第27話 襲撃
玄関のドアから音が聞こえる。おっさんは作業を止めて、いっしゅん耳を澄ませるようにじっとする。それから立ち上がると、リビングの灯りを消し、まっくらになったなか音を立てずに戻ってきてママの部屋の扉をとじる。
私はおっさんの足もとで座りこんだままだ。おっさんはかばんから黒いのを取り出すと、私に投げる。
「着ておけ。すこしは
それはたぶん防弾チョッキってやつで意外とかるい。こんなのでほんとに防弾になるのかってちょい半信半疑だけどないよりぜんぜんいいからおたおたしながらシャツのうえに着込む。
ママの寝室はベランダには通じていなくて窓はちっちゃいのがひとつあるだけ、しかも十一階の絶壁だからそうそう窓から人が侵入するとは思えない。つまり入口はドアひとつだけ。要塞として立てこもるには向いているかもしれないけど逃げだす道もないってことだ。
私の心臓はさっきからばくばく言いっぱなしになっている。その間もおっさんは私に背を向け部屋の入口にバリケードを作っている。
たんすを動かしてると
玄関がとうとう開けられたらしい音が聞こえる。つづいてくぐもった呻き声が聞こえてきたのはおっさんのつくったブービートラップが決まったんだろう。だがそれで終わりってことにはならないみたい。つづいて人が入ってきたらしい気配がするけど足音はすごく抑えられていて、その静かな緊張感がいやでも伝わる。こわい。聞き耳を立てていたおっさんがこの部屋の灯りも消して、小声で言う。
「四人だな。この数なら戦える。だがもし外に応援が二人以上いたら――そのときはアウトだ」
アウトってどういうことなのか訊いてみたいけどやっぱりこわいから訊かない。
灯りの消えた寝室に、小窓のカーテンをとおして入るそとの光だけがうっすらおっさんの人影を浮かびあがらせる。
リビングに土足で入ってきたお客さんは目あての住人がいないのを確認し、とざされた扉のどこかに潜んでいるものと探しにかかっているらしい。その様子をおっさんはリビングに設置したカメラから手もとのタブレットに送らせ覗き見している。
暗いままのリビングにはサーチライトみたいにいくすじものライトが床や壁をあわただしくなぞって、そこにひとつ赤のライトがゆっくり左右に揺れる。
賊のひとりが私の部屋のドアノブに手をかける。緊張感が高まる。私はずっと歯を喰いしばっている。声は上げなくても心臓の脈を搏つ音がおおきくなってドアの向こうまで聞こえてしまいそうだ。
賊が私の部屋のドアをあけたしゅんかん、「ぐッ」とみじかい悲鳴をあげて倒れた。いつの間に私の部屋にまでトラップを仕掛けていたのか、ちょっと不満もあるけどいまは感謝だ。うしろにいた賊がまっくらな私の部屋のなかへむけ十発ばかり撃ちこんで、つづけざまにぱしゅっ、ぱしゅっと空気でも放つような音がする。おっさんは息をひそめて状況を見守っている。
べつの二人がこちらにやってくるのがわかる。扉のすぐうらでおっさんが身がまえて待つ。私はどこにいるのが正解かわからないまま動けないでいる。
かちゃ、とドアノブが音をたてる。扉がひらかれると同時に湿った感じの音が乱雑に発せられる。それが発砲による音だとわかるのは、入口すぐに築かれた即席バリケードに弾丸がぶつかる音がつづけて響くからだ。弾丸は当たりどころ次第でバリケードを砕いたり跳ね返されたり、それぞれで音が異なっている。
バリケードのすきまからおっさんは筒(昼間工作していたやつだ)を転がすように投げ、
「伏せろ!」
と私に叫んだ。叫んだしゅんかんリビングに雷がおちたような閃光と爆風とが走る。するどい音とともに、部屋もひとも吹きとばしそうな勢いだ。
おっさんはバリケードを蹴倒しリビングへ飛び出す。私はよろよろ立ち上がってあとを追う。
「ばかっ、伏せたままでいろ」
入り乱れる足音、銃声、するどい金属音、なにかが倒れる音、それらの交錯するあいだからおっさんの声がとどく。私はたおれたバリケードのかげにうずくまり、おっさんの残していったかばんを力いっぱい抱きしめる、まるでそうしてさえいれば安全ってお守りかなにかみたいに。
やがてすべての音がとだえた。
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