経済停滞、国軍を打ち負かし魔物対策を不可能にする。これをされて盗賊が好きな奴は盗賊の首領くらいな物だった。
故に盗賊討伐は苛烈であり、トマもまた所属盗賊団を殲滅されている。盗賊団討伐に活躍する国の空軍を見てしまいトマは少し躊躇したが観察を続ける。都市ムフローネスの西側平面に飛行機械は降り立ち、途中、移動の下手な飛行機械が貨物艇で出た。降下の最、都市山側の風車を腹の装甲で壊す景色が見て取れる。それから鋭くトマは大剣を抜いて背後に突きを入れた。
背後では昼日中、トマを奇襲しようとしたアンデットナイトが背骨を貫かれ脱力している。振り向いたトマはアンデットナイトから魔石を抜くと呟く。
「そうか、ここら辺はアンデットが出るのか、十年前の紛争は思ったより規模がデカかったのか?」
答える者はない、あるいは都市ムフローネスの冒険者組合資料を当れば真実を見れるかもしれない、だが、今は関係ない、夜に成る前に都市へたどり着かないとアンデットが活性化する夕暮れ以降無数の襲撃を受ける事となる。まったくの予想だが十年以内に紛争があった地方で夜のアンデットを警戒しない方がどうかしていた。山の傾斜地を滑るようにトマは駆け下りて都市を目指した。都市ムフローネス、下調べでは、装備が充実し冒険者仕事も多い。それ以上の情報はトマに要らなかった。半年か一年逗留し、己を鍛え直し、装備を充実させ西への旅へ戻る。その寄り道に過ぎないと高をくくり走っていく。肩に担いだ図多袋が景気良く揺れ、腰の財布には金がある。背中の大剣だってほぼ新品。
冬の旅の割には悪く無い状態でトマは、都市へ向かえた。
曲がりくねった道を降りて都市への門前を見つけると門が閉まっていた。
致し方なく一泊、携帯食料が尽きる朝、水筒の水を一口分だけ残し開門時間を待った。流石に都市のすぐ外までは、アンデットはおらずホッとしたが、冬の野宿はそろそろごめんである。
門が開きトマより早く入口へ並んで夜を明かした商人が進んでいき検問を受けて行く。
十分待ちトマの番が来たので所属と名前と目的を検問官へ明かす。
検問官様はネズミ獣人でちびの真っ白毛皮。
手指だけ人っぽく在り他は二足歩行する清潔なネズミといった風情を検問官服で覆っている。
「トマ、冒険者組合所属、冒険者仕事を探しにきた」
「ふうむ、プレートを出せ」トマは冒険者プレートを提出。魔道具な為に情報がぎっしり詰まっているのだ。検問官は情報を見て言った。
「Gランク、犯罪歴無し、矢の場宿場町でひと悶着在りか、だが証拠不十分。宿場町のローカルルールで裁かれ罰金刑に服する……ふむ、お主どうやって冒険者仕事で稼ぐつもりだ?」
トマは親指で背中の大剣を示す。検問官の護衛、小銃を担ぎ後ろ腰にダガーを刺しコートで冬の寒さ対策した衛兵隊の犬獣人がトマのしぐさに複数失笑する。
「今笑ったやつ減俸三日」
検問官は無慈悲に言うと、誠実にトマの返事を待った。
犬獣人の衛兵隊は自分の顔をぴしゃりと叩いて不用意な自分を呪い、トマが応えていく。
「冒険者組合で仕事を探す」
「馬鹿、Gランクじゃ荷運びしかない、お前、弱いだろ。討伐は無理!それとも下水道清掃を11、12歳くらいの子供と一緒にやるつもりか?大剣なんぞ振れない狭い下水路で大ネズミとゴキブリ型魔物相手に御大層な大剣で激闘するのか?狭くて大剣が振れないから鋭い突き技でも繰り出すのか?コンパクトなフォームで正確な連続突き?いい歳こいた達人ごっこと小遣い稼ぎはよそでやれ…通って良し…」
どうやらトマは装備が良いだけのイキリ野郎の実力無しと断定されたようである。トマは気付いて愕然、思わず、別の来訪者に向かう検問官の背中に震える手を伸ばすが犬獣人の衛兵隊に優しく止められた。肩をぺしぺし叩かれ暖かい声で、言われる。
「坊主、強く成れ、せめてEランクにでもならんと背中の大剣が泣くぞ?検問官様は忙しいんだ。冒険者組合は都市の北中央付近、じゃあな」
トマは衛兵隊二名に腕を取られ門の外へ放り出され尻もちをつく。
……せめて実力を見て欲しかった……
そう言いたげな手を伸ばすが、途中でうなだれて、トマは冒険者組合を目指した。なんだかんだで都市に入れた瞬間であるが、トマのプライドが大剣使いとして無駄に傷付いた。
気分を取り直して、近くの公共井戸を発見・水を飲んで水筒に詰め直すと出発。都市は道すがら裕福そうな老人が多く、路上生活者を見かけない、設備は古いが良く清掃され欠けや錆も見かけない。十年前の紛争からは立ち直っているように見えたが西側はぼろかった。北の冒険者組合を目指し案内看板に導かれる一時間後辿り着く、獣人族の都市と言うだけあり人族はほとんど見かけず顔つきも人の顔に耳だけ獣みたいな混血は見かけない。全身動物らしい体躯と毛皮の者が大半である。むしろ生粋の人族であるトマの方が珍しく目立ってしまった。時折近くの集落から来た出稼ぎ組は獣人族ではなく人族だが矢張り数は少ない。
辿り着いた先の冒険者組合は、建物からして大きく無数の冒険者を引き受けている。
中に入っても獣人族でごった返し、造り自体は矢の場宿場町の物を拡大し、受付窓口が一つから七つになった違いがある。受付に向け長い列に並んでいくと物珍しそうな視線がトマに集まるが悪意は無く無視した。子供獣人の冒険者が多く犬獣人、鳥獣人、猫獣人、猪獣人、ネズミ獣人、虎獣人その他種族はいろいろである。見た感じ戦闘能力が高そうでも頭よさそうでもない。突出した連中は見かけず。下位の冒険者か子供冒険者ばかりで、手練れを誰も見かけない、不思議に思っているとトマの番が来た。
「トマ、ランクG、隣り都市から流れて来た。本日から居付く」
「かしこまりました。本日のご用件は?」
「宿と仕事の紹介、依頼は討伐系が良い」
「承れません」
「え?」
「現在都市ムフローネスは人気が出てしまい、どの宿も満室、冒険者様の宿まで二年間予約で埋まりました。お仕事に至っては現在冒険者様には非常事態宣言が出されています」
「どう言うこった?」
「都市ムフローネスから西の平原は十年前の紛争で死んだ兵士のアンデットが無数に彷徨い係争中です。手練れ冒険者たちは年中駆り出され討伐に明け暮れていますが、終わりが見えません。アンデットの封鎖には成功していますが人員が精鋭で拘束され、都市および周辺の冒険者の質が急激に下がり魔物の討伐が追いついておりません。このような状況で最下級冒険者様を自由に活動させていては命が幾つあっても足りません。人員不足の中、成長途中の冒険者様を死なせない為にGランク冒険者様は都市外出禁止。都市内部依頼を消化しF等級もしくはE等級までランクを上げていただきませんと、都市外出、討伐許可を出せません」
「嘘だろ?」
「嘘ではありません。F等級から都市外出及び採集依頼に許可。遭遇戦闘にも許可が出ます。E等級からは討伐依頼に自由許可が出ます」
「どうやったら俺はランクを上げられるんだ?」
「トマさんは複数の通常依頼、一つの強制依頼一つの指名依頼達成が認められており、後五つ通常依頼達成が認められれば、昇格可能でしょう」
トマはほっと溜息を吐いたが、周辺冒険者の子供らにクスクス笑われた。受付の蝙蝠獣人お姉さんは声を普通サイズで話してくれたが人より遥かに身体能力が優れ耳も良い獣人冒険者たちは話し合いの声をちゃんと聞き分け、珍しい人族冒険者が良い年をして最下級冒険者だと判るらしい。都市ムフローネスにあって最下級冒険者で良いのは年齢12~14歳、そ言うローカルルールがるらしかったがそんなの全然知らないトマは不思議そうに首をかしげる。
「……後は宿か……」
「都市西側の廃墟街なら状態の良い家を借家として貸し出せますが?」
「値段を教えてくれ」
「一泊300タットで、一年で……」
「10万9500タットだな、数えてくれ」
「……確かに受け取りました。では借家の地図と鍵をお渡しします。ベッドもあり埃カバーで守っていますが毛布は無く、きっちりとした掃除を心がけてください、何よりも家具が無いのでお買い物を入念に実行してください。薪は前回の利用者様が使い残してありますが数が少ないので補充をお願いします」
トマは少し呆れた。
「……こりゃ、冒険に出られるの先になりそうだ……」受付さんも応じる。
「一か月に一度の飛行機械定期便発生より、都市は発展期に入りました。流入する人が増え色々足りなくなっております。ご不便の程どうかお許しください」
トマは肩を竦め簡易地図と鍵を受け取り冒険者組合を出て西の廃墟街へ向かった。西へ進むほど建造物は少なくみすぼらしくなり、焼け残り煤塗れな住宅街へと入り込んだ。
都市西側は飛行機械発着場として選ばれ、飛行機械の騒音がここまで聞こえ起重機の動く音や貨物を降ろす騒音も響く、あまり良い住環境ではない、住民は山羊獣人が多く、みすぼらしい服装で元気がない、都市支配者層であったのは今や昔と言った風情である。番地を確かめ地図を三度見して家の鍵を開けると中に入れた。内部はがらんとしていてテーブルと椅子があるだけでそれも食堂だけの話、残りは尻ふき紙すらない有様。買い物メモを書き上げてトマは都市に繰り出した。
都市南に商店街があり入り込む。飛行機械が無数の交易品を降ろし商店に並びそれ目当ての地方客が大量に都市へ来た時間帯とバッティング、トマは人ごみに悩まされ買い物していく。
尻ふき紙だけは最初に買う。お次が、毛布、それから鍋、まな板、お玉等の調理器具。食料品に冒険用の魔物除け魔道具の小さい置物、燃料の薪類、生活雑貨も買いたいが嵩張る物が多すぎていったん止め、宅配便でも頼みたいが手続きが判らず帰路に就く、道の途中夕暮れとあって帰路を急ぐ人が多くその流れに逆らう内に路地裏に出た。道を間違えたのだ。誰もいない路地裏で安売りチラシが風に乗り四枚舞っている。踵を返した所でドンと来た。
トマの財布に繋いだ紐を切り早業でポーチから財布を奪った小男がトマから逃げようとした。
反射で右手の荷物を捨て右手を一閃腰のダガーを抜いて相手の腹を刺した。
トマの早業に捨てた荷物が追いつけず今更路地に着地、路地裏に商品が転がっていく。あまりにも粗暴な対応だがスリを殺しても気にしないトマは、そいつにダガーを刺したまま手を放し倒れるに任せる。懸諸金首なら小銭が入るやもと頭を蹴ってフードを引っぺがす。出てきた顔は冒険者組合のビンゴブックでは見ない顔、年齢十歳くらい。人族と山羊獣人の混血餓鬼だった。顔が痩せこけ醜いが山羊獣人と言うより、人らしい顔である。おまけに首からは小さな金属プレートが下がり、能力評価カテゴリGランクの文字。つまり冒険者であって犯罪者ではない、まっとうな都市住民だった。
トマはぞの事実に糞デカため息を吐く。
都市に流れ着いた後ろ暗い賞金首トマより、殺される冒険者の餓鬼に肩入れしたいのが地元民の心情だろう。矢の場宿場町で人気者スザンナを死なせたトマが苛め抜かれたように、此処でこのスリを殺せば、宿場町よりデカい都市が敵に成る。今度は盗賊確認まで行き、拷問じゃなくて縛り首やもしれぬ。まったくの利己的打算からトマがダガーで刺したスリ餓鬼を救命せねばいけないようである。その事実に苛立ちつつトマは転がした買い物を集めると回復魔法を過剰充填、次に左腕を餓鬼の腹に充て右手でダガーを一気に抜く、苦悶の表情で痛みに耐えていた餓鬼は「ぐえっ!」と叫び衝撃で気絶、回復魔法をぶち込み救命する。だが、容体が良くない、鑑定魔法で調べると栄養・体力ともに欠乏、精神不安定と出た。しかも冬の夕暮れ、これでは、回復魔法だけで放置しても死ぬ時間が伸びるだけ、スリ餓鬼がどうなろうと知った事ではないが、放置して傷が元に死なれ、犯人がトマとバレ、忘れた頃に衛兵隊から殺人罪で捕まるのは嫌である。兜を脱ぎ頭をバリバリ掻きむしってから、トマは、山羊の捻じれ角を二本生やしたスリ餓鬼を肩に担いで買い物袋を持ち直す。
餓鬼の腹から零れた血がトマの肩を濡らしていく。
おまけに臭い上に、虱やら蚤やらダニがうじゃうじゃしてトマを襲った。
困窮した餓鬼はこれだから嫌いである。
自分がそうであったようにひたすら手間がかかる。
舌打ちと共に浄化魔法を一発、虫も追い払えるが、餓鬼の腹から零れていく血までは止まらず、トマの帰り道に点々と紅いシミが出来ていく、夜を迎え、都市ムフローネスの住民は不吉な人さらいトマを避けていく、御蔭で帰り路は歩みやすかった。住民たちは裕福そうで、都市階級底辺の山羊獣人混血児など知った事ではないと言いたげで、それがなんだかトマには不満であった。
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