黄昏の語り、八話

                「8」


 次の日、冒険者組合に顔を出し、そろそろ矢の場宿場町を離れる。と、受付に報告した。拠点を離れる際、目的地含め報告するのが戦力でもある冒険者の義務だった。それに従いトマは報告したのだが反応が芳しくない。


「ああ、駄目ですね。許可できません」

「は?」

「トマさんに指名依頼が入りました。組合も昨日の戦闘報告、その詳細が届き通読させてもらいました。素晴らしい判断力と戦闘能力です。昨日の戦闘、その活躍が認められ冒険者たちから推薦があり、大鬼討伐指名依頼が組合及び商工会議所から発令、トマさんは指名依頼達成まで矢の場宿場町を離れる許可が下りません」

「……断ったらどうなる……」

「降格処分だけで済みますが、最下級冒険者は前回ご説明したように信用がございません。ですので永久除名処分とさせていただきます。ですが我々も鬼ではないので指名依頼回避方法をお教えします。冒険者等級を最下級からFあるいはEまで上げれば、指名依頼を断っても降格処分だけで済みます。我々は強い冒険者に長く矢の場宿場町に逗留していただきたいと常々思い、活動しております……戦闘能力が高い方に、例えば犯罪者以外は長居していただきたいです……ねえトマさん?長居してくださいますよねえ?」


 受付の美人さんは思わせぶりな態度で最後の言葉を放ちトマを歪んだ笑みで見つめる。トマが盗賊上がりで懸賞金がまだ、生きた犯罪者だと彼女も既に知っているようだった。まるでアリでも観察するようにトマがどうするか好奇心が止まないようである。


 トマは苦笑する。

 

 己の行いは己に還り、己を運びあるいは苛む。これはきっと事実なのであろう。生まれた場所も生き方も選べないが、犯罪者である以上はトマに逃げ場はなかった。自分でも犯罪者な自分が許せなくなっていたから、心にすら逃げ場がない。


 トマは苦笑が落涙に代わる前に、急いで行動計画表を書きなぐり、指名依頼受理の書類にサインする。そして四日かけてラージスラッグ討伐を続けダガー一本で下位の魔物を蹂躙して帰還。


 報奨金を握ると金を数え、所持金が百五十万タットを越えたと確認し鍛冶屋ラッツの元へ走り込んだ。最下級の魔法鉱石大剣を買い大鬼討伐の勝算を上げる為に急いだ。

「切羽詰まってるねえ、どうした?」

「魔法剣を見せてくれ最下級で良い」

「う~ん、説明する?」

「……頼む……」

「魔法鉱石最下級は黒色、次は赤、その次が白色で、白色魔法鉱石は俺が鍛えられる限界、他にも強い魔法鉱石は有るんだけども大金がかかるし今は関係ないかな」

「……」


トマは肯いて先を促す。店主の彼も続けた。


「で、最下級黒色魔法鉱石は魔法を三つ込められて強度は鋼の十倍、赤は百倍、白は千倍にもなる。ただし黒色魔法鉱石は鍛えても魔法耐性が低いから、魔法の撃墜はお勧めできない、それをしたかったら魔法耐性向上の魔法を込めるか次のランク、赤色魔法鉱石製武具でやってくれ……じゃあ、現物を紹介しよう」


 鍛冶屋ラッツはトマを地下の納品倉庫に案内して店のショーケースを見せた。

 大剣棚を覗き込むとそこにはいろいろ種類があった。

 異国大剣、処刑大剣、蛮族大剣、バスタードソード、ツバイヘッダー、クレイモア―、騎士大剣、

 軍用大剣旧型、冒険者大剣一型、冒険者大剣二型……その他多数の型式が見かけた。


 冒険者大剣の種類は一型が、対人剣技に適正があり戦場・盗賊対策戦技の発動に向いていた。

 冒険者大剣二型は、魔物対策戦技の発動に向いている。


 二型は、一般に頑強さ優先、重さと威力優先である。


 冒険者大剣二型は大きく重く、流麗な対人剣技は発動し難く、人よりはるかに巨大で生命力溢れる魔物を仕留める為に威力と頑丈さを誇る物が多い、商品棚に並ぶ大剣は魔法鉱石を使用した物が並び、実用品は半透明な美しい赤か黒、交易や贈答用の値が張る大剣は流麗な細工飾り大剣で真っ白な魔法鉱石を使用されていた。


 鍛冶屋店主ラッツはトマを促す。

「最下級の黑色魔法鉱石大剣の棚はこっち、一律百万タットから、金は見せてもらったから好きなの選んでよ。騎士大剣なんてお勧めだぜ?」


 トマは一瞥して冒険者大剣二型の重厚な物を選ぶ。


 対人剣技は盗賊時代に使い過ぎてウンザリしている。例えばこんな剣技があった。大剣の刃がある剣中央付近を頑丈なガントレットで刃を避け剣の腹からがっちりと掴み、残りの手で柄を保持、大剣を短く持ったら間合いを詰めた素早い敵を鋭く切り伏せる。大剣を本来より短く持つことで一時的に剣速を上げる対人剣技だった。こいつで寝込みを襲った手練れ騎士を何人も討ち果たしてきた。寝込みで碌な武具・防具の無い騎士たちは、一か八か間合いを潰し格闘に活路を見出そうと素早くトマを襲う。そいつらをトマは重装備と対人剣技で沈めた。そして、その後の略奪には耳を塞いできた。


 だから、トマは、もう対人剣技が使いたくなかった。


 只の、加害者の感傷と言えばそれまでだが、対人剣技を離れ魔物に殺されるなら、それでも良いくらいには思い詰めてはいた。


 大剣一本で、百万タットが羽のあるように消えて行き、更にトマは小袋から黒色魔法鉱石結晶を鍛冶屋ラッツに示す。スザンナのくれた魔法鉱石には魔法が二つ込められいる。

「此奴をその大剣と融合してくれ、切れ味強化と炎付与だ」

「判ったけど残りの枠はどうする?」

「黒色魔法鉱石は確か三つまで魔法を込められるんだよな?」

「ああ」

「なら頑丈強化だ」

「おっけ、判った。三日後に取りに来てくれ魔法三つで七万タットいただきます」


 トマは金を支払う、これで残り二十九万タットしか残らない。旅先の生活資金として、心もとないが今は指名依頼処理が問題だった。


 秋始めに旅をしたが、秋が終わっていく。寒い日が増え仕事が順調、だが、ある日大剣は圧し折れ装備更新に貯金は溶けた。旅には出られず、スザンナがくれた品は武具と融合して勝てるかどうかわからない魔物との決戦はすぐそこまで来ている。三日後、大剣へ魔法付与が終わる時、一つ、死ぬ前に、闘う前にスザンナに偽善がしたく成り、大剣を鍛冶屋の兄ちゃん店主ラッツから受け取る。トマはもう一度ラージスラッグを仕留めに行った。其処で依頼を達成して五十万タット手にすると夕暮れ時である。歓楽街へトマは向かう。客として初めて娼館「飾り猫」に入った。

 受付カウンターの親父に、魔導書店のハンナ婆から貰った飾り猫の無料チケットを示しスザンナを指名すると受け付けてもらえた。待ち時間、ぼんやりと店内を見る。客待ちの娼婦に微笑まれキセルが燻らされていく、営業に出かけた娼婦が帰還し客に抱き付き上の階に消えて行く、慣れない光景が見たくなくて兜を目深にトマは被る。スザンナの前客が捌けトマの番が来た。


 階段をのぼり指定された四階窓部屋に向かう。


 渡された鍵で中に入ると、性液臭かった。部屋は荒れベッドでは全裸のスザンナが痣に塗れ、首にはくっきりと男の手指が締めた跡が残る。尾篭(びろう)な話だが女の首を絞めると股の締りが良くなり気持ちよく射精できる。そんなバカ話を真に受け実行した客をスザンナは本日引いたらしい。浄化魔法で部屋と備品とスザンナを浄化し毛布をスザンナにぶっかける。それから回復魔法をスザンナに掛けた。暖かな紅い魔法光が女の生命を癒していく。回復魔法は対象の余剰エネルギーを消費して傷を癒す魔法だ。栄養が使われ栄養が無ければ脂肪が使われ、無ければ筋肉が代用されて筋肉が痩せて傷は癒え、筋肉すら足りなければ内臓まで痩せて傷が癒える諸刃の魔法が「回復魔法」だった。

回復魔法を使った後は復帰訓練と栄養が過剰に必要と成る。


 治療したら嫌でも食べねばならない魔法。それが回復魔法の正体。

 

 トマは軽食を買って来た自分を褒めるようにスザンナにホワイトチョコが詰まったバターサンドを食べさせ、それから話しかけた。

「……借りを返しに来た。そろそろこの宿場町を出て旅にでる。その前に金を……」


 毛布の奥でもそもそと泣きながら食べていた咀嚼音が途切れる。

 声が返ってきた。

 

「…要らない、これでも人気娼婦なんだ。言ったでしょ?今月のノルマは終わったって…複数のキャラバン隊を率いる豪商のキネリドルさんに、私気に入られてて、さ、御金は一生涯困らないくらいあるんだ…でも…家族も親族も魔物にやられちゃって…私は一人で…私の出来る仕事はこれしかなくて…トマが私を回復魔法で癒したから、明日も私は働かなくちゃいけなくなった……休ませてよ……」

「…」

「友達はさあ、娼婦ばっかでさあ、どんどん世間からずれていく、私も自分の常識が壊れていくのを味わうんだ。今日だって別に辛くなかった……昔の自分なら信じられない事だけど…でもそれが…どんどん怖くなる…」

「もう喋るな」

「旅に出る?私を置いて旅に出て、トマはさあ、どこにでも行くんだろうねえ…私はここで人気が無くなるまで働いて、世間ずれして馬鹿になって変な買い物して散財して貧乏なおばあさんになって道端に一人で死ぬんだっ!」

「…スザンナ…」

「金を持ってきたんでしょうけど、冒険者さんの稼ぎってどんなに頑張っても下級じゃ百万いかないでしょ?わたし、今日だけで一億タット稼いじゃった…こんなの可笑しいよ…食事には一回400タットあれば美味しいものが食べられるのに一億タット…此処は安い娼館なんだよ?私の知る世界が壊れていく…」


 トマは部屋から、女の語りから、逃げ出そうとして立ち上がる。手指を取られ絡みつかれた。


「どこ行くの?借りを返してよ。お父さんとお母さんの楽しい記憶が詰まった鉱石をあなたに上げたんだ。御金じゃない、記憶の借りを返してよ?」

「…出来ない…」

「そればっかりだねえ…弱いと襲って食べちゃうよ?」

「…止めてくれ…」トマは真剣に懇願し自分より遥かに弱いはずのスザンナを恐れた。

「…あと、十分だけ、傍にいて…もう話しかけないから、普段の私に戻るから、お金は引っ込めて」

「…わ、かった…」トマはぎこちなく従った。娼館が酷く恐ろしい場所に思える十分後、トマはスザンナを置き去りに娼館を離れた。手を握り合い恐ろしさと寂しさを紛らわせ、しかしそれ以上近づけず二人は離れた。物を知らず世間を知らず、女に怯え、戦闘能力が高いだけの精神雑魚は宿屋に逃げ帰る。稼いだ金を装甲付きポーチの中、財布に預け、決戦出撃前夜が終わっていく。


 次の日、天候は霧。

 宿屋のオジサン亭主から冒険前に大きなお弁当を貰った。トマは受け取り図多袋へしまう。


「お昼代も宿賃に含まれてるから、君、あんまり無理せず食べに来なよ。お弁当よりたくさん食べられるんだからさ。まあ、冒険前に言う事でないか、頑張ってね……」


 オジサン亭主に激励されトマは尻のおさまりが悪いまま肯いて走り去った。


 冒険者組合に顔を出し、指名依頼攻略に向かうと受付に告げる。荷車借り賃を支払い倉庫で荷車を借り出発。霧の広がる中、朝に進む。宿場町中央から何時もの北門へどんどん進み北門を守る衛兵隊に誰何を受け、冒険者プレートを何時もの様に提出、門が開かれて先へ進んでも霧が広がる。秋終わりの霧朝は冷たく視界が悪い、荷車は空荷で軽快に進む。カラカラくるくるサララと手入れの良い車輪は回る。狙いの大鬼は3メートル50センチはある。重さは推して知るべし、そいつが二体で重量は倍加、予定される戦闘で疲れた体でどこまで運べるかわからないが、本日の冒険は始まったばかり、素材を得る前に戦闘での勝利が必要で、勝利の前に索敵探索からの標的位置割り出しが必要で、探索の前に標的推定所在地への安全な進出が必要だった。

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