黄昏の語り、六話
「6」
矢の場宿場町北側の森に入り一時間彷徨う、遭遇戦闘は三回。
蜘蛛型の弱い魔物が出たのみで他の魔物はこちらを見つけても威嚇するだけで済んだ。運良く、あまり攻撃的な魔物に出くわさなかった。
警戒しつつ一時間の間、トマは見て来た景色に思いをはせた。
矢の場宿場町南側の農村には秋遅い麦撒きが行われ、来年の夏ごろ収穫される予定が立っていた。あるいは自分も開拓村の農村に生まれればそう言った生活をしたかもしれない。
毎日畑で働き、暇を見つけて自警団で訓練し魔物に備えるだけの人生。
盗賊の里に生れ落ち、戦闘訓練を受け母親から嫌われ、魔法樹バフラマの樹に置いて行かれる生活と違ったかもしれない。
青く年中輝くバフラマの樹は吸血昆虫や寄生虫、例えば、蚊、シラミ、蚤、といったものを匂いと魔法の誘因光で誘い出し食べてしまう。家から遠い遠い森の中のバフラマの樹へ、寄生虫塗れに成る程、放置した育てる気のない子供を連れて行けば、不快害虫のかゆみから解放されて子供は樹の前で深く眠ってしまう。
その間に子供を育てる気のない親は森に子供を置き去りに捨てる。
故にバフラマの魔法樹は別名「子捨ての樹」とも呼ばれた。
トマは盗賊の里で何度も母親の手を引かれバフラマの樹へ案内されて捨てられた。
だが子供の魔法戦力化を狙う首領の配下である親父は必ずトマを見つけ持ち帰り、母親もトマも殴り付けて従わせた。最初トマは母親が、虫に悩む自分の為に魔法樹の位置を教えてくれたと思って悦んでいた。だが、本当は、些細な不快害虫対策すら子供に施さない冷たい家庭の産物にトマは悩まされていたに過ぎない。気付いてからトマの心は腐っていく、訓練で戦闘で休息で忙しく盗賊戦闘員として育つ中、心が家庭で腐り、死にたくないだけで犯罪に目をつぶる嫌な奴と成り、腐った心の中身に他の物は入らず無感動な空っぽ野郎に成っていた。
―――、もし、盗賊の里では無く、開拓地に生まれれば俺は、―――
そこまで考えた所で現実に戻っていた。警戒範囲に視覚情報更新。
アーマーセンチピードが出た。
一匹でうろつく辺り群れの周辺に散開した警戒係であろう。
荷車から手を放し、大剣の柄を握りトマは走り出した。相手はまず威嚇のポーズを取った。その間に強化魔法で身体能力を激増、走る速度が高速化した瞬間跳躍、立ち上がり牙と節足を見せびらかし蠢くアーマーセンチピードの胴体に大剣を叩き付けた。前回は圧し折れそうになり刃が潰れた。だが、今回は頑丈強化の刻印魔法が機能して魔素をトマより微量に吸い上げて強度を上げた。トマの身体能力に大剣が追いつき刃がアーマーセンチピードの胴体にヌラリと入り込み切断されて行く。
トマは大剣を振り切り着地して走り距離を取って残心。
両断されたアーマーセンチピードはまだ生きていて周辺に介入者なし、そこまで見て取ると大剣を肩装甲に押し付け担ぎアーマーセンチピードに近付く。頭部の急所を縦に深く切り裂いて止めを刺した。大剣を仕舞い、頑丈強化の魔法が籠ったダガーを引き抜き頭部から臭腺を剥ぎ取り中身を自分に眩し塗り込むと荷車を臭腺で念入りに汚した。アーマーセンチピードはこの森でアルテミスの眷属と勢力を二分する森の主だ。体は大きく力も強く魔法が使えて群れで活動し外皮は固く肉は毒を持ち喰えない。
つまり、アーマーセンチピードの群れを敵に回すと倒しても食事にすらならない面倒臭い奴なのだった。矢の場宿場町北側の森では、それは魔物の間で周知な様で、アーマーセンチピードの臭いだけで多くの魔物が、遭遇を嫌い戦闘回避を選んでくれる。
つまり魔物多い北側の森でトマは臭腺で体と荷車を汚すだけで活動が自由になった。アーマーセンチピード自体は同族の臭いにゆっくり寄って来る習性を持つので臭腺を利用するとアーマーセンチピードをピンポイントで狙えて他の邪魔が入りづらい環境が手に入る。このやり方と知識は冒険者組合の資料室に乗っていた情報である。アーマーセンチピードが遭遇時まずは威嚇しかしない事も、利用価値が高い臭腺の位置も素材の解体手順も、調べればすぐに出て来た。
御蔭で本日は稼げそうだった。
警戒線を張るもう一匹を同じ要領で仕留め予備の臭腺を確保し撤退路を確定させたトマは、群れに奇襲を仕掛けた。じりじりと這いずり進み接近、相手が此方に気付いていない間に群れとの距離を縮め、そっと左腕を伏せの姿勢から伸ばし砲撃、大樹を盾に出来るだけ相手の急所を狙った。
一匹、二匹、三匹、四匹目も行けたが、五匹目からこちらの位置に気付かれ近接戦となった。
強化魔法で身体能力を激増させ大剣をぶん回し七匹ほど両断して乱戦環境を駆け抜ける。速度の速いトマに追い付けない。アーマーセンチピードの両断された胴体が大地に落ちる頃、トマは振り返り速射砲魔法を放つ。射線が絶妙で三体の頭部を同時に貫通させたが残りのアーマーセンチピードに包囲されていた。上下左右前後ろ、タイミングばっちりの集中攻撃が来た。鋼より硬い尾の三連撃を大剣で吹き飛ばし、背後から迫る牙の噛みつきを見もせず躱し左右から来た鋭く長い節足の突き刺し連打を大剣で撃ち落としていく中、毒魔法の準備が完了・閃光のように、津波じみて猛毒がトマに迫る。強化魔法で跳躍、空中で半回転、大地を見て照準、榴弾型魔法弾を放ち毒魔法を燃やし吹き飛ばす。榴弾型魔法弾はなおも猛威を振るい地面を抉り土煙を巻き上げて行く中、トマは着地,煙幕の土埃を頼りに空中で見た敵位置記憶で、トマは移動、大剣を順番に叩き込んで駆け抜ける。
振り返れば追撃に近付き走るアーマーセンチピードがいる。
牙と毒魔法を躱しながら袈裟切りに両断して二体から離れ左腕を構え速射砲魔法から貫通型魔法弾を選択、次の標的を探した。五秒経過、残存敵無し……十秒経過、介入者発生無し……トマは左腕を降ろし右腕に握った大剣から力を抜き、魔物体液で汚れた剣身を見た。刃に問題がない様に見えたが、鑑定魔法では敵の毒に浸食されたと表示がある。鋼の大剣は、あと、交戦、数回でへし折れるやもしれない、戦闘は全くのトマ有利であったが装備の強度までは頭に回っていなかった。がっくりと落胆して大剣から魔物体液を振り払うと鞘に戻し、荷車に戻り宿屋のおっさん亭主がくれた弁当包みを広げると美味しいチーズ&フィッシュのキッシュが四枚も入っていて有り難く食べた。その後は解体にも戦闘にも使えるダガーで獲物解体に入った。アーマーセンチピードの外殻はそのままで鋼を弾く硬い素材だが錬金術で加工するとさらに強度が上がる。良い建材・装甲材に成りこれが高く売れる。魔石と毒腺も良質で良い値が付く。
肉は毒汚染がきつく捨てるより他は無い。
肉と外殻を切り離しては肉を捨て続け一昼夜後、解体作業が終わった。
八メートル級のアーマーセンチピードおよそ三十匹の外殻及び換金素材を荷車に詰め込みいらない多くの残骸を森に埋める。トマは荷車を押して帰還していく。解体の御蔭で獲物の嵩が減るが荷車は重かった。宿屋でもらった弁当を昨日食べてしまい、今は携帯食料の塩ビスケットの硬い奴を齧り顎を痛めるように噛み砕いて水で流し込む。
帰り道はアーマーセンチピードの臭腺効果で戦闘ゼロだった。
重い足を引きずるように荷車の車輪が地面にめり込むのを持ち上げる様に先へ進む、雲を見て太陽を見て風を感じ天候を見た。まだ、雨じゃない、雪も降らない、運が良ければ秋の内に旅立てる。
―――、だが、目的地はどうする、―――
考えはなかった。
盗賊時代では、ムサンナブ国は景気が良く西の開拓に熱心で常に人手不足。
どんな無能にも仕事と飯をくれて教師が着く。
だから、もし盗賊を辞められたら、あの国へ行こう。
あの国の西へ行こう。
そんな囁きを、襲撃で陥落させた都市の片隅で仲間同士行い略奪支援を行った記憶しかない。
あれから、時は流れ、冒険者組合の資料室に行ける様に成り、ムサンナブ国の情報は精度を増した。ムサンナブ国のムサンナブとは、砂漠の国言葉で「彗星」を意味し、倒せない程強すぎる魔物、剛妖、アンデット、悪霊、魔獣、が犇めき開拓不能なムサンナブ地方にある日彗星が落ち、倒せないほど強い魔物たちを滅ぼしてしまった。これで開拓が可能と成り国が起きたのが始まり、国の西部には封印が四つもあり、この四つの封印が破られた時巨大な迷宮が出現し大いなる繁栄がもたらされる。そんな伝承があり、その伝承を裏付けるかのような遺跡、文献、魔物が多くが出土する不思議の国でもある。
国は新興国ながら繫栄し、多くの魔物は討伐され開拓が進み特産品である魔物素材は各国で高く評価され交易には巨大な飛行機械が飛び護衛の空中戦闘機械と共に各国を回る。飛行機械と地上のキャラバン隊は無事交易を成功させ続けている。開拓地では多くの魔法鉱石や新素材が発見され高性能な武装が安く売られるようになり、昔ながらの槍、斧、弓、鈍器、剣、魔法増幅発動体も売られるが、連射系銃器の目新しさと使いやすさと高性能ぶりが知られ始めている。
経済は、順調なハズだが、受付さんが言うように魔物討伐者がまだ足りていないので、討伐依頼に大金が出資されている。将来、トマがどこに向かうにしろ本日は仕事の成功を願うより他は無かった。
宿場町の門が見える頃、トマは自分と荷車と素材に浄化魔法を使った。
それだけで匂いと汚れと衛生問題にケリがつくのだから酷く有り難い。
今回は匂いもせず汚れておらず素材を持ち込んだので個人の行商と間違えられたほどであるが、冒険者プレートを示し衛兵から通行許可をいただけた。冒険者組合に向かう光景は平穏に見えた。家々から立ち上る夕餉の香り、笑い遊ぶ子供らの騒々しさ、老人が酒を持ちだし盤上遊戯に仕事終わりの息子を引っ張り出す。大衆食堂では汚い身なりの労働工が嬉しそうに食事を丁寧にとり髭もじゃ面をほころばせた。女たちは夜騒げないので夕方に音の出る最後の仕事をしていく。洗濯の踏み洗い最終工程を済ませる労働歌が女の疲れた声で響いて行く。軽食店が終日売れ残りとなった朝造りのバゲットサンドを仕方がなさそうに孤児へくれてやる景色もある。不満はあるのだろうが、盗賊働きは見かけない中、野良猫まで欠伸をしていた。今は黄昏時、物堅い店は閉まっていく中、酒場の明かりがともり客が入りたがってまだ時間じゃないと追い払われる。
歓楽街の扉だけは、まだ閉じたまま準備中である。
矢の場宿場町の北門から宿場町中央に向かう道すがらトマはそんな景色を見ていた。戦闘能力が幾ら高くても心が腐り空っぽのトマには、平穏は酷く胸に痛く染みた。
此処は俺の居場所じゃない。
そんな感想が出る程、トマは平穏に怯え俯き先へ急いだ。
そしてすぐに怯える道の果てが来てくれた。
冒険者組合隣接倉庫に素材と荷車を預け換金割符を貰い受付に報告。首尾よく依頼達成が認めらる。「換金査定額が出るまでの間、情報交換所で軽食でも食べ、休まれては如何?」そう言われ従ったのが運の尽きだった。初めて入る情報交換所で慣れないメニュー表なんぞを広げ、カボチャのポタージュスープ成る物と、付け合わせのサラダを発見。腹が餓狼の様に減ったまま注文していく。テーブルで料理が来るまでじりじりと待っているとトマのテーブル前椅子に座る奴が出て来た。ふてぶてしい面の魔導士風である。手には古式ゆかしく魔法増幅発動体の杖を握り酒を注文すると話しかけて来た。
「よう、俺の名前はロックDランク冒険者で魔法系。アンタはトマで間違いないな?」
「・・・」
「アンタ、盗賊だろ?」
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