黄昏の語り、十三話
「13」
スザンナがナイフに倒れ五分、誰も来ない。
さらに十分後、墓場物取りのデブ小母さんがトマの声に釣られ現れた。
「あら坊ちゃん、どうしました?」
「ナイフで刺されたっ!医者を呼んでくれっ!」
「お金を貰えりゃしゅばッと走りますが、ただ働きはねえ……」
トマは急いでベルトポーチから財布を取り出し金貨を投げつける。
「急いでくれっ!医者に解毒薬、POkrの5番と言えばわかるっ!」
「オオっ!金貨ッ!走らせていただきますっ!」
彼女は金貨片手に教会に行き殺人事件を神父様に伝え衛兵隊に通報、医者は来ず、スザンナは気絶し呼吸は止まり心臓も停まる。トマはスザンナの心臓を殴り再起動させていくが復帰する心臓に力なく、どんどん鼓動は弱まり結局スザンナはその場で死んだ。スザンナが倒れ三十分丁度で通報された衛兵隊が駆け付け、トマは二件の殺人容疑者として逮捕され牢屋にぶち込まれた。
詮議では危険な違法魔法、催淫魔法の所持を根拠にトマは罪人が確定。杜撰な取り調べの果て、トマの殺人容疑二件は確定。取り調べは終わり罪状根拠に拷問が始まった。
トマは頑なにスザンナを殺していないと主張したが屁のツッパリにもならない。
冒険者の肩書も戦闘能力も役に立たず、焼き鏝を当てられ火傷を増やされ続け、なお頑ななトマに鋭い鞭が振られていく。懲罰用の硬い恐ろしい鞭で、一撃で肉は裂け血が噴き出て骨まで見える。戦闘も無いのにあっと言う間にトマは、半死半生の重傷者となっていた。一週間後地下一階の牢屋窓天井付近の其処から雪が入り込む。
何時の間にか秋は終わり冬初めとなっている。
牢屋のほとり、汚い寝藁の中で傷に塗れ呻くトマは、いきなり牢屋を追い出された。無罪判定が出るわけもなく、罰金支払いが認められ罪の贖いが許可されたに過ぎない。トマは金を支払っていないが、夜雪の街路に金も装備も投げ出されパンツ一枚のトマは街灯に照らされた靴下を拾い上げ履いて行く、装備を着込み寒さにやられて震える中、天を見つめる。闇、それ以上も以下も無い。死にぞこない、金はあり、冒険者の肩書と装備は戻り、しかし、顔を隠してくれるヘルムが無くて、それでも傍に在ってくれた闇にトマは俯く。
そこに話しかけられた。
「ふん、生きておったか、このゴミムシめ……スザンナも浮かばれんな」
トマの罰則金を支払った人物ハンナ婆さんが冬初めの夜、長い耳を晒しトマを罵った。
「婆さん、アンタが金を出したのか?」
「…そんな事、聞くな…」
「いいや教えろ。何故だ?」
「スザンナに頼まれた。トマが困って居たら助けてやってくれと」
「何故だ」
「本人聞け、最も、死んでいるがな、スザンナは人気者じゃった。友達も多い儂だって友達じゃ。トマ、お前もスザンナの友達……友達の友達は見捨てない、糞ばばあに残った一欠けらの良心と言ったところか?」
「…」
「行こう、此処は寒い、宿屋まで案内してやる」
二人は夜雪の中歩み出す。雪は降っては溶け降っては溶け、まだ雪は早いと言いたげに中々積もらない生ぬるい夜、街灯ばかりこうこうと輝き、冬を根拠にキャラバン隊の訪れが途絶えた矢の場宿場町の夜は酷く静かだった。ハンナ婆さんが、トマに話しかけた。
「お前、盗賊じゃろ。まっとうな育ち方をしておらん、常識が無い」
「…」
「…儂もな、路地裏の住民じゃ、何故、スザンナを殺す猛毒がDランクの魔法使い冒険者が持てた?大鬼を殺すほどの猛毒じゃ、買えば値が張る。所持すれば法にも触れる猛毒が何故雑魚魔導士が持てたか判るか?」
「…」
老婆の歩みがピタリと止まり、闇に婆(ばばあ)が振り返り、目だけがらんらんと街灯の光を反射する。
人型の魔物のようにハンナ婆さんはトマに告げる。
―――、儂が、違法猛毒を調合し売った。魔物退治に使う分にはまあ良いかと気楽に調合し、弓使いに届かず、何故か馬鹿魔法使いロックが買った。大鬼討伐隊は壊滅し流れ者の犯罪者、トマが仕留めて大金を手にした。ロックはトマに嫉妬し大金に目がくらみトマを襲った。其処へ、たまたまトマを探していた人の良いスザンナが鉢合わせ、戦闘能力のないスザンナはあっさりと死んだ。ロックは冒険者だがへぼ、本物の盗賊トマに敵う筈もなく殺された……みんな知っている。後は誰に責任を押し付けるかに過ぎん、こう言う時、犯罪者も底辺冒険者も便利、お前に罪を全部押し付け拷問死させればすべて、住民の日常は元通り、矢の場宿場町は人気者を一人失い悲しんで、大鬼が居なくなったことを喜び、開拓と復興は進み経済が盛り上がっていく。それだけじゃよ、――――
「…」
「だんまりか?餓鬼でもあるまい、吠えるくらい出来ぬのか?悔しく成らんか?スザンナを死なせた犯人の一人、毒薬調合者がいるぞ?法を犯し違法毒物を作り販売し、しかし捕まらず大金を抱える婆が憎くないのか?今なら殺されてやるとも……スザンナとは友達じゃったからな、敵討ちせい……誰も看取らん、誰もこの夜、人はいない、儂の人払い魔法で出歩く者はおらん」
トマは、背のピンとした小さなしわくちゃ婆を見つめる。
言われても殺す気に成れない不思議、どうしてか憎しみが湧かない。
焼き鏝を当てられた体が痛みと熱で疼き、硬い懲罰鞭の一撃で裂けまくった背中が出血していく。
だが、トマは闇に佇む婆を見るばかり、待ち飽きてハンナ婆は夜路へ戻り歩みだす。
つとつとつと夜の街を二人は歩む、沈黙すら許せなくなりハンナ婆さんはトマに話しかける。
「……腰の袋を寄越せ、鋼の大剣の破片、黒色魔法鉱石の大剣破片、惨めったらしくゴミを押し込んだ小袋寄越せ……」
「……何故」知っている?ハンナ婆さんはトマに答えない。
「お前はそればかりで、考える事を知らん。無茶をして金を掴むが、まともな労働すら知らん。盗賊の足を洗えば、もしや、自分の運命が変わるやもと、勘違いしたまま暴れ続ける。付き合わされる方が大迷惑。お主の気性がスザンナを殺した。儂も毒で殺した、宿場町は止められず見て見ぬふり、じゃが、お前の妄想を形にしてやる……魔法を見せてやる……だからゴミを寄越せ……」
かつてスザンナがくれた黒色魔法鉱石結晶が収まっていた小袋をトマはハンナ婆さんに投げつける。ハンナ婆さんは受け取り闇夜に瞬いて行く、魔法陣が浮かびエネルギーが流れ込み回転。小袋の中身が変質して行き、ハンナ婆さんの擬態魔法が解け、美しいエルフ女がそこにいた。耳だけは婆さん時代と同じに三角で横へ長い、他はすべて別人に見えた。
「……昔、闇ギルドに複数の詐欺をかまして儲けたんじゃが、取っ捕まってのう。この宿場町を出ないで危険指定薬物を注文通り製造するなら、好きに暮らして良い。そう言う定めでここに封じられた。それとは別に彫金まじないも出来るのじゃ……」
加工魔法の輝きが収まるにつれエルフ女はしわくちゃ婆に戻っていく。
小袋から作られたばかりのペンダントが浮かび上がる。
蓋が開かれると、毛が長く黒い狼が見える。牙を剥く横顔彫金だった。
―――、ハンナ婆さんは説明する、―――
一匹狼は知っているな?弱い奴の話じゃ、群れで暮らすはずの狼なのに一匹で暮らす。つまり群れに馴染めぬ愚か者か、物を知らずはぐれて孤立した馬鹿な若造を一匹オオカミと蔑んだ。
お前じゃ……
だが、狼なら牙を剥いて生きろ、人に噛みつくな、牙を剥き歯を食いしばって一人で闘い、一人で死ね。まじないペンダントは、彫金された動物が示す運命に人を導く、お前は狼、体ばかり大きく貪婪で頭が悪く一匹で暮らす狼、激戦で死に、放浪で苦しむ……まじないペンダントはその運命をお前に示した……つまり、激戦以外の戦闘までは死なない日常と放浪で苦しむとも死なない旅が確約された……後は己の生き方を裏切らなければ、運命も裏返る。狼を辞められるやもしれぬ、誰かが寄り添うやもしれぬ。そうなれば心も、人に戻れるやもしれぬ。友達が理不尽に殺された時、ちゃんと悲しみ悼み泣ける生き物に成れるやもしれぬ……
言い終えたハンナ婆は魔法で浮かび虚ろに鈍く輝くペンダントに目もくれず背中を見せ歩んでいく。意味も解らずペンダントをトマは握り蓋を閉めると首に結わえ、ペンダントを服下に隠した。
そう、トマはスザンナの死を悼んでいない悲しんでいない、泣いていない。
良くしてもらっても友達と思わず怖がり不気味がり逃げようとした醜い心の怪物で今も歩んでいる。
死にそうなほど拷問され傷が激しく痛んでいるのに、体の悲鳴を無視して堂々と宵闇を歩む。
戦闘能力ばかり高く、物を知らず法律に怯え自分より弱い衛兵隊に捕まり死にかける。
目の前のお婆さんがせっかく道を示したのに興味はなく、旅立ちの方法ばかり考える黒く器の小さいトマは足を止める。
宿屋、跳ね鳥亭の前だった。
「儂は帰って寝る。トマ、スザンナの墓前に立ったら殺してやる」言い終えたハンナ婆さんは左腕を振った。7メートルの魔法刃が緑で生まれ鋭くトマの横を駆け抜けた。凄まじい切れ味で石畳は深く切断。発動速度、刃の攻撃速度、照準。どれも一級品で、トマの反応力では正面からでも防げそうにない、ハンナ婆さんがその気ならトマは百万回は死んだ実力差がそこにはあった。
トマは首を振り宿屋に消えた。
スザンナが死に、トマの思いは一つ……二度と祈らない。
神が居ようが居まいが助けられようが助けられまいが二度と神にも墓にも死者にも祈りたくない。そう誓ったトマは夜間仕事をしていた宿屋亭主のホロゾンを捕まえる。
「君は……」
「すまないが一泊させてくれ、金はある」
「お金は良いよ。君はあまりお昼を食べなかったから宿賃を返金したかったんだ。今までどこに居たんだい?」
「殺人事件容疑者で捕まり罪状確定、追い出すかい?」
「ああ、あの噂か、私はスザンナちゃんも冒険者ロックも冒険者トマも知っている。事件のあらましもだ……だから君を追い出さない、泊まって行きなさい」
「……助かる……」
ぎこちなくトマは頭を下げた。今更拷問の傷が痛み始める夜、残されたハンナ婆さんは夜路を一人歩みスザンナの死を思い、トマの居ない一人を闇として味わい、死を悼みハラハラと泣き暮れて夜に消えた。
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