黄昏の語り、九話

                「9」


 森まで来たが霧は晴れない。


 むしろ、魔物から隠れられてよいかも知れないが、足りない。


 森の中のアーマーセンチピードを探し、仕留め臭腺を二つ手に取り、こいつ一つを使い切り自分と荷車を魔物の臭いで隠して再出発、残りの臭腺は虎の子である。現在余計な戦闘は四回あり名も知らない強い熊型の魔物のせいで時間が潰れた。熊の魔物は流れ者の様でトマを執拗に追い回した挙句、荷車破壊に手を出したため本気のトマの反撃で大剣に沈んだ。黒色魔法鉱石の大剣は素晴らしい強度と切れ味を示し硬く大きな熊型魔物の骨を紙のように両断して見せた。


 トマは改めて大剣を見つめる。


 霧下とはいえ陽光の中、黒の半透明な大剣は美しく、全般に重厚な形。

 大剣は、先細りとなり肉厚で血溝の抉れ具合は十分。

これなら深く魔物の体奥へ突きを入れても良く抜けるだろう。

柄と鍔に色気があり長く形が良い。


これで並みより強度があるのだから製作者の美意識と実用美は見事な融合を果たしていた。其処までは、トマには判らなかったが百万タット越えのつるぎとは酷く頼もしく感じた。大剣の性能は判ったが、クマの魔物は手強く無駄な消耗と時間が取られ昼だった。


 熊の死骸に座り込み弁当を食べきりシチュー包みパイなる美味を初めて味わいトマは目を丸くした。それからは森に残存する廃道を荷車で急いだ。アーマーセンチピードの臭腺は本日も良い仕事をして森の境目である岩山前まで戦闘ゼロで来れたが黄昏時だった。


 野営の準備をしつつ周辺観察、戦闘煙を発見。


 冒険者組合資料室では此処から先には大鬼族の配下、小鬼族が集まり警戒線を敷き、散発的に構築した小さな砦を拠点に生活しているハズが、その方角から煙が上がっている。生活燃料の薪を燃やした場合とは違う黒い科学臭がする煙だ。蛋白質の焼ける香りもする。冒険者装備が、人と言う中身と一緒に燃えるとこんな香りがするし、食事とは違うたんぱく質が武装諸共に無駄に焼け焦げていく香りも独特なものがある。


 戦場で嗅ぎ慣れた匂いを前にトマは顔を険しい物にして野営準備を切り上げた。


 道の先を探索していく、荷車の通り道を確認しつつ敵を警戒して進んでいく、登坂を幾つか超えた先広場に出た。小鬼族用の壊れた小さい砦が見えた。無数の小鬼族の死体に混じって敗死した冒険者の死体を三つ発見。現状で動く物はトマだけ、敵の索敵を警戒しつつトマは冒険者の死体に接近。


弓使いが蹲り背中に槍を六本も受け死んでいる。冒険者プレートのみ回収。ナイフ使いが頭部を兜諸共に割られ寝っ転がる。冒険者プレートのみ回収。重装甲だが両足が無く出血死した冒険者がいた。冒険者プレートのみ回収。戦闘は終わり炎が燃え弾ける音ばかり残る。

焼け爛れ小さな砦が崩れていく。


 トマは岩下に戻り、荷車を藪に隠した。

 動物や魔物に発見され悪戯に壊されることを嫌ったのだ。

 現状は微妙である。


 大鬼討伐に他の連中も動きトマの活動日と恐らくバッティング、今頃激戦であろう。其処を利用できれば、トマは楽に大鬼の首を狙えるのだがロックがそうしたように恨みを買えば何をされるか判らない、トマは賞金首と言う弱点がある以上は恨みを買えない。本来はここで一泊して明日、大鬼首を狙う予定が、他の討伐隊の御蔭で判断の分かれ道が来ている。


「俺の目的は金では無く…西に旅立つこと、か、なら、戦闘参加だ」


 腹をくくり手柄を先行討伐隊に譲るつもりになったトマは、携帯食料を急いで齧り水で押し込むと休息を辞め野営予定を取り止め戦闘支援に向けて駆け出した。荷車を藪に隠し運を天に任せる。所詮、トマは戦闘員、出来る事は慎重な戦闘か、強引な戦闘くらいなものだ。偵察兵でも参謀でも指揮官でも無い以上は、突撃と砲撃しかできない。それを思い出すと気分が軽くなり軽やかにトマは岩山を走っていく。夕が落ちる前に腰のカンテラに火を入れ灯りと共に夜を走り、戦場を目指した。


 岩山の道には、戦闘で負けた小鬼族が無数の死体、槍が突き立った壁、捨てられた斧、壊れた複数の弓矢、崖に捨てられた盾の山、折れた剣、燃える不味そうな携帯食料、そして冒険者の死体が散乱した。途中見える物が変わり走る速度をトマは落とす。強化魔法の出力を落とし、経戦能力確認、残り戦闘可能時間は鑑定魔法では18時間40秒と出た。悪く無かった。天候は霧から曇天に変わり一雨来そうである。雨は視界も足場も悪くする。気にしながら先を急ぐと建造物へ近づく。鉱山街であった時建てられて残った廃墟である。宿場町に入ったのだっ。はやる気持ちを抑え、そいつを遮蔽物に敵を探しトマは隠れ走った。

 

 曇天から月がのぞく時、幾つかの曲がり角を曲がると、ハッキリと戦闘音が聞こえる。


 武具と武具をぶつける音、矢の放たれる音が重なり合う音、怪我の悲鳴、冒険者の罵倒と魔物の吠え声、指揮官の命令に配下の報告音、まだ距離があり詳細は判らない。音の方へトマは進んでいき壁からそっと音の先を覗いた。戦闘中の光景が月夜に浮かぶ、トマは首を動かし骨を左右に一回ずつ鳴らすと図多袋をその場に下す。更に遮蔽物に隠れ接近し、声を確かに聞いた。

「待て待て待てッ!まだ撃つな引き付けろっ!」

「俺の腕俺の腕どこだっ!」

「痛い痛い痛い痛いっ目が見えねえ!」

「敵増援到着ッ!気合い入れろっ!」

「魔法使い何やって居やがるっ!大鬼を拘束したぞっ!止めを刺せ!」

「五分待てッ!魔法をチャージする」

「馬鹿じゃねえのかっ!待ってられるかっ!準備待機していたロックはどうしたっ!」

「杖を折られて逃げたよっ!」

「糞がっ!密集陣形!一点突破で包囲を破り撤退だ!」

「ここで逃げるとかふざけんな!」

「死にたくねえよ!」

「叩け馬鹿ども!闘え阿保共!敵はまっちゃくれねえぞ!」

「糞糞糞糞馬鹿野郎がっ!ロックの奴は俺が殺してやる!」

「敵更なる増援確認!中鬼の魔法兵だっ!」


 トマは建造物を登り狙点を確保。強化魔法を起動しつつまず重包囲する小鬼族に榴弾型魔法弾を夜間浴びせた。戦場では冒険者たちがばら撒いた光源があり輝いて居て見通しが良い、だが、冒険者たちの討伐隊は大鬼の止めを刺せず崩壊中だった。小鬼族を多くトマが吹き飛ばすと冒険者たちは士気を一部復活させ猛反撃に出た。トマも屋根から跳躍、走って戦闘に参加した。走りつつ右手で大剣を抜き刃を肩の装甲に預け保持固定、左腕を伸ばしラピットカノンで援護射撃、狙いは中鬼族の増援魔法使いたち、そいつに向け貫通型魔法弾を放ち続け肉薄、大剣で魔法を使われる前に蹂躙していく、が、間に合わず反撃のファイアボールを二十八発浴びせられてしまう。強化魔法によって高速移動していたため照準がズレ、至近弾で終わってくれたが爆風でぶっ飛ぶ。鎧に頑丈強化の魔法を込めていなかったら即死であっただろう爆発をやり過ごし、空中で姿勢制御、地上へ砲撃し着地。目の前には大鬼、二体いる内の一体であろう。振り上げられた拳を躱して行く、致死必殺の威力がトマのヘルムを擦り上げ反撃がトマから飛ぶ、黒い大剣がうなりを上げ迫り大鬼の首を刎ねた。


奇襲効果、強化魔法の出力全開、黒色魔法鉱石大剣の切れ味、短期決戦を狙ったトマの本気、大剣技の技量。五つの要素が合わさり強敵一体目をあっけなく仕留めたが、トマは空を飛んでいた。


「?」


 足元から着地、空中で気絶して居て今復帰。

 トマの両手に大剣がなく背後につるぎが突き立っているが気付けない。


 二体目の大鬼は別格の慎重さと強さを持つ様で、仲間の大鬼の首が飛んだ瞬間トマを狙い、隠れた場所から飛び出て背後から襲い思いっきり蹴り上げていたのだった。気付けないで重傷を負ったトマは目の前の大鬼が繰り出す爪攻撃をかわし、握ったはずの大剣を振り込んで空を切る「!」そこで初めて自分が大剣を取り落し大怪我をしている事に気付いて血をまき散らし吐いた。吐き散らしながら相手の連撃をダガー一本で捌きトマは撤退していく、追い付かれ噛みつきを喰らい紙一重で躱したが、蹴りでべこべこにへこんだ鎧に止めを刺された。頑丈強化の魔法が込められたメイルと適温魔法が込められたサーコートが広く噛み破られてしまった。トマが鎧の残骸をかなぐり捨て、跳躍。榴弾型魔法弾を煙幕代わりに放つ、空中で大剣の位置を調べ回復魔法で無理矢理戦闘能力を復旧、着地と同時に体をかがめ大鬼のケリを躱し走りだす。大剣を握り周囲を一瞬だけ見回す。

「気を付けろっ!炎魔法を使う特殊個体だ!」

「?」

 生き残り冒険者がトマに警告するが耳から血を吹いてトマには聞こえない。


 状況は最悪、トマの増援で冒険者たちは息を吹き返したが大鬼は愚か取り巻きの殲滅すらできず、撤退する者と闘い続ける者で四十名は分裂、組織行動が崩壊していた。其処に三体目の魔法使い型大鬼が参戦、組合が把握して居た大鬼の数は二体、三体目である大鬼、特殊個体の観測報告は上がっていなかった。


背後で攻撃気配。

側転からのバク転後退を組み合わせ見もせずに攻撃を避け大剣を一閃。

不用意に伸ばした大鬼特殊個体の右足を根元から斬り飛ばす。


トマは走り魔法使い型大鬼とその取り巻きに突撃していく。小鬼族の数は残りおよそ三十、中鬼族の残存兵はおよそ二十、指揮官の魔法使い型大鬼族は杖を構えロックカノンの魔法で執拗にトマを狙い砲撃、友軍への被害を考えない短慮な奴だった。乱戦に持ち込み強化魔法全開・大剣で蹂躙突撃を開始。


 この瞬間だけ、トマは途方も無く強く成る。

  

 代償は肉体の消耗と経戦時間の激減。魔法兵は魔力が減ると戦闘可能時間がどんどん少なくなる。だがほぼ一瞬で取り巻きの殲滅に成功した。血と肉片を巻き上げる竜巻の様な剣捌きと突撃の果て指揮官の魔法型大鬼の前に肉薄、相手は切り札の魔法「ラーバジャベリン」を放った。

 

 溶岩性の太く大きな槍がトマの腹を狙う、トマが左腕で反撃。

 

 己の全力で貫通型魔法弾を選択、放った。ラーバジャベリンは攻撃力の高い魔法だが槍自体は柔らかな溶岩である。まったくの魔法相性で貫通型魔法弾は溶岩の投げ槍を貫き砕いて魔法型大鬼の腹に直撃、流石にそれだけで死ぬほど弱くはないが、ローブを着込んだそいつの体がくの字に折れ首を晒す。僅かに顔を出し雲に隠れつつある月光の下、魔物と比べ小さく、しかし魔物に近しく邪悪なトマが嗤い振りかぶった黒い大剣が美しくも陰鬱な月光に輝き振り下ろされる。大鬼のしわ首が闇に飛びローブ下の年寄り鬼が悔しそうに牙を剥き死んで行く。


 トマは自分に鑑定魔法を使い、経戦力を調べ損害を見ていく。

コンディションは危険信号だった。だが、まだやれるから、振り返る。


 足元の鬼首を蹴りつけて最期の獲物を見た。奴の足を確かに股間の根元から斬り飛ばしたのに、二本の足で立ちトマを見つめニタニタ、グフフフと笑っている。奴の足を月明りと冒険者が残した光源で見る。斬り飛ばした跡があるが癒合している跡も見えた。つまり、奴は己の生命力だけで切り離された足を繋いでしまったのだ。その荒業を示すだけではなく殺意十分、戦意充分にトマに向け拍手している。冒険者たちは暇な此奴に皆殺しにあったらしく全滅して居る。冒険者たちの死体はどれもこれも拳足でぶち抜かれた大きな穴を抱え襤褸雑巾となっていた。最期の大鬼特殊個体は、トマだけを見る。


討伐に着た冒険者連合も、配下の中鬼族壊滅も、奴隷の小鬼族壊乱も、

仲間の大鬼族全滅も、興味が無く、只一人、

トマだけを嬉しそうに見つめ拍手する。


 大鬼特殊個体は、殺し甲斐がある楽しい好敵手を見つけグフフフフフと笑い続ける。


 トマが取り巻きを殲滅する間に、此奴は冒険者を殲滅していた。

 トマは、魔法を使い痩せて飢える兜奥で眼を細めた。

 餓狼のように貪婪な目つきで、喰い殺したい様な欲望を二者は抱える。

 トマは、大鬼特殊個体に大剣を突きつける。


 あとは二者の喰らい合いが始まるだけだった。

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