第26話 石積会
「フリーメイソンではない」
とおっさんは言った。
「ほんとうの名は『
ふふぅんと茶目っけたっぷりにわらうママの顔が目に浮かぶ。たしかに『石積会』って名より『フリーメイソン』の方がだんぜんかっこいい。だいいち『石積』の意味がわからない。
「会頭は、『賽の河原の石積会』だと言っていた。知っているか? 子供は死んだら賽の河原で毎日泣きながら石を積まなきゃならんそうだ。親より先に死んだのが親不孝だってんで、だから罰なんだとさ」
「な、」
これは声のトーンも上がろうってもんだ。
「なんでそれが罪なわけ? その子だって好きで死んだわけじゃないでしょ、生きられるもんなら生きてたかったよ、つかそれを助けられなかった神さまがあんた真っ先に罰を受けろって話よ」
「おれに怒るな」
おっさんがたしなめる。たしかにおっさんに噛みつくのはお門ちがいかもとは思うがこんなふざけた話、どっかに怒りをぶつけないとやってられるかってんだ。
「理不尽だ」
「そうだな。この世は理不尽だ」
おっさんがしずかな声で答える。するといまのいままで熱くなってた私の怒りは不思議とひいていく。わんわん泣いていたのが頭をなでられたとたん涙がかわいてくみたいに。
怒りのかわりにわいてきたのは素朴な疑問だ。『石積会』がどうして『フリーメイソン』になるのか。
「…………石積会って、どんな組織なの?」
まさか世界征服とか言いだすとは思わないけど、悠斗は日本を裏から支配するって言ってたな。それだって十分荒唐無稽だ。
「わからん」
おっさんは悪びれもせず即答する。ちゃんと答えろよって私は目でうったえる。
「わからねえんだよ、おれにも。メンバーの情報を握っているのは会頭だけだ、ほかのやつらは互いに互いが何者なんだかわかっちゃいねえし、何人仲間がいるかもわからねえ。会の目的だって、ちゃんと理解しているやつが果たしているのかどうか、はなはだ疑問だ。そんな連中があつまって殺したり殺されたりしているのがおれたちってわけだ」
「そこに入ってたの? ママも、吾妻サンも」
「むかしのことだ」
おっさんはさらっと答える。なにか吹っ切れたつもりでいるようだけど、むかしのことだろうと「殺したり殺されたり」はりっぱな犯罪だ。おっさんはともかくママがそんな組織に属していたというのは猛烈にピンとこない。ママの正義心だとか遵法精神だとかそんなの当てにしているわけではなくって――むしろあのひと法に触れようがぜんぜん平気って涼しい顔してそうだけど、ただ狂信や盲従なんてものからは最もとおいところにいるひとだと思うのだ。
「父なる国家と、母なる国土に奉仕するのが使命だとかなんとか……受け売りだがな。なにが奉仕なんだかおれには理解できねえし、だいたいおれも奏も――」
「あ」
「なんだ?」
唐突に話をさえぎってしまったがおっさんは気をわるくしたようすもない。
「フリーメイソンって呼んだの、石工の団体だから? 石を積む会も石工みたいなもんだってこと?」
ママの宿題に答えを出せた気がして目をきらきらさせる私に、おっさんは肩をすくめて応える。
「つまんねえシャレだろ?」
真夜中、眠りについたばかりのところを起こされた。
耳もとでささやくような小声がしたのだ。もちろん私の寝室で――いちおう内鍵をかけておいたはずなんだけど。
「客が来た。どうやら物騒なことになりそうだ」
眠りかけのぼやっとした頭がおっさんの言葉の意味を理解すると急に総毛立ったみたいに肌がぞくっとなる。
タオルケットを跳ねあげばっと起き上がったところで、あわててタオルケットをかぶりなおした。身に着けているのは色気のかけらもないジャージにいちおうシャツだが、私にとってブラトップのシャツは下着にちかい位置づけだ。四十すぎのおっさんに見せてやる筋合いはない。
しっしっ、と指さきで追っぱらうしぐさをするとおっさんはおとなしく背中を向ける。私はすばやく上から青のシャツを着込んで、おっさんの背中をどんと押した。外の気配に集中していたおっさんは不意をつかれてたたらを踏む。乙女のねむる寝室に不法侵入した罪はこのぐらいでゆるしてやるぜ。
まわりは静かで私にはなんの気配も感じられない。さっき押したまんま私はおっさんの背中に手を当てている。こうしているとなんだか安心できる気がする。心臓がばくばく言って、目と頭はすっかり冴えている。
おっさんは先にリビングに出て、左右を見まわし、私を置いてベランダに向かう。すぐ戻ってきてこんどは玄関のドアを確かめ、夕方までに完成させた仕掛けをひとつひとつセットしていく。
寝室から顔だけ出している私のとこへ戻ってきて、
「思っていたより早かった。それに本格的だ。玄関とベランダの両方押さえられているから逃げ道はない」
と低い声で言う。その言葉を私はまるまる飲みこみ、それからゆっくり咀嚼して意味を無感動に理解してゆく。絶体絶命すぎてかえって薄わらいが浮かんでしまうのはいったいどういうメカニズムなんだろう。
それでもからだは正直だ。足ががくがくふるえだして立っていられる気がしない。そんな私の手をとっておっさんはリビングに出たけど私は足がもつれて倒れそうになってしまった。おっさんが振りかえる。体勢をくずしてしまっている私はおっさんを仰ぎ見る形になる、まるで救いを求めるように。できれば見せずにおきたい情けない姿だ。
おっさんは黙って私を抱き上げ、リビングをよこぎり、ママの部屋に私を押しこんだ。それからリビングにもどってかばんから装置みたいなものを取り出し、なにかセットしている。私はママの部屋のドアのとこで座りこんだままおっさんの作業を見守ることしかできない。こんな大事なときに手伝うどころか足手まといになってる自分がくやしい。さっきおっさんに抱きあげられたしゅんかん安心して泣きそうになってしまったのが不覚だ、ああ不覚だ、とじくじく繰りかえすうち顔があかくなってくる。
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