黄昏の語り、三話

                 「3」


 もう時間がない、換金部位はどこか判らないが急いでトマは解体していく。


 犀の魔物の解体は手間取り結局大きな角と小さい毛皮、それに魔石の抉り出し以上は出来なかった。解体に向いた装備が無く、大剣で解体したのだが、使い勝手が悪く何よりも骨や肉の硬さに大剣が負けそうになり素材回収の大半を諦めざる負えなかった。解体した素材は蔦のロープで縛り上げて担ぎ運んでいく、もう黄昏時、まだ黄昏時、ともかく急いで宿場町まで帰還して素材を冒険者組合倉庫に預け換金割符を貰い素材鑑定してもらった。結果は直ぐに出たので換金所に向かった。


 換金所には犀の魔物の角を調べる為に拡大鏡の魔道具を目に取り付け覗き込む髭もじゃ爺がいた。

「ふん、新顔か、アルテミスの眷属を殺ったようだが残りの素材はどうした?」

「運べねえから森に捨ててきた。今頃は他の魔物が喰い漁ってるだろうな」

「何だとッ!アルテミスの眷属殺れる知恵と腕があったら素材回収に手下雇う財力ぐらいあんだろうがっ!」

「無いんだなこれが……所持金ゼロだ」

「馬鹿かっ一体何年冒険者やってたらそんな事に……」

「冒険者稼業は本日が初めてだ」

「…馬鹿の相手は疲れる…荷車をこれからは借りて行け…受付に言えば一回千タットで使い放題だ……良かったな少し賢く成れて」

「おう」

「たくっお前、強さはあるが常識がねえ、盗賊上がりか?」

「…ああ…」

「この宿場町には居れて一ヵ月だな、それ以上はお前の強さと非常識さに付け込む馬鹿が湧いて新しい盗賊団の一党、その頭にでもされてるかもな」

「最悪だな、判った。一ヵ月で出て行く」

「そうする方がお互いの為だな」

 

 言い終わると髭の親父は鑑定魔道具を目に付けて、金の入った袋をトマに押し付けた。

 魔石の代金が二十万タットその他素材が十二万タットになった。

「アルテミスの眷属は全身素材と討伐依頼の重ね合わせなら一千万タットに成ったろうに、もったいなかったな?」

「マジで硬くて強かった。不意を突いたから勝てただけで、鋼じゃ大剣も命も、幾つあっても足りやしねえ、二度と狙うかっ」


 トマが吐き捨てるように言うと髭爺はイヒヒヒヒっッと笑い別の作業に入っていく。トマもまた宿屋に泊まる準備のために冒険者組合を出た。夜が迫る中、トマは急いで跳ね鳥亭に向かった。宿場町北側中央にあり十字路の角である。建物自体は蔦が絡まる古い物だが周辺の建物含め掃除が行き届き頑丈そうだった。冒険者組合のマーク、魔物を刺す剣の刻印と宿屋組合所属マークのベッドが重なる看板は冒険者組合提携店マークであり冒険者を歓迎するお店の証。冒険者組合マークと別組合マークが重なって看板に表記されればそこは社会底辺冒険者でも売買が可能だった。


 トマは宿屋に入り受付に向かう。建物一階は狭く沢山の扉がありオジサンがいてランプの明かりで書き物をしている。トマを見つけオジサン亭主は「いらっしゃいませ」とほほ笑んだ。目元を意図して笑みに崩し人を安心させる接客のプロで人が良さそうだった。


「冒険者で初めてかい?一泊三食付きで1800タットに成るよ。お昼に来れなきゃ弁当も出す。御湯も使い放題だ」

「一ヵ月泊めてくれ」

「五万四千タットだが、払えるのかい?」

 オジサンに心配されてしまった。トマは尻のおさまりが悪くこう言った。

「五万四千タット数えてくれ」

「…うんあるね、疑って悪かった。食事は部屋でも取れるが食堂で食べると良い。冒険者ルーキーが宿には多いから仲間集め出来るよ?それから君の部屋に金庫もあるが小さくてね、あまり当てにせず貴重品は自分で管理してくれ……トイレは二回の角、手洗い場もそこにある」

「助かったぜ」


 トマは鍵と宿泊期日と部屋番号メモを貰うと部屋に向かった。背中に「ごゆっくり」の言葉を受けるがトマは急いだ。部屋の鍵が開いて部屋番号を確認すると冒険者組合提携雑貨店へ急いだ。其処で、図多袋、カンテラ、カンテラ油、荷作りロープ、耐水性白紙の本、筆記用具、装甲付きベルトポーチ、財布、スキットル、安酒、深底フライパンを買う。ベルトにポーチを取り着けてズボンに差し込み装備。其処に宿屋の鍵と財布をぶち込み、お次は図多袋に雑貨を次々と仕舞う。安酒は一見無駄だが、戦闘で興奮して寝付けない時の寝酒に成り獣臭い肉に振りかけ焼ければ臭み抜きに成り弱った時に獣臭い肉を吐いて栄養が無駄になる事を避けられる。強い時なら我慢が利くが弱った時はそれなりの手当てが体に居るのだった。


 塩コショウと携帯食料も買う。


 これで残金は二十数万タットである。


 御店はまだ開いているので防具屋に向かい、サーコートとマントを買った。マントはフード付きで前止めを止めれば雨風除けと保温が可能だ。サーコートは「適温魔法」が込められた物を買い、冬・秋対策した。これで寒冷地での野営が死と隣り合わせではなくなる。適温魔法が込められた水筒を見つけこれも購入、冬場で氷や雪を砕いて詰めれば飲み水確保が格段に楽になる装備だった。


 これで残金は十五万タットに目減りした。武具屋にトマは急ぐ、鋼の大剣は盗賊時代に死んだ先輩の装備が回収されトマに回ってきた品だった。いずれ自分も装備を残し死んで行くのだろうと思っていたが、トマは生き残りむしろ大剣の方が傷ついていた。折れる前に手当か強化がしたかった。


 武具屋では修理は受け付けるが強化は鍛冶屋に持って行けと言われてしまった。

 遅い時間だが鍛冶屋の位置を教えてもらい簡易交渉できた。


 大剣は魔法刻印で頑丈強化すれば鋼を弾く中位の魔物でも切れるようにすると太鼓判を押してもらえたが三日かかり十万タットかかる。もう遅いし仕事道具は閉まってしまったので明日大剣を預けに来てくれと言われ、前金を支払い解体用にダガーを買い所持金が五千タットになった所でトマは足を止め、鍛冶屋外の空を見る。


 夜だった。


 矢の場宿場町の姿が昼間と変わり、交易で訪れたキャラバン隊の豪商たちが歓楽街へと繰り出していく、商人の護衛冒険者達もまた安い娼館へと足を延ばしめいめいに散っていく時間だった。


 旅の疲れ、戦闘の疲れ、秋の水浴び、三者が重なりトマは頭がぼうっとしたまま最期の金で教会に向かった。もう遅い時間で簡易儀式は受け付けておらず母親の遺髪をトマは返却されて無駄足を踏んだ。疲労が限界と成りフラフラと宿屋に帰る道すがら話しかけられた。

「ねえ、大丈夫?凄い顔だよ?」トマは無言で襤褸兜のバイザーを降ろし顔を隠した。そのまま歩み去ろうとしたらさらに呼び止められた。

「少し休んで行かない?其処に娼館飾り猫ってのがあって私は客引き、今月分はノルマ終わったんだけど人気でさ、もう少し働かなきゃいけないの、御金は良いから休んでいきなよ」

「無料娼婦とか……ふざけろ、俺には帰る宿屋がある…」

「君は無料で休む、私は仕事をサボれる。お互い得だと思うけど?」

「名前も知らない女と寝る趣味はない」


 そう言い返すと、女の子さんは真顔になってトマを覗き込み言い返した。

「スザンナ、名前言ったよ。だから何、娼婦は人の心配しちゃ駄目なの?馬鹿じゃないの?」

「…うるせえ…」

 トマは逃げようとしたが手を引かれ倒れ込んだ。其処まで足に疲れが来ていた。

「強がりは立ってから言いなさいよねっ!」


 ―――、まったくだ、―――


 そう思ったからこそトマは気合を入れて立ち上がり、女の子さんを睨み返した。名も知らぬお洒落の仕方で奇麗な服を着込み娼婦姿で纏う、目鼻立ちがくっきりとした美人である。歳は15か16かトマには判らなかった。

「手を放せ」

「振りほどいて帰ればいいじゃない、出来ないなら本日は泊って行きなさいな、眠るだけ……何も取って喰わないわよ」


 トマは力なく首を振ったが足がもつれてしまいスザンナに従うほかなかった。


 教会を過ぎ娼館通りに入り込み、スザンナの示す娼館「飾り猫」の六階建て建造物に入っていく、眠くてトマは観察できないがそのまま三階の部屋に入りベッドで座り込んでいた。装備をスザンナに剥ぎ取られていく。襤褸のガントレット、ヘルム、を脱いだところで顔を見られスザンナは笑った。

「体が大きくてお顔は傷だらけのジャガイモみたい、髪が短い、色は黒なんだねえ…黴た傷だらけのジャガイモ…ぷぷぷ」

「うるせえ」

「お世辞にも色男じゃないけど、真面目な岩みたいで嫌いじゃないよ?」

「ほっとけ」


 次の装備をスザンナは脱がしていく。腹に穴が開いたメイルに上のインナー、下のズボンとインナーとレッグアーマーだけはトマが死守する内にスザンナの魔の手が背中に伸びて大剣に触れた。トマが手を叩き落とし殺人者の目つきでスザンナを睨みつけ囁いた「触るな」


 今度はスザンナがトマに負けた。殺されると思ってしまい動けなくなる。


 その間にトマはゆっくりと動き大剣の入った鞘に取り付けられたベルトを外し、壁へ慎重に大剣を立て掛けた。己が死のが先か、この大剣が折れるのが先か未だ判らないが、折れぬ内は大切にしたかった。そんな思いと共にトマは立ち上がる。

「大切な品なんだね」スザンナに話しかけられた。

「そうでもない、思い入ればっかり増えて捨てられないだけだ」


 そこで時報の鐘が鳴る。トマの宿、跳ね鳥亭では夕食のオーダーが閉じる時間だった。それを思い出しトマは愚痴った。「糞、飯をくいっぱぐれた……腹が減った」スザンナはくすくす笑いこう言った。「待ってて軽食にミートパイとワインがあるの、貰ってくるから……」スザンナが姿を消し五分後には本当にワインとミートパイを入れたバスケットを持って来てくれた。

「これ栄養剤、ワインと飲んでね」

「ああ」


 トマは食べ始めた。腹が減り過ぎて夢中と成りスザンナを思い出すまでに七割食べてしまった。顔を赤くしてスザンナを見ると緩く顔を振られ好きに食べろと促された。少し悔しいがトマはがっついて栄養剤もワインも飲んでいく。そのままベッドにトマはひっくり返ってしまった。

「もう無理だ。俺には金がない、後で請求したって突っぱねてやる…」

「こっちの仕事サボる口実だから気にしないでってば…」

「…何でベッドに入って来るんだ?」

「仕事のアリバイ造りです。イヤ、仕方がない、仕方がない」

「こっち来るな」

「無理で~す。ほら、そっち行った行った」

「ちっ」

「何なら一発やる?」

「ヤなこった」

「餓鬼ねえ……ねえ貴方何歳?」

「十六」

「……私とおんなじで、首には冒険者プレート……か……少し話しても良い?」

「好きにしろよ」

「……私ね……本当はもっとまじめな家庭で生まれたの。北の廃墟になっちゃった鉱山街で父さんは鉱夫、していて…安い奇麗な石を沢山くれて…お母さんは働き者でね…でも、ある日急に魔物が溢れて鉱山街は陥落したの…宿場町は避難民を受け入れてくれたけど教会が用意できるお仕事じゃ食べて行けなくて…お母さんと私は娼婦に成ってお母さんは仕事ですぐ死んでねえ…私だけ残っちゃったぁ…ごめんねもう辞める……」


 トマは酒の力で眠りに着きつつ、こう言った。

「…女だけ苦しいわけがない……、きっと……俺も、、地獄に、」


 続きは悪夢が待ち受けてトマ眠りに堕ちた。それを見て娼婦スザンナは少し落涙して眠りについて行く、抱いた抱かれたの世界で安い惨めな話が夜に閉じていく。

 

 次の日は速やかに訪れ、トマは泣いて眠るスザンナを起こさず、残りのはした金を昨日のベッド賃に全額五千タットを財布から吐き出す。ベッド隣の小机に金を置き、娼館、飾り猫を去った。冒険の日々が既に始まっている。トマは、鍛冶屋に向かい兄ちゃん店主に大剣を預けると冒険者組合に向かった。


 その頃―――、スザンナは起き出して小机に置かれたはした金を見つめる。


 スザンナはこれでも人気娼婦だ。お金に困っていない、だが、捨てるには惜しい額でトマが嫌いじゃない、しかし、受け取るには後ろめたい、目的は人助けだったから尚の事お金が邪魔だった。頭を抱えて悩んでいるとそこに同僚兼友達である胸の大きい女、咲夜が現れこう言った。

「お金だ。ちょうだい♡」

「私にしなを作らないで、そしてお前にはやらんっ!」そう言うと、なんだか、トマが置いて行った端金をすんなり財布に納められていた。


 今日が始まっている。

 仕事終わりのスザンナは気分良く家に帰り食材を購入しにお店に向かう。 


 スザンナにはトマが少し気がかりだが、いずれ逢えるだろう。


 トマは冒険者組合で、依頼用紙の張られたクエストボードを覗き込み軽く情報を集め一旦宿屋に帰り朝食を取り再度冒険者組合に向かった。二度手間が多いが疲れた頭じゃこんなものだった。

受付に向かうと本日もガラガラ、トマは冒険者プレートを提出して話しかけた。

「本日のご用件は?」

「トマGランク、依頼を受けたい、下位の魔物討伐系が良い」

「それでしたら、ラージスラッグ討伐が良いかと……北の森から東へそれていくと湿地帯があります。其処で繁殖したラージスラッグを討伐してくだされば討伐報酬が出せます。素材を持ち帰れば採集依頼を適応して報酬を出せます。詳しくはクエストボードから紙を二枚とり読んでから受付に提出するとラージスラッグ討伐依頼とラージスラッグ素材納品依頼が同時に受けられてお得です」


 トマは肯いてクエストボードに向かった。

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