第28話 迎撃
しずかになったリビングから、硝煙のにおいがただよい流れてくる。こわれたバリケードのすきまから覗くと、床に転がったライトの光が床をなめるようにそこだけ白く照らしている。おっさんの姿は見えない。耳を澄ますと乱れた息がかすかに聞こえてくる。私はかばんのなかからさぐり当てた懐中電灯を取り出し、おそるおそる立ち上がってリビングに向ける。
懐中電灯を下に向け、前後左右に床をなめるように動かすと、ふたりの男が寝っ転がって組み合っているのが光のなかに浮かびあがる。
「
答えはない。
私はバリケードを押しのけリビングに出る。危ないって考えはすっかり頭から追っぱらわれていた。弾丸とか刃物とかそこらじゅうのトラップとかも。
一歩足を踏み出したとたん、
「止まれ、ばか」
とおっさんの声がして私はびくっと足を止める。ばかって言われてむっとしながら、私はおっさんの声を聞いてほっと安心しているみたいだ。
あらためてよく見ると、おっさんは侵入者をうつぶせにしたうえに膝をのせ、後ろ手をひねりあげて制圧していた。
「どこから新手が来るかも知れん、隠れてろ」
「でも」
敵は多勢でおっさんはひとりだ。私が加勢した方が有利なんじゃないの? ママが私に格闘技を習わせていたのは、この日のくることを想定していたんじゃないかと思ってしまう。
おっさんがなにか言うたびに、その下敷きになっている男が醜く顔をゆがめる。ふたりのそばに落ちている銃に男が手を伸ばすのを、その手がとどくまえにおっさんが反応して蹴る、はずみで銃はからから音を立てて床のうえをこちらへ滑ってくる。その銃を私は拾いあげ、もうひとり私の部屋のドアノブにもたれかかって肩から血を流している男に向ける。当たるか当たらないかわからないけどもしヘンな動きしたら本気で撃つつもりで。
もうひとりリビングで倒れてるのがいるけど、たまにびくっと痙攣したみたいに動くから死んじゃいないのだろう。
「ここで退くなら殺さないでやる。後詰めの連中にもそう伝えろ」
男の腕に彫られた派手な刺青がライトの光で生を得たみたいに妖しくうごめく。
「おれの腕はわかっただろう。それとも生死を賭けてまだやるか?」
刺青男は苦々しげに声をもらす。
「ふん、いい気になるなよ。会は目的を果たすまで襲いつづける。どうせさいごはおまえたちの負けだ、ざまぁみろ」
唾を吐いてにくったらしく笑う。と思っていたらおっさんが膝で背中をぐりっと押すから刺青男の笑いがかすれる。
「自分から出ていく気がないんなら仕方ない。死体にして送りかえすまでだ」
「えっ、それ――」
私はあわてて口をはさむ。死体にするってつまり殺すってことだよね。人の死そのものにはついこないだママの死に立ち会ってすこしは慣れたつもりだとはいえ、死ぬのと殺すのとではぜんぜんちがう。殺されたくはもちろんないけど、殺すのだって負けず劣らずぜったいいやだ。そして、おっさんにも人を殺してもらいたくない。
私が絶句しているあいだに、
「待て待て待て」
と刺青男が呻き声をあげた。
「だれも退かねえとは言ってねえだろ、え? 今日は負けだよ、それは認める、おとなしく帰ってやるから手を放しやがれ」
殺されるのはごめんだって点ではこいつも御同様らしい。それにしても言い方。
「今日だけじゃねえ。二度とここに来ねえって保証が必要だ」
「できるわけねえ、おめぇはバカか」
刺青男が言ったとたんおっさんが無雑作に銃を取りだし二発つづけて銃声、そのうえから狂ったようなわめき声がかぶさる。男の足のあたりから血が流れ出る。
おっさんは銃口を足から頭の方へと移動させる。
「やめろっ、待て、痛えよ痛えって、おい待てえっ!」
刺青男は悲痛にわめく。目と鼻からは涙と洟水がこぼれ、わめき声には悲鳴が混じって裏がえる。それを見おろすおっさんの目はつめたい。
「もうこいつのことは狙わねえな?」
おっさんは銃のひきがねに指をかけたまま、あごで私を示して問う。刺青男の顔をやたら流れる汗に涙が混じる。
「それは……おれに権限はねえんだ。あんたもわかってるだろ? 待て待て、撃つな、おれは降りる、約束するって。だがわかるだろ、たとえおれが降りたところで、べつのやつが派遣されてくるだけだ」
男のズボンが血でべっとり濡れている。床も血だらけでうっかり踏んだらすべってしまいそうだ。あとかたづけどうしよう、ってそんなこと私は考えちゃっている。
罪滅ぼしってわけじゃないけどかわりに命乞いしてあげよう。
「あの、さ……殺すのはやめようよ。そんな重たい十字架背負ってこのさき生きてくってのはできれば避けたいなあ……って思うし?」
「おまえを殺そうとしたやつだぞ」
「それはちがう!」
と声をあげたのはいままで私の部屋の入口でぐったりしてた男だ。
「おれたちが命じられたのは生け捕りだ、殺そうとは思ってねえ」
そのわりには躊躇なく大量に
「吾妻さんがついてるっていうから半端な攻め方じゃ勝てないと思って、つい」
ふん、とおっさんは鼻を鳴らして刺青男のうえに乗せていた膝をどけた。それから伸びてた男の方へ歩いていって、武器を取りあげ、縛りあげる。男はおとなしくされるがままになっている。
男を縛りながら私に向かって言う。
「聞いてのとおりだ。ここは安全じゃなくなったらしい。いまから脱出する。五分で荷物をまとめろ」
それからおっさんは灯りをつけた。明るくなった室内を見まわせば、リビングにひとり、目を凝らすと玄関にもひとり伸びている。私の頭はまっしろになる。
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