黄昏の語り、七話

               「7」

 

 ロックが注文した酒は、アルコール度数ばかり強く味もへったくれも無い。

 そんな酒が来て奴はちびりと舐めた。

 それを境に饒舌となった。


 ―――、アンタの顔見た事がある。換金所の鑑定爺もアンタの事盗賊上がりだ、と、言った話を俺は拾っている。そこでピンときた俺は懸賞金首ばかり乗ったビンゴブックを開いてアンタを見つけた。ワルツ盗賊団、別命壊滅盗賊団。狙った獲物を壊滅するまで追いかけ組織崩壊してもしゃぶり尽くす極悪盗賊団だ。其処に所属した魔法兵は強さで有名。トマ、16歳。ワルツ盗賊団養育三期、魔法兵。所属、ワルツ盗賊団魔法部隊。罪状、兵士殺し、自警団殺し、騎士殺し、戦闘用飛行機械搬入倉庫侵入及び爆破工作主犯、弾薬倉庫爆破数十件、食糧倉庫爆破数十件、都市襲撃無数、人身売買護衛、略奪幇助、軍隊への公務執行妨害及び迎撃罪、その他無数、懸賞額は何んと一千五百万タット……ちょっとした高位魔物並みの額だなこりゃ。


「だから何だ」


 ―――、別に……ここでぶん殴るのは無しだぜ?いつぞやの夜みたいに気絶させたらお前は冒険者組合規定に引っかかる。組合内での暴力は御法度。降格処分で一応済んでくれるが、最下級のお前は永久除名処分が待ち受ける。ええ?どうする?俺を殴って話から逃げて失職するかい?


「…」


 ―――、そう、それで良い。俺は今少し困っている。矢の場宿場町北の森を抜けた先にある廃墟、元鉱山街に大鬼が二匹暮らし、配下に中鬼族と小鬼族を侍らし好きに殺しと略奪を楽しんでいやがる。交易の邪魔だし、矢の場宿場町が発展したかったら魔法鉱石が良く取れた鉱山街も奪回したい。討伐に行きたいが大鬼は中位の魔物の中でも最強格、殺すにゃ精鋭がいるんだがこの宿場町の冒険者は全員へぼ。おれもな……へぼさ、ふふふふ。大鬼は長年討伐されずに放置され懸賞金額ばかり膨らみ今や七百万タット。こいつを欲しがる馬鹿が冒険者から出て、現在大規模討伐隊が組まれ始めたんだが、俺に言わせれば間抜けな話だ。


 金が無くて碌な装備がないから硬く生命力が強い大鬼に致命傷をいれられない。

 

万が一、装備を手配しても凄腕がいない。

 装備があっても強くないから豚に真珠。

大鬼の圧倒的な身体能力で叩きつぶされるのが落ち。


 そこで魔法使いの出番、ファイアカッターの魔法なら習得難易度が低く威力十分って事で魔法使いで三名ファイカッターを撃てる奴が俺含め集められたんだが、ファイカッターは発動まで五分かかり射程は10メートル、近接戦用の魔法なのにチャージに五分だ。幾ら大鬼の首を落とせる威力があってもゴリゴリの近接戦闘屋である大鬼の前に五分もボーっと突っ立てたら捻り潰されて魔法どころじゃない。


 大鬼の寝床にこっそり案内できる斥候職でもいて魔法使い三名が魔法をチャージする。


 あるいはそんな作戦でもあれば、その為に今から訓練を激しくするなら勝ちも拾えるかもわからんのだが、討伐隊はファイアカッターの魔法が使える魔法使い三名を確保しただけで、もう、勝った気で居やがる。訓練そっちのけで勝利後の報奨金分配で毎日激論中だ。


 七百万タットは大金だが、分配者が四十名もいると一人辺りの儲けは端金に成る。それでも討伐に動くのは矢の場宿場町でこれからも暮らしたいからなんだが、気高い意志に見合わぬ粗雑な戦術で全ては台無しだ。


「其処でアンタだ。アンタほどの凄腕が討伐隊に混ざってくれれば俺の危険が減って、討伐成功率は上がる。どうだ?」

「ふざけろ、大鬼みたいな糞ヤバ相手に闘わせておいて報酬はどうなる?」

「小遣い銭はくれてやる」

「それで話がたたむなら、一度だけ協力しても良いが、アンタは俺を脅した。脅しの先の話では俺の報酬を言われるまで、語らなかった。この様で……ここで引けば、これからも俺を食い物にするだろう、アンタはそう言う奴だ」

「強がっても良い事ねえぞ盗賊?俺が…」

「通報すれば、か?好きにしろよ。だが処刑前に必ずお前の首を刎ねてやる」


 トマは兜を脱いで傷塗れの顔を晒しロックの目を覗き込んだ。

 酒に濁ったガラス玉で「魂」が入っていなかった。

トマは、だから鼻で嗤う。

 其処にやって来る注文通りの熱すぎるポタージュスープと冷たいサラダ。


 かぼちゃの甘いスープとドレッシングが絶品のサラダを交互にガツガツ平らげるとトマは舌を火傷させ金を払い席を蹴った。残された魔法使いロックは酒に呑まれてへらへら笑っているが目に憎しみが宿っていた。総て無視してトマは換金所に向かう。換金所のカウンター奥では本日も髭爺が半裸のまま手袋をつけて汗にまみれ鑑定魔道具を目に装備、細かな鑑定をしている。

「おう来たな、割符を寄越せ」

「ほい」

「…手前、ロックに絡まれただろ?奴は碌な噂を聞かんぞ?」

「…速めに宿場町を出るさ、金が少し溜まって来たんだ…」

「で?今回の仕事成功でいよいよ旅立ち準備が進む、と、どこに行くんだ?」

「岩倉宿場町」

「その次は?」

「角山宿場町、その次は毛穴宿場町…」

「二週間ごとにある宿場町辿って、交易路沿いに王都を目指すのか?」

「王都を越え、西へ西へ進み開拓最前線を目指している。其処なら…俺は…」

「夢より金にしとけ…どこかでお前が居付ける田舎都市がきっとある。開拓最前線は凶暴な魔物が多い…冒険者は愚か貴族も国軍も出張り殺気立ってる。下手な盗賊上がりが西へ行けば即日縛り首だな」

「…」

「今は金だ。アーマーセンチピード三十体分だぞ?儲けを喜べ」

「そう、だな…うん」


 トマはぎこちなくうなずき金を数えた。

 アーマーセンチピードの、魔石、外殻、毒腺、素材納品報酬でひとつ七千タット。

 それが30×3で63万タット

 アーマーセンチピード自体が討伐された事による治安回復報酬金つまり討伐報酬、

 一匹七千タットで21万タット。合計84万タットがトマに入った。

「爺さん、ラージスラッグ討伐の方が金に成るじゃねえか?」

「討伐数の違い、それと需要と供給の問題だ。強けりゃ高く売れるとは限らんってコッタ。良かったな一つ賢く成れて」

「うるせいやい、ラージスラッグよりアーマーセンチピードの方が解体時間取られないから、こっちで稼ぐが…中位の魔物討伐より下位の魔物討伐の方が儲かるなんて、詐欺にあった気分だぜ…」

「ひひひひ!クエストボードの依頼はよく見るクセを付けんと冒険時間分だけ損するぞ?」

「へ~い」


 トマはやる気なく金を財布に仕舞った。これで所持金が百二十万タット程になる。その足で錬金術のお店に行き鋼防具全てに頑丈強化の魔法を込めてもらいヘルムには追加で暗視の魔法を込めてもらった。ヘルム、ガントレット、メイル、レッグアーマー、鎖の編み込まれた防刃インナー上下、マント、合計で七つの装備に魔法を八つ込めたので一つの魔法に35000タットかかり28万タットが飛ぶ。鍛冶屋に魔法を込めてもらうより確かに錬金術のお店の方が安く済むようである。


 所持金が早速目に判るほど減りトマはけち臭く所持金を数える。

 残金92万タットと少々。


 人生で一番金を持っている時期ではあるがそれでも百万タットを越えられない貧乏性だった。

 それから装備に魔法が込められるまで三日ほど冒険者組合と宿屋を行ったり来たりして冒険情報をそろえ休息に充てた。体力気力が充実していく三日間であり旅立ちの予感が強まる三日間であった。防具を取りに錬金術のお店に向かい、お昼ごろ冒険に出ようとのんびりと宿場町を進み、消耗品を補充すると、冒険者組合に顔を出した。すると設備の人員がバタバタ焦ったように動き回っていてトマにも話しかけられた。

「現在緊急強制依頼発令中です。大鬼討伐に向かった冒険者連合が北の森隣り、湿地帯で鳥型魔獣イエールピルに捕捉され戦闘中です。救援に向かってください」

「大鬼討伐で何故鉱山街では無く湿地帯へ?」

「大鬼討伐に向けた資材集積地点作成を、危険な森を迂回した先で作ろうとしたところ湿地帯で魔物に捕捉され失敗したようです。イエールピルは大きさ五メートルほど、肉食で小鬼族人族を好み捕食し風魔法で不可視の刃を成形・発射します。その他くちばし、爪も強靭で力が強い中位の魔物であり、現在、魔物の戦闘参加数は増え続けています」


 トマは首を振る。

「中位の飛行系かよ。めんどくせえ、断れないか?」

「永久追放処分で良ければ断れますが?」

「…行ってくる…」


 トマは爆速ダッシュで緊急強制依頼に向かった。


 走り走り、本当は今日にでも矢の場宿場町を去るつもりが当てが外れ困りつつ、明日にでも矢の場宿場町を去る報告を組合受付に提出すると決めてトマは宿場町を駆け門をくぐり、冒険者プレートを衛兵隊に提出して湿地帯迄さらに走った。戦闘音が遠く聞こえ始めた。


 弓の射られる音、剣戟が大地に外れる音、傷付き悲鳴を上げる音、荒い叫び声と戦闘の号令。


 魔物の吠え声、大きな羽ばたき音、風魔法特有の甲高い攻撃音と攻撃魔法特有の青い魔法光も見えた。トマは走り戦闘状況を見た。足を止め舌打ち一つ、乱戦化している。小鬼族のお零れ狙い集団にラージスラッグの巻き込まれ集団に、イエールピルが十数匹空を舞い、興奮した角有大兎が冒険者に迎撃され首を刎ね飛ばされた……スライムまで集まり始めている。


 救援に着た冒険者達はトマと同じ最下級の様だが戦闘のド素人で組織行動を邪魔してばかり、おかげで弓隊と魔法部隊があるのに有効射撃が組織的に行えず、イエールピルを追い払えていない、そこに小鬼族がまとわりつき混乱を加速させている。戦闘範囲が広がり過ぎて無関係な魔物、例えばラージスラッグを群れごと怒らせて戦闘が拡大している。


 しかも、大鬼討伐隊は陸戦想定で装備を固めたらしく、対空想定が浅い。


 飛行するイエールピルにやられっぱなしだった。トマは深呼吸して汗と荒い呼吸を整え戦闘参加した。まずは叫ぶ、友軍と認識してもらうために叫ぶ。

「悪い遅れたっ!冒険者だっ!」言いながら走りだす。


 まずは弓隊にまとわりつく小鬼族と殺し合いに入った。攻撃魔法は威力があり過ぎて使えない、敵と味方が混交してしまい友軍を撃ちかねないのだ。強化魔法全開に大剣を振るい短時間で弓隊から小鬼族を追い払うと次は魔法部隊の回りでウロチョロする最下級冒険者たちを怒鳴りぶん殴って言う事を利かせ集団をまとめ、近くの中年Dランクメイス使いに預け魔法部隊の護衛に運用するように言い含め自分は空を見た。イエールピルが風魔法をトマに放ったのだ。鑑定魔法でタイミングを見切り大剣をぶつけた。不可視の刃である風魔法が切れていくが、大剣から異音が成った。物理的頑丈さは上げていたが魔法的頑丈さは上げていなかったのだ。攻撃を防がれたイエールピルが苛立ち低空高速飛行でトマに迫ると爪で切り裂こうとした。トマは大剣で両断する。風魔法は厄介だが速度が遅かった。体は石のように確かに硬いが金属程の強度は無い、空さえ飛ばなければトマでも対処できそうだった。


 トマは走る。


 怒れるラージスラッグの集団へ榴弾型魔法弾を一発ぶち込みケリをつけ残りの小鬼族を冒険者たちと蹴散らし、速射砲魔法でイエールピルを狙った。外れ、外れ、外れ、外れ、対空射撃の難しさに阻まれるがイエールピルはトマの砲撃で動揺し、そこを弓隊と魔法部隊の集中射撃で撃墜されるようになっていく。弓隊が湿地帯奥、その百メートル横に魔法部隊は陣取りライトニングバレットと言う最下級雷系攻撃魔法を連射。トマは別の射撃地点で牽制射撃を行いイエールピルの飛行を邪魔していく。


 撃墜できなくて良い、組織戦闘の支援射撃に徹した。


 夕暮れ頃、最後にエールピル四匹がトマに風魔法を連射して逃げていく。目立つ単独行動し過ぎでトマに狙いが集中した瞬間だった。回避が間に合わず、トマは大剣で不可視の風属性魔法刃を鑑定魔法で捕捉し撃墜していく。


 三発まで魔法の刃を壊せたが、四発目で大剣が砕け、トマの腹に魔法の刃が縦に直撃して顔にまで縦一文字の切れ込みが出来た。だが、頑丈強化したメイルとヘルムの御蔭で重症化しなかった。戦闘が終わっていくが、この日トマは先輩の遺品である鋼の大剣を失った。


 トマは、自分の傷を忘れへし砕かれた鋼大剣の破片を拾った。


 そいつをスザンナがくれた黒色魔法鉱石結晶を収める小袋に押し込んでうなだれる。武装を失った以上旅は無理、装備更新に時間を使う必要がある。


 戦闘が終わり冒険者たちのリーダーが勝鬨を上げていく、生き残りたちは勇壮に吠えるが、物資集積拠点作成は失敗していた。帰路に入っていく長い隊列が出来、トマも加わった。移動途中、リーダーのワンベルに話しかけられた。

「良い腕だ。名前は?」

「トマ」

「新入りか?」

「ああ」

「大剣が折れちまったな、救援感謝だ。僅かだが強制依頼には金が出る。装備更新に使ってくれ」

「そうする」

「元気ないな、怪我でもしたか?」

「かすり傷だ…本当は今日にでも宿場町を出るつもりが強制依頼でパー、しかも、思い入れがある先輩の遺品大剣は圧し折れと来た…うんざりだな…」

「そりゃすまなかったな、宿場町を出るまでに、大鬼討伐に混ざって…いや、そんな気があるわけないか…忘れてくれ、鍛冶屋のラッツは知っているか」

「若い兄ちゃん店主か?」

「ああ、良い腕だから、この際金を貯めて魔法剣を買うのはどうだ?」

「考えとく…せっかく金が溜まって来たのに装備破損で買い替えか、やってらんねえな」


 ワンベルは苦笑する。彼にも心当たりがあるようだった。

「まあ、冒険者あるあるって奴だな、とにかく装備で金が持っていかれる。回復薬、地図、魔物除け魔道具、食料品、旅雑貨、そして防具と武具、この二つがとにかく金喰い虫だ。ルーキー、装備に金をけちるなよ?」

「ケチって死んでも、地獄で金の使い道なんざねえからな、そうする」

「東洋の地獄じゃ、金が通用するって話を聞いたが、どうだろうな?葬式の棺桶に金を入れとくんだとさ」

「…聞きたくねえ…」

「まあ、無駄話はここまで、見ろよ、遠く矢の場宿場町が見える。門が開いている間に着けると良いな」

「ふん」


 冒険者たちは帰還した。

 強制依頼は緊急合助の意味合い強く、冒険者の義務である。

 故に報酬は安く、どんなに危険でも一律五万タット以上は出ない。

 金を受け取りトマは宿に帰った。


 夕食はキノコバターオムレツがメインディッシュ、鶏肉とサラダの和え物があり、パンとオムレツはお代わり自由、大剣がへし折れた復讐のようにトマはがっついた。

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