黄昏の語り、十二話(修正)

               「12」


 大鬼は矢の場宿場町長年の宿敵である。

 

 此奴のせいで経済メリットの多い鉱山街は廃墟と成り、難民は生まれるわ、スラムは生まれるわ、交易路にまで被害は出るわ、碌な事が無い。


 だが、倒せるとしたならば再開発の目処が立ち交易はより安全と成りえる。

 訪れるキャラバン隊も増え繁栄の日々を享受できる。

 つまり宿場町全員が大鬼の死体、その出所に興味津々である。


 もし、本当に荷車に引かれた大鬼の死体、その出所が鉱山街を占拠した魔物共の首領共ならば本日は記念すべき日と成る。トマはじろじろとした視線にさらされ冒険者組合の倉庫に荷車を預け換金割符を貰うと組合受付に顔を出した。


「……トマ、ランクG、指名依頼から戻った」

「本日のご用件は?」

「大鬼討伐報告」

「ぜひ、続きをお聞かせください」

「現場には先行討伐隊が四十名からいて戦闘中、俺も参戦したが討伐隊は壊滅、標的の大鬼に三体目がいて異常に強かった」

「討伐自体は?」

「仕留めた」

「証拠は?」


 トマは無言で死んだ冒険者から回収した冒険者プレートを無数に差し出した。

 受付が受け取り数を数えていくのでそこに報告を続けた

 

「荷車に大鬼の死体が三つ、大鬼特殊個体は邪神の加護があるらしく体に炎の刺青があり炎魔法で大剣を創りやがった。先行討伐隊は奴一人に壊滅させられた。討伐隊が壊滅するまでにどうにか取り巻きを殲滅して、一対一の環境創って丸一日戦い、ギリギリ仕留めた。御蔭で百万以上した新品の大剣が壊れて折れた」

「確認に人を送りました。大剣をお見せください……」


 トマは鞘ごと大剣を受付窓口に差し入れた。

 

 大鬼が使った炎魔法の大剣でぼろくそな折れ剣を鞘から抜いて見つめると受付は鑑定魔法を切り書類に書き込み折れ剣を返還した。

「依頼達成は、ほぼ確実でしょう。おめでとうございます。換金査定額算出まで時間が取られますので……」

「ああ、待たせてもらう」


 トマは受付を離れた。情報交換所に向かいベーグルサンドを買った。味も名前も知らない料理だがスパイス調味料が利いた良い鶏肉が挟まり腹が膨れる。自分に回復魔法を使い居眠り少々、換金所の髭爺に大声で呼ばれトマはふらりと立ち上がり向かった。換金割符を差し出した。

「仕留めたかっ!」

「メンドクセエ奴だった」

「大鬼にまさか三体目がいるとはな、討伐隊は何度も組まれて居て作戦も装備も人員も万全で送り出してきた…だが…毎回作戦失敗、理由は隠れた三体目が実力者で毎回伏兵していたんだな……知恵の回る魔物だ……」

「金くれ」

「ふん…聞いて驚け七百万タットだ」

「知ってる」

「愛想ねえな、悦べよ」

「疲れてんだよ、大剣はまた折れるし、金が入っても旅立ちが遠のいた」

「なあに、七百万あれば赤色魔法鉱石製の大剣が買える。そいつがあれば大鬼なんぞ一ころだ」

「……つええから二度と闘わねえ……」

「ヒヒヒッひっ!冒険者稼業から降りない以上、どこかでまた別の強敵と殺し合いで折れ剣だなっ!」


 トマはいつもより上機嫌な換金所の髭親父に肩をどつかれ金貨ばかり包まれた絹袋を渡された。


「ムサンナブ正金貨、つまり十万タット金貨が合計で七十枚入っているはずだ。数えろ」

「…ある…」

「……これで、矢の場も一区切りだ。お前は旅に出るのか?」

「壊れた装備補充したらすぐに出るよ」

「西へ?」

「西へ」

「馬鹿がっ………金を掴んだ。なら、冒険なんぞ止せばよい物を」


 その言葉を背中にトマは冒険者組合を出て行く、だが一部始終を観察する者がいる。傷だらけのロックである。魔導士風の姿をトマよりぼろくそに着込み陰鬱な表情でトマの握り数えた金貨を見つめる。杖は戦闘で折られた。彼には借金がある。彼なりに大鬼討伐の成功率を上げる為に違法な毒薬を買ったり高価な魔法増幅発動体を杖で購入したが、作戦は失敗、杖は戦闘で折られロックは仲間を見捨て逃走。運よく生き延びたが当て込んだ金が入らず。高価な杖を買った借金が丸々残りロックを苛んでいる。仲間は見捨てて死に己一人、これでは後衛職は働き様すらない、金がなく首が回らなくなり明日はお寒い、孤立したロックは近視眼的に大金を掴むトマを追いかけ始めた。


 矢の場宿場町中央から騒々しい工房通りに向かい鍛冶屋に向かい扉を三度ノック。兄ちゃん店主のラッツと会った。

「今度はどうした」

「大剣が折れた」

「なに?機械に挟んで強度確認試験?」

「な訳ね~大鬼討伐の指名依頼が入って急いでアンタから黒色魔法鉱石の大剣を…」

「買って行ったねえ~」

「で、何とか大鬼の首を上げたんだが…」

「大鬼!?」

「…遅い、とにかく……剣が折れた」

「ああ、大鬼の角でも切ったか?」

「いや、魔法を使う特殊個体で……」

「黒色魔法鉱石は魔法に弱いから、一戦でぼろくそになったとか?」

「それだな、で、討伐自体は出来たから金が入ったんで」

「新しいつるぎを買いに来たのか、へへっ!こっちだよ。予算はなんぼだ」

「七百万」

「……マジで大鬼仕留めたんだな、懸賞金と同じだ。赤色魔法鉱石の大剣で冒険者大剣二型がある。値段は六百万タット。込められる魔法の数は四つ、強度は鋼の百倍。こいつなら攻撃魔法を切っても大丈夫……いいつるぎだ」

 

 鍛冶屋の兄ちゃん店主ラッツの言うままに、トマはワインのように美しいつるぎを買って行く。


 折れた黒色魔法鉱石の大剣は引き取ってら貰うのだが未練がましく破片をトマは一欠けら手に取り鋼の大剣の破片を入れた小袋に仕舞った。外を出れば黄昏時、騒々しいお店が活気を示している。ふと、背中の大剣を両手に抱え直し、鞘諸共にトマは見つめる。僅かにつるぎ身を引き抜いて目を細め見つめる。夕日の赤に大剣の赤が混ざり、トマは戦場を思い出し血の色を思い、血から死者を連想し、最後に母親を思い出す。次に母の遺髪を預けた墓所へ向かった。胸の防具が壊れヘルムの無いまま素顔で歩み。傷塗れの体を引きずり、花屋で故人へ送る秋の造花を一輪と酒屋で墓所に納める儀式ワインを一瓶買う。


 今回の大鬼討伐戦で戦闘は思い通りになった。


 だが依頼と帰還には己は無力だった。

天候と言う物、社会と言う物、森での運搬と言う物。


 そう言った物はトマの実力ではどうにもならず圧倒的な厄介さと力を示し、己一人ではどうにもならなかった気がする。一人でどうにか出来たのは、何かに気紛れで助けられたから、その感覚が抜けず、旅立ちの前に祈る気になっていた。


神は居ない、死ねば終わりだ。


その先はいらない、死にたくないから生きるのだが、楽しいわけでも救いがあるわけでもない。そんな風に確信しているが、今回は生き残りたいと、依頼を達成したいと願い、叶えられた気がする。その分だけ御礼ではないが、旅立ち前に、祈りたい気持ちになっていた。


 初めての事で戸惑いつつゆっくりと墓所に向かった。


 ―――、その頃スザンナは走っていた、―――


 お仕事終わりでお昼寝をして出勤準備をしていると家にスザンナのお友達兼同僚の咲夜がやって来てこう言う。「大鬼が鉱山街から退治されたってさ、ちょっと見に行かない?」お仕事前なのだが、好奇心に負けた。そもそもスザンナは人気娼婦で大儲けしている。真面目に働く理由は本人が真面目なのと、矢の場宿場町のお偉いさんがスザンナを切り札みたいに接待へ呼び出して交易キャラバン隊のボスを歓迎させるせいだった。地元の為ならばと、人の好いスザンナは真面目に働いてきたのである。故に疲れたらちゃんと休ませてもらえる程、待遇が良いし今月のノルマも終わっている。少々と言わず長く休んでも良い身分である。


 そんな分けで大鬼の死体見物に向かう。

 

 どうせ他所の交易隊か行商が素材に持ち込んだだけと高をくくったが、大鬼は商館ではなく、確かに冒険者組合倉庫に預けられ、戦闘痕生々しい死体が複数の男たちの手で精密解体され素材となっていく、町は噂で溢れ物堅いと評判の衛兵隊門衛すら16歳の冒険者が大鬼討伐を成功させたとのたまう。そいつは体大きくて壊れたヘルムを頭から捨て素顔を晒した。顔は傷塗れのジャガイモみたいで不細工、髪色は黒で短い。


 そして……討伐者の名前は「トマ」


 本当かどうかは、スザンナにも街の衆にも判らない。冒険者組合が何時になく活発な事と大鬼討伐に向かった冒険者が無数に死んで冒険者プレートだけになった事実だけが公表され噂ばかり先走る。スザンナは其処で咲夜と別れふらりとトマを探しに出かけた。この時まではスザンナは冷静だった。噂に過ぎない話だし、トマに合ってどうするかも決めかねた。だが、鉱山街で魔物に殺された父さんの仇をもし本当に、トマが討ったならば、御礼がしたくなっていた。


 だから探すのだが徐々に焦る。


 トマは、最後にあった時、旅に出ると言っていた。大鬼みたいな化け物を仕留めれば懐も潤う。なんなら旅支度はもう終わって居て宿場町を既に旅立ったかもしれない、その思いに突き動かされスザンナはトマの居そうな場所を探す。宿屋、武具屋、防具屋、雑貨屋、錬金術のお店に向かい魔道具コーナーを見る。冒険者は居るがトマがいない、此処で少し慌てて小走りと成り、お店をやみくもに回ると、花屋と酒屋でトマを見た人を見つける。酒屋のガリガリに痩せた店主は人気娼婦スザンナに話しかけられ舞い上がりどんどんトマの個人情報をばらしていく、母親の遺髪を預けた無縁墓地に向かい祈りを捧げる気になったと無神経な事を言い、聞かされたスザンナはトマがまだ宿場町にいてくれて安堵のあまりへたり込み、次の瞬間気合いを入れて墓所へ向かう。


 言いたい事は御礼だけ。

 それが終わればトマは去り、私は日常にうずもれる。


 そう思い定め、秋の終わりの中、スザンナは目的地に向かう。墓地が五分後に見えてきて足を止め深呼吸する。無縁墓地の大きな墓石の前にトマの背中が見えスザンナは小走りで近付いて行く。


 トマはそのころ墓所で、ワインと造花を無縁墓地に捧げ物をする為に屈んでいく。


 祈りの作法など知らず。

 だが、この宿場町でやり残した事のように真剣に素顔で墓を睨みつけた。


 ―――、その頃ロックはトマを狙う、―――


 トマが購入した赤色魔法鉱石の大剣に残金の位置をよく確認し隠蔽魔法で姿と匂いと気配を消し、トマが一人に成る瞬間を待ち続ける。ロックにとって運が良い事にどんどんトマは人気のない所に向かい遂に防具すら更新せず、剥き出しの弱点、胸と頭を晒し墓所で祈りの姿勢に入った。それを見てロックはトマを嘲弄する。


 馬鹿め、石ころに祈って何になる?

 心が弱くなっている証を見せつけるなど愚かな話だ。


 まあ良い、精々祈れ、俺を殴ったことも話を蹴ったことも許そう。そして俺に殺され換金価値の高いつるぎと残金と懸賞金首を献上しろ。 俺の糧と成り消えろトマ、お前の人生はここで終わりだ。―――、ワルツ盗賊団所属魔法部隊、か、雑魚め……


 ロックは隠蔽魔法の中で攻撃魔法をファイアカッターで準備。魔法のチャージ時間でナイフを抜き大鬼すら殺す違法猛毒をナイフに絡め準備完了。もしファイカッターの魔法で倒せなかったり仕留め損ねれば、毒ナイフで倒す。近接戦闘の心得は少ないが、トマのアホウは隠蔽魔法の力を知らない、姿が見えず、攻撃の出どころが判らなければ反撃も避け様だってない。お前は攻撃魔法でも毒でも死なない、隠蔽魔法の威力に殺されるのだ。


 其処まで思い定めるとロックは醜悪に笑う。


 魔法がチャージされ、ロックはトマを狙う為に射程距離まで近づく。十メートルの射程迄三歩で入り、後は良く狙い放つだけ、直撃すれば不細工なトマの首が燃えて切れ落ちる。射界確保に四歩道の中央にロックは体を晒した。トマを狙いロックは魔法を放つ瞬間、背中からドンと来た。小走りでスザンナが駆け込み隠蔽魔法で隠れたロックに気付けず直撃、ロックの放ったファイカッターが外れトマの頭左上を飛んで消えた。攻撃を邪魔されロックが吠えた。

「この商売女がっ!殺すぞっ!」

「えっ?う゛っ……痛っ……」


 魔法系冒険者ロックは、声だけで無く握ったナイフも繰り出しスザンナの腹に突き立てた。スザンナはお腹を押さえ蹲る。ロックは急いでトマに駆け寄り、しつこく命を狙う。


 大鬼3メール50センチを殺す違法猛毒がスザンナの体に傷諸共深く体内へ侵入した。


 トマは振り返り鋭く左腕を照準。


 何が何やらわからないまま攻撃だけを検知してナイフ構えるロックに貫通型魔法弾を浴びせた。


 トマの放った魔法弾は鋭く飛び隠蔽魔法がスザンナとの衝突で途切れ丸見えロックの頭を砕いて空に消えた。まさか宿場町内部で戦闘が起きるとは想定していなかったトマは茫然とするが倒れたスザンナを発見して駆け寄る。鑑定魔法で毒を調べる。トマの応急知識では対処不能だった。解毒薬を買う事を失念した以上手の施しようがない。諦めきれないトマは回復魔法をガンガンスザンナに使い延命開始。手を握り首を楽な方向に向かせ気道を確保、意識が保ように話しかけた。


「しっかりしろっ!助けは直ぐに来る……おーいっ!!!誰かいないかっ怪我人だっ!」

 

 トマは何度も叫ぶ、声も枯れよと助けを求める。スザンナが遮った。

「……これ……駄目な奴…トマ?」

「どうしたっ!?」

「……えヘヘヘ…父さんの仇討ってくれてありがとう…なんだか恥ずかしいね?」

「気をしっかり持て、医者が来てくれるっ!必ずだっ!」


 ―――、30分経っても医者は来なかった、―――

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