黄昏の語り、二話

                「2」


 残暑残る秋始めの旅はおよそで三ヶ月ほど続いた。


 交易国ララが維持した公道は交易のために整備され強い魔物は少なく可食部位の多い下位の魔物が多く見かけ定期的に遊水池の案内看板があり水にも困らない。秋であり、実りも豊富で果実や野草、山菜なども見かける。


 トマは一人で移動し続け時折見かける下位の魔物を倒し換金部位にすると道行く行商人と物々交換して塩や布等の生活必需品を購入し道を尋ねた。ムサンナブ国の方角を訪ねつつ太陽の位置から方角を探り行き先を修正、移動した。朝に天測して昼に移動、夕方に天測して位置確認、野営は一人なので警戒のため深く眠らない。そんな三ヶ月であった。野宿ばかりで体は強張り空気は冬に向け冷たく、水で体を洗うのは遊水池の在りかでしかできない、トマはどんどん臭く汚くなっていく、戦闘の疲れも引きずる。だが鍛えた体力に物を言わせ旅を続け倒れなかった。


 ある日を境にララ国からムサンナブ国へ入っていた。

 関所を避け山を登り下りた日だった。

 そして、山終わりの丘から見る。


 東にあるララ国へ延びる交易路、西には、ムサンナブ王都へ延びる交易路。

 南側にはいくつかの農村があり農村を守る物見塔と壁、そして広い畑。

 北側には林が疎らにあり、その先には森があり、その奥には山脈と廃墟。

 

 西東交易路中央にはそこそこの規模で宿場町があり、人の出入りは豊富。

 トマは宿場町に入っていく、門衛に匂いを咎められ顔を顰められた。


 身分証の提出を求められたが何もなく危うく牢屋に入れられそうになったが、冒険者に成る為に来たと言うと仮の身分証を簡素な木材割符でもらえた。

「そいつを宿場町中央の冒険者組合で提出し冒険者にして貰え」


 組合に行く前、寄り道したら殺すぞと脅されトマは門をくぐる。宿場町は狭くごみごみしていたが熱気と活気があり様々お店があった。軽食店なんぞもありトマは腰につるした塩の薄い角有大兎の肉と店の豪華な食事を見比べションボリとした。中央の冒険者組合に向かうと門前払いを喰らう。裏手にある公共井戸で装備と体を洗え臭いんだよ、と、罵られ従うより他は無かった。


 秋終わりの寒冷な空気の中ガタガタ震えて装備と体を洗い込み、もう一度冒険者組合に入ると今度は出て行けと言われず受付に相手をしてもらえた。

「…本日のご用件は?」

「矢の場村を探しています」

 受付は舌打ちをして思った。役所で聞け。だがこう言った。

「ここだ」

「は?」

「矢の場開拓村は発展して矢の場宿場町になった。要件が終わりなら帰った帰った」

「待ってくれっ!待ってくださいっ!冒険者に成りたいんです」

「…ちっ…ではここに、名前、性別、装備、使用可能魔法、特技を書いて提出」


 トマはまごついたが何とか書き終わり提出した。

「トマ、男性、武装は大剣、攻撃魔法に回復魔法に強化魔法ッと、特技は戦闘ねえ……まあいいや」受付のお姉さんは厳しい視線でトマを見つめると冒険者証をトマに渡した。八センチ、横長長方形の金属プレートで魔導具だった。

「犯罪犯したら冒険者証なんて盾にもならない、縛り首だ。覚悟しておけ、要件が終わったら出て行けっ金が有ったら跳ね鳥亭と言う宿に行け、安く泊めてもらえる……後は知らん」


 受付の彼女は忙しく書類を書き始めトマなど相手にしなくなった。


 トマは冒険者プレートに付属した細い鎖を解き首に巻いて金具を閉じた。これで今日からトマは、元盗賊から能力評価カテゴリGランクの最下級冒険者となった。


 トマは焦って走りだす。


 金がない仕事がない寝床が無い、このままではあと一ヵ月でやってくる冬の前に、旅の疲れに追い付かれ秋の夜風に負けて病を貰うか凍えて死ぬ。その前に宿に泊まる金を掴まないといけないのだ。走っていく、目的は魔物退治からの換金である。そいつに成功すれば悪くても一晩は落ち着ける。残金があれば食事にも困らず、ひょっとしたらまともな仕事に入る準備金が出来るかも知れない、だが皮算用の前に、魔物を倒し素材を売らねば話にならなかった。


 矢の場宿場町、旧矢の場村は開拓村で母親の故郷、此処に遺髪を届けスッキリしたかったが、上手く行かない。その内に北門付近に教会を見つけうらぶれたスラム街と夜間営業で今は閉じた娼館を見かけた。教会の隣には墓地がありトマは走る足を止め教会に近付く。門をノックするとやる気のない神父様が戦闘と旅でぼろくそになった装備のトマを胡散臭げに見つめる。母親の遺髪を無縁墓地に入れてくれと頼むと「金は?」と聞かれ二の句が継げない、料金五千タットで受け付けるとの事で門が閉じた。


 一食は安くて三百タット

 一晩の宿が安宿で二千から千五百タット、

 最下級の魔法鉱石を鍛えた剣が百万タット、

 母親の遺髪供養賃が五千タット、

 そしてトマの所持金はゼロタット。


 話にならず苦笑しか漏れないトマは宿場町の外に向かい走りだす。金、金、金、統べては金だ。騎士の忠誠心すら騎士の生活を支える給金あっての話、無私の献身を求めるには、トマは、卑しい盗賊上がり、助けてくれる物は金だけだった。それすら無いトマは急いで冒険に出た。


 もう昼である。暗く成れば視界が利かず金稼ぎどころか命すら危うい、夕方までに換金部位を手にする為、トマは無理をする必要があった。当てはない事も無い、丘から見た限りでは西と東と南は平穏、だが矢の場宿場町では冒険者仕事が多かった。国境線沿いの辺境故、国をまたいだ護衛依頼と魔物退治依頼が多く,依頼書の張られるクエストボードには討伐依頼で「北側」の文言が多かったのだ。その事を見逃さなかったトマは宿場町北の森と林を目指した。


 戦闘で勝てない魔物に出会えば死ぬ。

 

 だが、それはどの戦場でも同じ、強敵と闘えば傷付く、自分より強い敵と無策に闘えば普通に死ぬ。自分より敵が弱くても数が多すぎれば処理できず矢張り死ぬ、しかし、長過ぎる生と不安に悩まされ生き続ける今より、戦闘はトマに明快だった。


 戦闘と言う物は、地形、装備、数、戦術で決まってくれ易く結果の変化は四要素の変数でしかない。勝てない理由、勝つ理由がある程度明快なのだ。勝てねば逃げればよいし、勝てるように仲間を増やし訓練し敵が弱っている時を襲えば良い、方法はいくらでもある。


 そう、死んでいない以上は出来る事はあるはずだ。

 その思いでトマは強化魔法を使う。身体能力を激増させて走り抜け森に入っていく。蔦を探し出し樹から剥がし簡易ロープを作ると巻き上げて肩に通して先を急ぐ。


 獲物を探し、森をうろつく、気配は多いがなかなか出くわさない。その内に猛烈に嫌な予感がして身を伏せる。トマが立っていた場所に九本の氷の槍が高速で通り過ぎていく。アイスジャベリンの魔法だった。氷を槍状に生成し高速で放つ魔法。弾速が速く連射が効き無駄な破壊はしない。炎魔法程、攻撃力は高くないが、炎は煙毒を吹き視界を悪化させ熱で戦闘環境も悪くする。「狩」なら断然アイスジャベリンの方が無駄な破壊が無い分だけ獲物から肉を得やすい、そんな魔法をトマは連射された。


 どこから撃たれているか判らない以上確認が必要だった。


 射撃地点を見る為に伏せてから半秒で連続跳躍回避に入る。その場に残り半秒留まればアイスジャベリン四発がトマを縫い留め殺しただろう。強化魔法に物を言わせ不規則高速跳躍回避をする。左に4回右に三回を組み合わせ前進回避に一回跳んで敵の射撃地点を空中から確認した。倒木が横倒しになったか所から隙間を使い攻撃魔法を連射するアイススライム十四匹だった。跳躍しつつトマは舌打ちする。中位の魔物十四匹は今のトマの装備では手に余る。物理攻撃が利き難いアイススライムは大剣では倒し切れない、跳躍しながら左腕を照準してラピットカノンを起動・榴弾型魔法弾を放ち爆殺すると結果を見ずに走って撤退した。


 そのまま走っていると、アイススライムを振り切れたようで背後からアイスジャベリンが飛んでこなくなった。しかし、次の厄介ごとが来た。目の前には八メートルはありそうな大蜈蚣型魔物が現れた。

走りながらトマは大剣を抜き試しに切りつけた。鋼の大剣が外皮に負け弾かれて刃が一部潰れた。強化魔法のゴリ押しでは大剣が折れそうなほど軋み、鋼の刃が潰れるだけだった。


 トマは舌打ちする。


 中位の魔物から人の作る鋼装備の刃を良く弾くようになっていく、しかし相手の動きが鈍い事から蜈蚣型魔物は上位の魔物では無く中位の魔物で確定であろう。大剣を潰しては商売あがったりだからトマは戦闘せず横をすり抜けて走った。背後で蜈蚣型魔物の噛みつき音を聞いた先には大蜈蚣の魔物の群れがいた。やってられないのでトマは回れ右、藪に突っ込み突っ走る。


 魔物を倒して稼ぎたいが逃げてばかりだった。


 そして二分も走ると新手、犀の魔物が出た。大きい目が四つ、角も牙もあり首が普通よりしなやかで仰け反り首を伸ばし樹の枝葉を食べていた。しかし、トマを見た瞬間何を思ったかは知らないが、雄たけびを上げて怒りトマを襲った。トマは接近交差が起きる瞬間大剣で犀の魔物の目を狙った。角で大剣は弾かれトマは吹っ飛ぶ、足から着地して来た道を戻った。犀の魔物が追いかけて来る。


 逃げる途中、大剣を観察。


刃先端が派手に欠けていたのでトマは舌打ちして大剣を鞘に仕舞った。近接戦での撃破は不利、魔法で仕留めるより他は無い。走って逃げて蜈蚣型魔物の群れに突入し迎撃を躱し切り駆け抜ける。トマを追いかける犀の魔物が頭から大蜈蚣の魔物の群れに突っ込み二者は大混乱の内に乱戦化した。



 魔物は体内に魔石を持ち、魔石の御蔭で様々な能力を獲得し身体能力も高い。


 だが、魔物は生きる上で本来必要のなかった臓器「魔石」のせいで、本能が狂い異常に攻撃的と成り繁殖力旺盛。他種族を見れば執拗に攻撃し、適合地では異常に増え続け環境を食いつぶす駄目な生き物に成っていた。


 魔石は魔素を吸収して魔力と成し、魔力は様々な機能となって魔石に制御されつつ様々な不思議を成す。今なら大蜈蚣の体八メートルを支える外骨格と筋力、毒魔法を魔法陣無しで使える異常さなどであろうか、あるいは犀の魔物の異常筋力と枝葉だけ食べて体力を維持して生きて行ける粗食振りもまた魔素・魔石のなせる業かも知れなかった。


 本能が攻撃性で狂っているせいで魔物は死んでも理不尽でも戦いを辞めない。

 

 其処をトマに突かれ無理矢理争わせれた二者の戦いは犀の魔物有利である。大蜈蚣の繰り出す顎の噛みつきも、鋼より硬い尾の一撃も、毒魔法が造る毒水鉄砲も犀の魔物の毛皮が弾いて無効化してしまう。数を頼みに大蜈蚣の魔物は抗っているが仲間はどんどん犀の魔物に砕かれ踏み潰されて行く。


 その光景をトマは見ている。周辺を観察して魔物のいない木に上り高所から警戒しつつ戦闘の終わりを待っていた。途中トマは樹から落下して走りだす。戦闘最期のケリがつく瞬間であった。大蜈蚣側最期の連続攻勢が途切れ牙で噛みつく大蜈蚣の頭を犀の魔物は踏み砕いた瞬間の事である。犀の魔物は重い四足獣には思えないほどしなやかに首と体をのけぞらせ勝利の雄たけびを牛のようにくぐもって長く上げようとした。其処にトマは静かに死角から走り込み込みスライディングして首下にたどり着く。


「はい、お疲れ―――、」やる気なくトマはそう言いつつ、左腕を伸ばし速射砲魔法を起動・貫通型魔法弾を素早く最大威力迄充填すると、放った。首の柔らかい急所に貫通型魔法弾は食い込み侵入、気道に沿って魔法弾は進み破壊の限りで脳髄に入り込み頭蓋骨の中で暴れた後、脳を壊して眼球側の穴から飛び出た。魔法弾は少し速度を落としつつ空に消えて行く。


 トマは急いで犀の魔物下から這い出ていく、犀の魔物はゆっくりと膝から崩れて死んでいる。

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