黄昏の語り、五話
「5」
「ハンナの魔導書店」
看板には確かにそう書かれ、冒険者組合を示す魔物を刺す剣のマークと錬金術組合加盟店マークが重なった刻印が重なり合い提携店を示す。御蔭で冒険者なら自由に魔法が買えて覚えられるようだった。店構えは盗賊時代のトマでも出入りを許された妖しいお店と似通い雰囲気に慣れていたトマは気軽に入っていく、中には耳のみょーんと長いしわくちゃ婆さんが居眠りするように店番をしていた。
この人がハンナ婆さんらしかった。
「よう婆さん、魔導書は売って居るかい?」
「ん……メテオリックバーストの魔導書70兆タット、ガンマ線バーストの魔導書60兆タット、アポカリプス招来の魔導書50兆タット、終末のラッパを吹く魔導書40兆タット、女体化の魔導書7000タット、男化の魔導書2000タット、悪魔化の魔導書5000万タット、悪魔化解除の魔導書一億タット、石ころ作成の魔導書200タット……」
「待て待て婆、嘘つくな……」
「嘘なものか、この冒険者組合提携店マークが目に入らんかっ!」
見せつけられたのは可愛い女の子のシルエットが刻まれた……「娼館提携店マークじゃねえか」トマは呆れてそう言った。娼館と提携した御店は妖しい商売をしがちで商品も怪しかったりするのだ。婆さんはクワッと目を見開いて慌てた。
「待ってくれっ!見逃してくれっ!」
「別にいいけど…」
「ええいっ!信用成らん、これやるから黙っていろっ!」
「クーポン券?」
「娼館飾り猫で一晩好きな女を一人自由に抱ける…このドスケベっ!」
「…要らない…」
「後生じゃ~見逃してくれ~」
「…見逃すから、いや娼館はまっとうな経営なら誰も文句は…てっそうじゃねえ、魔導書をだな…疲れてんだ、速く買い物を…」
「ええいっ!分からず屋めっ!魔導書が欲しければこれをくれてやるわいっ!」
そう言ってカウンター奥からゴソゴソ妖しい魔導書を一冊婆さんは取り出すとトマに見せつけた。
勝手に魔導書を開き、勝手に魔導書に魔力を流しトマに光を見せつける。光りは洗脳系の禍々しい紫光を示しトマの脳ミソまで浸食、勝手に魔法陣を脳に刻み何時でもトマは変な魔法を使えるようになった。
その魔法とは……「催淫魔法じゃねえかっ!何しやがる糞ばばあっ!」
婆は邪悪に嗤う。「ヒヒヒこれでお主は犯罪魔法所持者、その様で衛兵隊に駆け込んでも取っ捕まるのはお主じゃよ。イヤなら儂が娼館と取引しとるのは黙っておれ、、催淫魔法は危険じゃよ。何故なら発情期の無い人族の脳まで犯し無理矢理発情させ廃人を作るからのう…ひ~ひひっ!」
「糞ばばあ…今の話を衛兵隊に持ち込めばアンタが捕まって終わりだろうが…」
「何じゃとッ!そんなバカなっ!」
「…もう良い…浄化魔法と鑑定魔法を有るなら見せてくれ…」
「抜き打ち検察官じゃなくて…客?だと?」
「ボケ婆早くしろ」
「…判った…」
鑑定魔法の魔導書、魔力消費5、15万タット。下位支援系
浄化の魔導書……、魔力消費7、19万タット。下位支援系
値札にそう書かれた二冊を早速トマは買い、鑑定の魔導書を開き自分の魔力をトマは本に流し込んでみた。支援系魔法の黄色い輝きが迸り、魔導書は一瞬で燃え尽き灰と成り火傷するより早く熱が消え灰は塵と成り塵すらも魔素分解され消えてしまった。トマの脳に魔法陣が刻まれ何時でもトマは鑑定魔法を使えるようになった。急いでトマは自分を鑑定した。
トマ、性別男性、年齢16歳誕生日夏、使える魔法、強化魔法、速射砲魔法、回復魔法、鑑定魔法、栄養充填率78%、精神不良70%疲労蓄積率80%、要休憩推奨……危険。
と、出た。
疲労蓄積率が酷いが他にも大量の鑑定結果項目があり内容には納得できた。
鑑定魔法の魔導書はおそらく詐欺では無いと彼は感じ、次に浄化魔法の魔導書を開いて消費した。それから急いで再鑑定、トマが使える魔法が一つ増えているのを確認して鑑定魔法を閉じ、浄化魔法使ってみた。使用方法は念じて魔力を消費するだけ。残りのプロセスは脳に刻まれた魔法陣がしてくれる。理論魔法家ではなく、魔導砲兵の亜種に過ぎないトマにとっては魔法とはそれで良かった。そして、浄化魔法はちゃんと起動してくれた。昨日作ったラージスラグの体液汚染で出来た水じゃ取れない染み汚れも、しつこく昔からあった草染み汚れも装備から抜けていき酷くピカピカな装備にオンボロ防具は戻っていた。さすがに傷やへこみはそのままだが装甲材がまるで新品の輝きを取り戻すさまは見物である。
「偽魔導書なら返金と違法魔法で店を訴えるつもりだったが、本物か…ありがたい」
「…フン、儂の商品を疑うなど無礼千万、さっさといねっ!」
「ヘイヘイ判りましたよ、婆さんもあんまり変な客あしらいすんなよな」
「余計なお世話じゃっ!」
その言葉を最後にトマは店を出た。
気分よく帰路に就くがまだ早い、宿屋で食事をとると冒険者組合に向かい受付で情報代一千タット支払い、資料室に籠り冒険情報を漁りそれから夜に冒険者組合を出た。ポケットに違和感、漁ると魔導書店でもらった飾り猫の無料券が入っていた。気分が腐りつつ宿屋に帰る途中仕事に向かうスザンナと出会った。急いでトマは回り右して走って逃げようとするが、自分が疲れているのを忘れ、こけた。スザンナに見つかり追い付かれてしまう。
「人を見るなり逃げる事無いでしょうがっ!」
「…お前が苦手なんだ…」
「なんでっ!」
「…良い奴だから…」
「訳わかんない、大丈夫?あれから少し休めた?」
「貧乏暇なしだ」其処まで言うとトマは立ち上がる。
「仕事なんだろ?俺は帰って寝る。じゃあな」
「待って、これ上げる」
トマに奇麗な石ころが入った小袋が投げられた。
「何だこりゃ?」
「黒色魔法鉱石の結晶、中に切れ味強化の魔法と炎付与の魔法が込められてる」
「高級品じゃねえか、貰えるかっ!」
トマが投げ返したがキャッチしたスザンナが得意げに笑い、言った。
「高級品なのはファム国くらいなものですな、ムサンナブ国じゃ良く取れて加工屋さんも多いから、安物なのさ……前に言ったと思うけど、鉱夫の父さんが安い奇麗な鉱石をいろいろ私にくれたんだ。いつか処分しようと思っていたけど……奇麗で残しちゃった……でも、冒険者には価値があるんでしょ?」
言い終わると包みを解きトマに中身を差し出した。闇より黒くガラスより透き通った結晶鉱石の欠片。最下級とは言え力宿した魔法の鉱石がそこにはある。
「…武具に融合してもらえば魔法が籠った武具が手に入る…私は奇麗な思い出を捨てたい、トマには強くなるメリットがある…悪く無いと思うけどなあ…」
黄昏時を過ぎ夜の闇に女は嗤う、昼日中なら健気な微笑だったろうが、今は夜、笑みは嗤いに見え、自嘲に映り、娼婦姿と合わさり、闇の誘いのように儚く蠱惑的だった。受け取らねば次の瞬間、カンテラ灯りにすら負け、スザンナが燃え尽き消えそうで、思わずトマは黒色魔法鉱石結晶を受け取っていた。トマは踵を返しこう言う。
「借りは返す」
負け惜しみ見たいな事をほざき、闇に男が消える。足取りはふらふらおぼつかぬ疲弊した労働者のそれ、歓楽街の陽気な酔っ払いではなく闇に消える貧乏人、スザンナにはむしろトマの方が儚く見えて心配だった。思い思われる。それが嫌で嫌でトマは吠えてしまいそうな夜、話しかける者がいた。「よう、俺は待て待て待て待てっ!ぐっえぅ!」盗賊時代にたくさん見た面倒を持ち込む手合い。見た瞬間、見切ったトマは宵闇の中、拳を繰り出し魔導士風の男を一撃で気絶させ話を聞かなかった。乱暴な対応は腹の虫の居所が悪かったからに過ぎない、宿へ帰っていく足取りは止まらなかった。宿屋跳ね鳥亭の親父亭主に心配されつつ夕食にありついてその日を終える。
次の日は、大剣が仕上がる日、トマは普段よりのんびりと時間を過ごし鍛冶屋に向かった。鍛冶屋の開く時間はまだあるので遅い動き出しであり、何よりもトマに熱が出た。
疲弊が限界に達し風邪である。薬を飲んだので熱もそこまで上がらず頭もしゃっきりしているが無理は出来そうもない、鍛冶屋に向かう道を東へ進み南に一旦折れていくと洗濯場があり工房があり酒場があり大衆食堂がある通りに出る。騒音が多い設備が集約されていた。その通りから鍛冶屋に向かうと客見窓のついた頑丈な扉ある鍛冶屋にたどり着く、高価で危険な武具を扱う関係から警備対策に頑丈な扉で客を選ぶようである。二度目の訪問で慣れたもの、ドアノッカーを三度叩き兄ちゃん店主を呼び出した。客見窓が横に開き目線がトマを見る。
「アンタか、一応冒険者プレートを見せてくれ」
「ほれ」
「おっけ、入ってくれ、カギは開けた」
内部に入れば一応商品棚もあるが工具と仕事場が目立ち客商売ではないと示している。武具屋に鍛えた業物を降ろし自分は鍛冶屋で鋼を叩く、それが店主の正体だった。鋼と言っても魔法金属ばかり最近は叩く様で、高価な魔法金属製武具は交易路に乗り破格の値段が付き、実用品が造れないのが、兄ちゃん店主の最近の悩みだったりするが今は関係ない。
店主は、トマに紙で包んだ大剣を差し出す。
「つるぎの先端及び刃の欠けは研ぎ直した。それと歪みも叩いて治したが正直買い替え時だよ?」
「頑丈強化の刻印魔法は?」
「込めた、中位の魔物切っても大丈夫だけど、過信しないように、剣中央、血溝の内部に刻印魔法は隠したけど此処が削れたり薄くなると魔法効果も消えて行く、試し切りして行けよ」
トマは首を振り鑑定魔法で調べた。
強度90%、切れ味87%、魔法効果百パーセント、
そこまでわかれば多くを期待しなかった。
色褪せた鞘から大剣を引き抜き様子を確かめる。
剣の血溝に彫り込まれた魔法文字の刻印が妖しく輝いた。
「魔素回復量の微量分を消費して頑丈強化魔法を維持している。持ち主の手を離れた瞬間魔素供給は途切れ頑強さは見る影も無く成る。そこを気を付けてくれ…所で、その大剣で何を狙うんだい?」
「大蜈蚣、アーマーセンチピードが狙い目と分かった」
「そうか、中位の魔物か…良いな討伐戦だっ!」
「他の冒険者連中は大鬼を狙うらしいが、大鬼は中位の中でも最強、俺はパスだな」
「大鬼の首を狙うなら鋼装備は厳しい、魔法鉱石を鍛えた武装じゃないと折られて終いだ」
「そうだろうな、いい仕事だ。助かったぜ」
そう言うとトマは店を出て行った。店主の兄ちゃんは腰を伸ばして笑うと自分の朝飯を食べに店を出て鍵を閉めて行った。本日は快晴である。
トマは大剣を手にしていたが仕事にはいかず本格的な休みに入った。鍛冶屋の兄ちゃん店主からは錬金術のお店に行けば魔法付与が鍛冶屋より安くなると聞かされダガーに頑丈強化の魔法込めてもらい三日間トマもダガー返却まで休むことにした。三日間できるだけごろごろベッドに引きこもり三食お腹いっぱい食べて栄養剤と風邪薬を飲む。あんまりに暇な時は冒険者組合まで足を延ばし資料室を借り賃一千タット支払い籠りメモを増やした。矢の場宿場町には長居できない、長居すれば、換金所の髭爺が警告した通りに碌な事にはならないだろう。トマは盗賊の戦闘員としてしか人生経験がない、そこに付け込まれて既に魔導書店のハンナ婆さんに犯罪魔法を押し付けられている。より悪意ある者が近づきトマが過剰反応をすれば血を見るであろう。トマは元気になった三日目、教会に訪れ五千タットを支払い神父様に略式葬儀を上げてもらい無縁墓地に母の遺髪を収めた。
別にスッキリ来なかったが、死者の遺髪が自分から消えて少し心が軽くなるのを感じた。
携帯食料、その他消耗品の補充を終え、防具をオンボロ盗賊時代の装備から新品鋼装備に全身交換した。これで合計二十数万タットが飛んだが残金は40万タットを維持している。気分よくダガーに頑丈強化を込めてもらい受け取ると冒険準備が整っていた。
資料室で情報を漁った限り、次の宿場町の移動ルートも白紙の本にメモした。体が本調子に成るまでもう少し見つつ装備を更新し金を稼いだら、宿場町を出て行く、そう決めてトマは冒険者組合に向かう。
アーマーセンチピードの関連依頼書を二枚クエストボードから剥ぎ取り受付にて冒険者プレートを提示して名乗る。
「トマ、ランクG」
「本日のご用件は?」
「アーマーセンチピード狩りに向かう、荷車を貸してくれ、それと、討伐依頼と素材納品依頼を受理してくれ…」金一千タットと依頼書を受付さんに渡した。
「かしこまりました…受理したので出発できます。荷車の借り賃は受け取りましたので、倉庫で書類提出をお願いします」荷車貸し出し書類をトマは受け取る。
「ああ、ありがとう」
本日の冒険が始まった。
宿場町を抜け、街道を少し進み森への進路を取り森の入口前まで来た。
この先の道はかつての鉱山街があり廃道が今も残るので荷車の進出は案外可能だったりする。森の地形によっては侵入不可能だが、トマの狙いアーマーセンチピードは数が多く、積極的に森を周回しているので遭遇は容易いはずである。天気の良い寒冷な朝、トマは荷車と共に森に入った。
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