黄昏の語り、十一話

                 「11」


 深夜に笑う。


 深夜に深く熱狂する。


 深夜に激しく戦闘する大鬼は思う。


 此奴は見所がある。他の魔物は駄目だった。


 他の魔物は繁殖したいだとか、新天地に逃れたいだとか、仲間の為だとか、そんなくだらない事の為に命を張り、あるいは我から逃亡する。同じ実力のある魔物ですらそうだった。最期まで戦闘しない、これだから自然環境で生まれた魔物は駄目だ。迷宮産の我のように戦闘に純粋ではない。


 相手の命、己の命、どちらもどうでも良いではないか。


戦闘、それこそが問題だ。このちび助は良い、殴っても、蹴っても、噛みついても死なない上に、剣の腕は我より上、おまけに反撃で、どこまでも喰らいついてくる。今回の戦闘は我の剣技を高める一助となる良き夜である。


 これほどまでに、手強い好敵手を我に導いてくれたエヴォディーカ様には感謝するより他は無い。


 邪神にして魔物の生みの親にして我に炎の大剣作成魔法を授けた迷宮の支配者エヴォディーカ様はきっとこの者の黒き小さな脆い魂を祝福し、迷宮にいざなうであろう。そうなれば、世界にはこびる魔物共の夜明けと成る日が訪れる。その予感がする。迷宮産魔物の本性が激しく叫ぶのだ。


 歓喜、羨望、狂喜、嫉妬、興奮、絶頂、諦念、随喜、ああ、言い表せない。邪神エヴォディーカ様に導いてもらえるなど、この人間が僻みがましい、恨めしい、妬ましい。我は選ばれなかった。大迷宮を開く運命を持てなかったッ!


 人の子よ、善なる神々に見捨てられ親に愛されぬ黒き人形兵よ、魂薄い信念無き餓狼よ……


 魔物として、邪神エヴォディーカ様から、人が導かれる事は、許そう。

 だが、この時間だけは我の物だ。


 如何に邪神と言えども、この黒く猛々しい脆い炎は我の物だ。我と壊れるまで遊べっ!黒い炎よ。雨に消える人の魂よ、今宵最後まで我と踊れ……命果てるとも踊れ。


 指落ち、

 目は抉れ、

 首まで裂け、

 胴は臓物を零し、

 足崩れ、腕が千切れるとも、

 思想なき薄っぺらい魂よ燃えて叫べ

 脆く黒い炎が造る痩せ狼よ、戦闘故に噛みつけっ


 見苦しい踊りはこの炎の大剣で焼き尽くしてやる。だが魂薄くとも、有るならば、我と踊り続けろ。


――、大鬼特殊個体はそう考えながら笑い、楽し気に戦闘へ没頭する、――


 大鬼特殊個体の事情と思いと思想に興味のないトマは大剣を振っていく。


 右へ左へ正面へ斜めに横に縦に大剣と体は動きを止めず、大鬼特殊個体の剛力を大剣で捌いて行く。受け太刀と鎬受けを加え反撃に移る。「かっ!」と短く叫んで気合を入れる。、下段脛切り、今度は決まり、大鬼の足首が飛ぶ、そのままトマは追撃、下段袈裟切りが決まり腹を深く切り裂いた。そのまま鬼首に両手全力突きを繋いだが、これは炎大剣で防がれそのまま殴られ吹き飛ぶ、トマのヘルムが砕け、頭部から暗視と頑丈強化の込められた防具が無くなった。視界が利かなくなりトマは、闇に眼を慣らす作業で忙しくなる。その間に大鬼特殊個体は足首を拾い接合、立ち上がり腹傷など庇わず癒合していく。


 トマの攻撃は良い線行くのだが毎回これである。

 

 むしろ、攻撃に偏るほどトマの装備は壊された。大鬼を仕留めるとしたら、脳を骨諸共に割るか、首を刎ねるか、脊髄を広く損傷させるか、心臓をぶちぬくか、要するに急所攻撃を深く成功させるより他は無い様だった。


 雨が強まる。


 適温魔法が込められたサーコートが噛み砕かれトマの体温を保護してくれるものは少ない、秋終わりの冷たい雨がどんどんトマの体温を奪っていく、決着の時は近かった。大鬼が走りだし接近、長い連撃を放った。トマが捌いて行くが動きが悪い、余剰魔力が欠乏していく、強化魔法の出力ピークを迎え徐々にトマの身体能力が下がり回避はギリギリとなっていく、トマの反撃は鋭いが回数が減り大鬼はかさに着て攻め立てる。

 

 トマが走り上段切り落としを放つ。

 大鬼の迎撃、横一文字が交差して、トマが力負けして吹き飛ぶ。


 今までは大鬼の剛力を受け流していたのに今回は失敗、そのまま、大鬼の追撃三連撃を躱したトマは、何もない所でふらついた。攻撃命中で出血も目立つ、それを見て大鬼は落胆と共に笑う。戦闘の終わりに向けて大鬼だけ加速する。この時大鬼はトマの罠に片足を突っ込んだ。上段振り上げからの全力斬り、その構えを見て次の動きがトマに予測できた。上段斬りからつなげ左右不規則連撃6連か、滅多切り全力に繋いでトマを仕留める気だ。長い斬り合いで大鬼の手の内が見えたような心境、最後の攻防に向け二者が鋭く距離を詰めた。


 大鬼の止めを刺す動作を待っていたトマは、強化魔法の出力を限界越えで上げる。


 最大速度をトマは放つ。


 体が一気に消耗し、痩せこけ、手指からの出血は激しく成り、足は速度を出し過ぎてボロボロと成り、鼻の血管が切れて鼻血を吹き、目が血走り、耳から体液を零し、トマは限界越えの速度に入って体を壊していく。寸前まで速度の落ちていくトマから、突然の急加速を想定していなかった大鬼は一瞬トマを見失った。


 大鬼特殊個体の全力斬り、その打ち下ろしの間合い内部に入り込み無効化して両手大剣突きが、大鬼の胸にある心臓を貫いた。そのままトマは止まらず大剣を手放し跳躍、刹那でダガーを抜き、逆手で大鬼の首を深く薙いで切り裂き、大鬼の肩を蹴り距離を取る。トマが大鬼に振り返ると、切り裂かれた首を抑え、緩慢な動作で炎の大剣を振りかぶりトマに投げて来る。左腕を構え照準、貫通型魔法弾で撃ち落とし、トマは大鬼に近付き最期の悪あがきをダガーで捌き心臓をぶち抜いている大剣を握り炎付与の魔法を全力起動して心臓を焼き尽くし、止めを刺した。


 長い戦闘があっけなく終わっていた。


 トマの張った罠。


 それは、此方のトップスピードを誤認させ、速度差を利して大鬼を仕留めると言う物。

 

 単純であるが、その為には一撃が致死必殺の炎大剣を捌き続け、相手が長く気持ちよく戦い続けて貰い、罠を張られていないと思わせ己の実力でトマを追い詰めたと勘違いしてもらう必要があった。一対一の試合みたいな環境で初見だから通用した罠で、対策されればどうとでも防がれたであろう。それこそ増援の横やりがあるだけで崩れる罠だった。だが、トマは自分のトップスピードを最後まで隠し切り、大鬼を一撃で仕留めた。トマの最大速度自体は大鬼とって大したことが無い、だから奴の動体視力を別の速度域で慣らさせて騙す必要があり、其処に時間をかけていた。


 残り経戦可能時間42分17秒の事だった。


 雨は止まず、時間も判らず暗いまま、大鬼を討伐したがトマは雨に深部熱を奪われて荒い呼吸を繰り返している。解体作業に入りたいが一休み入れねば動けそうもない。既に朝だが闇で気付かずに、トマは戦闘前に降ろした図多袋を拾いに向かい、装備回収すると付近の廃墟に入り込んだ。


 埃塗れの廃墟は雨漏りが無く使えそうで暖炉も直ぐに発見。


浄化魔法で埃をやっつけると、壊れたテーブルを砕き暖炉に放り込み着火器具の金属棒で火をつけ自分に浄化魔法を使い、雨濡れを乾かした。そのまま携帯食料を齧り水分補給すると、荷造りロープで簡易罠を入口に張り、暖炉に震える体を晒し熱を手にした。何時までここが安全か判らない。敵に別動隊の魔物がいれば、また戦闘に成り、今度は消耗し尽くしたトマが負ける。だが、今は休まねば動けなかった。残りの魔力を絞り回復魔法を一度自分に使うと夢も見ないで深くトマは眠った。


 次の日の昼までトマは寝てしまった。


 だが、疲労は取り切れない。消耗した体力に対して補給が足りていない、お構いなしにトマは起き上がり携帯食料を齧り最期の水を飲むと、未だ雨が続く外に出た。鉱山街の廃墟から井戸を探し水筒に水の補給を成功。そのまま、大鬼の死体まで進み数を数え一か所に集積、荷車を取りに岩山を下った。雨で足元が悪く戦闘で消耗した体は何度か転んだが荷車は無事に現場到着。視界不良の中、冒険者たちの死体から冒険者プレートを回収し、夕方になっていた。カンテラに火を入れて雨の中大鬼の解体に手を出した。夜間作業に移った時ふと背中に異音を聴き、違和感を感じトマは大剣を抜いてカンテラの明かりで見た。


 折れている。折れた大剣はボロボロに欠けていた。


 大鬼特殊個体の剛力と異常火力の魔法で作った炎大剣を受け続けてしまい黒色魔法鉱石の大剣は、鍛冶屋店主ラッツの警告通り魔法に脆い本性そのままに消耗し尽くして、鞘の中で折れてしまっていた。百万越えの大剣が一戦で消耗し尽くす。大鬼特殊個体の強さを呪えば良いのか、戦闘の理不尽さを糧にすればよいのか判らずトマは呻いた。とにかく装備がまた壊れてしまった。


 こうなれば是が非でも、討伐した大鬼を金にしなければ、いけない。

 じゃないと、実力に見合う武装を買う金が生まれ無い。


 旅がまた少し遠のいて、トマは首を振る。ダガーを抜いて大鬼の要らない肉をそぎ落とし嵩を減らす作業に入った。大鬼は中位の魔物の中で最強、それは戦闘能力だけでなく素材価値もそうなのだが、運べるものがトマしかおらず、換金素材は厳選するより他は無く、解体自体も初心者冒険者、トマに委ねられ多くの時間と素材が無駄になっていく、だが、夜間作業の果て、朝の止まない雨の中、荷車に大鬼三体の素材が収まり、荷造りロープで固定されていく、徹夜だが、暖炉で体を乾かしトマは携帯食料を齧る。マントのフードを降ろし前止めを止め荷車に向かうと、出発した。


 重くなった荷車は雨のせいで良く滑る。地形だって岩の下り坂で整備されていたのは大昔、数日前の戦闘で崩れた箇所すらある。慎重にトマは荷車を引くが重さと傾斜のせいで荷車は止まってくれない。幾らレッグアーマーのグリップを利かせても雨と重量で滑りずるずる進む。結局三時間の道を六時間かけて降り切る破目に成り、何度も死にかけて、岩山のふもと、森の境に来た。


 生きている不思議を味わう。


 荷車も天候も岩の傾斜もトマを苦しめたが結局は生きて下までこれた。それは何か大きな力を持つ何物かがトマを助けたようで、トマは空を見る。応える者はいないが実感として助けられた気がした。己の実力ではどうにもならない所を支えられた手ごたえが強かった。現実で言えばただの偶然と強化魔法による筋力の嵩増しがトマを支えたに過ぎないが、トマは不思議なここちで野営に入り一夜を明かす。夜間、猪型の魔物に襲われた。四メートル級で肉付きの良い雑魚だった。トマは舌打ちして解体し食べていく。長雨ですっかりアーマーセンチピードの臭腺効果が消えてしまった。


 故に魔物にも襲われる。


残りのアーマーセンチピードの臭腺は一つ。明日の朝、雨が止まなければ、森に無謀な突破をかけるしかないが、それをすれば森の魔物に捕捉、荷車は破壊されトマも大剣を失い消耗しているので敗死が落ちと成るであろう。


 これもまた己の戦闘能力・実力ではどうにもならない。


 雨が止まない事には魔物を避けられないのだ。携帯食料と水の残量もある。携帯食料が尽きても水が尽きても活動困難と成る。森には水の湧水地点もあるが水筒に汲めるほど水が豊富な地点は少ない、そもそもトマはこの森に詳しくない以上水を求めて彷徨っても迷い、帰り道を見失う可能性が高い、今ある水を使い切らず森を抜けるしかなさそうだった。


 夜に仮眠し、森の畔で卑屈にトマは追いつめられ朝が来た。


 天候を見つめ白紙の本を開き荷車の通れる道を確認。天候は薄い霧雨、荷車の通れる廃道はおよそ九時間の道のり、トマは賭けに出た。残りの猪型魔物の肉を全て食べきり腹を満たすとアーマーセンチピードの臭腺を取り出し裂き己と荷車を念入りに汚し荷車を引いて走りだした。


 強化魔法全開である。


 もし、途中でトマの魔力が尽きれば立ち往生。

 荷車が高速移動と重量に負けて壊れても立ち往生。


 天候悪化で強く雨が降れば臭腺効果など消え、無数の魔物に襲われトマは喰われて終わり。

 

 だが、トマは走り出して止まらない。荷車を壊さないように丁寧に丁寧に力を制御し、車輪を壊さないよう慎重に駆け抜け泥に車体が取られれば持ち上げてぬかるみから出る。走って走って戦闘回避を続け荷車を森外まで進めていく。焦り急ぎ、だが慎重に素早く進む果て、魔物に出くわしてしまった。ダガーを抜いて霧雨の中トマは荷車の前に出て巨体を見上げる。敵はアルテミスの眷属、巨大な犀の魔物だった。硬く素早く力が強く獰猛、消耗した今のトマでは一対一でも負ける。脂汗を流し、トマはにじり寄る。


 戦闘が始まる刹那、犀の魔物は鼻を動かし、トマと荷車の臭いを嗅いだ。


 アルテミスの眷属は匂いで嫌そうに顔をしかめる。何を思ったかは知らないが、角を振り振りうんこボロロと尻から零し森の左へ突き進み消えてしまった。戦闘回避成功である。思わずトマはへたり込み大きなため息を吐いた。そのまま眠りたい気持ちだが踏ん張り立ち上がるとダガーを後ろ腰に仕舞い荷車を引き走りだす。森は一時間後に抜け霧雨は晴れ昼終わりの太陽が見れた。トマは林を抜け少し街道に出て宿場町を見上げる様に坂を上り壁に守られた矢の場宿場町に入り込んでいく。門を守る衛兵隊に冒険者証を見せ宿場町への進入目的を告げた。


「大鬼討伐の指名依頼があって、闘って仕留めて、帰還して……疲れた」


 水筒を開け最期の水を飲み干し沙汰を待ち、十分後、門が開かれていく。

 午後三時ごろのお昼、トマはこうして帰還を果たした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る