黄昏の語り、十四話
「14」
夜は定刻通りに去り、次の日が来ていた。
宿屋亭主の強い誘いでトマは仕方がなく食堂に向かった。回復魔法の使い過ぎで大食いせねばいけないのだから仕方がない。飯を大量に頼みがっついていると多くの無駄話が聞こえる。冒険者ルーキーを多く宿に泊める跳ね鳥亭は、仲間集めの場に食堂を解放していて、何時も騒々しい朝食と成るのだった。そんな事も知らず仲間集めにすら参加してこなかったトマは騒音に目を白黒させつつ食事を急いだ。
「冬だっ!スノーウルフ狙おうっ!」
「良いねえ、私の槍にかかれば一ころだねえ」
「この間、槍を樹に刺して抜けなくなってたじゃん」
「言わないで、欲しいんですがねえっ!」
「下水道清掃いかない?」
「下水には大ネズミのアンデットが出るんだよなあ」
「匂いきついけどお金は良いし、町の人から感謝されるよ?」
「誰か~次の宿場町行きたい奴~」
「冬だからパース」
「私も嫌かなあ、国跨ぐ実力も無いし、跨がなかったら岩倉宿場町でしょ?」
「売っている装備が充実して居ないんだよなあ、あそこ」
「お買い物は、矢の場が一番!」
「でも、護衛依頼受けて行かないと、よその土地に向かう経験積めないよ?」
「冬にやりたくないです」
「冬に動けると稼ぎが違うから覚えたいんだけどなあ」
「無理無理死んじゃう」
「あ~!俺のクッキー盗るなっ!」
「蜂蜜ナッツ入り御馳走様~♪」
「この間、魔法を覚えたけどあの店妖しいよね」
「それよりお前は、貯金しろ……魔法増幅発動体をだな、買え……」
雑談は途切れず空気が酷く明るかった。
あるいはもしかしたらここならば、此処に早く顔を出していれば、トマも仲間を見つけ集団で冒険し、スザンナを死なせなかったかもしれない、ロックのちんけな陰謀を笑い飛ばすような大冒険だったかもしれない、だがそれは、たられば。後の祭り。トマは一人で食堂を出て行く、愚かな愚かな一匹狼は、戦闘能力はいまいちでも気の良い暖かな集団に背を向け一晩の宿賃を気優しいオジサン亭主に勝手に押し付けて宿屋跳ね鳥亭を辞した。
拷問傷が疼く朝、街路は薄い雪で真っ白。
一人旅の前に適温魔法が籠ったサーコートと鋼のヘルム、鋼の鎧を一つ買い装備していく、その間に、ひそひそ噂話がトマを襲い続けた。犯罪者、盗賊崩れ、冒険者殺し、娼婦殺し、金で犯罪を無かったことにする嫌な奴、大鬼を殺せるほど強いのに女ひとり守れない腰抜け、顔ばかりいかめしい間抜け野郎、見ろよ錬金術のお店に入るぞ?きっと解毒薬を買うんだ。女死なせて急に毒が怖くなったのさ……あたりだった。実際にトマは解毒薬を買ってい行く。対策装備が無いのは確かに恐るべき事だから気にした風も無い。だが、いつもと違い歯を食いしばっていた。影口も罵倒も初めてでも無いはずだが、スザンナの死と、まともな仕事をした自負がトマにプライドを呼び覚ましていた。そんな物、現実の役に立つのか判らないが、胸のペンダントに刻印された狼のように怖い顔をヘルムに隠しトマは消耗品含め、買い物を終えていく。
闘えば勝つ、そして命を繋ぎ今日と成るのだが、戦闘能力では片付かない物が多すぎる。西の門を目指しトマは進む、拷問傷は未だ癒えず旅立ちのコンディションは最悪。だが、これ以上矢の場宿場町に居たくない、例え旅に倒れるとも此処よりはマシな予感に押され門へ近づいて行く、門の回りは冬と朝が重なり、往来の人はおらず、門前で一人女が佇み周囲から浮いていた。トマを見つけ近付く胸の大きな女。女は娼館飾り猫に勤める娼婦で名を咲夜と言い、死んだスザンナの友達である。
咲夜は黒で着こなす弔問服から静かに話しかける。
「貴方がトマ?最下級冒険者?大剣使い?大鬼殺し?」
「ああ、アンタは?」
「スザンナの友達、スザンナは死んじゃって……お葬式したんだけど、これ形見分け」
受け取る紙包みからムサンナブ娼婦の刻印がなされた小さくも高価な女物の櫛がのぞく。甘い柑橘系の香りはスザンナの好み。娼婦化粧の香りが冬朝に少し立ち上る。
「……スザンナは感謝してたよ?大鬼はお父さんの仇だから御礼がしたいって、アンタ探して行って、それで死んじゃった。客に刺されて死ぬよりはマシなのかな?」
咲夜は、さばさば言うと懐からキセルを取り出し一服着けた。
高価な煙草の良い香りが立ち込める
「…」
「バイバイ、冒険者さん。死なない程度に魔物退治よろしくうっ!」
明るく宣言すると咲夜は颯爽と去っていく。
まるで、後ろめたい事などこの世にある物かと宣言するような力強い足取りだった。残されたトマはスザンナの櫛を見つめ動けなくなる。
痛かった。
傷ではない、盗賊時代に痛覚対策訓練を積みトマの神経系は馬鹿に成っている。だから体の痛みを無視できる。スザンナの形見の櫛がトマの心に攻め入り蹂躙していくのだ。太刀打ちできず、トマは逃げるように門をくぐり冒険者プレートを差し出し目的を告げる。
「トマ、Gランク冒険者行動計画書提出、目的地岩倉宿場町通行許可を願う」
櫓上の門衛がいつも通り叫ぶ。
「通行許可!通って良し!」
冬の旅が始まり、まずは門をくぐり地形を見る為に辺りを見回す。南には平穏な農村と物見塔、北には森と鉱山街と湿地帯、東は国境線まで交易路が伸び旅人は見かけない、西はトマの目的地があり岩倉宿場町まで徒歩二週間、装備は充実、体はぼろくそ、栄養充填率百パーセント越え、地上には雪、空には雲、雲の間に晴れがあり太陽が光りを巨大な柱で降ろし、其処に人ではたどり着けない素晴らしい世界があると言いたげに絶景を作っている。知った事ではない。地上を歩むトマは睨みつけて大地を進む。だが、一人と成り、宿場町に背を向けた途端、教会の鐘が鳴る。午前十時の時報だった。
―――、弱り切ったトマへあまりにも美しく力強く音が苛んだ、―――
もう、我慢が効かない、強くなっても強くなっても大鬼を討ち果たし自分の親父を殺せるほど冷酷になったはずが、教会の鐘に負け、トマは、只の16歳に戻りボロボロと泣き暮れてスザンナの櫛を見つめる事しかできなくなっていた。櫛にこもる娼婦が好む甘やかで爽やかな香りが少年の涙の匂いに上書きされて行く。旅が始まったのに動けないまま、教会の鐘が鳴り止むまでトマは歩めなかった。
秋の旅が終わり、冬の旅が始まり、トマは時間をかけて進んでいく。
魔法のペンダントが囁くように励ます様に、狼の魔物に成れと言いたげにトマを戦闘に誘い下位の魔物を討ち果たす二週間の旅の後、岩倉宿場町に入り込む。情報を集めつつ自分の正体が賞金の生きた犯罪者とはバレずに済み安堵した。所持金を数えれば百七十万タット以上あった。一冬はこせるかもしれない、そんな思いと共に旅の情報を集めていく。
拷問傷を癒すと、角山宿場町へ向かい、そこからさらにに西へ毛穴宿場町へ進む。
合計六週間の徒歩旅の後気付く。魔物が居ない、仕事も無い、貿易用の交易路はムサンナブ軍隊が出張り魔物と盗賊を徹底駆除、友邦の交易国ララ迄僅かな下位の魔物しか出現しない。
経済の大動脈を守る当然の仕事ぶりだが冒険者であるトマには死活問題、今は金があるからまだマシだが、このままじゃ装備更新できずその日暮らししか出来ない。貯金しようにも討伐報酬も素材納品報酬も雀の涙な雑魚中の雑魚しか魔物がいない、冒険仕事は一応見かけるが荷運びとか荷運びとかで、時折、違う物を見つけてもキャラバン護衛人員募集しかない。おまけに報酬が安い、危機感を持ったトマは急いで方針変更、交易路沿いに進むことを辞め、諸侯領を横断する事にした。
ムサンナブ国の国情を説明すると、絶対王政に近い。
王様が強権を持ち、王様が権限を付与した土地なしの法衣貴族たちが強大な官僚団・家臣団を形成して王様を支え、国の約四割の土地を支配する諸侯たちが有事に経済力と軍事力を求められ、その代わり平時には大幅な自治を認められている。そんなムサンナブ国の諸侯領は広さもあるが国の管理地区と違い統治が緩く、その分だけ魔物の討伐が滞り盗賊は蠢き、冒険者仕事は多く、冒険者への金払いも良く成る特徴があった。冒険者組合資料で知った事実を利用するべく進路変更、いくつかの関所に金を支払いわざわざ諸侯領を横断する旅を一か月続けた。
複数の集落、一つの都市を歩み去るが、トマは居付けないでいた。
集落には集落の、都市には都市の冒険者が既にいて仕事を回し、よそ者の入り込む隙間は無かった。仕事を選ばなければ喰い込めそうだが、今度は品ぞろえが不満。冒険者も客扱いしてくれる組合提携店の商品棚、その品が貧弱で装備更新は無理な集落ばかり、都市には装備も充実していたが、今度は客を選び、冒険者には武装を強い物で売ってくれなかった。矢の場宿場町は国境線沿いの辺境にあり軍隊もなかなか助けに行けない、オマケに仲の良い隣国へキャラバン隊は頻繁に向かう。故に販売武装も充実し、冒険者にも売ってくれたが、それは、ムサンナブ国の標準ではなかったようである。
溜息を吐き旅の方針を更に変えていく。
装備更新が可能な程品ぞろえが良く、金を稼げるほど冒険者仕事に溢れた都市か集落を目指す。旅の目的は西の開拓地へ向かう事だが、当面は寄り道が増えそうである。たまたま寄った都市クイッドガで情報収集すると近くに便利そうな都市があった、西へ徒歩旅二週間、そこには冒険者装備が充実し冒険者が多く居付けるほど仕事がある都市を見れるとの事、ある程度情報を集め白紙の本へメモするとトマは旅立った。
冬の旅は諸侯領に入ってから魔物が多く見かけ襲われる頻度も増えた。
スノーアイが多かった。目玉の化け物で雪に紛れて接近、麻痺毒の吐息をまき散らし標的が動けなくなったところを襲い触手の吸血針で死ぬまで体液を啜る下位の魔物だった。大きさは一メール程で数は二、三匹で襲ってくる。音を小さく立てるので集団より個人で探索する方が発見率は良い、だが対応を一度間違えれば個人冒険者は麻痺毒で動けなくなり殺されるという。一人で歩む冒険者は対応の間違えられない魔物だった。搦手ばかり使い直接の戦闘能力は貧弱の限り、トマはちょくちょく見つけて倒し小銭稼ぎした。雪も夜も鑑定魔法の索敵である程度無効化できてしまい標的の発見率が良かったのだ。
移動途中、曲がりくねって死角の多い道に入った。
競り立った丘と森が道隣りまで来ていて襲撃部隊や観測班が隠れやすい。
こう言った地形に実際に隠れ襲撃を繰り返したトマは嫌な顔をする。
盗賊が潜んでいる気がしたのだ。―――、実際に居た。
「アイツの背中見ろ」
「赤色魔法鉱石の大剣か」
「売値幾らだっけ?」
「大剣応分の手練れならこっちが死ぬぞ?」
「よく見ろ、使用痕無し、新品大剣だ。装備だけ良い個人冒険者なんぞ狙い目だろうがっ」
「…お頭に報告してこい…」
「寒いからヤダ」
「お前行け」
「糞がっ!俺は見張り、お前ッが報告係だろうがっ!」
「声デカいよ、バレちゃう」
「距離とってんだバレるかっ!」
……実際に盗賊は居て自分より杜撰な奴らにトマはげんなりしつつ鑑定魔法を切る。左腕をやる気なく左側に伸ばし砲撃、榴弾型魔法弾で六名ほどの盗賊を爆殺した。鑑定魔法ではっきり盗賊と表示された以上トマは手加減なしだった。砲撃の衝撃波が回り大樹から雪がドサドサと落ちていく。音で強い魔物が寄っても面倒で、その場から速足でトマは去っていく。交易路から外れ諸侯領を渡るが魔物も盗賊も雑魚かった。仕事の望みをまだ見ぬ都市へ託し先へ進んでいく。
朝に天測、現在位置確認。朝から夕方にかけて移動夕日が落ちる前に天測で現在位置を算出。
野営に入り、可食部位の多い下位の魔物を探し仕留め肉にする。
携帯食料は保存がきくので虎の子に残し、大抵が、角有大兎を仕留め焼いて食べる。冬とあり氷ばかりだが、適温魔法が込められた水筒へ無理矢理氷を詰めていくと溶けて飲み水に成ってくれる。それで足りなければ深底フライパンで大きな氷を溶かしお湯を水筒に詰めた。問題は冬のせいで雪に薪が隠れ大抵湿気る。こいつのせいで充分な炎が手に入り難く、作業全般が半端になり易かった。魔物襲撃を警戒し深く眠れないのもまた疲労を深めトマは進んだ。
携帯食料が残り一日分に成るほど追い詰められたお昼、山を下っていると景色が急に晴れた。
雲と冬霧が晴れ眼下に都市が見えた。
都市ムフローネス、獣人達の都市である。
山羊獣人ムフロン種の者どもが山での暮らしを辞め都市を作り開拓に従事して発展させた都市。
120年から歴史あるが、十年前諸侯同士の連合軍相手に紛争を仕掛けられ山羊獣人たちは慌てて無数の傭兵を雇う。だが山羊獣人は一般的に戦争も戦闘も下手糞。紛争指導は混乱を極め敗北を重ねついに都市への軍隊侵入、都市西側に放火略奪を許し紛争敗北、賠償金を多くとられ都市の指導者層である山羊獣人たちは多くが没落、紛争負けで多くの難民を出し、敵兵士の嫌がらせによる強姦により人族と山羊獣人の混血児が無数発生、紛争を仕掛けた人族の血を引く事から子供らは差別され憎まれる。
紛争は終わり、都市の支配者層も変わるが獣人族の都市であることに変化はなかった。
紛争後は経済復興に一応成功。
そ言う話を、トマは前の都市クイッドガで聞いて居たトマは山から見る。
都市ムフローネスは南に山があり都市の標高が南に高く河が流れ込み都市を貫流。
都市を抜けた河は北側の農村地帯へ続き水源となり畑を潤している。
東へは街道が続きどこへ続くかいまいち判らず森が多い。
西は平原で途中砦と壁が続き物々しい。
都市の姿は標高のある山側にいくつもの風車塔が高く大きく立ち工作動力として利用され、河の水利を使い多くの物が流れ込み回収されている。都市のお店は多く建造物も大きい。繁栄が遠くか見て取れた。だが都市の西側は平坦で焼き払われた跡が多く、都市防壁ばかり頑丈そうだった。其処まで観察すると異音が轟いた。
プロペラ音と機械の連続駆動音である。
ヒュンヒュンヒュンとプロペラが無数に高速回転され飛行絡繰りが稼働するシュカシュカシュカ、ゴウンゴウンゴウン、カッシュカッシュカッシュと言う三種の機械音が大きく混ざり合い空を進む飛行機械をトマは見上げた。
先頭を進むのは重巡洋型飛行機械グイブネッツで、無数の連装砲が旋回式砲座に装甲付きで蠢き空中警戒、装甲と砲座で持って背後の飛行機械を守っている。守られているのは大型貨物艇で、武装薄く何よりも巨体、見事な曲線だが客船型でない武骨なシルエットが蒸気を噴き上げて四隻、空中を進む。後方にも艦影有り。旧型防空戦列艦のドンバットル型小型飛行機械が無数の対空砲を纏い機敏に二隻、後方護衛を熟す。
空中キャラバン隊だ。
交易を空で実行し、魔物を武装で排除して国と国、あるいは都市と都市の物流を維持する。貨物艇団護衛には国の空軍が必ず付き、時に最新鋭の飛行戦艦がドラゴンを撃退するという国威の象徴。トマは怯え切った。盗賊時代、空中砲撃でトマは吹き飛び半死半生となり仲間に回収され命を拾った。剣技と砲撃能力を誇ろうとも所詮人のそれ、巨体で強大な戦闘系飛行機械にかかれば地上を這いずる盗賊など、単に駆逐する標的に過ぎない、盗賊は数が多いために飛行機械の限定的なペイロードでは弾薬が足りず見逃すだけで闘えば必ず盗賊が負ける恐怖の象徴、それが盗賊上がりのトマにとっての飛行機械だった。
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