黄昏の語り、四話
「4」
クエストボード。
コルク板にピン止めされた無数の依頼用紙が張り出された掲示板である。
其処でトマは、ラージスラッグの依頼書を発見する。
討伐依頼 ラージスラッグ討伐
数 一匹から受け付けます最大二万匹受付
報酬 一匹2000タット
期限 二年間
依頼主 矢の場宿場町木材保護官
採集依頼 ラージスラッグ素材採集
数 一匹から受け付けます。最大二万匹受け付け
報酬 一匹分の内臓7000タット、魔石別計算
期限 二年間
依頼主 矢の場宿場町錬金術組合
この二枚の依頼を手に取り再度、トマは受付に向かった。
「この依頼を受けたい。それと、金がないが荷車を借りれないだろうか?」
「依頼は受理しました。荷車に関しては、1500タット、つまり割増料金を後払いするなら問題はありませんがどうなさいますか?」
「後払いで頼む」
「承りました。荷車は、冒険者組合裏倉庫で貸し出ししていますのでこの書類を提出してください」
「助かった」
「では、良い冒険を祈願しています」
トマは急いで倉庫に向かい荷車を借りると本日の討伐依頼に向かった。
矢の場宿場町を駆け去り少しでも良い装備を求め、少しでも早く母親の遺髪を片付ける為に、少しでも早く矢の場宿場町を去る為に、トマは何かに追い立てられるように森東側湿地帯を目指した。道すがら襲撃は無かった。盗賊、魔物共に交易路が近いこの辺りは軍隊によって徹底駆除されているようである。それでも下位の魔物、例えば、最下級スライムや、角有大兎、小鬼族などはうろついている。
少し気になる。
交易路を西に去っていく小鬼族の一団は一体どこへ向かうのだろうか?
疑問が生まれる。が、トマは努めて無視、林東の湿地帯へと進んだ。途中匂いが籠り樹の腐った香りが増えていく。地面もぬかるみ始め荷車を押し込んでも碌な事にならなさそうなので藪に荷車を隠し先へ向かった。依頼指定地点には小鬼族が多かった。目視で百匹ほどいる。そいつらが組織行動してラージスラッグを襲っていた。ラージスラッグは名前の通り大蛞蝓の魔物で内臓価値が高い。内臓を素材に錬金術を頼ると大抵の細菌感染症に覿面の効果がある薬が造れるほか医薬品に素材を混ぜ込むと医薬品の薬効寿命が五倍に伸びるのだ。
故にラージスラッグの素材は年中求められ高値で取引される。
ラージスラッグは魔物の中では下位に属し強さは下位の中ではそこそこ止まりで倒し易く繁殖速度も速いので下級冒険者の財布に優しい魔物である。現場から少し距離を取り観察する。
およそ百匹の小鬼族がラージスラッグ50匹を襲い素材回収している。恐らく小鬼族で流行り病が起きて連中も内臓狙いの為に動いたのかも知れなかった。四十匹の小鬼族が投げ縄をラージスラッグに放ち動きを抑え、三十匹ほどの小鬼族が槍で止めを刺していく。指揮官役の小鬼族が五匹ほどそれぞれ弓隊の残り人員を指揮していた。
小鬼族、こいつらは背が大人の半分ほどしかなく、ずる賢く集団行動に適性があり製鉄技術を持つ。迷宮産の魔物で小鬼族は中鬼族に支配され、中鬼族は大鬼族に支配される。一般に迷宮産の魔物は自然環境で増えた魔物より攻撃性が高く馬鹿で、自分達の住まう環境まで駄目にして繁栄し生きて行けなくなるほど資源を喰い尽くす。すると増えた数と鍛えた武装で人の世界を脅かす人類永遠の敵だった。小鬼族は賢くても筋力で劣り直ぐに退治できるが、数が多く鉄の武装で集団戦闘する為に時に都市が小鬼族の手で陥落する事もある危険な魔物である。少数なら雑魚の代表格だが集団と成ると全く別の戦闘能力を発揮する厄介ものであった。そんな小鬼族に襲われたラージスラッグもやられっぱなしで無くしきりに溶解液を口から放出して近くの小鬼族を溶かし縄を千切り逃げようとした。
トマは射界確保できる地点まで這いずり、隠れ進むと左腕を照準した。
小鬼族へ二秒一発の割合で榴弾型魔法弾を浴びせまくった。
爆発殺傷半径を量り弾着修正を行うと十発連射。
二秒に一発がラピットカノンの最速連射速度である。
トマは魔導砲撃を切り上げてダガー突撃を実行。
小鬼族を、強化魔法で激増させた身体能力を使い、切り裂き踏み拉いて蹂躙した。
結局の所、下位の魔物が厄介と評される場合、数の問題か、討伐者が魔法を使えない場合かのどちらかに由来する。魔法が使えて砲撃出来て戦闘経験豊富なトマにとって鉄装備だけの貧弱な小鬼族とはただの餌だった。下位の魔物が使う搦手もあるが、今回の小鬼族には居ないようである。
残されたラージスラッグたちに、トマは威力を絞った貫通型魔法弾を放ち急所を抉って止めを刺した。戦闘は簡単に終わってくれたが、残りの後始末がいただけない、足場が湿地帯でぐずぐずな為にここで解体するわけにいかず荷車を進めるわけにいかず、魔物の死体を足場堅固な地点まで運びそこで解体する事にした。
小鬼族は鬼族一般がそうであるように角がありこれが安いながら錬金術の強化触媒に成るため換金可能である。中鬼以降から角の価値と価格は飛躍的に上がるが小鬼族の角は安かった。死体も肥料に成るが割に合わず捨て置かれ森の肥やしと成る。魔石を抉り角を切り落とし小山と成し荷車奥に詰めていく、次はラージスラッグの内臓と魔石の抉り出しである。
ドロドロの体液を浴び続け解体し、ダガーがギトギトとなって切れ味が落ちる度に湿地帯の水源でダガーを洗ってはぬぐう。これを繰り返し三メートル級ラージスラッグ五十匹の内臓と魔石を集める頃には夜が深かった。戦闘時間は20分程度で後始末に一日がかりで終わらない。冒険者とはソロでやる仕事ではない事の証明である。
荷車に換金素材を押し込みロープで固定すると朝に向けてトマは野営した。
携帯食料を齧り水で押し込み、魔物の襲撃に備えて静かに朝を待った。
朝には疲労が回り足が重くなる。
そろそろ深く休んだ方が良いが金と装備を充実させたかった。
その為に本日も踏ん張る。朝に林をうろつき襲ってきた角有大兎の二メートル級を仕留め野営地に持ち込む前にざっと血抜き、その後は肉にして毛皮を取り朝から腹いっぱい食べた。
魔法は魔力の他に体内栄養素も消費する。
微量で済んでくれるが消費は消費、魔法使いは痩せの大食いと成り易く、実際筋力が付く前に痩せる事は多い、それを避ける為には近接兵のトマは大食いが義務だった。旅でだいぶ筋肉が痩せてしまった。どこかで鍛え直さなければいけない、そんな事を考えながら角有大兎を食べきり帰還に入った。朝から靄が立ち込めている。湿地帯の水分が太陽でいい感じに蒸発・広げられ風に乗ってどんどん広がっていく、視界が利かず体は魔物の体液でドロドロ、衛生対策に魔法が覚えたい。やる事はどんどん思い付くが体は一つ、トマが荷車を一人で引き、矢の場宿場町に入る頃には昼で今回は匂いに顔を顰める者はおらず、むしろ働いたトマを褒めるような視線が多かった。それだけ魔物ラージスラッグの素材が歓迎されている証拠でもあるが矢の場宿場町の人が労働者を歓迎する美風がある証拠でもあった。トマは無言で荷車を押し込み倉庫に素材を預け換金割符をもらい受けると公共井戸で体と荷車と装備をざぶざぶ洗った。
寒かった。
保温の魔法が込められたサーコートを着込み冒険者組合に入ると暖かな空気で安堵するが、寒い中出来る汚れ対策をしないと稼げなくなると気付いた。受付に向かうと本日もガラガラ、情報交換所と言う名前の酒場では大鬼討伐の激論が繰り広げられているがトマには関係ないので受付に話しかけた。
「トマ、ランクGラージスラッグ討伐から戻った……素材は倉庫に預け割符を貰ったので依頼達成合否を聞きたい」
「はい……討伐数は確認されているので依頼達成です。おめでとうございます。素材換金では無く依頼達成です。換金査定終了まで時間がありますが、その間に冒険者ランクについて少し説明できます。聞かれて行きますか?」
トマは受付の顔を見る。美人受付でトマが臭く汚い時、跳ね返すように応対した受付である。
少しビビりながらトマは肯いた。にこやかに彼女は説明し始めた。
―――、冒険者等級Gとは最下級を意味し、信用は有りません、組合が信用を無理矢理貸し付けて、孤児、浮浪者に仕事を周旋する際の肩書がGです。信用は次の等級つまりFから個人へ発生し、口座開設等の信用取引に許可が出ます。何か質問は?、―――
「何故そこまで冒険者を欲しがる。孤児など戦力に成らんだろうに」
―――、答えは単純、人手不足、魔物が多すぎて人は討伐者を欲しがりますが成り手が足りていません。其処で国は予算を吐き出し軍隊を鍛え冒険者を優遇しています。魔物討伐と魔物素材で経済はぎりぎり回っていますが未だ魔物討伐者は飛行戦艦であれ騎士であれ軍隊であれ冒険者であれ自警団員であれ、足りていません、国が予算を吐き出し終えるまでに戦略級で冒険者が戦力化しないと国は破産し経済も止まるでしょうね、―――
「……」
―――、怖かったら出国と転職をお勧めしますが?
「あいにくと家無しの当て無しだな」
―――、それはご愁傷様、速めに冒険者等級を上げる事をお勧めします。本日のご利用ありがとうございました。その言葉を最後にトマは換金所に向かった。盗賊時代、冒険者の国ムサンナブ国は景気が良いと聞いていたが現実はよその国と変わらず厳しい様だった。
天井を見上げてシミを数え歩き首を換金所に向けトマは割符を差し出した。
「お前か、今回は荷車を使い大儲け……やるじゃねえか」
「それより魔導書店を教えてくれ、装備の汚れ落としにこの季節、水はつらい」
「冒険者組合提携の魔導書店は北のスラム近くだ。行けば判る」
「助かる」
トマは渡された金入れの布袋を開けていく。
「角有大兎の魔石と毛皮は別として、小鬼族百匹討伐15万タット、魔石と角、百個ずつ納品で十五万タット、ラージスラッグ討伐五十匹で10万タット。ラージスラッグの素材納品、内臓五十個で35万タット。魔石が一つ4000タットで50個あるから20万タット。合計で95万タットだな。それに角有大兎一匹分の毛皮が1000タットに魔石が700タットだから95万1700タットになる。確認していけ……」
「……ある……信じらんねえ大金だ。一戦の儲けだぞ?」
「そうでもない、冒険者装備に金が要る。特に中位の魔物から鋼装備を弾き魔法鉱石を鍛えた槍かメイス、剣でも無いと傷にならず、防具だって魔法鉱石を鍛えた物を装備しないと大怪我して死ぬ。そして魔法鉱石を鍛えた剣で最低価格は、百万タットから……稼いでも稼いでも冒険者は装備のせいで儲からんな……」
「……先の話はよしてくれ……」
言い終わりトマは換金所の髭爺から離れた。
受付で荷車の借り賃を支払い外に出た。
トマは金を手に魔導書店を目指す。
魔導書は、錬金術の産物で高価だが読むだけで魔法を覚えられる。
此奴で浄化魔法と鑑定魔法をトマは狙っている。
霧の中、鑑定魔法があれば標的の大雑把な位置も示される。
自分の細かな体調も見られる。
鑑定魔法はむしろ使用者の知識によって価値が大幅に変わる難しい支援系魔法だが換金部位表示と戦闘時の急所判定で役立てる気のトマは渇望している。
次に狙う浄化魔法は同じく支援系だが歯の浄化、汚れの浄化、濡れた物の殺菌乾燥浄化、アルコールの体外排出浄化……、などなど、生活系の魔法だ。そして応用範囲が広く、匂い対策、疫病対策として重宝する。此奴があれば冬場の寒い中、水に頼った衛生対策を辞め浄化魔法だけで装備を洗浄し装備の寿命を長い物に出来る上、人から意味なく嫌われる匂いともおさらば出来る。金を掴み意気揚々と進み、北の門前付近のスラムまで行くとオンボロ魔導書店が見えて来る。
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