黄昏の語り、十話
「10」
その頃スザンナは魔導書店ハンナのお店に来ていた。避妊具や痛み止め、男の人を早めに気持ち良くしてやっつける安全な魔法薬。そう言った物も娼館提携店のハンナのお店は扱い、人気娼婦スザンナも助けられていたのだ。
客と店主の関係だが、同じ女同士日陰者。
なんとな~く、緩い友達関係が、ハンナ婆さんと、スザンナの間にあった。
「ねえ、おばあちゃん」
「う~ん?魔法薬の新作は左」
「ああ、これ女の私にも効いちゃって疲れるのよねえ……てっそうじゃないの」
「じゃあ、なんじゃい?」
「トマ、見かけたら助けてあげて」
囁く様に真剣に真顔で正面から彼女は言う。
「ワシャ、知らん、トマって誰じゃ?」
「とぼけても無駄。ハンナおばあちゃんが魔導書を買ったお客様を忘れるわけないんだから、ねえ、お願い、御金なら……」
「わしゃ、アイツ嫌いじゃ、世の中の区別と言う物を理解しとらん、差別されたと勘違いする手合いじゃ。差別ではない、正当評価がゴミ扱いじゃと言うのに不満たらたら、己にはもっとふさわしい扱いがある。悔しい、働けばきっとどうにかなる……そう思い込んだ馬鹿じゃよ、相手にするこたないわい」
「…でも…」
「惚れたか?」
「ちょっと違う。あの人、トマは弱い人だから、私くらいは味方で居ないと死んじゃいそうで……」
「…同情、か?」
「…うん…私は自分とおばあちゃんの御蔭でお金にも生活にも困っていないけど、トマは一人で冒険者やってて仲間造りも失敗してる。娼館には冒険者のお客さんも来るんだけど、そう言う、強いけど脆い人は直ぐに死んで来なくなるんだ……大金掴んでは装備につぎ込んで一人で闘っちゃうの……」
「詳しいのう、それで助けたいと?」
「…うん…」
「…まあ気が向いて、ピンチなら、気付けたら、一回だけ、友達のよしみで、動いてやるか…」
「ありがとう、今度御礼するね」
「部屋の掃除手伝っておくれ、薬調合のやり過ぎで腰が痛くなった。魔導書店なのに娼婦ばかり客に来るせいで、薬しか売れん…」
「変な御店だから仕方がないね…トマは今頃何しているかな?」
夜の窓を覗き込めば、霧は雨に変わり、大きな雨雲に成った。宿場町の先の北の森にも雨は降り注ぎ、雲は進み膨らみ雨は強まり遂に鉱山街の廃墟もまた雨に濡れていく。雲は風に逆巻きいかずちの音が薄く遠く悲し気に叫ぶ。
かつての鉱山街でトマは大鬼と対峙する。
自分に回復魔法をガンガン使い戦闘能力を復旧していく。
戦闘能力百パーセントまで鑑定魔法で調べる。87,89,92,95,98,99,100%で走り出す。雨が降る前にケリをつけるつもりが、もう雨だ。地面がぬかるみ戦闘コンディションは悪化、不意の移動ミスが死に直結する事に成る。
左腕で牽制射撃。魔法弾を放ち顔面直撃。大鬼は躱しもせず拳がトマを襲う。躱して大剣突き、避けられる。大鬼の腹が皮一枚裂けるだけで終わり反撃のケリが飛び、大剣で撃墜を仕掛けるが角度が悪く傷にもならない、大鬼はニタニタ嗤い魔法弾が直撃した顔は傷が無い、余程に魔法耐性があるらしい、大鬼から動いた。雨を突き抜け接近、速かった。左右爪のラッシュから蹴り、そこらの打ち下ろしに噛みつきの連携から爪の突き技に止めのケリ、捌くが追いつかずトマは距離を取り最期の蹴りを大剣で受け威力を殺しトマから肉薄、十分に間合いを詰め下段切り上げを放ち躱されるが相手の姿勢が崩れた瞬間体を登り首を刎ねる一撃を横一閃。
大鬼特殊個体は、利き腕で受け致死攻撃を防ぎ利き腕が両断され空を跳ぶ。
追撃に入ったトマを、大鬼特殊個体は炎を噴き上げて止めた。
大鬼は空中を行く自分の腕を素早く拾い、接合・利き腕が復帰。傷が出来て血の流れる首に左腕の指を這わせ血を纏い呪いのように儀式魔法を実行・指に纏った己の血を触媒に炎を生み、炎は大きく伸びて大剣と成り、大剣は不安定ながら維持されていく。
大鬼はトマの動きを改めて反芻する。
強かった。拳足では討ち果たせる気がしない。
邪神エヴォディーカ様の授けた炎魔法で作る大剣で闘うべき強敵と、トマを、大鬼特殊個体は認めたのだ。状況も戦力も変化する。雨が降り足場が悪く成る。夜の中、冒険者が残した光源が時間を迎え消えて行く。雨雲に月光は隠れ、大鬼特殊個体は青い炎の大剣を作成魔法と言う切り札で作成、深くトマに願った。
―――、願わくば簡単に死んでくれるな、―――
その思いと共に大鬼からの攻勢が始まった。
名もなき大鬼特殊個体の楽しくも愛おしくも狂おしい戦闘が始まっていた。
魔法の炎で作った大剣は切れ味もさることながら、受け太刀不可能。
炎ゆえに金属は炎刃に透過され、防御をぶち抜いて攻撃が急所に向かう事に成るのだ。
その連撃をトマは躱しまくった。
強化魔法の出力を上げ相手の動きに負けない回避を実行。
ドンドン消耗するが必要経費と割り切っていく。
無数の斬撃が掠め、炎がトマを徐々に焦がした。
大鬼の構成は素早く連続した。連続突きからの変化で下段斬り、上段撃ち落としにつなげトマの反撃を流し、左右切り払いに変化、後退をフェイントに使う。誘い込んで下段足砕きの踏み蹴り、躱されていく、大鬼の攻撃を捌いたトマは跳躍する、鋭く飛んで肩を切り裂き横地面に着地、そこへ大鬼特殊個体の大剣が振り込まれ躱し様にトマは相手の手首を切る。出血が起きない、相手の回復速度が速すぎる。トマは強化魔法の出力を上げて大鬼特殊個体の速度に追随する。
残り経戦可能時間8時間四十五分。
魔力消費が大きくなり過ぎてトマの戦闘能力維持が難しくなっていく、雨の中、大鬼特殊個体は嬉しそうにトマを追撃する。トマも応じる。相手の方が速く、体力が多く、魔力が多く、体が大きく、生命力でも負ける。良い所なしだが、トマは悪く無いと思う。
勝算は六対四と予想、己の勝算は四と見た。
鑑定魔法でお互いの戦力比を見た時の直感だ。
そして実際に切り結んでみた感想も変わらない。
だが負ける気はしない、勝算ゼロの撤退支援戦闘を最後まで戦い味方を逃がし生き残った経験がトマにはある。勝てないと判り切っている相手に悪戦を延々と続け死んで行く仲間を庇い続けるよりは、さしの決闘で己が死ぬなど、どうでも良いほど気楽な話に思えた。炎魔法で編んだ大剣は威力絶大だが魔力消費はでかく何より相手の腕が未熟に感じた。大鬼特殊個体が十攻撃する間にトマの反撃は3から4だが、大鬼特殊個体の攻撃は外れ続けトマの攻撃は当たる。大鬼特殊個体の攻撃は常に致死必殺だが剣戟が未熟でトマに躱される。トマの攻撃は精妙だが威力・速度不足、大鬼に直撃しても殺し切れず追撃は速度が足らず逃げられる。そのまま押し引きは続き足場の悪さに押され、トマの攻撃を避ける際、大鬼が転んだ。
その瞬間、トマは首に大剣を打ち込んだ。
噛み付きで大剣が止められ、炎大剣の反撃も来た。
トマは大剣に込められた炎付与の魔法を起動して大鬼の口内を焼いた。
悲鳴が上がり大鬼の繰り出す大剣の速度が僅かに緩みトマは攻撃を躱して大剣を大鬼の口から抜いて行く、仕切り直しだった。
―――、手札を切ってしまった、―――
トマは舌打ちして大剣に炎付与の魔法を使う。
刃に火炎魔法を纏わりつかせた。
闇夜にオレンジ色の炎が瞬く。大鬼は戦闘の新たな局面を嬉しがり立ち上がる。大鬼の青い炎大剣とトマの黒色魔法鉱石大剣が交差した。炎魔法が展開されたトマの大剣が受け太刀不可能な炎大剣を炎付与の魔法炎が受け留めた。大鬼の目が見開かれ驚きに固まる。その隙に受け太刀からの鍔ぜり合いを制して左腕を切り飛ばし、そのまま弱点となった左側から連続突きを放った。大鬼が身体能力に物を言わせ逃げ左腕を拾い繋げた。突きで傷付いた体すらドンドン癒えていく、やはり長引いても体力が劣るトマの不利だった。だが、受け太刀可能となった事で戦闘はより激しく消耗度合いが増していく。
トマが切り付ければ大鬼も応じる。
大鬼が大剣を振り回せば、トマは受け太刀する。
トマは鎬で受けて大剣がこすれ炎の刃が黒色魔法鉱石大剣の鎬を削り落し僅かな異臭を立てる、雨に負け削りだされた僅かな金属粉の匂いは消え大鬼の息使いとトマの荒い呼吸音が響く、仕切り直しに距離ができ、間合いを量りゆっくりと二者は距離を詰め次の攻撃手順を決めていく、トマから迫った。最大戦速、攻撃せずどんどん距離を潰し、相手の攻撃をかわし大鬼の体躯を二歩で登り、両手持ち全力斬りを一閃。
鬼首は飛ばず受け太刀されてケリが来た。
トマの狙いが読まれていたのだ。
相手はどうやら戦闘の天才でトマの動きを解析していた。
戦闘時間が伸びるほどトマの勝算が減るであろう。
大鬼が放った蹴りは勝敗を決しかねない威力と速さを兼ね備えていたが、トマは優しく蹴りに着地、バネで飛んで威力を消し一気に闇に消えた。本音を言えばこのまま撤退して二度と大鬼特殊個体に手を出さない生き方をしたいが、指名依頼があるため戦闘続行、ヘルムに込めた暗視魔法を頼りに無音で大鬼背後に近付き雨を利して音を消し深く背中を切りつけた。そのまま心臓を抉りたいが、また身体能力の差で逃げられる。
怒りを見せた大鬼が連続斬りでトマを追い立てた。
躱す、受ける。距離を取り、誘い込み突き技と突き技が交差する。お互いに外れて大鬼から連撃開始、左縦切り七連からの不規則下段斬り四連、トマは大剣で捌いて行くが手指が衝撃で痺れる。長く力を込めて大剣を握り込んだことでガントレット奥の手指が出血していく、グリップ力が雨と出血で弱まる中トマは闘い続ける。
戦闘が長引くほどに大鬼は嬉しそうに笑い、トマの次の動作を見たがり熱中していく。
それとは真逆にトマはどんどん心が冷えた。
相手は戦闘の天才かも知れないが戦闘で遊ぶ癖が見えたからだ。遊ぶのは好きにしろと思うが、戦闘を長引かせても遊ぶ、その事実にトマは馬鹿を見つけた気持ちが湧きドンドン大鬼が嫌いになっていく、長引かせても利点が無いのが戦闘だ。少なくても戦闘員にはそうだ。命がけで闘っても給料が食事と装備しかもらえなかったトマの真実ではそうである。大鬼が繰り出す拳足の動きは合理に徹していたが大剣の動きは遊びが多かった。本気なら、あるいは長引かせる気が無ければトマでも危うい時があったのにそう言う時、必ず大鬼特殊個体は動きに迷う。
せっかくの戦闘遊びが短時間で終わったらつまらないと言いたげに大鬼の判断が濁る。
御蔭でトマは戦闘の天才相手に命を拾い何なら罠迄張っている。
そいつに大鬼が引っかかればトマの勝ち。
避けられればトマが負けて死ぬだけ、楽な話だ。
戦闘で遊ぶ感性がトマには判らない、地獄のような戦闘を、意味も解らず受け続けた訓練でやり過ごし、たまたま命を拾う。そして休息時間に戦闘に怯え、死にたくないから訓練に縋り没頭する。夏の日も冬の日も春の日も秋の日も退屈で反吐が出そうな訓練を熟し、戦場で己を試され、ふいに訪れた休息時間無理矢理休み眠り、結局、恐怖で訓練を始める。糞熱い中、うだる熱に悩まされ型稽古を続け、雪が降り、からだ震える寒さの中、霜焼けた手指で木剣を握り素振りを続ける……ふとある日、戦場で型通りの防御と攻撃が同時に成功させた瞬間近接戦闘、その訓練意味が欠片ながら分かった気がした。
自分は剣の才能がない。
そう確信せざる負えないほど成長が遅かったが訓練で、変化はあったのだ。
だから、それ以来、素振りと型稽古に拘り、己の動きの淀みに怯え、実戦で試し、運良く生き延びて、休息、訓練、戦闘のサイクルが回りだす。徐々にトマは強くなっていく、戦闘で遊んでいる暇はなかった。そう言う奴もいたが、ちんけな罠を見抜けず死んで行く。
調子に乗った天才は戦場で死に、臆病な鈍才の自分は生き残った。
だから何だという話だが、大鬼特殊個体が雑魚に見えてしまいトマはゲラゲラゲラ嗤ってしまった。
戦闘中の出来事で、トマの下段脛切りを躱し大鬼特殊個体はトマの邪悪な笑みを見る。炎の大剣を肩に担ぎ雨に濡れ共鳴して笑った。こちらは屈託のない笑みで魔物であることを忘れそうな伸びやかな笑いだ。好敵手が己と同じように戦闘を楽しんでいると勘違いしていく。
トマは大鬼を殺す罠を張る。
単純だが大鬼の遊びたがりでは、躱せない予感がトマに走った。
夜が続く、だが、朝が近づく。
そして朝を隠すように暗い重い雲が天に広がり朝日を隠すだろう。
大鬼特殊個体は戦闘に熱中し、トマは殺しの罠を張り意図を隠して誘導を続ける。午前零時の時は過ぎ次の日に成っても戦闘は終わらない。
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